第42話 記憶の化け物
広い空間を埋め尽くすように並んでいる大きな試験管の間を水鏡と一緒に歩いていく。
ここは、地下の施設から連れていかれた人達がいる病院跡地を改造した研究施設。
でも、その人達は全然見付からない。
居たのは変な騎士、1人だけ。攻撃してきたから返り討ちにして探索を再開して辿り着いたのが隠し階段を降りた先、この空間。
薄暗い空間の中に緑色の液体が入ってる試験管…何かの実験をしてるのかな?。
『氷姫さん。あれ。』
驚いた顔で私を呼んだ水鏡の声に振り向く。
そして、指差す方に顔を向けると…。
今度は私が驚いた。
『これは、男性…ですね。』
一際大きな試験管。
その中に入れられている男の人…。その人を見て…私は驚愕した。何でここに、この人が?。どうして?何故?疑問の声が心の中で反響する。
『何かの実験でしょうか?。』
隣に居る筈の水鏡の声が、とても遠くに微かに聞こえる。
試験管の中の男の人は、背が2メートルを優に越え、太く筋肉が発達した四肢を持ち。岩のように発達した胸筋…髪も長く…顔も彫りが深くて、とても、記憶の中の その人 とは似ても似つかない外見だった。
けど…この身体に刻まれた過去の記憶…乱暴に力任せに掴まれた腕…殴られたお腹…蹴られた背中…記憶に刻まれた痛みと、あの…のし掛かられた時の重みが…告げていた。
そして、真実に辿り着く。
私の心臓の鼓動が速くなる。呼吸も僅かに荒く。手足が震え…喉が渇く…掠れた声で…。
『お と う さ ん』
と、呟いていた。
『お父さん?。この男性は氷姫のお父様なのですか?。』
『……………。』
水鏡の言葉に答えることが出来ない…。
自分自身で信じられないのだ。目の前の人物が…お父さんだなんて。
理解を感情が否定している。
カツカツカツ…。と足音が近付いてきた。
『あはよう。お嬢さん方。どうかな?私の最高傑作は?。』
白衣を着た如何にも科学者という風体の男が現れる。
『最高…傑作?。』
『そうです。私が…おっと失礼。自己紹介がまだ、だったね。私は白聖連団の技術開発チームリーダーにして、白聖十二騎士団 序列12位の 加賀留蛾だ。よろしく。』
『白聖…。』
『して、どうかな?。この素晴らしい作品の感想は?。ぜひ聞かせて欲しいんだがね?。』
『悪趣味です!。』
ハッキリと答える水鏡。
『おっと、厳しい評価だ。けど仕方がない。この男は妻を暴力で殺し庭に埋め、実の娘を犯し続けた男だ。作品としては最高だが人間としては真面じゃないね。』
『自分の娘を?。っ…。』
はっ!。とした水鏡が私を見た。
『…はぁ…はぁ…。』
呼吸を整える。大丈夫、私は正常だ。
『ここに。連れてこられた。人達。どこ?。』
『ああ、そうでしたね。お嬢さん方は、餌を回収しに来たんでしたね。迂闊でした。まさか、凍摩君が殺られてしまうとはね。誤算でしたよ。』
『餌?。どうして。私たちが。ここに。来ること。知ってる?。』
『そこにいるお嬢さん。水鏡の部屋は浮斗士様の命令で監視されていたのですよ。』
『え!?。』
『貴女は浮斗士様が最初に訪れた際、入り口や旧地下鉄内は調べてカメラを撤去していたみたいですが。まさかご自分の部屋まで監視されているとは考えなかったようですね。貴女にプライベートなどありませんでしたよ?。』
『………。』
『へんたい。』
『失礼な!。私はへんたいではありません。全ては浮斗士様の命令です。』
『どっちも。へんたい。』
『はぁ…まあ、それで良いです。話を戻しましょう。それで、そこのお嬢さんが部屋に訪れ水鏡との会話の内容がこちらに伝わったと言うことです。しかし、途中から映像は途絶えカメラは故障してしまったようでした。』
私がクロノフィリアだと水鏡に明かした時だ。魔力と一緒に放出した冷気でカメラが壊れたんだ。だから、私がクロノフィリアだとバレていないし、レベルが150だということも知られていない。
『先程の、凍摩君との戦い観察させて頂きました。貴女も氷の属性を持っているのですね。カメラが壊れたのも納得です。』
『餌って。言うのは?。』
『くくく。彼は能力を持たない者しか食べてくれないのでね。それで、浮斗士様にお願いして定期的に持ってきて貰っていたんですよ。』
彼の言葉からは、能力を持たない彼らを人間扱いしていないのが…ひしひしと伝わってきた。許せない。
『そんな…。』
水鏡が力が抜けたように膝から崩れる。彼の言葉から連れてこられた人達の運命を…予想を確信に変えてしまった。
『水鏡さん。貴女には感謝しているのですよ。貴女のお陰で彼の脳波が安定域まで下がり我々のコントロール下に置くことが出来たのですから。』
嬉しそうに試験管を撫でる加賀留蛾。
『今までの…人達…全員…食べられたの?。』
力無く、か弱い声で尋ねる水鏡。そして、加賀留蛾の予想を裏切る返答に唖然とする。
『くくく。そうですね。まあ、これから最後の1人が彼の餌になるわけですが…。』
『え!?。』
加賀留蛾が壁のボタンを押すと、天井から1つの試験管がゆっくりと降りてくる。
今までの試験管と同じ緑色の液体が入っているが、入っているのは、それだけではなかった。試験管の中の液体には小さな男の子が体育座りの体勢で浮かんでいたのだ。
『あっ!彼は!。』
即座に水鏡が気付く。
『はい。昨日貴女から受け取った最後の餌です。投薬したので今は植物人間のような状態ですがね。』
『止めて!。その子を解放して!。』
『斬る。』
『無駄ですよ。』
氷の槍で試験管を破壊しようとしたが、氷の刃の方が砕けてしまった。
『なんで?。』
『この試験管を含め、この空間にある機械全ては魔力を無効化する素材で出来ているのです。』
『魔力。無効化?。』
『だから。お嬢さん方は黙って見てるだけしか出来ないのですよ。』
加賀留蛾がスイッチを押した。
『あああああ!止めて!止めて!止めて!』
加賀留蛾の方を止めようとするも一瞬速くスイッチを押されてしまう。
『あっ…がぁぁぁああああ!ぎゃぁあああああああああああああああああああ!!!!!。』
苦しみ出した男の子。その身体は膨張したように膨らみ弾け、緑の液体と混ざり合う。
そのまま液体が無数のチューブを通して男に…お父さんに吸収された。
『ぐっ。危ないところでした。貴女の踏み込みを想定して安全な距離に立っていたのですが。計算以上のスピードでしたね。おかげで腕が切断されてしまいましたよ。』
スイッチを持っていた手は、凍りついた状態で地面に落ち粉々に砕け散った。
『…お前!よくも!』
『くくく。水鏡。私が憎いですか?。でも、安心して下さい。私ももう少しで死にますから。』
『何を言ってるの?。』
『くくく。準備は整いました。これが【完成された人間】です。』
試験管に入っていた緑色の液体が抜かれ、ガラスが収納された。
そして…。
『………。』
お父さんが…目を開けた…。
周囲を見渡し、ゆっくりな動作で試験管の中から出る。
首を回す。自分の手を見る。手のひらを開いて、閉じて、また、開く。膝を曲げる。足を上げる。しゃがむ。跳ぶ。伸ばす。曲げる。
まるで、自分の身体の試運転しているように…確認している。
『水鏡。下がって。』
『氷姫さん?。』
『下がって。』
『は、はい。』
私は水鏡の前に立ち、水鏡は後ろへ後退させる。コイツは…この男は…危険。
『こ…こは?。』
『くくく。お目覚めだね。完成された人間。私が君を作り出した科学者 加賀留蛾だ。』
『………。』
『さて、目覚めたばかりで悪いが、最後の調整をしたい。』
『………。』
『私を…食べたまえ。』
その瞬間。完成された人間の口が大きく開く。イメージは蛇の口だ。下顎が割れ加賀留蛾を頭から口の中に入れたのだ。
バキッ!ボキッ!クチャ!グチャ!ゴリッ!
こんな音が繰り返し周囲に響いた。
『っ…うえぇえええええええええ。』
水鏡がその光景を見て嘔吐する。
『………。』
水鏡の視界に入らないように前に立つ。
これは、もう…お父さんじゃない。
人間でもない。化け物だ。
情報看破のスキルを使用してもレベル0。
でも、この胸騒ぎと悪寒は何なの?。
この化け物に近付いてはいけないと、私の身体が経験から危険信号を発してる。
『…不味いな。ぺっ…。』
男の口から吐き出される加賀留蛾の真っ赤に染まった衣服。
『ああ。だが、コイツの記憶は悪くない。なるほど…今の世界は…こうか…。』
記憶?加賀留蛾の記憶を得た?食べたことで?しかも、言葉の発音が滑らかに。
『ほお。お前達の顔は記憶にあるな。』
私と水鏡の姿を見て、化け物が指差し笑う。
『ああ。お前は…俺の娘のようだな。ああ。そうだ。俺自身の記憶も断片的だが残っているぞ。ああ。これだ。ははは。立派になったじゃないか 氷姫 よぉ。』
『っ!』
その瞬間、私は…。
『お前。知らない。』
無数の氷柱を作り出し放った。氷柱が化け物に命中し身体の至るところを貫いた。
『酷いことするじゃないか。実の親に向かって。ああ。これは普通の人間なら死んでいるらしいぞ。腕が取れちまったじゃないか。』
『な。何で…。』
化け物は立っていた。失った部位の肉が盛り上がり再生する。次の行動は落ちた腕を拾い食べる。
『なら。』
一歩で懐に近付き、氷の槍で斬り刻む。首、手、腕、足首、足、上半身、下半身、頭…一瞬で化け物をバラバラの肉片に変えた。
『ああ。これも、死ぬらしいな。バラバラだ。死んだお前の母さんも埋めた時、こんな感じだったな。あの時は俺がやったが。お前にヤらしても良かったかもな。』
顔上部がない状態でも話す化け物。バラバラの部位同士が細い糸のような肉で繋がり合い再生する。
『お前と。一緒に。するな。』
槍を胴体に突き刺し冷気を放出。化け物の身体と周囲の水分が瞬間、凍りついた。
『やった!。』
その様子を見ていた水鏡が歓喜する。彼女には凍摩を倒した時の映像と重なったのだ。
『ああ。これが冷たい感覚か。いや、凍る感覚か。これも、死ぬらしいな。』
『うそ…。』
凍った氷の中でも動いている化け物。筋肉が様々な方向に動き熱を発生させ、更に肥大化することで内側から氷の壁が破壊されていく。
『面白いな。俺は今…実の娘に3回殺されたぞ?。なのに、動けるんだぁ。記憶では、死んでるのになぁ。』
『くっ。』
杖を掲げる。冷気と魔力を合わせ巨大な氷の塊を生成する。
『潰れろ。』
『ごぉっ!。』
化け物を巨大な氷塊が押し潰した。
『はぁ…はぁ…はぁ…。』
『氷姫さん…。』
『下がって。いて。』
『…うん…。』
ガリガリガリガリガリ…ガリガリガリガリガリ…ガリガリガリガリガリ…ガリガリガリガリガリ…ガリガリガリガリガリ…ガリガリガリガリガリ…ガリガリガリガリガリ…。
『ああ。4回目の死亡だ。圧死っていうらしいな。ああ。お前がさっきから飛ばしてきてるのが 氷 か。冷たくて。旨いなぁ。』
『化け物…。』
『化け物?。違うぞ。俺はお前のお父さんだぁ。ああ。思い出したぞ。その目。俺がお前に襲い掛かった最初の日に見た目だ。』
『っ!?バカな。こと。言うな!。』
鋭い。今までで最も速い…本気の最速の一突き!。その突きを…化け物は…。
『それは、さっき見たな。少し速いが同じだぁ。』
指先で摘まんで止めた。
『うそ…。でしょ?。』
『そして、ああ。これが…殴る。か。』
『あっ…。がっ!?』
腹に右ストレート。打撃の衝撃で私の身体が、くの字のまま吹っ飛んだ。並んだ試験管を一直線に破壊し続けて入り口の壁に激突する。
『氷姫さん!。』
水鏡が駆け寄る。
私はお腹を押さえ…力を振り絞って立ち上がろうと。立ち上がろうと。
『かはっ…。はぁ…はぁ…。』
お腹…痛い…。
『あっ…。ぐっ。ん。ああ…。あああ…。いやっ。いやっ。いやっ。いやぁあああああああああああああああああああ!!!。』
『氷姫さん!しっかりして下さい!氷姫さん!。』
目の前がぐるぐる回る。
やだ。痛い。やだ。痛い。やめて。痛い。お父さん。やめて。痛い。止めて。やだ。痛い。お父さん。痛い。やめて。
過去の経験が…次々に頭の中に流れてくる…。
やだ。やだ。やだ。やだ。やだ。やだ。
『いやぁぁぁぁあああああああああ!!!。』
『ああ。この表情、この状態は記憶にあるな。トラ…ウマ…そうだ。トラウマだ。』
『いやぁぁああ。来ないで!やめて!!!。』
『面白いな。記憶では、俺に襲われた時は無表情で悲鳴もあげなかった…うむ。心の中では…不思議な表現だが…。心の中では叫んでいた。ということか。』
ーーー
いつの間にか近付いていた化け物。
興味津々に氷姫さんを覗き込んでいる。
『やめて!氷姫さんに触らないで!。』
『ん?。』
『ひっ!?。』
化け物の目を見た瞬間、私は動けなくなった。殺される。そう思わされた。
『それにしても、記憶と違い…いや、記憶も含めて…綺麗になったな。』
氷姫さんを顔を上げさせる化け物。
『いやぁああ。やだ!やめて!やだ!いやぁああ!。』
『ああ。これも、この感情も記憶にあるなぁ。男が女を欲する…ああ。欲求だ。性欲だぁ!。』
『あっ…あっ…ぁぁぁぁああああ!!!。』
氷姫さんは泣いていた。出会って、まだ1日だけど…表情の変化が少ない綺麗な顔が…今は、幼い子供のように…。
『顔も…身体も…俺の興味を…惹き付ける。』
『あ、あっ、いやぁ…。』
『食って…みるか…。』
化け物が氷姫さんの腕を、その白い細い腕を掴ん…。
『た…。』
『た?。』
『助けて…。閃…。』
『閃?。っ!?がぁあああああああ!?』
化け物が…あの巨体が…吹っ飛んだ。
『当然だ。助けに来たぞ。氷姫!。』
そこに立っていたのは1人の女性。
輝く銀髪。整った顔立ち。美しい肉体。
この世の 美 が形になったような女性が、あの化け物を殴り飛ばしたのだ。
『…閃…。』
閃。この方が?。
女になれるって氷姫さんが言ってたけど…ここまで綺麗な人だったなんて…。
『私もいるよ!。』
もう1人…いつの間にか開いていた天井の穴から飛び降りてくる。
青白い炎のような狐の耳と尻尾を持つチャイナ服の少女。
その尻尾は燃え上がる炎を表現するように逆立っていた。
『智ぃちゃん…。』
『氷ぃちゃん!お待たせ!』
嬉しそうに笑う氷姫さんは年相応に可愛らしかった。
ああ。これがクロノフィリアの仲間なんだ。これが本当の信頼なんだ。
かつての仲間達との間には築けなかったものが目の前の3人を繋いでいた。
『閃…智ぃちゃん。ごめん。私。』
『大丈夫だよ!氷ぃちゃん!私、今!凄く怒ってるから!!!。』
智ぃちゃんと呼ばれた少女の周りを取り囲む螺旋状の炎。
『私の大切な、お友達を泣かせて…許さないから!!!。』
『ああ。あとは任せろ。コイツは俺等が倒す。』
手をバキバキと鳴らす。絶世の美女。
『一度ならず二度までも。俺の友達を傷つけやがって…。』
壁を抉り倒れていた化け物が上半身を起こす。殴られた箇所を何度も触り気にしている。初めての衝撃に混乱しているみたいだ。
『来いよ。化け物。今度は俺がお前を殺してやる!。』