第65話 VS クティナ 【怠惰・色欲】
【怠惰の獣】。
コイツは兎に角デカい。デカいクセに動かない。
常に【クティナ】の前に陣取り【クティナ】への攻撃を引き寄せ、自らの身で受ける。受けた攻撃は、スキル【怠惰反響】で跳ね返す。
自らを盾とし、動かないことが邪魔でしかない獣だ。
『さて、血も十分に蓄えた。2年ぶりの兄貴との共闘だ…なのに、俺の相手は動かないことで有名な雑魚…。』
手始めに、指先に血の塊を硬めて弾丸を作り出し発射する。
『ばふぅーーー。』
バリアのような壁に阻まれ、弾丸は180度回転…跳ね返ってきた。
『まあ、当然そうなるよな。』
スキル【干渉拒絶】によって弾丸は勝手に逸れていった。
『ばふぅーーーーー!。』
俺を敵として認めたのか、獣がスキル【土人形(女性)】を発動した。
ウェディングドレスを着た女性の姿をした土人形。その口元には裂けた口と尖った牙が見える。獣本体は動かないが、このスキルで召喚された土人形で攻撃を仕掛けてくる。
加えて土人形の動きは速い。フラフラと不気味な動きで迫り、その牙と長い爪で攻撃してくるのだ。
数は最大で【8体】。1体1体が【レベル100】くらいの戦闘力を持っている。
『まあ、そう来るよな…。』
ゲーム時代は、素早い動きと【8体】の連携で手も足も出なかった時もあった。
だが、今の俺に…いや【クロノ・フィリア】にしたら雑魚でしかない。
『【呪血槍】!。』
自らの血で作った血の槍。
不用意に俺の間合いに入った1体を貫いてやった。
『きぇっ!?。』
どうやら、俺のスピードを捉えられなかったようだ。自らの身体に突き刺さった槍に驚愕している。
もう…その反応で雑魚確定じゃねぇか…。俺、殆ど力を入れてないんだぜ?
残りの【7体】も呆気にとられている様子だしなぁ。
『きぇぇぁぁぁあああ!!!』
気を取り直したのか…【7体】の土人形が俺に飛び掛かってきた。何か…気持ち悪りぃな…。しかも、俺の【干渉拒絶】の影響で顔面歪みまくってやがる…。
『うぜぇ…【呪血槍】!。【軍槍】!。』
全身から無数の血の槍を発射する。
【干渉拒絶】の影響化では、敵の動きに制限が掛かる。捉えることなど容易い。
『俺の槍は貫いた者の血を奪う。まぁ、土人形のお前等には関係ないか。これで、トドメだ。【呪血槍】!。【破軍】!!!。』
一本の血の槍から枝分かれさせた無数の血の槍を勢い良く乱射する。
元々は俺の血液だ。形も強度も俺の意思で変えられる。俺の血であれば好きな場所、どんな場所からでも無限に槍が出せる。
敵の肉体を貫いた槍は、その体内から弾けたように無数に分裂し飛び出した。全身から槍を生やした土人形等は、ボトボトと元の土に戻り粉々に砕け砂となって散った。
『さて、確か…この土人形は続けては使えなかった筈だよな?。』
スキルには、使用回数が設定されているもの、再び使用するのにリキャストタイムが設定されているものがある。その2つの設定は主にモンスター側に設定されていた。
基本的にプレイヤーが扱うスキルは魔力を消費するものが多く、魔力さえあれば連続使用も可能。余程、強力なスキルには重い制約があるものも多いが、それはプレイヤー自身が決めることも出来た。
『後は丸腰のお前だけだ。HPが少なくなると暴れまわるスキルがあるお前は一撃で倒せば問題ないわけだ…神具…。』
【怠惰の獣】が持つスキル【怠惰反転】は、HPが3分の1以下になると、今まで動かなかったのが嘘かのように暴れ狂うという凶暴化のスキルだ。
横に寝転がっている今ですら驚く程の大きさの身体を持っているのに、その巨体が立ち上がり無差別に暴れ回るのだ。たまったものではない。
コイツを暴れさせない為には、HPを一撃で0にするのが手っ取り早い方法ではあるのだが、その巨体に見合うだけの高いHPが当時のプレイヤー達を苦しめた。
だが、今の俺には無駄なこと。
コイツを一擊で倒すことなど造作もない。
右の手に出現する赤黒く脈動する細く長い刀。脈動する刃は常に血液のような赤黒い液体が滴り落ち、柄に埋め込まれた頭蓋の部分から伸びる5本の針が付いた触手が不気味に蠢いている。
『【呪血縛脈吸刀】。』
意思があるように蠢く触手が刀を持つ手に巻き付いていき身体に針を突き刺してくる。
『待たせたな。怠惰の雑魚よ。そして、さよならだ。神技…。』
触手を通して体内の血液が刀へと流れ、送られていく。刀を天に掲げ魔力を最大に解放、赤黒い光を放つ刀身の脈動が更に速く激しさを増し、刀身を取り囲むように螺旋状の液体が溢れ出る。
『【呪血黒爪赤牙】!!!。』
巨大な赤黒い三日月状の広範囲の斬擊と螺旋状に広がる斬擊。極限まで圧縮され魔力で強化させた斬擊の全てが血液のウォーターカッター。全てを斬り裂く呪血は獣の身体をバリアごと切断し、粉々に粉砕すると同時に、瞬時に獣の身体から血液が抜き取られ刀へと吸収されていく。
『うめぇな。雑魚のクセに。良い血を持ってるじゃねぇか。ははははは。』
神具を消し、周囲の血液を自らの肉体に戻す。身体中の損傷は消え去り元の状態へと戻った。俺の血さへ混ざればどんな相手の血も支配下に置くことが出来る。当然、奴の血液は俺の中に取り込まれた。
『さて、終わりだ…ふむ。アイツ等の応援でも…行くか…。まぁ、苦戦はしてねぇだろうがな。』
ーーー
猫背のまま、とぼとぼと歩き始める矢志路の向かう先は彼を慕い、彼が力を与えた少女たちが戦う戦場だった。
『…別に心配じゃねぇ…けど…まぁ…危なくないか…見るだけだ…って、俺は誰に言ってんだか…な。はぁ…。』
生気の無い表情のまま独り言を呟きながら歩いていく矢志路であった。
ーーー
【色欲の獣】。
プレイヤーを【睡眠状態】へと誘い戦闘不能にする獣。夢の中では、対象が最も望む性的な夢をみせ、その間に本体からHPを奪い取る。
また、姿を対象が好むモノに変化させ、プレイヤーの戦意を削いでいく。
本体は、天使型の男性の姿をしており、両翼から雷を発生させ攻撃することが出来る。
『【呪血毒針】!!!。』
『速いっ!?。』
黒璃が放つ緑と紫が混ざり合う色をした針が【色欲の獣】に命中した。
獣は認識出来なかった…黒璃の攻撃を。突然、頭上に出現した7本の針…いや、この太さは最早、針ではない…それは杭だ。
黒璃のレベルは【120】。
本来、同レベルの相手に対し一方的な攻撃は難しい。どんなにスキルに特殊な能力を付与していたとしても自然に拮抗するような戦いになることが多い。
余程、特異な能力や厳しい発動条件をクリアしたスキルなら話しは別だが、今、黒璃が使用しているスキルは単純な飛び道具での攻撃だった。
それを認識すら出来ないことに獣は驚いていた。
『凄い!。凄い!。凄い!。全然違うよ!。身体が軽くてスキルも強化されてる!。』
『うん…凄い。【呪血千手腕】。』
暗がスキルを発動する。
暗の背後から出現する巨大な無数の腕。暗の意思通りに動き、実体と霊体のどちらでも掴み取ることが出来る。
『な!?。何だ!?。動けん!?。我が雷が出せないだと!?。』
獣を握り締め身動きを封じた暗の腕。
その腕に包まれたが最後、身動きはおろかスキルの発動すら封じる効果がある。
『えいっ…。』
『なっ!?。ぐあっ!?。』
獣を掴んだ腕を振り下ろし、地面に叩き付けた。
『ええ!。流石はご主人様の力ですね!。身体が軽い!。今までとは別の身体のようです!。』
高く飛び上がる聖愛。手に持つは、十字架の形をした剣。
『喰らいなさい!。スキル!。【呪血十字光】!!!。』
『ぐいいいいいぃぃぃぃぃ!?!?!?。』
獣の腹部に突き刺された十字架の剣から光の柱が放出され天へ昇る。対象を浄化することに特化した光属性攻撃。
現在は【ある理由】から属性が反転しており、光属性に対して絶大な効果を発揮する。
『凄いね!。2人も、凄く強くなってる!。』
『ええ!。信じられません!。どんどん力が湧き上がって来て…。』
『強い…。』
自身の強化された能力に驚きつつ、彼女たちが主人と慕う矢志路と交わした契約が思い出される…。
~~~~~
『だが、1つだけお前たちに言っておく事がある。そして、選択しろ。』
『矢志路君?。何を?。』
『ぅん?。』
『何を…でしょうか?。ご主人様。』
『強さを得るか。自由を得るかだ。』
矢志路は話を続けた。
『お前たちは現在、俺が一方的に血の契約を交わし無理矢理、魔力による繋がりを作っている状態だ。この状態は、お前たちの心の動きや思考などが、感情の昂りに反応して俺に伝わるというものだ。』
『思考も読み取られちゃうの!?。じゃあ、私が矢志路君で色々妄想してたのもバレちゃってるの!?。』
『お前…そんなことしてたのか…。…いや、普段はお前たちの心の負の感情が生まれた瞬間をトリガーにしている。だから、気にせず自由に妄想しろ。』
『うん!。する!。』
『何故、嬉しそうなんだ…。』
にやぁ~~と、笑いながら照れている黒璃。
『では、ご主人様の契約には、その上がある…ということでしょうか?。』
『…上?。』
聖愛が推察する。
『なかなか察しが良いな。…ああ、その通りだ。だが、俺はあまりオススメはしない。だから、内容を聞いた上でお前たちが決めろ。』
『うん!。』
『はい。』
『…ぅん。』
全員が頷いた。
『上位契約の方法は俺の血をお前たちが飲むというモノだ。』
『矢志路君の血を?。』
『現状、お前たちの血を俺が飲んだことで行った仮契約みたいなものだ。繋がりは薄い。』
『そ、そうなんだ…。』
何故かガッカリしている黒璃を無視して話を進める矢志路。
『だが。お前たちが俺の血を飲む方の契約は、得られる効果も絶大だが、お前たちへの影響力も大きい。』
『…と、言いますと?。』
『契約の内容は、お前たちに俺のスキルの一部が付与され、種族が【半吸血種】へとなる…というもの。』
『…スキル…どんな?。』
『【呪血操作】というスキルと【呪血再生】というスキルだ。』
【呪血操作】は、自身の血を自在に操るスキル。
形状、硬度を意思一つで変更可能。だが、黒璃たちの場合、元々が吸血種ではない為、既に所持しているスキルと融合する形になる。
【呪血再生】は、他者の血を摂取することで傷を癒す回復スキル。
『凄いね!。矢志路君と一緒になれるんだ!。』
『ええ。種族も変わるなんて…。』
『…すごい…。』
『大事なのはこの後だ。』
『私たちへの影響ですね。』
『ああ…契約が成立した瞬間…お前たちに強力な【魅了のスキル】が掛かる。』
『魅了!?。』
『ど、どういう…ことですか?』
『…魅了…。』
【魅了】は、対象者を自身に惚れさせ骨抜きにさせるスキルだが、血の契約を交わした間で成立した場合は、特殊スキル【呪血契約】により対象者に【魅惑】の効果を与えることとなる。
この場合、矢志路に対して黒璃、聖愛、暗の3人は【魅惑状態】となり、惚れ込み、矢志路の発言に対し一切の否定が出来なくなる。…どころか、言われたことを心から喜んで実行してしまう状態になる。
『全てを心から肯定してしまう。そんな状態になってしまうのさ…。だから、選択しろ。今のままでも、俺がお前たちの願いを全力で叶えてやる。幸せに暮らしたいのなら契約などしないに越したことはない。もしも、契約してしまったら、戦いに巻き込まれるだけだ。それに【魅惑状態】など、ソイツの意思を強引にねじ曲げた洗脳だ。そんな状態に、俺はお前達をしたくはない。』
『矢志路君!。』
『何だ?。もう決めたのか?。さっきも言ったが俺はオススメはしないぞ?。』
『『ご主人様。』』
『お前たちも決めたか?。』
3人で見つめ合い、アイコンタクトで頷く。
『矢志路君!。私たちと契約して下さい!。』
『はぁ!?。話を聞いてたか?。【魅惑状態】は一種の洗脳だ。お前たちの意思をねじ曲げるようなもんだぞ?。』
『私たちを助けてくれた矢志路君だから契約したいの!。』
『ええ。ご主人様。私も暗ちゃんも同じ気持ちです。私たちを助けてくれたご主人様と共に戦わせて下さい。』
『…ぅん。』
『…良いのか?。本当に?。』
『それにね…。』
『ん?。』
『私たちはとっくに矢志路君のことが大好きだよ!。』
~~~~~
こうして、黒璃たちは矢志路と契約した。
『魔の者よ。それくらいの攻撃では我を倒すことなど出来んぞ。』
獣の翼から何枚もの羽が舞う。
『これは確か?。』
『ええ。眠りを誘う羽ですね。』
『けど…眠くないよ…?。』
『あれ?。そうだね?。全然、眠くならない?。』
『ご主人様の種族のおかげね。』
【半吸血種族】となったことで睡眠の必要がなくなっている3人には、眠りに対する耐性が付与されている。
眠らなければ、獣の夢をみせるスキル【色情夢現】は発動できない。
『くっ!?。何故、眠りにつかん?。ならば!。』
獣の姿が変化し美男子へと変わった。
『どうだ?。魔の手先よ!。お前達の心を投影した理想の男の姿だ!。惚れよ!。惚れよ!。そして、骨抜きとなれえええええいっ!!!。』
獣の姿をじっと見つめる3人娘。
『確かに格好いいけど…矢志路君の方が1万倍…1億倍…違う…もっと!。もっと!。格好良いもん!。』
『ええ。ご主人様と比べるなんて出来ません。ご主人様に失礼です。』
『…不細工。生理的に無理。』
鳥肌を擦りながら身を引く3人。
魅惑の状態である3人には他の男に靡くことは決して有り得ない。
つまりは、【色欲の獣】の持つ全てのスキルが今の彼女たちに何一つ通用しないということ。
『ぐっ!。我に精神的なダメージまで負わせるとは…ならば!。ならば!。ならば!。天の怒りを知れえええええぇぇぇぇぇいっ!!!。』
『…それ…効かない…。』
獣の翼から放たれる雷の閃光。しかし、それを軽々と暗の巨大な腕が防ぐ。
『何!?。我が雷までも!?。ぶっ!?。』
ついでに暗の腕が伸びて強烈なビンタが獣を襲う。
『トドメね!。呪血毒針!。』
『ぐっ!。忌々しい!!!。離せ!。』
毒針で地面に張り付けにされる獣。
『行きます!。最大出力!。【呪血十字光】!!!。』
『ぎああああああああああぁぁぁぁぁ!!!。』
十字の光に貫かれ、獣が消滅する。
矢志路の力を得た彼女たちのレベルは【限界突破2】のスキルを持たない故に、数字の面では【120】だが、実際は【140】相当の強さに該当する。
【レベル120】の【色欲の獣】では相手にならないのは必然。当然の結果だった。
『私たち…強くなってる…矢志路君に近付けてる…。』
『勝ちましたね。ご主人様に褒めて貰わなくては…。』
『ぅん。頑張った。』
3人は、もう矢志路に守られるだけの存在ではない。これからは共に…そして、いつか矢志路と並んで歩けるようになりたいと心に誓うのであった。
『ははは。予想通りだったな…誰も傷ついてはいない…。心配などしていなかったさ。ははは。ふぅ…。少し疲れたな…。』
そんな3人の様子を物陰から見守っていたツンデレの笑い声が虚しく響いた。




