第396話 鋼食流銀身体 メタクターヌ・リュージュ
赤黒く染まる天空。
血に染まる大地。
乾いた風に運ばれる鉄の臭い。
ジグバイザの持つ神星武装。
それによって創られる支配空間。
【鮮血刃鉄陣獄 ジグバガイガル】
その空間は、金属。主に刃物を創造することに特化したエーテルが満ち、本体であるジグバイザの意思によって自在に刃物を出現させることが出来る支配空間。
刃物を創造し発生させる場所は、他者のエーテルの干渉しない場所以外なら何処でも良く、空間のほぼ全てが攻撃範囲となっている。
加えて、ジグバイザ自身も金属の身体を持つ武器の集合体。
本来の金属の硬度と纏うエーテルによって高い防御力を備えている為、物理や熱に対する高い耐性を持っている。
弱点は特殊な金属をも融解させる超高温や酸化による錆などがあるが、それも内在するエーテルでの防御がある程度可能。
更に全身が刃物が複雑に組み合わさっている。全身で攻撃が可能であり、身体を分離・遠隔操作が可能で空間的に攻撃することも出来る。
そんな無敵に近い能力を持つジグバイザは、現在、ゆっくりと後退している。
理由は、目の前の少女、銀が放つ異様な気配と直視した現実をジグバイザ自身が理解できない不安と恐怖によるものからだ。
『ギギギッ!!!。』
無数の鋼鉄性のワイヤー。触れたモノを切断する鋭さと不可視に近い細さ、そして、他の金属と同等の強度と硬度を併せ持つ。
全方位。逃げ場のないワイヤーの網が銀を取り囲むように放たれた。
触れれば忽ちバラバラに切断されること必至。
そうジグバイザは信じていたのだが…。
『無駄です。何度やっても。』
銀はただ歩いているだけ。
ただ真っ直ぐにジグバイザに向かってゆっくりと、優雅に、上品に。
避ける素振りも、防御する素振りも見せず。
手応えはあった。ワイヤーを含め、全ての創造した金属には本体のジグバイザが感知できる触覚がある。
そのお陰でジグバイザは更に混乱することになる。ワイヤーは確かに銀に触れたのだ。触れた感触は伝わった。
が、伝わった瞬間に感覚が消失したのだ。
『ギギギッ!?。何で切れない!?。お前。何もしてない!?。』
そして、また一歩。ジグバイザは後退する。
『ふふ。何故でしょうね。それよりもそんなに遠ざからないで下さい。いつまでも追い付けません。』
『黙れ!。』
今度は銀のいる周囲の空間全てから彼女を包囲するように大量の刃物が所狭しと出現した。
地面から、空から、全ての刃先が銀に向けられ、ジグバイザの合図と共に一斉に放たれた。
しかし、結果はどれも同じ。
手応えは伝わるが、銀に触れた瞬間に感覚が失われる。
創造した全ての刃物を発射し終えた後、その場には銀しか立っていなかった。
『……………はぁ。能力…間違ったな。俺でも勝てんな。あれは…。』
過去の記憶と目の前で起きている現象から逸速く銀の能力を見破った雨黒がため息と小さなぼやきを漏らした。
『何故消える!?。溶けてる?。お前。能力。熱!?。』
ワイヤーの先端。銀に触れた箇所は僅かに溶けたようになっていたことから、自らの弱点の一つである超高温を銀が操り迫る金属の全てを溶かしたと推測したジグバイザ。
しかし、それも違うことは明白。
ジグバイザの金属を溶かす程の高熱を銀が操っているのであれば大気そのものが歪む熱を放っていないとおかしい。
支配している空間内だからこそ理解できる。
銀の能力は熱ではないと、しかし、それ以外にジグバイザには目の前で起きている現象を解明出来ないでいた。
『ギギギッ!。なら。直接。斬る。』
腕を変形させ両腕が剣になる。
甲高い金属音を響かせながら全力で銀との間合いを詰めたジグバイザ。
振り下ろす刃が眼前に迫っても銀は無防備のまま、その剣を自らの身体に受けた。
『やった!。斬った!。』
『ふふ。やっと。近づいてくれましたね。』
『ギギギッ!?。』
迂闊だった。
もっと早くに気が付くべきだった。
銀の身体はジグバイザの剣で斬り裂かれたように見えるも実は違う。
刃ごと身体に取り込んでいた。いや、食べていたのだ。
『ギギギッ!?。食ってる!?。俺を!?。食ってる!?。』
『ええ。そうです。やはり本体は先程までの空間から創造した他の金属よりも濃厚で美味ですね。』
『逃げる!。離れる!。でないと。死ぬ!。』
『あら?。お待ち下さい。私。まだ食べてます。』
『ギギギッ!?。』
銀の身体から滴る液体が接触した箇所を伝いジグバイザの身体に乗り移っていく。
不透、その部分を切り離し距離を取るジグバイザ。
切り離されたパーツは無慈悲にも銀の中へと吸収されてしまった。
『ふふ。美味しい。』
舌舐りと妖艶な雰囲気に感じない筈の悪寒が走るジグバイザ。
そこで思い出した。銀が先程放った言葉を。
「私と貴方の相性は圧倒的に私に有利ですのでお気をつけ下さい。」
それは本当のことだった。
これは銀にとって戦いではない。
ジグバイザは銀にとっての食べ物。
銀にとって今行われているのはただの食事なのだ。
『もうお分かりでしょう?。貴方に勝ち残る術も、生き残る術も残されてはいません。さぁ、諦めて私に食べられて下さい。さて、神具。』
『ギギギッ!?。』
『【鋼食流銀身体 メタクターヌ・リュージュ】。』
銀の身体から滴る銀色の液体がジグバイザへ伸びる。
身体を分離し回避を試みるも、自在に形を変化させ高速で包囲してくる液体金属に次々と分離した身体が捕まっていく。
『ギギギ!?。食われてる!?。吸収されてる!?。身体が失くなる!?。』
一度でも液体金属に触れたら最後。
その箇所から侵食され溶けていくように徐々にその範囲を拡大していった。
逃げようにも、液体の金属が纏わり付き自由も奪われたジグバイザは瞬く間に核のみの存在となってしまった。
『ギギギ…ギギギ…。』
『これで貴方は終わりです。ここまで丸五日間走り続けたので空腹だったのですが、さて、デザートと参りましょうか。』
『ギギギギギギィィィィィ………。』
潰されるのでなく、削られるのでもなく、ジグバイザの核は銀の手の平に溶けていくように吸収されてしまった。
断末魔にも似た金属音の後、ジグバイザのエーテルが完全に消失する。
『御馳走様でした。中々に美味でした。』
『……………あんなに苦戦したのにな…戦いですらなかった。』
『ええ。これも相性です。なので気にすることはありませんよ。暗殺者なのに隠れることの出来ないなんて。ええ。暗殺者って何でしたっけ?。ああ。ごめんなさい。独り言ですのでお気になさらず。』
『……………。』
『さて、この支配空間のコントロールも奪ってしまいましょうか。ジグバイザ様の能力を含めた全てを吸収しましたので。』
赤黒い空が銀のエーテルの影響を受けて変化する。
金属に光が当たり角度によって様々な色に変化するように、七色に輝くオーロラを彷彿とさせる空模様に、支配空間が銀の色に染められた。
空間を支配していたジグバイザのエーテルは完全に銀のモノへと上書きされたのだった。
『それにしても、あれだけ強いジグバイザをあんな簡単に吸収出来るとは…。』
『ああ。ここに来るまでにエーテルを内在したお菓子が沢山ありました。この国は私にとってお菓子の楽園ですね。エーテルも一緒に吸収したのでかなり強くなりましたよ。』
『機械兵がお菓子か…。』
『ふふ。まぁ、それは良いです。さて、雨黒様。この国で何が起きているのか。貴殿方は何をし、何を目的として行動しているのかを教えて下さい。今後の行動の方針を決めますので。』
『あ、ああ。それは構わない。』
支配空間を解いた銀。
『ああ。その身体では動けないでしょう。私が運んで差し上げましょう。』
雨黒は今、全身に重傷を負っている。
液体金属を操作して雨黒の身体を持ち上げる。
まるでクレーンゲームのように吊るされた。
『おい。』
『安心して下さい。落ちていた腕は拾いました。』
『違う。そうじゃない。』
『…もしや、気付いていらっしゃるのですか?。』
『は?。何のことだ?。』
『すみません。貴方のナイフも美味しく頂きました。』
『何っ!?。』
『何て言うのでしょうか…何て表現しましょうか。貴方のエーテルから生まれたナイフはとても濃厚な味で高級なクッキーのようでした。あのぉ~。宜しければもう少し頂いても?。』
『嫌だ。絶対。』
『ええ~。不満です。』
『ああ。俺もだ。色々と。』
その後、数え切れない数の機械兵に襲われるも、その全てが銀の食事になっていった。
ーーー
『居城から随分と遠くに飛ばされちゃったね。
』
多くの高層建築物の間を抜け頭数十個分天空に伸びている居城の光。
まさか、あんな奇襲を受けるなんて。
『ポラリムを連れてこないで良かった。』
知らない女の人。
知らない神具での広範囲攻撃。
「そうですね。大規模攻撃による敵戦力の分断。作戦としては理にかなっていますが、まさか自国でそれを行うなんて思いませんでした。青国も本腰を入れた…と、考えるべきでしょうね。」
心の中から聞こえる声。
その声と会話する。
『水鏡お姉ちゃんにポラリムをお願いしたから僕たちの戦力は下がっちゃったけど、ポラリムを守りながら戦うのは難しかったね。』
「ええ。他の方々が無事だと良いのですが。私たちはどうしますか?。」
『居城を目指すよ。きっとお姉ちゃんたちもそうすると思うから。僕はポラリムの意識を取り戻すんだ。』
「心得ました。主様。何処までもお供致します。」
『ありがとう。お姉ちゃん。』
「ふふ。いいえ。それと呼び捨てで結構ですよ。」
『え?。えっと…その…慣れたらね…。』
『うふふ。ええ。期待して待っていますね。』
楽しそうな声に緊張する。
本当に僕の中にいるんだなぁと、改めて実感した。
ポラリム…凄く不満気だったなぁ。
噛みつかれて、引っ掛かれちゃった。
けど…。
『僕…少しは強くなれたかな?。』
「ええ。確実に。何せ私が【神合化】したのですから。」
『エーテルの扱いって凄く難しいよね。』
「今まで魔力しか扱ってこなかったのですから当然です。ですが、主様ならすぐに慣れますよ。勿論、私も力を貸しますし、手取り足取り…ああ、いえ、既に身体を交わらせた後ですからとても深い関係と言っても差し支えないでしょうしね。全身で教えて差し上げますよ。」
『うん!。僕頑張るね!。』
「………ふふ。あらあら。ふふふ。ますます気に入ってしまいますね。主様の無垢さには。少し戸惑っているところを見たかったのですが…ふふ。ますます…うふふ。」
『ん?。どういうこと?。』
「何でもありません。」
『そう?。よしっ!。早くポラリムを助けに行かないとね!。いつまでも残った少しの心のままじゃ可哀想だし!。』
「主様は本当にポラリム様がお好きなのですね。」
『うん!。ポラリムは僕の大切な人だよ!。大好きなんだ!。』
「はうっ!。その純粋で無垢な笑顔…最高です!。」
『どういうこと?。』
「いえ、何でもありません。それより、主様。どうやら招かれざるお客様のようですので戦闘準備を。」
『え?。』
急に雰囲気の変わる声に驚く。
そして、すぐに僕の他のエーテルに気が付いた。
「主様。その場を動かないで下さい。」
声に従い動きを止めた。
すると、水の球体が僕の肩の辺りに二つ現れて形を変え、大きな膜のように僕の身体を包み込んだ。
その膜に阻まれた何かが激しく衝突した衝撃が周囲に弾けた。
『うそっ。今の不意打ちを防ぐのですか?。それに聞いていた話と随分と違うようですね。』
『…………。』
『っ!?。』
知らない女の人が二人、少し離れた場所に立っていた。
一人は1メートルくらいの長い刀を持った女の子。胸だけを隠した上半身にコートを羽織おった袴のようなズボンを履いている。
もう一人は…。
『…っ!?。』
何…この感じ?。
視線を合わせただけなのに背筋に冷たい刃物を走らせたみたいに寒気を感じた。
仮面をつけた女の人…この人の武器も刀。
仮面で顔は見えないけど明らかに僕を睨み付け殺気を飛ばしてきてる。
何よりも二人とも纏ってるエーテルがとても強い。
『ねぇ。確認なのですが、貴方は儀童さんというお方で間違いありませんか?。』
『う、うん。そうだよ。』
『そうですか。人違いではないのですね。これは…うん。想定よりも少し難しい任務になってしまったようですね。』
『お姉さんたちは誰なの?。』
『ああ。申し遅れました。私たちは青国の使者。【神造偽神】の一体。セティアズと申します。此方の方は同じく【神造偽神】の一体。名をシャ……ではなく、フレデカーシャと言います。無口な方ですので反応が無くても気にしないで宜しいですよ。』
『セティアズ…フレデカーシャ…。』
セティアズの名前は水鏡お姉ちゃんに聞いた。
間違いない。
僕は刀を…シャルメルアから借りた刀を抜く。
『おお。理解が早い。ええ。私たちは貴方の敵です。エーテルを扱えるようになっていたのには驚きましたが、それでは余計に逃がしてあげる訳にはいかなくなりましたので、貴方をここで殺させて頂きますね。』
『敵…。』
こんなに早い実戦。
けど、ここで負けてたらずっとポラリムを救えない。
なら、僕は前に進むよ。
「ええ。心強いお言葉と決意。私もお供致します。主様。」
『うん。やるよ!。【惑星環境再現 プラネリント】発動!。』
周囲を惑星の環境に変化させる仮想世界。
氷と水と水蒸気が織り成す青の世界が顕現する。
『これって…。まさか、貴方がエーテルを扱えるようになった要因は神合化したのですか!?。』
『うん。僕は今までの僕じゃない。行くよ。アキュリマお姉ちゃん。』
『ええ。行きましょう。主…いえ、儀童様。』
僕の背後に現れるアキュリマお姉ちゃん。
僕はお姉ちゃんと一緒に強くなる。
次回の投稿は13日の木曜日を予定しています。




