第385話 消えた過去
シャルメルアたちと別れた僕は拠点があった場所に戻ってきた。
砲撃によって粉々になった隠れ家。
短い間だったけど皆との…ポラリムとの思い出が沢山出来た場所だったんだ。
ポラリムと特別な関係になった場所。
それが今はもう失くなってしまった。
それに…ポラリムも…。
『僕が弱かったから…守れなかった。』
ポラリムは青国の敵に拐われた。
元凶はムダンって呼ばれてた男だ。
ムダンの目的は巫女のポラリムを研究と実験に使用すること。そうなっては、ポラリムは確実に殺されてしまう。
出会った時のような…全身に火傷を負った姿に…また。
シャルメルアは時間を稼いでくれると言った。その間に策を練り、強くなれと。
けど…どうすれば強くなれるのか分からない。
あんなに頑張ったのにボロボロにされて…。
『僕は…弱い…よ…守るって約束したのに…。ごめんね…ポラリム…。』
『泣くな少年。俯くよりも前を見ろ。物事はそこから始まるのだ。』
『え?。』
突然の声に振り返ると、そこに紗恩お姉ちゃんと青嵐お兄ちゃんがいた。
二人とも無事だったんだ。
『儀童。ポラリム…拐われちゃったんだね。』
『うん…僕が…守れなかった…。』
『…そう。私も敵に手も足も出なかった。』
『紗恩お姉ちゃん…。』
よく見ると紗恩お姉ちゃんの目は少し腫れていた。きっとさっきまで泣いてたんだ。
紗恩お姉ちゃんが頑張ってたのは知ってる。
だけど、今回の戦いで努力しても越えられない壁があることを思い知らされた。
『ただいま。』
『氷姫お姉ちゃん…。』
『儀童。無事だった。良かった。』
『うん。僕…シャルメルアに助けて貰ったんだ。』
『シャルメルア?。』
『敵の一人だな。儀童と共に崖から落ちたという。』
『うわあああああぁぁぁぁぁん。儀童ちゃあああああぁぁぁぁぁん!。無事で良かったよぉ~。』
『なんとか生き残ることが出来たようですね。皆さん。』
『皆…。』
氷姫お姉ちゃん、機美お姉ちゃん、水鏡お姉ちゃん、雨黒お兄ちゃんも合流した。
皆、服がボロボロだ。戦っていたんだ。
『儀童。何があったか教えて。』
『うん。』
僕は襲撃された後からの流れを説明した。
崖から落ちた後のことも、シャルメルアやその仲間たちのことを。
『そう。理解。』
『どうします?。そのシャルメルアさんは儀童君の恩人のようですが…信じられるのでしょうか?。』
『私には悪い人には見えなかったんだけどなぁ。シャルメルアさんの仲間しか見てないけど。』
『僕を助けてくれたんだ。僕は信じたいよ。けど…僕は…弱いから。どうすれば良いのか分からないんだ。シャルメルアには強くなれって言われたけど…。』
『エーテルと魔力の間にある絶対的な差か。』
『けど、特訓している時間も、考えている時間もない。一刻も早い行動が求められる。』
『私は行く。ポラリム助ける。』
『氷姫お姉ちゃん。』
『俺も賛成だ。やっと、青国と対峙する理由が出来たのだ。今回のことで青国は完全に俺の敵となった。』
『ですが、敵の全体像も分からないままでは危険では?。』
『それはそう。けど、手をこまねいてもいられない。時間が経てばポラリムの身に危険が迫る。』
『しかし…。』
『水鏡。あの時と一緒。地下から潜入しよう。』
『あの時…ですか。確かに真正面からよりは安全でしょうが…。』
『元より安全な場所などない。ここもそうだったのだ。だが、安心しろ。リスティナ様の偽者は私が対応する。』
『そこまで行ければ…だがな。』
『儀童ちゃん。紗恩ちゃん。』
『行くよ。僕に何が出来るか分からないけど、ポラリムが待ってるんだ。僕はポラリムを助けに行く。』
『私も。ここで泣いていても何も始まらないから。』
『満場一致だな。シャルメルアの話を信じるならば、幸いにも数日の猶予があるようだ。一日二日、身体を休めながら作戦を考えよう。』
『うん。そうだね。』
こうして話は纏まった。
敵本陣への侵入は三日後か四日後か。
この猶予期間の話し合いで決まる。
僕の出来ることは、それまでに強くなる手掛かりを探すことだ。
ポラリム…どうか。無事でいて…。
ーーー
昨日、神眷者たちが集う会合が開かれた。
緑国以外の神眷者が一同に集結し近況の報告から、異界の神に対しての今後の動きについてを話し合ったのだ。
『んっ…。あんっ…。』
『ふぅ…やっと再生した手の感覚が戻ってきたな。くそっ、要らぬ手間を取らせおって。』
隣を歩く青国の幹部の一人であるルクシエーナの肩に手を回し、その胸を乱暴に揉みしだくムダン。
奇襲の際に異神の一人に切断された腕は再生治療によって復活したようだ。
『聞いたか?。ルクシエーナ。』
『っ。な、何でしょうか?。んっ…ムダン様ぁ?。』
『数時間前、リスティナ様のところに侵入者が現れたそうだ。』
『あんっ!?。ムダン様…そこは…止めて下さい。恥ずかしいです…。』
『煩い。質問に答えろ。』
『んっ…はい。聞いています。リスティナ様の母上。最高神の一柱である【恒星神】アリプキニア様が訪ねられたと。』
『何事もなかったから良いものを、この拠点の最深部まで容易に侵入されるとは、貴様、警戒を怠っていたのではないだろうな?。』
『そんな…ぅ…強い…です。はぁ…はぁ…そんなことしておりません…私は...私の役割を…はぁ…はぁ…全うしておりました。』
『チッ…最高神が上手だったということか。』
ルクシエーナから距離を取るムダン。
『さて、面倒事は終わった。これでやっと巫女様の研究を始められるな。』
『それでは…私は自分の持ち場に戻ります。』
『勝手にしろ。』
『はい。ムダン様。失礼致します。』
ルクシエーナが背中を向けた。
振り返る際、一瞬見せた彼女の表情に寒気を感じた。
あの女…危険だ…このムダンよりも…。
そう、直感が働いたのだった。
『シャルメルア。お前は護衛だ。来い。』
『了解しました。』
異神との戦いの後から、ムダンは私たちの誰かを護衛として側に置くようになった。
今までにも何度も保身を重要視していたムダンだが、ここに来て異神の脅威を肌で感じたようだ。
ムダンの後に続き奴が普段から生活の場としている研究室へと入る。
数多くの機械とモニター。何かの液体に入れられた生物が並ぶカプセル。実験に必要なのだろう道具や薬など、理解に苦しむモノまで様々なモノが置いてある。
『はぁ…傷ついた私の心を癒してくれるのは、今や貴女だけです。巫女様ぁ。』
現在の実験の中心であるポラリムが部屋の中心にある機械的な台の上に寝かせられている。
眠らされているのだろう静かな呼吸音が聞こえる。
その姿は服を脱がされ、薄い布を掛けられている。全身に取り付けられた謎のコードが伸び、頭にはヘルメットのような機械がモニターに繋げられている。
儀童が命に代えても守ろうとした少女か。
儀童…か…。彼のことを考えると何故か、胸の周辺が締め付けられるような感覚に襲われる。
機械の身体なのに…この感覚は何だ?。
初めて儀童の討伐任務を受けた時からだ。
任務は絶対。そうプログラムされている筈なのに私はあの子を殺したくないと考えてしまう。
出来れば、あの時も…あの時も…痛め付けることもしたくなかった。私の中に確かな抵抗があったんだ。
こんな感覚は知らない。初めてだった。戸惑った。
そんな葛藤に逆行するように儀童は立ち上がった。抵抗した。この少女。ポラリムを守ることに関して儀童は折れなかったんだ。
『ムダン様。一つ教えて頂きたいことがあります。』
『あ?。何だ急に?。珍しいな。』
『私の過去を教えて頂きたい。』
『お前の過去だぁ?。そんなもの必要か?。機械人形の分際で…お前は与えられた任務をただ忠実にこなすだけの存在だ。そう私に作られた筈だろう?。そんなお前に過去など不要だろうが。』
『ですが…あの少年…を見ると胸の辺りが苦しいのです…これでは任務に支障を来す可能性があります。』
『チッ…思い出させるな。頬が痛む。』
本当はこんな男に敬語で話すことすらしたくない。
しかし、私の過去を知るのはきっとコイツだけなんだ。
教えてくれるというのならこの身体だって捧げても良い。
『ふむ…胸が苦しいか?。そんな機能が…いや、感情を司る回路に異変が?。エーテルを流したことで生物に近づいた?。ふむ。興味深い。シャルメルア。特別に教えてやっても良い。くくく。』
『本当ですか?。』
『ああ。知っての通りお前は元々人族だった。いや、お前たちは、と言った方が正しいか。』
『はい。存じております。』
『奴隷だったお前たちを私は買った。そこから【神造機人】の実験は始まったわけだ。』
『はい。私たちはその研究の結果生まれた完成形です。』
『くくく。その通り、研究の結果、何を持って完成形とするのかは私が決めたことだ。故に私はお前たちが完成形だと敢えて教えた。結果として単体としての自律行動を不具合無しで行え、体内のエーテルの循環、体外への放出、【神星武装】との波長の同調とその使用が可能であること。それら全てを満たして完成形とした。』
『はい。我々六体が該当すると窺っております。』
ムダンは薄気味悪い笑みを浮かべながら何かを何かを探し始める。
『お前の過去だがな…くくく。お前には息子が一人いた。共に奴隷として売られていたところ私が買い取ったのさ。』
『やはり、そうでしたか!。』
『年齢もあの少年と同じくらいだったな。』
そうか…恐らく、この感情は私が改造される前から持っていた母性から来るもの。確信が行った。
きっと、失われた記憶の残滓が儀童と自分の子を無意識下で重ねていたんだろう。
『その、息子は今何処に?。』
『ん?。会いたいのか?。』
『はい。叶うなら。』
『くくく。随分と生物の…人のようなことを言うじゃないか?。機械人形のクセに。』
『脳は人の…私のモノです。ムダン様がそう教えてくれたではありませんか?。どんなに肉体が機械になっても物事を考え、思いを抱ける脳があれば…私は…私たちは 人 です。』
『くくく。人…ねぇ。』
『何でしょうか?。』
ムダンは機械製の台の上に寝かせられているポラリムを見る。
そういえば、寝ているにしては様子がおかしい。
身体を巡るエーテルに変化はない。
だが、寝ているにしては 静か 過ぎる気が…。
『はぁ~。良いですね~。若い身体というのもぉ~。これもこれもシャルメルアたちのお陰だぁ。』
『私たちのお陰?。どういう意味でしょうか?。』
『くくく。君は神々が施した仮想世界と異神との関係の繋がりを知っているかな?。』
仮想世界と異神?。その繋がり?。
『はい。この場所。神々がこの世界と仮想世界の住人を行き来出来るようにしたシステムのことですね。』
『うむ。そうだ。仮想世界の住人たちは意識を1cm四方程度のチップの中に納められ、この世界ではそこから抽出した意識データに魔力で型どった偽りの肉体を与えることで、この星の侵略を行った。』
『はい。仮想世界の住人のデータは今も尚稼働し、異神がこの世界に来た今も新たな仮想世界を構築し動いている。』
『そうなのだ!。まさにそこに私は目を付けた。』
『そこ…とは?。』
『意識のデータ化。肉体と意識を切り離し、入れ換えることを可能とする技術です。そうすれば肉体は単なる入れ物となり、技術次第では生まれに関係なく屈強な肉体を誰でも得られることが出来るようになる!。それを私は完成させたのですよ。』
私はポラリムを見る。
今の話が本当なのだとしたら。
『…まさか!?。』
『ええ。察しが良いねぇ。巫女様の意識は既に肉体と剥離が終了している。まだ、切り離しただけで持ち運び出来る状態ではないが。ここに転がっているのは脱け殻。ああ、生命の機能は問題ない。くくく。この状態でも私の欲望を満たすことは可能なのだよ。』
ポラリムの肉体を汚ならしい手で触れるムダン。
『ああ、そうそう。ほぉら、コレだ。君の家族だよ。受け取りなさい。あ~。感動の再会ですねぇ~。』
『…は?。』
ムダンが放り投げてきた小さなカプセルを受け取る。
そのカプセルの中には、薄い緑色の液体と共に人の指、第一関節が一つだけ入っていた。
ムダンは何と言った?。家族?。再会?。
この指が?。私の………息子?。
『くくく。再会の感動で言葉も出ませんかぁ?。君が不安を覚えた息子との再会はどうですかぁ~?。嬉しいでしょう?。』
『こ…れは…どういう…。』
『いやいや、研究には犠牲はつきもの。いや、犠牲ではなく栄光の礎と言うべきかな?。肉体と意識の解離。君の息子も 少しずつ 使わせて貰ったよ。肉体を生きたまま切り裂き、バラバラになっていく過程。ああ~。楽しかったなぁ~。くくく。声変わり前の男の子の悲鳴も甘美なものだったなぁ~。』
『そんな…私…の…子が…。』
怒り、悲しみ。
感情は失われている筈なのに私の中を何かが渦巻いている。
『くくく。人のように悲しむことはない。君は機械人形だ。もう人ではないんだよ。』
『私は…私は人だ!。物事を考える脳がある!。私の意識は私のモノだ!。』
『くくく…くくく…ははははは!。』
腹を抱えて笑い出すムダン。
『はぁ~。そんなことをまだ信じているのか?。』
『そんなこと?。信じる?。』
『お前たちの脳は既に機械化し終えている。つまりお前たちは完全な機械人形なのさ。人だった箇所などもう何処にもない。お前の意識はデータとなり人だった時の記録の中から必要な部分を神工知能に記憶させただけのモノさ。』
『っ!?。じゃ、じゃあ、私…という存在は…。』
『とっくの昔に消えている。自分には失った筈の過去がある、人の部分がまだ残っている。そう思わせればお前たちを操ることが容易になるからな。』
ムダンの言葉。真実なのか。
私は人ではない…いや、シャルメルアという 個人 ですらないんだ。
この気持ちも植え付けられただけのモノ。
私は…誰なんだ…。
『さぁ。話しは終わりだ。巫女の身体を堪能した後、今度はお前を可愛がってやろう。真実を知り傷心したお前を慰めてやろう。私という存在でな。』
ポラリム…。このまま放っておけば、ポラリムは…私と同じに…もっと酷い状態に…。
私の…息子…。私の?。私だった人の…。
カプセルを強く握る。
覚悟を決めた。
儀童…約束を守るぞ。
『そら。どうした?。いつまでそんなところで呆けていブフッアッ!?。』
私はムダンの顔面を全力で殴り付けた。
次回の投稿は5日の日曜日を予定しています。