第74話 動き出す闇
ギルド 緑龍絶栄の支配エリアに向かうには海峡を越えなければならない。
向かう方法は、ギルド 青法詩典の支配エリアの端にある港で、緑龍行きの1日に2本行き来している定期船に乗る必要がある。
俺達は今、その定期船の甲板の上にいた。
『んーーーーー。風が気持ちいいのぉ~。』
『そうだなぁ。潮の匂いが良い…。』
『そうでござるなぁ~。』
女の姿の俺、睦美、神無の順に並び船の上を突き抜ける海風を身体全体で満喫していた。
『なぁ。旦那ぁ。俺も外に出てぇんだが。』
神無の影の中から煌真が叫んでいる。
『何言ってるのよ!アンタ指名手配されてるんだから出られるわけ無いじゃない!。』
『だからって、こんなジメジメした薄気味悪くて狭い場所に追いやられちまったら気が滅入るって…。』
『悪かったわね。ジメジメして薄気味悪くて狭くて…ちゃんと掃除はしてるわよ。中でゲームでもしてなさいよ!。』
『いや、好きなモン無くてよ。適当にタンスん中探したら、てめぇの服しか入って無かったしよ。お前、あんなエロい下着持ってんだな?正直、引いたぜ。』
『きゃぁぁぁぁあああああああああ!!!。アンタ何勝手に見てるのよ!忘れなさい。いや、殺す。』
神無が影の中へ消えていく。
神無のスキル【影入部屋】。
影の中にある1人部屋。そこには神無が許可した人物や物が入ることが出来る。
中を見せてもらったが普通のマンションのような一室が中にあった。キッチン、ダイニング、トイレ、風呂場など普通に生活する空間となっている。
電気も通ってるし、水道で水やお湯も出る。
『騒がしいのぉ。喧嘩ばかりじゃ。』
『まあ、幼馴染みだからな。口ではいがみ合ってるが、仲は良いと思うぞ。』
『違いないのぉ。ところで閃よ。お主はどんな下着が好みじゃ?。』
『…いきなりどうした?。』
『好奇心じゃ。』
『本当は?。』
『…旦那様の好みを把握したいと思いまして…もし好みがあったら教えて頂きたいと。』
『なんか…もう普通にその話し方になるんだな。まあ、女の下着のことは良く分からん。女の今の姿でも俺は男物の履いてるしな。』
『では、あの…可愛いのと…え、えっちなのは…どちらが好みですか?。』
『んー。着る相手によるからなぁ。だが、睦美だったら可愛い方じゃないか?。』
『そ、そうですか…ありがとうございます。覚えておきます。』
『てか、甲板でなんつー会話してるんだ俺達は…。』
『そ、そうじゃな。すまん。つい…な。忘れてくれ。』
そんな話をしていると影から神無が戻ってきた。
『主様。失礼しました。只今戻りました。』
『お帰り。煌真はどうした。』
『はい。影で拘束し吊るしておきました。』
『そ、そうか…。』
『ところで主様は、可愛い下着と大胆な下着。どちらがお好みでしょうか?。』
『お前もか!。』
そんな会話をしていたら、いつの間にか目的地に到着した。
定期船から降り、港を後にする。
出ると目の前に広がる緑、緑、緑。
生い茂る植物達の世界が広がっていた。かつての人工文化の建物などは全て木々の蔦や根っこ、枝に侵食されて僅かに面影を残す程度だ。
『ここが緑龍絶栄の支配エリアの入り口か…。』
『見事に緑に染まっておるな。』
『主様。』
『ん?どうした?。』
『これから、どうされます?。』
そうだな。此処に来た目的は2つ。
1つは、クロノフィリアメンバーで唯一居場所が見付かっていない最後の1人。機美の捜索。
そして、2つ目は仁さんに聞いたリスティナが持っていた宝石の探索。ここ緑龍絶栄のエリアには2つの宝石があるらしい。
『なあ、神無。機美の居場所に心当たりは?。』
『はい。姉は引きこもりの気質があるので、おそらく住んでいたマンションから動いてないと思います。』
『その場所は此処からどれくらいだ?。』
『ええ。私の足で1日程です。』
『なら、神無と煌真に機美の事を任せても良いか?。』
『えっ…。あっ…はい。主様の命令なら従います。』
『ちっ。旦那とは別行動でコイツと一緒かよ…。』
『ちょっと、それは私の台詞よ!何でアンタなんかと!。』
『すまん。嫌だったか?。なら…。』
『いえ。主様!大丈夫です。実姉の事ですから私とこの脳筋にお任せ下さい。』
『まあ、仕方ねぇな。』
『それも私の台詞よ。』
機美は神無の姉で煌真とは幼馴染み。
やはり、昔からの知り合いの方が久し振りに会う機美にとっても気が楽だろう。
『睦美は俺と一緒に例の宝石探しだ。緑龍のエリアは広いし一面森だからな。頑張ろうぜ。』
『うむ!頑張ろうぞ!。』
『神無。一応、端末機は持っておいてくれ。緊急時などは互いに連絡しよう。』
『御意。』
2手に分かれての探索が始まった。
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ー緑龍絶栄ギルドハウス集会場ー
巨大な世界樹の中に建設された集会場に緑龍絶栄の最高戦力 八龍樹皇の面々が集まっていた。
『美緑様は?。どちらに?。』
『ん?、ああ、空苗か。姫さんは砂羅と一緒に、いつもの水浴びだ。』
集会場の椅子に座り円卓の足を投げ出した格好で昼寝をしていた獏豊に、軍服を着た女性 空苗が声を掛けた。
『はぁ…遅かったわ…私も一緒に水浴び行きたかったのに…。』
『お前の目的は美緑様の身体だろ?いい加減止めろよな。姫さんは優しいから何も言わねぇけど困った顔してんぜ?。』
『だって、美緑様のお身体は凄くすべすべで…柔らかくて…もちもちなんですよ…。いつまでも触っていたいわ。』
『はぁ…。』
いつもの事とは言え、呆れて溜め息をする獏豊。
『おんや?美緑様はお留守かい~。てっきり姫様が僕達を呼んだんだと~思ったんだけどねぇ~。』
『では、誰がこの紙を我々の部屋に届けたのかな?。』
集会場の扉を開き入室してくる2人の男。
ナヨナヨとした口調とクネクネとした動きが特徴の着物を着た男 多言。
袈裟を着た。細目の男 徳是苦。
2人の手に握られていた小さな紙切れ。
内容は集合場所と集合時間が書かれていた。
『ああ、俺もさ。』
『私もです。』
獏豊と空苗も同じ紙切れを取り出す。
この場に集まった4人全員が同じ内容の紙切れを持っていた。
『誰が俺達を呼んだんだ?。』
『ふふ。私ですよ。』
『!?。』
4人の前に現れた人物。
その男は、数日前にギルドメンバーを私欲の為に犠牲とし美緑のギルドマスター権限によりギルドを追放された元八龍樹皇の1人 端骨だった。
『端骨だと?。』
『お前は!?なんで此処に!?ギルドを追放されただろ?。』
『お前が俺達を呼び出したと?。何故だ?。』
各々が疑問の声を上げるが端骨は薄気味悪い笑みを浮かべ自分の話を始めた。
『はて?。美緑様と砂羅さんと累紅さんが居ないようですが?手紙が届かなかったのでしょうか?。』
『どう思いますか?律夏?。』
『はっ?。』
八龍樹皇の4人全員が驚いた。
端骨の後ろには2人の男が控えていた。
その内の1人は、我等が八龍樹皇のリーダーにして緑龍絶栄の最強の男。
規律を重んじ自分にも他人にも厳しい男。
だが、実妹の美緑の事を大切に思う優しさを持ち合わせる兄であり、全員が尊敬している男だ。
その男が、ギルドを追放された男の侵入に対し何もしないどころか共にいる。
信じられない光景だった。
『律夏さん!どうしたんだ?。』
『何故!端骨と共にいる!?。』
『……………。』
無言の律夏。
それはまるでロボットだ。
命令があるまで動かない。一点を見つめた瞳には生気を感じなかった。
『端骨!貴様!律夏さんに何をした!?。』
『何が目的だ!。』
『それは説明する時間が勿体ないですねぇ。じゃあ、少し予定と変わりますが此処にいるメンバーだけでもしてしまいましょうか?。』
『………。』
『っ!?!?。』
全員が戦慄した。
端骨の後ろ…律夏の横に立っていた黒いロングコートの長身の男。
その男を見た瞬間…全員が息を呑む。
化け物だ…。
決して見た目だけの判断ではない。その男の身体から溢れ出る絶対的な存在感。全てを超越したような自分達の力では何をしても赤子のように捻られる…。つまり、逃げられない。戦ったとしても勝てない。そう、心に刻まれてしまった。
『さて、皆さん心変わりの時間ですよ。』
『………。』
コートの男が指を鳴らすと突然周囲に広がる音波。
『がっ!?。』
『頭が…痛い!?。』
『ぐぃぃいいいい!な…んだ?これは?。』
『いだいいだいいだいいだいいだい!。』
『何かが頭の中に流れて…あぁぁぁあああああああああああああああああ!!!。』
数秒後、その場にいた4人全員が倒れた。
『終わりですね。さて、残りのメンバーを探しましょうかね?。』
『待て。』
『はい?。』
『バグの反応を感知した。このギルドの支配エリアにいるぞ。』
『ほお。成程。では、実験を兼ねて彼らをぶつけましょうか?。』
『それも良いが。アイツ等が実験をしたいらしい。』
『おお、あれを起こすのですね?。』
『ああ。奴等は2手に分かれたようだ。』
『では、片方はあの方々に任せましょう。もう片方に彼等を。』
『ああ。そうしよう。』
『さあ、皆さん起き上がりなさい。』
その端骨の言葉に反応し、ゆっくりとした動作で起き立ち上がる八龍樹皇の4人。
全員が生気を失い虚ろな眼差しで端骨の方を向いている。
『どうやら成功のようですね。見事にスキルが書き換えられている。』
『…行くぞ。』
『はい。では八龍樹皇の皆さん付いてきて下さい。おや、どうやらネズミが1匹運良く逃げたようですが、どうしましょうか?。』
『たかが1匹だ。気にする必要も時間もない。』
『そうですか。ふふ。本当に運が良かったですね。累紅さん。』
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私は、八龍樹皇の1人、累紅。
私は走った。
ギルドの用事を済ませ部屋に戻ると1枚の紙切れが部屋に届けられていた。
紙には会議と大きく書かれ、行われる時間と場所が記されている。時刻を確認すると指定時間から10分も過ぎていた。
マズイと思い、急いでギルドの集会場に向かう。
更に10分後、集会場に到着し扉を開けようとした。
…その時だった。
突然、頭を内側から締め付けられるような頭痛に襲われた。
数秒で治まった痛みに戸惑いながらも僅かに開いた扉から中を覗き込む。
覗いた先に居たのはギルドを追放された筈の端骨と、その横に立つ律夏さん。更に、倒れている八龍樹皇の皆。
そして、ロングコートの謎の男。
『ひっ!?。』
その男を一目見た瞬間…全身を走る恐怖心。
何…あの人…。怖い…。私じゃ…どうしようもない…助けを呼ばなきゃ…。
端骨と謎の男が何やら会話をしている。
すると、端骨の合図に八龍樹皇の皆が立ち上がる。皆が…端骨に従ってる?何で?あの規律に厳しい律夏さんまで?。
良く観察すると、美緑様と砂羅が居ない。
ということは…この紙切れを私達に配ったのは端骨?。
『美緑様に知らせないと…。』
私は全力で走った。
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『鬱陶しいな。この根っこやら枝は。』
『ここまで生い茂るとワシも飛ぶわけにはいかんしのぉ。』
何処までも続く木々の群れ。
幹を、枝を、根を掻き分けながら進んでいくこと3時間。
代り映えのない風景を見ながら溜め息をつく。
『凄いなぁ。僅か2年でここまで育つか?絶対誰かの能力だろう?。』
『かも、しれんな。じゃが、レベル120でここまで出来るものか?。』
『個人の力じゃ無理…でもないか。緑龍の技術を使えば…。』
『おお、そう言えば緑の魔力の特性は自然マナの魔力変換だったのぉ。それで、これだけの森を育て上げたか。』
『かもな。スキルの殆どを植物を成長させるモノに偏らせないと、こうは出来ないけどな。』
『幹部クラスかギルドマスターじゃな。恐ろしいのぉ。』
『まったくだ。』
更に進むこと1時間。
現在の時刻は午後3時。俺達は、まださ迷っていた。
『そろそろ休憩にしようか。』
『そうじゃな。少し疲れたしのぉ。』
横たわっている手頃な大木を見付け睦美と並んで座る。
アイテムBOXから水を取り出し睦美に渡す。
『閃からで良いぞ。』
『良いのか?。』
『構わん。』
『なら、先に貰うな。』
俺は水筒の中の水を半分飲み干した。
随分喉が渇いていたみたいだな。
その様子を食い入るように見つめてくる睦美。
『ほら。睦美も。』
『お、おう。…。』
水筒の飲み口を真剣な眼差しでじっと見つめる睦美。
『なぁ。』
『なんじゃ?。』
『飲まないのか?。』
『飲む。』
『………。』
『………。』
まあ、睦美の態度を見れば何を考えてるのか筒抜けなんだが…。
さて、この沈黙の時間をどうするか…。
『よし、飲むぞ!。』
意を決して水筒に口をつける睦美。
顔が真っ赤だ。
そんな睦美を愛おしく想う自分がいる。
そうだな…いつまでも答えを先延ばしにするのは俺を想ってくれている仲間達に失礼だし。
そろそろ…決心を固めるか。
『はぁ…。美味しいのぉ。正直、緊張しすぎて味とか分からなかったが…。』
水を飲み終わる睦美。
俺は女の姿から男の…本来の姿に変わる。
『なぁ。睦美。』
『なんじゃ?せ…っ!?。』
振り向いた睦美の唇に自分の唇を重ねる。柔らかな唇の感触を感じながら、戸惑い逃げようとする睦美の身体を引き寄せる。
『はぁ…。』
『はぁ…はぁ…はぁ…。だ、旦那様…いったい…何を?今、旦那様の唇が…私の唇に…あれ?今の?接吻?え?え?あれ?。』
『睦美。』
『っ…はい。』
『お前が好きだ。俺の彼女になってくれないか?。』
『えっ……………っ!?。』
俺の言葉を理解するのに時間が掛かったようだ。ポカンとした表情から一気に目を丸くして顔が真っ赤に染まった。
『私で…良いのですか?。』
『もちろんだ。』
大きな瞳から零れ落ちる涙が止めどなく流れている。
『旦那…様…。私も、大好きです。』
『睦美。』
もう一度、口付けを交わす俺達。
数秒、いや数分だったかもしれない。自然と離れる唇。
『旦那様。』
『何だ?。』
『また、してくれますか?。』
『お前が良いならな。』
『はい。これからもお慕いします。』
『ああ、宜しくな。』
こうして俺達は恋人となった。
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ーーーとあるメイドーーー
ピキィーーーーーーーーーーーーン!!!
電気、雷、閃光。
それに近い直感が頭に流れた。
『誰かが…にぃ様に認められたようですね。』
『そうだね~。この感じは~。睦美ちゃんだね~。』
『成程。ようやくご自身の気持ちに気付いたのですね。睦美ちゃん。』
『良かったね~。灯月ちゃんも~。うかうかしてられないよぉ~。』
『大丈夫です。にぃ様はこのままハーレムルートへと誘いますので…。』
『ああ。そうなんだね~。皆~仲良くね~。』
『はい。私が認めていない…にぃ様へ想いを持っているメンバーは1人だけですので。』
『あらら~。大変だね~。』
『覚悟して貰いますよ…代刃さん?。』
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俺は睦美と恋人同士になった。
それから20分くらいの時間が流れる。
再び、森を進むこと20分だ。
その間、睦美の様子がおかしい…。
ちらりっ。
睦美の方に視線を向けると睦美も俺を見つめていた。目と目が合い。視線が交わる。
にこりっ。
無言の俺に対し頬を赤く染め微笑んでくる。
俺は再び歩き出した。
今まで、というか告白する前までは睦美は俺の横かすぐ後ろを付いてきていた。
だが、今はぴったりと2メートル後ろにいる。どんなに道が険しくてもだ。枝が突き出していようと、太い根が足元に絡まっていようが2メートルぴったりだ。
『なぁ。睦美?。』
俺は睦美に話し掛ける。
『はいっ!如何なされましたか?。』
もぉっの凄い嬉しそうな笑顔で反応してきた。可愛い…。何か犬みたいだ…不死鳥だけど…。
『どうして、急に後ろを歩くようになったんだ?。』
『え?…その…いつでも旦那様のお手伝いが出来るようにです。あの…ご迷惑でしたか?。』
『いや、気になっただけだ。好きにして良い。』
『はい!畏まりました。』
そう言えば…睦美は実家で、そういう感じの育て方をされたって言ってたっけ?。
睦美と何気ない会話をしていた…その時だった。
『睦美っ!。』
『旦那様っ!』
突然の出来事だった。
いきなり俺と睦美を襲う落雷。それは強烈な魔力を含み何度も降り注ぐ。
体制を整えようと地面に着地した。
が…。
『足場が!?。』
『こっちもです!?。』
どうやら俺達の居た場所は巨大な大穴を木々の根が幾重にも絡まり合って作られていた足場だったようだ。
今の落雷で根が焼き切れ俺と睦美は大穴へ落ちていく。
『あれは…。』
『何で…アイツが!?。』
落雷を落とした犯人。
その存在が巨大な岩の上に鎮座している。
龍の頭を持ち、ライオンのような鬣。帯電すり体毛。鋭い刃を持つ尾。雷を纏う爪と牙。
見間違う筈がない。
ゲーム時代に何度も戦った相手だ。
『雷皇獣だと!?。』
視界に映った瞬間。
奴のステータスが自動で視界に表示される。
ーーーステータスーーー
・名前 【雷皇獣】
・レベル 【150】
・種族 【雷獣族】
・階級 【神獣級】
・スキル
【帯電放雷】【獣神強化】【獣速】
【咆雷哮砲】【リスティナの宝石】
【咆哮威圧】【雷爪雷牙】【雷剣尾】
【落放堕雷】
そして…【限界突破2】。
ーーーーーーーーーーー
『限界突破2…のレベル150だって?。』
落ちながら確認した情報は…にわかには信じがたいモノだった。
『ごぉぉぉおおおおおおおおおおおお!!!』
雷皇獣の口が開き全身に迸る帯電された雷が集束されていく。その集束スピードはゲーム時代の比ではない。
速すぎる!。
あれは…マズイっ!。
俺と睦美は落下中。しかも奴から見て直線上に並んでしまっている。
『くっ!睦美っ!。』
『え?旦那様!?。』
俺は睦美を無理矢理引き寄せ抱き締める。
『がぁぁああああああああああ!!!!!。』
咆雷哮砲。雷皇獣の遠距離専用。最強のスキル。
蓄積した雷を集めて放つ砲撃が一直線に向かってくる。
速すぎだって!。
『ぐっ!がぁぁぁぁああああああ!!!。』
『あっ!?旦那様!?。』
身を挺して睦美を守る。
背中に高熱の砲撃が命中し雷が全身を駆け巡る。視界が暗転し平衡感覚を失い全身の力が抜ける。
『む…つみ…。』
辛うじて繋ぎ止めた意識と火事場の馬鹿力で抱き締めていた睦美を投げた。
『旦那様!。』
そのまま俺の意識は深い闇へと落ちていった。
ーーー睦美ーーー
『あっ…旦那様…。』
旦那様の投げられた私は空中を回転しながら落ちていく。
旦那様の身体を一瞬で貫いた雷は私の身体の自由も僅かに奪った。
翼が広げられない。
目の前を気を失った旦那様が落ちていく。
違う…今の一撃は完全に致命傷だ…。
『旦那様!。』
私を庇った旦那様が雷皇獣の砲撃の直撃を受けた。
ゲームの時の記憶ではこんな威力なんて無かったのに。
このままじゃ…旦那様が死んでしまう…。
そんなの嫌だよ…。
『くっ!』
痺れる身体を無理矢理動かし手を旦那様へ向ける。
距離が遠すぎる…けど…やらないとっ!!!。
『転炎光!!!。』
蘇生の光。お願い…。旦那様に届いて…。
『ごぉぉぉおおおおおおおおおおお!!!。』
追い討ちをかける雷皇獣。
再び、落雷の嵐が降り注ぐ。
『うっ!?。』
駄目だ。身体が動かない!。
『きゃぁぁぁぁあああああああああ!!!。』
私の身体を複数の稲妻が貫き、その瞬間、私の命は散った。
せっかく旦那様が守ってくれたのに…。
ごめんなさい…旦那様…。
私と旦那様の身体は大穴の別々の場所に落ちていった。