第398話 メゼスファレン
『ここは…住居が沢山並んでますね。人もいっぱいいます。』
『うん。中心部からは少し離れてて、この国の一般の人たちが暮らしてる居住エリアだよ。青国の国土の大体半分を占めてるんだ。』
『凄く賑わっていますね。』
『うん。海も近いからね。新鮮な海産物がいっぱい獲れるからお店も沢山出てるよ。他は雪山と氷山に囲まれちゃってるからね。』
アクリスお姉さんと飛ばされた場所は居住区。
流石にここら辺には敵はいなさそうかな?。
『夢伽。少しだけ、行きたいところがあるんだけど行っても良い?。』
『はい。大丈夫ですよ。』
『ありがとう。』
少し寂しげなアクリスお姉さん。
ここはお姉さんの出身の国。
きっと家族もいるのではないでしょうか?。
そういえば、アクリスお姉さんのことはあまり知らないです。
居住エリアでも特にお家が密集している区画から抜け、家が疎らに建っている場所に来ました。
大きな田んぼや畑が広がっていて、少し外れただけなのに雰囲気が田舎になったような感じです。
そして、更に進んでいくと海が一面に見渡せる崖の上に辿り着きました。
落ちないように長い柵が取り付けられていて、様々な花や緑が丘の上まで咲いていました。
潮の香りが強く、風も髪が靡くくらいに吹いています。
そして、その場所に建物が一つ。
真っ白で、大きな教会のような立派な建物が鎮座していました。
『教会…ですか?。』
『んん…教会というより病院かな。教会としても使われていたけど。まぁ、古い建物だからね。私が最後の患者さんだったんだ。』
『何処か病気だったんですか?。』
『ん?。ああ、閃君から聞いてないんだね。はは。そうか。言わないでくれてたんだね。』
『アクリスお姉さん?。』
『こっちに私のお墓があるから。』
『お墓!?。えっ!?。どういうことですか!?。』
無言のアクリスお姉さんについていく。
道案内されながらお姉さんは自分の過去の話をしてくれました。
生まれてすぐにエーテルが身体を蝕む病気になり苦しんだこと。
ずっとお母さんと、教会の神父兼お医者さんの先生に診て貰っていたこと。
最期はエーテルに身体が耐えられず死んでしまったこと。
暫く歩くと教会の裏手に小さなお墓が二つあった。
『な………何で………。』
お墓を前に立ち止まるアクリスお姉さん。
その表情は驚きを隠せないでいた。
お墓を見ると墓標にはアクリスお姉さんの名前が刻まれていて、もう一つのお墓には…。
『アクリム…。』
『わ、私…の…ママの…名前…。』
搾り出すように声を出したアクリアお姉さん。
アクリアお姉さんのママ…お母さんのお墓?。
え?。つまり、アクリスお姉さんのお母さんは死んでいる?。
『何が…あった…の?。』
戸惑いの声を出したアクリアお姉さんと同時に後ろからガシャンと何かが落ちる音が聞こえた。
『っ!?。』
『だ、誰?。』
『あ、アクリス…さん?。』
そこにいたのは水の入った桶を落とした一人の男性。神父服に身を包んだ優しそうな人だった。
その神父さんがアクリスお姉さんに対して凄く驚いた表情を見せている。
『先生…。』
『アクリスさん!。本当にアクリスさんなのですか!?。』
『うん。生き返った…とはちょっと違うけど…戻ってきました。信じられないと思うけど。』
『……………ふむ。神のいる世界ですし…信じましょう。』
『うん。神様が救ってくれたんだ。』
『そうですか。ここでは話がしづらいですね。中にどうぞ。詳しい話は中で。』
神父さんに案内された私たちは教会の中に入る。
『ねぇ。どうしてこんなに荒らされてるの?。』
『それは…。ああ、此方の椅子にどうぞ。比較的綺麗なので。今、お茶を淹れましょう。』
奥に消える神父さん。
アクリスお姉さんは教会内を見渡している。
『お待たせしました。此方をどうぞ。』
『あ、ありがとうございます。』
『ありがとう。先生。』
淹れて貰ったお茶を飲む。
芳ばしい深い味わいが独特なお茶だった。
私たちの対面に座る神父さん。
小さく深呼吸をして私を見た。
『そちらのお嬢様とは初めてですね。申し遅れました。私はこの場所で司祭と医者を職業をしていました。メゼスファレンと申します。』
『あ、ご丁寧に。私は夢伽です。宜しくお願いします。』
『アクリスさんも、改めて、お久し振りですね。今は元気になられたようで...何よりです。』
『うん。ちょっと特殊な状態だけどね。元気だよ。私の方こそ、私をずっと看病してくれてどうもありがとう。』
『いいえ。それが私の務めです。それに…。』
言葉に詰まるメゼスファレンさん。
何か言いづらそうにしている。
『ママは…どうしたの?。』
そんなメゼスファレンさんにアクリスさんが切り込む。
一刻も早く真実を知りたいと、そんな思いが伝わってくる。
『アクリム…さんは…お亡くなりになりました。』
『っ!?。』
『っ!?。ど、どうして…ママは…病気じゃなかったよね?。最期の別れの時も…元気に笑ってくれてたのに…。』
アクリスさんの瞳から大粒の涙が止めどなく流れている。
お墓を見た時点で察していただろう。
けど、現実を突き付けられたことで否応なしに真実に直面した。
『殺されたのです。』
『は?。え?。コロ…。え?。今…何て?。』
『殺されたのです。青国の幹部の一人に。』
『ど、どういうこと?。分かんない!?。分かんないよ!?。何があったの!?。ねぇ…先生…教えてよ…。』
『………あれは、貴女とお別れして少し経ってからのことでした。青国が異界の神との戦いに備え活発に活動し始めたのです。そして、魔力…いえ、エーテルに順応出来る個体を民の中から探し選別を開始したのです。エーテルを身体に宿しても活動できる個体を…。』
『ママが…そうだったの?。』
『はい。本来であれば生物の肉体には魔力が宿ります。生物が生まれながらに持つ生命力を形にしたモノが魔力です。そして、魔力はエーテルを生物が扱えるように限りなく弱めたモノ…でもある。エーテルとは比べ物にならない弱い力なのです。』
『うん。それは知ってるよ。エーテルは本来、神様が持つエネルギーだからね。』
『その通りです。仮に生物がエーテルを身体に取り込んでしまった場合、肉体はエーテルの強さに耐えられず崩壊していく。かつての…アクリスさんのように。』
『うん…。』
『ですが、極稀にいるのです。エーテルを当然のように肉体に宿す、又は、外的要因によってエーテルを注入されても問題なく活動できる個体が…。』
『それが…ママ…だったの?。』
『はい。ここの荒れようを見て下さい。私が来た時には既に荒らされアクリムさんは連れ去られてしまった後でした。』
『………ママ。』
『その後、私は教え子などのコネクションを頼りにアクリムさんの捜索を始め………。』
『どうなったの?。』
言い淀むメゼスファレンさんにアクリスお姉さんが質問をする。
『正直に、ありのままを話すと…アクリムさんは見つかりました。内臓などの身体の中身を全て取り除かれた骨と皮だけの状態で捨てられていたのです。』
『ぅっ…。』
小さく嗚咽を漏らし外に出ていくアクリスお姉さん。
『アクリスお姉さん!。』
『そっとしておきましょう。少し時間が必要でしょう。冷静になる。私から話せることはもうありません。もし、差し支えなければ貴女方のことをお聞きしても宜しいでしょうか?。』
『あ、はい…大丈夫です。』
アクリスお姉さんは心配だけど。
今はそっとしておいた方が良いかな。
それに…。
『私たちは旅をしていました。』
これまでのことを簡潔に説明する。
あまり長々と話しても色々とあり過ぎて混乱させちゃうだろうし、正直、アクリスお姉さんが心配で集中できない。
それに気を許せない状況なのは間違いないだろうし。
『あれ?。』
話をしている最中。
不意に目の前が回り始めた。
僅かな手足の痺れ、そして、徐々に意識が薄れていった。
ーーー
『さて…やっと薬が効きましたか。即効性の薬だったのですが、流石は異神と神眷者…と言ったところでしょうか。』
立ち上がったメゼスファレンはテーブルに俯せに倒れる夢伽を抱き抱えテーブルの上に寝かせた。
そのまま、外に出てアクリス、アクリムの墓の前に倒れているアクリスを見つけると、気を失っていることを確認。その身体を拾い上げ夢伽の横に運び並べた。
『ふふ。まさか、あのアクリスが神眷者となるとは、神の気紛れとは常に我々の想像の上を行きますね。さて、研究の素材としては申し分無いモノが手に入りましたね。このままリスティナ様に報告するには少々勿体無い気がしますが…。』
二人の身体をテーブルの上に乗せ、手元の機械を操作すると、床が開きそのまま下の階層に運ばれていく。
その後を追い、教会の奥にある階段から下に降りていくメゼスファレン。
後に残ったのは何事も無かったように、戻っている荒れた教会内だった。
『さて、ふふ。研究を始めようか。』
幾つものモニターが並ぶ地下室。
薄暗くも広い空間には数え切れないカプセルが置かれ、そこから伸びるコードがモニターや色とりどりに光る機械に繋げられている。
カプセルの中は奇形の生物や、生き物の内臓などが謎の液体の中で浮かんでいる。
そんな如何にもな研究室の中で、メゼスファレンは何本ものコードを取り出している。
『さて、これでまずは体内に流れるエーテルを調べよう。ああ、その前に血液検査か。ふふ。はぁ、気持ちが高揚するねぇ。神の身体を弄れる機会などそうは訪れないからなぁ。さて、被検体の名前はアクリスと…夢伽…だったな。』
『へぇ。教会の下に研究室があるんですね。』
『結構、使い込んでるみたいだね。もしかして、私が生きてた時からずっとこの場所で研究してたの?。』
『なっ!?。』
突然、間近で聞こえた声に反応したメゼスファレン。
瞬時に声の方に振り向きながら距離を取った。
『ねぇ。先生。ここで何をしてたの?。』
『アクリス…それに夢伽…。馬鹿な。私が長年に渡って研究した神すらも眠らせられる薬だぞ?。何故、平気なん…だ!?。いや、それよりいつから私が怪しいと気付いていた!?。』
『お茶を淹れてくれた時からだよ。まさか先生が毒を盛ってくるとは思ってなかったから…。』
『アクリスお姉さんがお茶に淹れられた毒に逸早く気付いて教えてくれたのです。』
『残念だけど、私の身体ってちょっと特殊な状態なんだ。だから、毒とかそもそも効かないんだよ。』
アクリスは神具を起動させ、周囲にエーテルで創られた金魚を解き放つ。
『私は毒に耐性はありませんが、アクリスお姉さんの神具によって解毒してくれました。』
『アクリス…お前は神眷者ではないのか?。ムダンからの報告では…。』
『それは古い情報だよ。今は神眷者じゃない。』
アクリスは閃との契約によって同化した神獣のような存在となっている。
閃のエーテルで肉体を形成しているので、肉体の性質も閃の持つ性能を引き継いでいる。
『チッ…ふぅ。ここを見られたからには言い逃れ出来んか。』
『先生…貴方は何者なの?。』
母親と同じくらい信頼していた人物に震えた声で問うアクリス。
気丈に振る舞ってはいるが、その表情は非常に辛そうに見える。
歯を食い縛り、瞳には涙を浮かべていた。
『ふふ。そうだな。もう隠しても仕方がないか…。私は青国が最高幹部の一人。主に生物の肉体をエーテルに対応させるようにする実験をしている。メゼスファレンだ。神具。起動。』
メゼスファレンの周囲に展開される浮遊する四枚の盾。
『異世界の神具【プロム・シルケード】。この場所を見られた上に、私の正体を知ったお前たちは決して生かしてはおかない。大人しく殺され私の実験台となって貰う!。』
優しかった記憶の中のメゼスファレンとは全く異なる威圧感と殺気を放つ姿を見たアクリスは、激しく怒りを抱いていた。
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