第386話 脱走
『ガフブッ!?。』
ムダンの顔面を全力で殴る。
その身体は頭から機械に突っ込んだ。
『き、貴様あああああ!。何をしグブッ!?。』
歯抜け、鼻が折れ、潰れた顔面で叫ぶムダンに間髪入れずにもう一発。
『ぁ…ぅ………ぁ……。』
潰れた顔面は涙と鼻血でグチャグチャだ。
譫言のように何かを発しているが、聞き取れない。
どうやら、完全に気を失ったようだ。
私は…自らの手で創造者を殴った。
命令ではない。自分の 意思 だ。
私自身で考え導き出した 答え だ。
そうだ。私は自らの意思で決めた道を行く。
作られた機械としてでなく、人として最期まで…これが、きっと 心 なんだ。
ポラリムの全身に取り付けられた機械を外す。
薄い布を身体に巻き付け、その小さな身体を背負った。
適当なコードを身体に巻きポラリムと自分の身体を固定する。
『良し。これで行ける。』
儀童。
私はお前との約束を守る。
ポラリムを奴等の実験の犠牲になんかさせん。
【神星武装】を出現させ部屋から出た。
足音を消し通路を進む。
青国居城は全百階層になる超巨大建造物。
元が宇宙船なので様々な部屋や通路が存在する。
ムダンは完全に気絶していた。今、この状況を知っている者は誰もいない。
現在、89層。一階まで行かなければ外には出られない。
飛び降りれば雪山の二の舞だ。
しかも最悪 アレ に狙い撃ちされる可能性もある。
幾つもの角を曲がり、長い直線を走る。
『っ!?。誰だ?。』
長い通路の切れ目に誰かいる。
纏うエーテルに敵意は感じられないが、私の行動を読んで先回りした?。
そんなことが出来るのは限られる。
『誰だ、とは心外ねぇ。』
『っ!?。リーダー…。』
私たちの部隊のリーダーであり司令官。
エーテリュア。
神を模して創造された限りなく神に近い存在。
『巫女ちゃんを連れて。何処に行くの?。』
『話すと思うか?。』
『いいえ。予想はつくから話さなくても大丈夫よ。ちょっと確認したかっただけ。まぁ、この状況じゃ選択肢何て数個しかないしね。』
圧倒的なエーテル。
この青国ではリスティナ様に次ぐ実力者。
私との戦力差など天と地程ある。
つまり、戦闘になれば勝ち目はない。
『私を止めに来たのか?。』
止めるだけではないだろう。
ムダンに対しての敵対行為。
巫女という重要度の高い存在の誘拐、及び逃走。
普通なら完全にスクラップにされてもおかしくない状況だ。
『いいえ。確認に来ただけよ。』
『確認?。』
先程も同じことを言っていたな。
『ええ。教えて。その行動の先に後悔はない?。』
『何?。』
『どんな結果になろうと後悔はしないのかな?。』
この女は何を言っている。
それはお前に関係のあることなのか?。
相変わらず敵意は感じず、身体を纏うエーテルにも変化はない。穏やかだ。
なら、嘘は不要か。
『後悔を…しない為に行動している。』
『そう…なんだ。何もしない方が後悔しちゃうってことかな?。』
『ああ。そうだ。私は最期まで 人 として正しいことをしたい。』
大切な者。繋がりなどない。一方的な感情だけど。赤の他人だけど。息子と同じくらいの少年が泣くところなど見たくない。
私に出来るのはこれくらいだから。
儀童に生きていて欲しい。
笑っていて欲しい。
叶わなかった息子と私の分まで幸せになって欲しい。
『分かったわ。ありがと。教えてくれて。行って良いよ。』
『っ!?。良いのか?。』
『うん。知りたいことが知れたから。けど、私に出来るのはここまで私が動いちゃうとお母様に知られちゃうしね。』
『…感謝する。』
『いいよ。けど…ううん。覚悟の上だろうし、私からは言わないよ。うん。頑張ってね。』
『はい。では。』
私はエーテリュアに背を向け走り出した。
ーーー
残されたエーテリュアはシャルメルアの背中が見えなくなるまで見つけていた。
『頑張れ。』
か細く小さな声での声援。
この青国には 彼女 がいる。
エーテリュアが動かなくても、青国からの脱出が極めて困難なことはシャルメルア自身も理解していることだろう。
だからこそ、これがシャルメルアとの最期の会話だということをエーテリュアは知っている。
彼女の最期の願いと行動に祝福があることを祈りエーテリュア小さく敬礼をした。
ーーー
『エレベーターは使えないな。』
窓を破って外に出るにはまだ高過ぎる。
階段を使うしかないか。
ドアを開け、階段を駆け降りる。
その時だった。
危険を報せるアラートが鳴り響く。
甲高く不快感を感じさせるその音は青国全体に届いている。
『くっ。もうバレたのか!?。』
ムダン以上に警戒しなければならない存在。
この青国の全てを監視下に置く女。
『ルクシエーナか!。』
ーーー
『正解です。シャルメルアさん。まさか、裏切るとは思っていませんでしたが、確率はゼロではありませんでした。複数のトリガーを引かなければこうはならなかったのに、ムダン様はどうやら余計なことを教えてしまったようですね。本当に研究と性欲以外には頭の働かない方なのですから、困ってしまいますね。』
神具を発動させ身体を中心に空中に浮かぶキーボード。
複数のモニターに囲まれたまま浮遊するルクシエーナがシャルメルアの映る映像に話し掛ける。
音声は切っているので彼女の声は聞こえないが彼女は話し続ける。
『ふふ。巫女様を背負ったままで何処まで逃げられるか。楽しみですね。さぁ、鬼ごっこの開始ですよ。』
ーーー
『っ!?。コイツらは!?。』
武装した機械兵が壁の中から出現する。
重火器を持ち隊列を組んで襲い掛かってくる。
乱れ飛ぶ銃弾の嵐を刀で防ぎながら階段を突き進む。
『ぐっ…一発貰ったか…。』
階段は複数あり、階層エリアの端と端に各々設置されている。
『なっ!?。経路を断たれた!?。』
爆発と共に降りていた階段が破壊され瓦礫の中に消える。
ここからじゃ降りられない。反対側の階段へ向かうしかない…しかし、それは無限に涌く機械兵の間を抜ける必要がある。
『行くしかないな。』
身を屈め、ポラリムに流れ弾が当たらないように盾を作り銃弾を防いでいく。
盾は私自身の身体だ。弾丸の軌道を予測しポラリムに向かうモノを腕や足を使って受け止める。
痛みに制限を掛け行動の阻害を防ぎながら。
『あと…50階…。』
『ふふ。まさか、アンタが裏切るんですねぇ。やっぱり失敗作でしたねぇ。』
『ギギギ…。』
『だが、ここまでだ。』
『ぐっ…【神造偽神】共…。』
ジグバイザ、カガガス、セティアズ。
【神星武装】そのものに意思を与えられた存在。
私たちとは根本的に造りが違う。
どうする…ポラリムを守りながら戦える相手ではない。
いや、ポラリムがいなくとも私単機では勝てない。
『巫女を置いて死んでよ!。』
『ぐあっ!。』
セティアズの刀を防ぐも、粒子となった刀が私の刀をすり抜け身体を切り裂かれる。
『ギギギッ!。』
『追撃する!。』
『うっ…。』
ジグバイザとカガガスの追撃。
刀を受け、ポラリムを守るためにバランスを崩した体勢では避けられない。
『やらせないよっ!。』
『邪魔だ!。どけ!。』
『『っ!?。』』
迫る二体の身体が横からの不意打ちで吹き飛んだ。
『デュシス!?。レイサーラ!?。』
『シャルメルア!。ここは私たちに任せて行きなよ!。』
『ああ、背中のお姫様を王子の元へ還してやれ!。』
『二人ともどうして!?。』
『お前とアイツの会話を聞いてたんだ。』
『真実はショックだったけど、シャルメルアは人としての生を選んだんでしょ!。私たちもそうだよ!。』
『ああ。機械じゃねぇ!。俺たちは人らしく仲間の為になることを選ぶ!。』
『お前たち…。』
『ほら、早く行って!。』
『戻ってきたら酒でも呑もうぜ!。』
『……………ああ。必ず。』
私は二人に背中を向け走り出す。
二人でも【神造偽神】には勝てない。
そんなことは二人も分かっているんだ。
くそっ…くそっ…くそっ…。
機械兵を刀で蹴散らしていく。
【神造偽神】に比べれば機械兵を倒すのは楽だ。
『着いた。地上!。後は走り抜ける!。』
居城から出て走り出した瞬間。
『っ!?。』
背後から悪寒!?。
走り出した力を全力で前に飛び込みことに使用する。
うぐっ…ポラリムが地面に触れないように地面を滑る。
『ガアアアアアァァァァァ!!!。』
『まさか【神造機人】一機の脱走に俺までも駆り出される事態になろうとはな。』
『うっ…残りの【神造偽神】か…。』
機械の身体を持つドラゴン。
青竜をイメージして造られた機竜ムゲカウラ。
そして、最強の【神造偽神】。ベガリアス。
奴は とある異世界の神具のレプリカ に意思を与えられた存在の一体。
その力は他の【神造偽神】とは一線を画す。
『っ!?。何だ!?。エーテルが奪われる!?。』
『そこは既に俺の支配空間だ。支配空間のエーテルは全て俺の元に吸引される。』
『ぐっ…力が…。』
『貴様の身体を動かしているのはエーテルだ。エーテルを失えば貴様は動かぬゴミクズと化す。』
駄目だ…このままじゃ…。
『足掻くことも出来まい。ムゲカウラ。あのゴミを始末しろ。』
『ガアアアアアァァァァァ!!!。』
機竜ムゲカウラの口にエーテルが収束する。
異神にも引けを取らないエーテル濃度。
動けない。あれをくらえばポラリムごと…マズイ…。
『撃て。』
『ガアアアアアァァァァァ!!!。』
放たれるエーテル砲。
エーテルを吸収され反撃も回避も出来ない。
何よりポラリムを守り切れない。
『シャルメルア!。』
『っ!?。』
突如、私の間に割って入った、エーテル砲を防ぐ複数の浮遊する盾。
『フィメティワ!?。』
エーテル砲の威力は六枚あった盾の四つを破壊した。
『ほぉ。仲間を助けに来たか。これで全員が裏切った訳だな。…所詮は失敗作。我々という完成形にはない欠陥だらけだ。ムゲカウラ。次弾準備。』
『ガアアアアアァァァァァ……………。』
『っ!?。また!?。』
再び、エーテルが集まり始める。
『大丈夫ですか!。』
『何を手間取っているのですか!。』
『だねだね。早く行って!。』
『お前たち…まで…。』
フィメティワ、カリュン、フォルンチカまで私を助けに…。
『まったくもう!。こんなにボロボロになって。キス・メル。』
ファルンチカの神具によって交わされる口づけ。
エーテルが戻り、傷が修復される。
『さぁ、行きなさい。儀童ちゃんに宜しくね。』
『だねだね。ここは任せて、ちゃんと決めたことをやるんだよ!。』
『時間がありません。行って下さい。シャルメルア。』
『皆………すまん。』
体力とエーテルが戻ったことで全力で動くことが出来る。
笑顔で私を送り出してくれる三人に感謝を伝え走り出した。
きっともう会えない仲間たちに…。
『はぁ…はぁ…はぁ...。早く。儀童の所へ。』
拓けた道路。
ここから先は機械兵はいない。
青国の戦力も仲間たちが足止めしてくれた。
後はここを駆け抜けるだけ。
足にエーテルを集中させ一気に放出。その推進力で加速した。
だが。
『なっ!?。』
加速した直後の出来事だった。
エーテルを圧縮したレーザーによって足を穿たれた。
バランスを崩しポラリムを庇うことも出来ずに地面を転がった。
『ポラリムッ!。ぐっ…マズイ…これじゃあ…。』
しかもピンポイントで足を動かす回路を切断された。
こんな芸当が出来る奴なんて青国に一人しかいない。
『くっ…ルクシエーナ…か。私を見ているな…。』
数多くの地面が開き、そこから無数の重火器が出現し標準を私に向けた。
更にたった今飛び出したばかりの居城、その聳え立つ最も高い位置へ、外壁を伝いエーテルの輝きが集まっていくのが見えた。
『まさか…あれを…。』
重火器に取り囲まれ逃げ場がない上に、あれまで撃たれたら…。
全身から熱が冷めていくのを感じた。
ーーー
『ふふ。はぁはぁ…うふっ。シャルメルア。そこはまだ私の支配空間内ですよぉ?。』
ルクシエーナを取り囲む複数のモニター全てに映るシャルメルアの映像。
『どうやら通信は切っているみたいね。はぁ~。まぁ良いわ。勝手に喋るわね。ふふ。今、安堵したでしょう?。ここを抜ければ私たちの包囲網から逃げ切れる。そう思ったのでしょう?。確信したでしょう?。ふふ。けど、結果はこれよ?。全ては私の手のひらの上。ああ。声が届かないのが残念ですねぇ。今、どんな気持ちですか?。悔しいですか?。怒っていますか?。悲しいですか?。絶望していますか?。貴女に直接聞けないのが口惜しい。ああ。けど、その表情だけで最高です。僅かな希望に縋っていたモノが崩れ落ちる瞬間の顔。それが見たかったのですよぉ。はぁはぁ…疼いてきてしまいます。全身がぁ~。はぁ~。熱いです~。』
シャルメルアの様子を見ながら一枚一枚着ている服を脱いでいくルクシエーナ。
全裸になるとモニターのシャルメルアの顔を舐めた。
『ああ。良い顔。直接、愛撫してあげたいわぁ~。ふふ。重火器に取り囲まれ逃げ場のない状況。足を撃ち抜かれ動きに制限の掛かった状態で一斉掃射は避け切れない。背中の巫女様を守り切れない。ふふ。無駄な努力ご苦労様ぁ。はぁ~。気持ちいいぃですぅ~。はぁ…はぁ…でもぉ~。もうお仕舞いなのぉ~。』
指を鳴らすルクシエーナ。
すると、エーテルが彼女を中心に青国全体に張り巡らされた毛細血管のような複雑に絡み合う回路を伝い始める。
青国居城の最も高い位置に設置された極大のエーテル砲。
青国は既に星そのものからのエーテルを汲み取ることに成功している。
それを先端に集める為の合図が鳴ったのだ。
『重火器の乱射で穴だらけじゃあ美しくないもものねぇ。私の最高、最強の一撃で蒸発させてあげるわぁ。神具【プロム・エリアス】。神技起動!。』
瞬く間にチャージを終了させた砲台から放たれた極大の純エーテルの波動。
星そのものの力の前には全てが無力。
狙われたシャルメルアに抗う術はない。
重火器の乱射と共に一斉に放たれた。
シャルメルアのいた場所を広範囲で呑み込み、爆炎と爆風が彼女を取り囲んでいた大量の重火器ごと周囲は蒸発。跡形もなく消滅した。
次回の投稿は9日の木曜日を予定しています。




