第395話 雨黒VSジグバイザ
接触する全てを切り裂く丸鋸が甲高い音を響かせながら宙を突き進む。
地面を抉り、壁を切りつけ、空気までも切断する。
複数の丸鋸は正確な軌道で俺に向かってきている。
神具【遠隔思念誘導・鋭刺刃牙 ファラバグラ・エジビア】を展開。
それらを駆使し、両手のナイフと併用して叩き落としていく。
高速回転する丸鋸はナイフに当たると火花を撒き散らした。
『チッ…こうも相性の悪い相手とは…。貴様とはどうも変な縁があるようだな。』
『ギギギ…異神…切り刻む。』
『出来れば、会話の成立するヤツが好ましかったのだが…。全くもってやりづらい。』
【神造偽神】が一体、ジグバイザ。
全身が刃物の寄せ集めがくっついた鎧姿。
本体はどうやら胸に輝く宝玉の様だが…破壊を試みてもかなりの硬さを持っているようで、戦闘中での攻撃では傷一つつけられなかった。
エーテルを極限まで練らなければ破壊は無理だろう。
『ギギギ…。いい加減に…死ね。』
『断る。お前が死ね。』
接近戦に打って出るも自在に身体を分解できるジグバイザには俺の持つ対人戦闘が役に立たない。
全身が金属。そして全方位に刃物が飛び出してくるのだ。
硬い上に鋭い。攻撃した此方の方が傷を負うこと必至。
『くらえ。』
『ギギギ。』
無数のナイフを空間的に展開。
エーテルにより俺の意思のままに宙を舞いジグバイザへ波状攻撃を仕掛けるも、ヤツ自身も全身を分解し、迫るナイフの群れに対し刃物による一斉掃射で迎撃してくる。
『勝負がつかんな…。』
いや、長引けば不利だろう。
常にエーテルでナイフを強化し、それを遠隔で操作する俺に対してジグバイザは己の持つ身体の機能だけで戦っている。
こっちは常に神技【星乱渦雨荒嵐刃】で戦っているのだ。
エーテルの消費は俺の方が圧倒的に多いだろう。
ジグバイザとの戦いはこれで三度目。
一度目はナイフを大量に関節部に突き刺すことで動きを封じた。
しかし、関節全てが金属、しかも鎖で出来ているせいでダメージも無ければ大した時間も稼げなかった。
二度目の戦いは神技を使用した。
分離した身体で回避と防御を行いほぼ無傷でコイツは生き残った。
前回の分析は概ね正しかった。
俺がヤツを僅かでも上回っているのはスピード、反応速度。攻撃力はほぼ互角。エーテルの総量も同じくらいだ。
しかし、防御力だけは俺の攻撃力よりも遥かに上だ。
『チッ…首を跳ねるだけの相手ならどれだけ楽か…。』
『ギギギ。お前…しつこい。そろそろ。終わらせる。神星武装。ギギギ。起動!。』
『っ!?。これは!?。空間支配!?。』
『ギギギ…神星武装【鮮血刃鉄陣獄 ジグバガイガル】。』
奴の核である宝玉が眩い輝きを発したと同時に世界の一部が切り取られ上書きされた。
真っ赤な…いや、血液を連想させる赤黒い空。
赤く塗られた金属質な大地は何処までも続き、発生源の分からない耳を覆いたくなるような不快感を与える金属音が響き渡る。
『まるで…地獄だな。』
『ギギギ。これで終わり。ギギギ。』
『っ!?。』
空間内のエーテルの動き。
足下に集中したのを感じ取り咄嗟に跳び上がる。
俺のいた場所。足下から大量の刃物が出現していた。
跳び跳ねなければ串刺しだった。
いや、まだ終わっていない。
空中にいる俺を追跡するように地面から出現
し続ける刃物の大群。着地すれば串刺しは免れない。
『チッ…厄介な空間だな。ファラバグラ・エジビア!。』
神具を出現させ空中を浮遊させ、その上に乗る。
これで地面で串刺しになることはない。
加えてこの方法なら空中を移動できる。
『ギギギ…串刺しにならない!?。だが。終わらない。』
『っ!?。上からもか!?。』
空間内の至る所から剣やら、槍やら、斧やらが出現し飛び道具として発射される。
この空間。奴の意思で自由に刃物由来の物を造り出し、好きな場所から出現させられるのか。
この空間内にいる限り逃げ場はないな。
迫る武器を空中に展開したナイフで迎撃。
乗っているナイフを操作し高速で移動しながら回避に専念する。
さて、どうするか。
いつまでも逃げ回っていては俺のエーテルが尽きてしまう。
内に宿るエーテルの残量を計算する…このまま回避と神具の操作を続けた場合…あと十分程が限界ライン。
突破するには十分以内に奴の核を破壊するしかない…が…。
『これは…分の悪い賭けだな。』
一気に勝負を仕掛ける。
失敗すれば確実に死ぬ。
だが、このまま傍観していても結局死ぬことになるなら勝負に出るしかない。
『ギギギ。当たらない。当たらない。当たらない。』
丸鋸。鋸。刀。剣。槍。薙刀。矢。ナイフ。包丁。斧。鉞。鍬。鎌。鉈。錨。鋏。剃刀。
考えられる刃物が縦横無尽に宙を舞い、その全てが襲い掛かってくるのだ。
俺にしたら悪夢でしかない。
『神技【星乱渦雨荒嵐刃】。』
『ギギギ!?。』
空を覆うナイフの星々。
輝く星は流星のように降下し飛び交う刃物を撃ち落とす。
『さぁ、勝負と行こうか。』
数億、数兆のナイフが連続で掃射される。
そして、その流星の中を一気に駆け抜けていく。
出現する刃物はその瞬間にナイフで貫く。
周囲が金属音で埋め尽くされる中、俺はジグバイザ本体に向けひたすらに突進する。
『ギギギ!?。』
本体が複数の刃物に分離し、俺への反撃に移った。
その間も、四方八方から刃物が召喚され続ける。
いちいち一つ一つの対処など不可能な数。
エーテルの気配のみを読み、その周辺に無作為にナイフの流星を投下する。
下手な鉄砲も数撃ち当たるを広範囲で行い道を作っていく。
ジグバイザ本体の攻撃も両手の二本のナイフで切り落とし、目標である核に向かって突き進んでいく。
『ギギギ!?。狙い。核。阻止阻止!。』
『ぐっ!?。』
刃物を繋ぎ止めていた関節の鎖を解き放ち、鞭のような波状攻撃を仕掛けてきた。
鎖による打撃に加え、全身の刃物が俺の身体を狙い全方向から迫ってくる。
鎖で取り囲まれた!?。
流星による攻撃が防がれている!?。
『ぐあっ!?。』
両手の二本だけでは捌ききれない。
核まであと一歩まで迫っている。
だが、その一歩が遠い。
『ギギギ。逃げ場無し。バラバラになれ!。』
圧倒的優勢。
勝ちを確信するジグバイザ。
その一瞬に、俺の勝ち筋が見えた。
『悪いが、バラバラになるのはお前だ。』
両手のナイフ。そして、移動に使用していた足下の二本のナイフを操作しジグバイザの核周辺の刃物を叩き落とす。
身体を丸めて回転させ、身体全体を一つの塊のようにイメージし全方位にナイフの斬撃を放つ。
『ギギギ。なんてナイフ捌き!?。身のこなし!?。たったナイフ四本で!?。』
『誰が四本だと言った?。』
『ギギギギギギギギギ!?。』
コートを翻す。隠していた並ぶナイフに気づいたジグバイザが甲高い金属音を放った。
隠していたナイフは八十八本。
その全てを残るエーテルで強化し一斉に核に向け放った。
叩き落としたジグバイザのパーツによる防御は間に合わない。
本体の核に直結している頭を両手のナイフで切断、核を守る為に伸ばした鎖も拳と蹴りの打撃で弾き返す。
『ギギッ!?。ギギギイイイイイィィィィィィ!?!?!?。』
連続的に核に命中するナイフ。
例え例外的なまでの硬さを持つ核だとしても全てのナイフによる攻撃には堪えられない。
いや、頼むから堪えてくれるな。
俺の予想と不安は的中する。
『ギギギ。核。二重構造。守り。完璧。』
ナイフでの攻撃は外装部を破壊するに留まった。
核本体は無傷。
あれだけの攻撃が通じなった。
『ギギギ。勝った。お前。負け。』
『ああ。お前の敗けだ。』
『ギギギッ!?。』
二重構造は想定内。
あわよくば、今の攻撃で勝負を決していればと願ったのだが…現実は予想以上に厳しかったな。
完全に露出した核。防御出来る金属は叩き落とした。
完全無防備なジグバイザの本体。この状況。
『これが俺の勝ち筋だ。』
最後の一本。
俺の神具である【遠隔思念誘導・鋭刺刃牙 ファラバグラ・エジビア】の最初の一本であり、無数に存在するナイフのオリジナル。
エーテル濃度も、硬度も、強度も全てが他のナイフを圧倒的に上回る俺自身が持つ最強の武装だ。
それを更にエーテルで強化し切れ味と破壊力を底上げした。
『ギギギッ!?。』
『これが奥の手だ。切り札の先は用意しておくものだ。』
これで勝負は決まる。
全身全霊を込めてナイフを核に突き刺した。
『っ!?。』
核を貫いた…筈だった。
視界にはナイフを持つ自分の手が宙を舞っていた。
腕を切断された!?。
『ギギギ。切り札。奥の手。持ってた。』
シュルルルル………。
耳の横で何かが擦れる音がした。
『ぐっ!?。そんなものまで…。』
周囲に散らばるナイフを操作して俺を囲う鎖に穴を開け外に出るも、後退した直後に背中を斬られた。
目に見えない程細い、金属製のワイヤー。
それがいつの間にか俺の身体に巻き付いていた。
『ギギギ。これで逃げられない。バラバラ。バラバラ。』
『チッ………何でもありの化物が…。』
身体に巻き付いているだけじゃない。空中を飛び交っていたナイフを絡めて止め、空間内のほぼ全てにワイヤーが張り巡らされていた。
完全に逃げ場も逃れる術も失ってしまった。
『ギギギ。捕まえた。これ引っ張る。バラバラ。で。周りからは串刺し。決定。逃がさない。』
支配空間の空や大地から再び出現する刃物の群れ。
片腕を失ったまでなら良い。
だが、これ程まで包囲されてしまっては…。
かつて、仮想世界で戦ったクロノ・フィリアの翡無琥。
彼女との戦闘で感じた圧倒的なまでの戦力差。
それと似た感覚に襲われる。
何も出来ない状況。何かしても現状を打開出来ない無力感と絶望感。
心を殺してもこればっかりは生物の本能なのだろうな。
拭い切れんな…。
『チッ…紗恩を心配している場合ではなかったな…すまん。助けに行けそうにない。』
儀童…紗恩…ポラリム…。
紫柄…どうやら俺は無力だったようだ…。
『ギギギ。まずは一匹。確実に殺す。』
ワイヤーを引くと同時に全ての刃物が俺に向かって解き放たれた。
逃げられない俺は潔くこの状況を受け入れた。
ーーー
金属音が鳴り止んだ。
数え切れない数の刃物が数本地面に突き刺さった。
『ギギギ。勝った。ギギギ。』
分離した身体を戻したジグバイザがワイヤーを手繰り寄せるも違和感に気が付いた。
自身が出した長さよりも短くなっている。
何よりも縛り付けバラバラに切断した筈の雨黒の血液が一切付着していなかったのだ。
確かに手応えはあった…なのに違和感とそれに追随するような不安感に襲われる。
『まさか、暗殺者である貴方が真正面から敵と相対するなんて…クロノ・フィリアとの戦いで学ばなかったのですか?。』
銀色に輝く長い髪を靡かせた。
メイド服の無表情少女が雨黒の前に立つ。
氷姫とは別の白さで輝いている少女。
雨黒は一目で彼女の正体に気付き、そして、彼女の背後にいるであろう男の存在を察した。
『お前は………白蓮の差し金か?。』
『はい。白蓮様より、青国に僕の親友が来るかもしれないから迎えに行って欲しいと言われまして、その任を遂行中です。しかし、どうやらまだ来ていない様ですね。無駄足でした。』
『色々とお見通しということか。で?。何故俺を助けた?。』
『白蓮様のもう一つの命令です。青国にいる 仲間 に手を貸してあげて欲しいと。』
『仲間…か。』
困惑するような顔を向ける雨黒。
『まぁ、そんな身体では戦闘の継続は無理でしょう。ここは私に任せて下さい。』
『おい。アイツの能力を知らないまま戦う気か?。』
『いいえ。知っています。最初から今まで貴方の戦いを見ていたので。』
『………最初から?。』
『はい。』
『ずっと?。』
『はい。』
『俺が苦戦してるのを見てた?。』
『はい。じっくりと。なので、あの敵様のことも概ね理解しました。』
『……………。』
渋い表情の後、ため息を一つした雨黒は静かに後ろに下がった。
これ以上の追求は良くないと判断したのだろう。
『さて、お待たせ致しました。確か…ジグバイザ様…ですよね?。これより私がお相手致します。』
『ギギギ。お前。何した?。俺の刃物。どこやった?。数。減ってる。』
『さぁ、何処でしょうね?。』
『何者?。』
『ああ。申し遅れました。私は銀と申します。まぁ、説明を省きますが貴方の敵です。』
『ギギギ!?。理解不能!?。支配空間。入ったこと。分からなかった。武器無い。俺の刃物消した!?。ワイヤーどうやって切った!?。素手。無理。』
『ふふ。どう…やったのでしょうね。』
面妖に笑う銀。
その不気味さ、不可解さに後退しながらも無数のワイヤーを銀に放つジグバイザ…だったが。
『無駄です。』
目にも見えない程の細い鋼鉄のワイヤー。
それを軽く腕を振るだけで銀はワイヤーは力無く地面に落ちる。
その先端は僅かに溶けたようになっていた。
『雨黒様とは相性の差で有利に勝負を進めていたようですが、私と貴方の相性は圧倒的に私に有利ですのでお気をつけ下さい。』
『ギギギ!?。』
『でないと。勝負になる前に終わってしまいますので。』
自身の神具に起きた出来事を理解できないという銀への畏怖性に数歩後退するジグバイザだった。
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