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第392話 紗恩と月涙

 建物と建物の間を敵に見つからないように移動する。

 周囲には無数の機械兵が彷徨き回り私たちを探しているようだ。

 所々で爆発音やエーテルの流れを感じることから私たちの誰かが戦っているのが分かる。

 移動して合流したいけど、敵の数が多すぎて容易に場所を変えられない。

 敵は疲れを知らない機械兵。しかも、地脈からのエーテルを汲み取ることで永久的に活動出来る。それらが無尽蔵に湧いて出てくるんだから埒が明かない。

 対して私たちは戦闘になればエーテルは消耗するし、連続での戦いは精神的にも肉体的にも疲労が蓄積していく。

 下手な戦いは身を滅ぼしてしまう。


『さっき、ご主人様の気配を感じた気がしたのですが…。』


 今は感じない。

 何だったのでしょう…近くにいるのならこれ程心強いことはないのですが…。


『…ご主人様…。』


 会いたいな…。

 繋がりは辛うじて感じる。

 けど、弱すぎてご主人様の正確な位置までは分からない。感情も思考も流れてこない。

 転生してからずっとそうだ。

 今にも切れそうな、か細い糸で繋がっているような感覚だ。


『はぁ…。』


 ため息をして、静かに地下へと潜る。

 周囲には人影は無し。

 私は音を立てずに下水道へと入っていく。


『お待たせしました。紗恩さん。腕の具合はどうですか?。』


 壁に背を預けて座る紗恩さん。

 全身の傷は治したけど服はボロボロ。

 そして、右腕を失ってしまっている。


『お帰り。月涙。大丈夫。もう痛みはないよ。切り離した腕は完全に消えちゃったけどね。』


 私たちはポラリムさんの【奪われた意識】を取り戻す為に青国の中枢へと向かった。

 地下の運搬通路、下水道などの細道を辿り青国の主力の住む居城へと向かっていたのだが、途中で思わぬ奇襲を受けることになった。

 ご主人様の記憶にあった少女。

 冴さんという方が私たちの目の前に現れたのだ。


 それは突然の出来事だった。

 地下通路を集団で移動していた私たち。

 道中は敵に遭遇することもなく順調だった。

 けど、中枢へと続く通路に差し掛かったその時。

 地面や壁が動き出したのだ。

 まるでブロックのように上に下に横に移動し、私たちは潰されないように一度地上に出た。

 いや、地上に追いやられたんだ。


 地上で待ち受けていた冴さん。

 その手には見たこともない神具が握られていた。

 地面はまだ動いている状況で、冴さんの持つ神具から放たれたエーテルを固定化した斬撃。

 各々で防ぐも、攻撃範囲とその威力によって発生した爆発に巻き込まれ仲間たちは散り散りになってしまったのだ。


 私はエーテルの攻撃に耐性のない紗恩さんを必死に守ったのだが、冴さんの斬撃に僅かに彼女の右手が触れてしまったのだ。


『…間違いないね。あの神具…。』

『はい。あの神具の放つエーテルに触れた対象を強制的にエーテルに変換する能力です。』


 最初は指先だった。

 斬撃は紗恩さんの右手の人差し指と中指を僅かに擦めた。それだけだった。

 しかし、その瞬間から指先はエーテルの粒子に変換され徐々に範囲を広げていったのだ。

 指先から指全体に、他の指、手のひら、手首、そして腕へ。まるで侵食するように粒子になって消えていく。

 あらゆる治療手段を用いても侵食は止まらず、次第に肩まで上ってきた。

 このままでは全身が粒子となって消えてしまうと考えた私は苦肉の策として紗恩さんの腕を切り落とした。

 即座に治療を行い傷口を塞ぎ出血を止めた。

 何よりも辛いのは粒子になった腕の再生が出来ないこと。

 粒子になって消えた箇所はあらゆる回復手段で治療できない。


『はぁ…普通の状態でも足手まといなのにね…こんなんじゃ何にも出来ないや。ははは…。はぁ…。』

『紗恩さん…。』


 途方に暮れる紗恩さん。

 彼女の空笑いが虚しく響く。

 無理もない。周囲は敵だらけ。逃げ場はない。仲間の援護も期待できない。戦う力も、腕も、失くなってしまった。

 仮に出て行ったとしても抵抗も出来ずに機械兵に殺されるだけだろう。

 最悪、何かの実験の材料にされるか、仲間の情報を引き出すための拷問にでもかけられるか。

 想像したくないですね。

 助けも絶望的、紗恩さんに残されたのはこの場に留まり敵に見つからないように息を潜めて震えていることだけなのだ。


 私は悩んでいる。いや、少しだけ怖いんだ。


『………。この状況を…打開できる方法があります。』

『え?。』


 一瞬暗かった紗恩さんの表情が明るくなる。


『私と紗恩さんで【同化】することです。』


 この方法でしか紗恩さんを救えないんだ。


『【同化】って、氷姫姉みたいな?。』

『氷姫さんが行ったあれは神同士で行われる【神合化】です。謂わば、それの劣化版とでも言いましょうか…。【同化】は、対象者に神獣の性質を融合させるのです。紗恩さんの種族に私の種族が融合し新たな種族、そして新たな神を誕生させることになります。』

『そんなことが…出来るの?。』

『はい…。』

『………ねぇ。それってどんなデメリットがあるの?。』


 私の様子を見た紗恩さんが怪訝な表情で問い掛ける。


『………【同化】は対象者に神獣の性質を融合させるものです。つまり、紗恩さんの身体の中に私の身体を形作るエーテルが流れ込み紗恩さんの持つ魔力と融合する。私の持つ種族、能力、エーテル、記憶、性能の全てが紗恩さんのモノになります。新たな神となることで神具の創造も可能になるでしょう。』

『うん。それは私にとってのメリットだよね?。じゃあ、融合した後の貴女はどうなるの?。』

『紗恩さんの中に溶け込みます。』

『濁さないで教えて。貴女の意識は?。』

『……………消滅します。』

『っ!?。』


 言ってしまった。

 【同化】した神獣の話は仮想世界にいた頃にリスティナ様に教えて貰ったこと。

 同化した神獣は対象者の身体と融合、その全てを捧げることになる。

 自分という存在の犠牲。それが【同化】だと。


『だめ!。そんなの嫌だ。力を手に入れる為に仲間を犠牲にするなんて絶対に反対。』

『ふふ。やっぱり紗恩さんは良い人ですね。そう言うと思ってました。』


 けど、もう手段は残されていない。

 私は紗恩さんを守りたい。

 強くなろうと努力する姿を見て、彼女の力になりたいと強く思った。

 あと…足りないのは私の覚悟だけなんだ。


『月涙。他の方法を考えよう?。私…もう弱音は吐かないから!。』

『紗恩さんには申し訳ないことですが…【同化】をすると神獣の契約も引き継いでしまうのです。』

『だから、同化はしないって!。』


 私は神無様のご主人様に対する恋心から生まれた。

 ご主人様との時間は幸せでした。


 消えたくなんてありません。

 お役に立てずに神に殺されて…。

 転生して…ご主人様にもまだ再会出来てないのに…。

 もっと…一緒にいたかったのに…。


 この身体をリスティナ様から頂いて…ご主人様の神獣として契約して…まだ、一緒にいて二年も経ってないのに…。過ごしてないのに…。


『紗恩さんには申し訳ありませんが、ご主人様との繋がりが出来てしまうのです。私としては紗恩さんにもご主人様を好きになって欲しいのですが…こればっかりは貴女の好みになってしまう…見ず知らずの男性と強制的に繋がりを持たせてしまうこと申し訳なく思います。』

『ちょっと!?。離しなさいよ!。同化は嫌だって言ってるでしょ!。消えないでよ!。折角、仲間に…お友達になったのに…消えちゃうなんて…嫌だ…よ…。』


 私は水を縄のように操り紗恩さんを拘束する。


『紗恩さん。私の全てを貴女に託します。ご主人様を宜しくお願いしますね。』


 紗恩さんの胸に手を当て【同化】を開始する。


『ダメ!。ダメだって!。月涙!。止めて!。』


 身体が少しずつエーテルに変換され紗恩さんへ流れていく。

 彼女の身体の中を巡る魔力と合わさり、少しずつ融合していく感覚。同時に自分という存在が溶け、薄れていく感覚が全身を駆け巡る。


『紗恩さん。【同化】の恩恵はまだあります。』

『これ!?。月涙の記憶!?。私の中に流れ込んでくる!?。うっ…頭が…。月涙…だめ…だよ…。』

『まず、貴女は前世の記憶を取り戻します。そして、生まれ変わりに近いので、肉体は新たな種族に変化します。よって、失われた腕も元に戻るでしょう。』

『月涙ぉ…。』

『私の力貴女に託します。どうか、負けないで下さい。』


 肉体の感覚が失われた。

 私という存在が消えていく。

 もう紗恩さんの姿は見えず、声も聞こえない。

 耳も鼻も目も全てが失くなってしまったから。


 もうすぐに私という意識も消えて…沈んでいく…。


~~~


『あっ!。やっと来たな!。月涙!。』

『はい。遅かったですね。月涙ちゃん。』

『え?。』


 聞き覚えのある声に飛び起きる。

 飛び起きる?。身体がある?。動かせる?。

 それに視界も...。

 視線を泳がせ周囲を見渡す。


『ラディガルさん?。クミシャルナさん?。』

『おう!。久し振りだな!。』

『その様子では、同化を行ったのですね。』

『ど、どうして私は生きているのですか?。同化をしたら 自分の存在 は消えてしまうと…リスティナ様が…。』

『それがな。俺たちは同化の前にご主人様と契約してただろ?。そのおかげで意識が消えずにご主人様の心象の深層の世界に運ばれたんだ。』

『心象の深層世界…。』


 確かに目に映る風景は見覚えがある。

 ご主人様の記憶にあった昔に住んでいた家。


『月涙~。お帰り~。』

『クティナ様まで?。』

『俺たちだけじゃねぇぞ。』


 ラディガルさんの指差した方を見ると、知らない方々が私を見ていた。


『初めましてやな~。月涙。ウチはトゥリシエラや。五行の火担当の不死鳥や。』

『わ、私はムリュシーレアです。五行の木の担当です。よ、宜しくお願いします。』

『私はぁ~。クロノ~。【時刻法神】だよ~。宜しくぅ~。』

『初めまして。私はセツリナ。【時刻ノ絶刀】の具現だ。宜しく頼む。』

『ワイは~。ソラユマだぁ~。宙魚の神獣だぁ~。宜しくお願いだぁ~。』

『地底兎、チナトよ。宜しく。月涙。』

『本当はもう一人アクリスって娘がいるんだけど今はご主人様のお使い中なの。それで、私はクロロ。【刻斬ノ太刀】の具現よ。宜しく。』

『えっと、宜しくお願いします。皆さん。』


 ご主人様…神獣や神具も…女の子ばかりです…。自分の中にまでハーレム作るなんて…どれだけモテモテなんですかぁ~。


『突然で悪いけど貴女の力を貸して欲しいの。ご主人様の力になってあげて。』

『え?。あ…はい。勿論です。』

『意識をご主人様に同調すれば視界や思考を共有出来るわ。その状態なら会話も出来る。月涙。貴女の力をご主人様に。』

『はい!。分かりました。』


 意識を集中。ご主人様を強く思い浮かべる。

 急激に浮上するような感覚が意識を押し上げる。

 そして…。見えた!。


『ご主人様!。私の力を!。』

『月涙!?。』


 私は大好きなご主人様の為にこの力を使い続ける。

 それが私の喜びだから。

 そして、ご主人様との繋がりが強くなったことでその思考や目的も知ることが出来た。


 待っていて下さい。

 青国の皆さん。必ず助けに向かいます。

次回の投稿は30日の木曜日を予定しています。

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