第387話 その後
複数の戦闘の騒音が消え、青国に静寂が戻った。
そして、たった今。
無慈悲にも、フォルンチカの首が胴体から切り離された。
切り口から電流がスパークし火花を撒き散らしながらフォルンチカの身体は崩れるように地面に落ちた。
『ベガリアス~。終わりましたか~?。』
『ああ。』
『コイツ等の身体は壊しちゃっても良いんですよね?。てか、戦ってたら壊れちゃったんですよ。』
『ああ。記録媒体である頭が残っていれば問題ない。』
『ギギ。』
『ならば。任務は完了した。』
『があああああぁぁぁぁぁ…。』
ベガリアスを中心にジグバイザ、カガガス、ムゲカウラ、セティアズの【神造偽神】が出揃う。
ベガリアスとセティアズの手には髪を掴まれたフィメティワ、デュシス、レイサーラ、カリュン、フォルンチカの首から上がぶら下がっていた。
『どうやら、ルクシエーナ様の方も終わったようだな。エーテルの流れが止まった。』
『創造主様への裏切りですか…失敗作の考えは理解しがたいですね。』
『我々と違い替えの利く道具だ。深く考えたところで理解できん。造りが違うのだからな。』
『そうですねぇ。』
ーーー
神具を部屋全体に展開し、溢れんばかりのモニターを全面に広げたルクシエーナ。
空中に浮かぶモニターの一つにもたれ掛かるその姿は、一糸纏わぬ全裸のまま、顔は紅潮で恍惚とし、乱れた呼吸で、その身体を震わせていた。
『はぁ~。まさか邪魔が入るなんて思ってもいませんでしたねぇ。ていうか。まだ、国内にいたのですねぇ。あはんっ。全然気がつきませんでしたよぉ~ん。』
汗で身体に張り付いた髪を取り、神具を更に拡大し床に降り立つ。滴る汗が床に足跡を作った。
『はぁ~。暑いです。少し、興奮してしまいました。』
羞恥もなく。
自分の身体をまさぐりながら歩き始める。
『ああ…結局、シャルメルアさんを逃がしてしまいましたね。あの傷ですし長くは持たないでしょうが………ああ。ムダン様が気を取り戻したようですね~。ふふ。ムダン様を怒らせてはもう止められませんか…。間に合うと良いですね。出会えると良いですね。私から生き延びたのですからぁ。はぁ~。最期まで頑張って欲しいものですぅ。』
ガラス張りの窓に近づくルクシエーナ。
静かに開く窓から室内に入り込む風に彼女の火照った身体が晒される。
『はぁ~。気持ちいい~。けどぉ~。もっと、もっとです。神技を防がれ、裏切り者を見す見す逃がしてしまった私。はぁ~。しかも、その方はムダン様を傷つけた悪いお人形…。』
その場に倒れガラス張りの窓に身体を擦り付ける。
『ムダン様に報告したらぁ~。怒られてしまうでしょうか~。お仕置きされてしまうでしょうか~。この身体を乱暴に、一切の優しさもなく、ただご自分の欲望を満たし、鬱憤を晴らす為だけに使うのでしょうか~。』
そのまま大の字に倒れる。
『はぁ~。滅茶苦茶にされたい。ふふ。ムダン様の所に行こうかしら。ふふ。楽しい時間をありがとうございます。シャルメルアさん。感謝してもしきれません。ん~。貴女に安らかな眠りを。』
ーーー
目覚めたムダンは霞む視界と朧気な意識で周囲を見渡した。
覚醒と同時に少しずつ混濁していた記憶が鮮明になっていく…と、同時に顔面と身体の痛みが湧き上がり、先程の出来事を思い出したことによる煮え繰り返る怒りがこみ上げてきた。
『ぐっ…私は…。はっ!?。そうだ。思い出した!。』
『気を失われていたのです。シャルメルアと何かありましたか?。』
『巫女様がいないようですが?。』
ムダンを助ける訳でも心配する訳でもなくレディスとパラエーダの二体のメイドが乱雑に散らかった部屋の清掃をしていた。
『そうだ!。あのガラクタはこともあろうに創造主である私を殴り付けたのだ!。許せん…許せん…許せんのだあああああぁぁぁぁぁ!!!。』
周囲を見渡すもシャルメルアの姿はない。
そして、ポラリムの姿も。
その状況からムダンは即座に真実にたどり着き、苛立ち、歯ぎしりしながらキーボードを乱暴に操作し何処かに連絡を始めた。
『はぁ…はぁ…はぁ…ムダン…様ぁ~。どうされましたかぁ?。』
『白々しい真似をするな。ルクシエーナ。貴様のことだ、この状況…ぐっ、理解しているのだろう!。シャルメルアは何処へ行った?。』
『はぁ…はぁ…申し訳…御座いません…ムダン様ぁ…私…巫女様を連れて逃走したシャルメルアさんを取り逃がしてしまいましたぁ~。』
『は?。何だと?。何だと?。何だとおおおおおぉぉぉぉぉ!?!?!?。』
『はぁ…はぁ…一生懸命頑張ったんだですぅ。けどぉ。【神造機人】の皆が裏切るしぃ。邪魔も入っちゃったんですぅ。』
『そんな言い訳が通るか!。この役立たずが!。貴様にはいつも以上にキツイ仕置きが必要だな…後で私の所に来い!。』
『はぁい。楽しみに…いいえ、震えてしまいますぅ~。』
モニターが切れ、レディスとパラエーダへと顔を向けるムダン。
全身の血管は怒りで今にもはち切れそうだ。
『おい!。貴様等!。情報の共有だ!。私が気を失ってからのことを教えろ!。』
『畏まりました。』
二体から事の顛末を聞かされるムダン。
その顔は説明を聞けば聞く怒りで崩れていく。
『チッ…失敗作共が…替えの利く兵士としては便利だが人族をベースにしたのは間違いだったか…。』
『どうされる、おつもりですか?。』
『そんなもの…くく。はは、あはははははははははは!!!。決まっているじゃあ~ないですかぁ~。私にした仕打ち、そして巫女様の身体を持ち去った罪。くくく。今頃逃げ切れたという安堵で安心しきっている頃合いでしょう?。なら、思い知らせるだけです。シャルメルア。貴様に自由などはない。貴様に私の手の中の駒なのだということを!。』
小型の機械を取り出すムダン。
そこにある12のボタンを順に押していく。
『さぁ。絶望なさい。そして、後悔しなさい。自分の無力さを!。存分に自覚しながら!。死ね!。』
最後の赤いボタンをムダンは押した。
ーーー
仮の拠点での生活を初めて一日が過ぎた。
仮…といっても、氷姫お姉ちゃんが造った巨大なかまくらだ。
『さて、作戦は決まったな。』
『うん。不安だけど。急がないとポラリムちゃんが危ないからね。』
思いの外早く作戦は決まった。
出来ること、知っている情報が少ないから選択肢が限られただけ…なんだけど。
けど、ポラリムを救うためなら僕はなんだってやるんだ。
まだ、全然強くなる方法は見つかってない。
足手まといになることも分かってる。
けど、きっと僕でも役に立てる何かがある筈なんだ。
『儀童ちゃん。準備は良い?。』
『うん。いつでも行けるよ!。』
『良し、では青国の中心部に降りるぞ。』
『待って。』
気合いを入れ全員が旅支度を済ませた時。
氷姫お姉ちゃんが入り口を見て皆を止めた。
『どうしました?。氷姫ちゃん?。』
『誰か来た。』
『え?。』
全員の視線が入り口のドアに集中する。
雨黒お兄ちゃんがドアに近づき静かに開けた。
そこには…。
『ぐ…儀童…や………っと、見つけた。』
『シャルメルア!?。』
ドアの前にいたのはシャルメルア。
全身が凄い傷だらけで…崖から落下した時の方が軽傷だと思えるくらいに全身が壊れていた。
何よりも…僕が驚いたのは、シャルメルアの背中に背負われた。
『ポラリム!?。』
僕は駆け出した。
ポラリムの身体を抱き抱えて名前を呼ぶ。
反応はない。けど、静かな吐息が聞こえる。
寝ているだけだ。
『シャルメルア。何があったの!?。』
『儀…童…すまない…。』
『シャルメルア?。』
『わ、私が取り戻せたのは…ポラリムの身体だけだ…意識は…本体と切り離され…ムダンの手に…ぐっ。』
『え!?。ど、どういうこと!?。』
意識が切り離された?。
ポラリムの身体だけを取り戻した?。
いったい。何を言って…。
『儀童…。』
『シャルメルア?。』
顔が半分壊れているシャルメルア。
腕も片方失くなって、武器の刀も刃が失われている。
全身には銃のようなもので撃たれたように沢山の穴が空いていた。
刀を落としたシャルメルアが僕の頬をそっと触る。
『ああ。やっぱり…私は、お前が…。』
『シャルメルア。早く治そう!。このままじゃ…。』
『私、は………心………失って………ない。人………なんだ…。き………かい………じゃ…な…ぃ。』
シャルメルアの頭の中から奇妙な音が鳴り始める。
まるで緊急の何かを報せるような高い音。
『儀……ど……生きて…。笑って…。私の………大切な………子………。』
次の瞬間。
シャルメルアの頭が爆発する。
目の前で爆散し、小さな破片が周囲に飛び散った。
『シャルメルア!。シャルメルア!。』
頭を失った身体が崩れるように地面に倒れた。
ーーー
僕は凍った湖の畔にいた。
そこにシャルメルアのお墓を作ったんだ。
小さなかまくらの中に作ったお墓にお供え物の果物を並べる。
『ああ~、うぅ~。』
『ああ。駄目だよ。ポラリム。これはお供え物なんだから!。』
『ああ?。』
『そうだよ。シャルメルアだってきっとお腹が空くからね。』
『ああ~。』
『うん。そうだね。』
目覚めたポラリムはまるで赤ちゃんのように喋ることができなくなっていた。
記憶も殆ど残っていないみたいで、お姉ちゃんたちのことも覚えていなかった。
『いおう。』
『何?。ポラリム?。』
けど、何故か僕のことは覚えてくれていたみたいで、こうして名前も呼んでくれるし、一緒に行動もしてくれる。
『うっい~。』
『うん。僕もポラリムが大好きだよ。』
『きゃはは。ん~。うい~。』
『あはは。ポラリム。くすぐったいよ~。』
ポラリムが僕に抱きついてくる。
そっと抱きしめ返して立ち上がる。
『シャルメルア。この刀。借りてくね。僕を…僕たちを見守っていて。』
折れてしまったシャルメルアの刀を背負う。
僕はシャルメルアに沢山のことをして貰った。だけど、僕はシャルメルアに何もしてあげられなかった。
僕は守られてばっかりだ。
けど、もう迷わないよ。
シャルメルア。僕は貴女の刀と強くなる。
『いおう~。』
『ん?。何?。ポラリム?。』
『ん~。』
ポラリムが指差す。
その方向を見る。
何も…ないよ?。
『いおう~。いお~。』
『え?。ポラリム!?。どうしたの!?。』
突然立ち上がったポラリムに手を引かれて、ポラリムが指差した方に連れていかれる。
あっちに何かあるのかな?。
ポラリムは一所懸命に僕を引っ張っていった。
そして気づいた。
いつの間にか周囲の環境が変化していることに。
『支配空間?。』
エーテルに満ち溢れた仮想世界。
地面は氷。空は水。そして僕たちの周囲は霧。
とても静かな空間だった。
『いおう~。あえ~。』
ポラリムが指差した方に誰かいる。
『そこにいるのは誰?。』
『あら?。私の世界を感じ取れたのですね?。んん~。ああ。そうでしたね。彼女は巫女でしたか。それなら納得しました。』
知らない女の人が氷の上に座っていた。
ヒラヒラと靡くドレスのような服を着た青い髪と瞳の綺麗な人。
全身が青系統の色に統一された衣服に身を包み、その周囲には水滴が取り囲むように浮遊している。
優しく微笑んだ笑顔に目を奪われる。
『むぅ。いおう!。あえ!。』
『痛い。痛いよ。ポラリム。』
眉毛の端を吊り上げて怒るポラリム。
『ふふふ。可愛らしいお客様ですね。』
女の人が立ち上がり僕たちに近づいてくる。
この人…凄いエーテルを纏ってる。
氷姫お姉ちゃんみたいだ。
『どうやら、彼女には会えたようですね。儀童様。』
『え?。彼女?。………シャルメルアのこと?。』
『はい。そうです。彼女があまりにも必死だったので手助けしたのですが、まさか相手が順エーテルで攻撃してこようとは…。私でも防ぐことしか出来ませんでした。攻撃は私の防御も貫通しこの身体に大きな傷を残しました。』
『どういうこと?。貴女はシャルメルアに何があったか知っているの?。』
『ええ。全て見ていましたから。』
お姉さんが指を鳴らすと。
氷の椅子とテーブルが出現した。
『こちらにどうぞ。貴方に私の見た全てをお伝えします。彼女の意思も。想いも。全て。』
『シャルメルアの…。貴女は誰なの?。』
『ああ。失礼しました。自己紹介がまだでしたね。』
お姉さんは僕とポラリムの前に立つとドレスの裾を持って丁寧なお辞儀をした。
『私は【惑星神】が一柱。母、【恒星神】アリプキニアにより最初に誕生した長女。【水極神】アキュリマと申します。宜しくお願いしますね。儀童様。ポラリム様。』
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