第381話 混戦と離脱
儀童とシャルメルアが崖下へと転落した直後、ムダンは唖然としていた。
儀童に殴られたことで逆上し異世界の神具【ディメンション・キューブ】を発動して儀童を殺そうとした矢先、シャルメルアの突発的な行動に理解が追い付かなかったからだ。
『は、はは…まさか、その身を犠牲にしてまで私を守るとは、これは無事にシャルメルアが戻って来た際には十分な褒美をやらなければいけないな。くく。生きて帰って来れればな。』
儀童に殴られた頬を撫でながら、気を失って地面に倒れているポラリムの身体を再び持ち上げる。
安心した様子のムダンとは逆にシャルメルアが落ちていった崖に慌てて駆け寄るレイサーラとカリュン。
目にしたのは、底も見えない断崖の岩肌と雪に消える暗闇だったからだ。
絶望が二人の間に降り立つ。
『シャルメルア!。シャルメルア!。駄目!。通信に応答しないよ!。もしかしたら壊れちゃったのかも!?。この高さじゃ…落下中に岩肌にぶつかっちゃうよ!。』
『ああ。そうかもな。どうする?。探しに行くか?。』
『だねだね。私。向こうから崖を降りるよ!。』
走り出そうとしたカリュンだったが、彼女を制止する声に足を止めた。
『何を言っているのだ?。巫女様はこうして取り返したのだ。さぁ、ここへはもう用はない。帰還するぞ。お前たちは私の護衛を優先しろ。』
『けど、シャルメルアが!。』
『アレは十分に役目を果たした。自力で帰って来るなら迎え入れるが、お前たちが動くことは許さん。これ以上、この場で異神と事を構える気はないからな!。こんな所にいられるか!。』
『チッ。俺たちはただの使い捨ての駒だってか?。』
『何か言ったか?。』
『何でも…ねぇ。』
ムダンは振り替えると腕に取り付けられた機械を操作し始める。
何もない空間にモニターが現れ、複数のボタンを押すと前方の空間に歪みが生まれ始めた。
『しかしだ。レディス。パラエーダ。』
操作をしながらムダンは背後に控える二人のメイドに話し掛ける。
『はい。ムダン様?。』
『如何なさいましたか?。』
『何故、お前たちは私の護衛にも関わらず、あの小僧の攻撃から私を守らなかった?。私の護衛がお前たちの役目だった筈だが?。』
『答えは簡単に御座います。ムダン様の命令は【神の攻撃から私を守れ】とのことでしたので。』
『神の攻撃=エーテルによる攻撃と判断し魔力での攻撃を行っていた先程の少年の攻撃は命令に該当しませんでした。』
『チッ…融通が効かんな!。お前たちは!。』
『申し訳御座いません。』
『何なりと罰をお与え下さい。』
『ふん。帰ったら覚えていろ。徹底的に躾てやる。』
『畏まりました。』
『ご自由に。』
そんな話をムダンとメイド二人が行っている最中、レイサーラとカリュンは六体の【神造機人】だけが使える特殊な回線を利用し会話していた。
同型の六体のみが扱える意識共有機能の応用。
「私とフィメティワがシャルメルアを探してきますわ。きっと動けないでいる可能性が高いですから!。」
「おお。頼むよ。二人とも。こっちのことは任せちゃって。シャルメルアを頼むね。」
「しかし、私とフォルンチカがいないと防御役と回復役がいなくなってしまいます。」
「気にするな。シャルメルアは異神と繋がっているあの坊主を守った。なら、俺たちにとって異神は敵じゃねぇ。仲間が信じた奴だ。俺たちも信じようぜ!。」
「ですです。こっちは異神と交戦しても逃げるだけです。深追いはしません!。」
「分かりました。くれぐれも無茶をなさらないように。」
「何かあれば連絡をなさい。私の能力の届く範囲で援護いたしますわ。気をつけて下さいな。」
「ああ。そっちもな。俺たちもなんとか合流出来るように行動する。」
「また、後で。」
そうして、フィメティワとフォルンチカは別行動を取った。
そこに、通信を切ったタイミングでその場に残ったデュシス、レイサーラ、カリュンに寒気が走る。
明らかな敵意の込められたエーテル。
静かな殺気が青国の者たち全員を包む。
『ムダン様。敵襲に御座います。』
『申し訳ありません。防ぎ切れません。』
『何!?。』
ムダンを護衛する二人のメイド服を着た少女がその様なことを口にした。
『は?。え?。』
気がついた時には既に機械を操作していたムダンの腕は切断されていた。
『ぎゃああああああああああぁぁぁぁぁ~。私の腕がああああああああああぁぁぁぁぁ!?!?!?。』
血を噴き出しながら叫び、転げ回るムダン。
激痛に堪えているであろう歪んだ顔で状況を確認する。
『はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…いったい何があった!。』
『申し訳ありません。その身を守るのが精一杯でした。』
『はい。想定外の物量の攻撃です。次弾の可能性があります。お気をつけて。』
ムダンが周囲を見ると無数のナイフが地面に突き刺さっていた。
自身の腕を切り落とした正体を察したムダンが警戒を強めた瞬間。
その声が耳元、自分の真後ろから届いた。
『ポラリムは返して貰うぞ。』
『ひっ!?。』
首を狙う鋭い一撃。
咄嗟に神具を展開し自身を中心とした一定空間内を固定した。
『ちっ。危機に対しての反応はなかなかのようだ。』
寸での所でナイフを持つ手が止まる雨黒。
その隙を突き、二人のメイドが同時に攻撃する。
『遅い。』
『っ!?。』
『ぐっ!?。』
攻撃を最小限の動きで躱した雨黒が二人のメイドを蹴り飛ばす。
『次はお前だ。一撃で殺す。』
『ひっ!?。な、何をしている!。早く私を助けろ!。』
『しゃーねーな。』
『だねだね。』
『っ。』
レイサーラとカリュンの攻撃を両手に持つ二本のナイフで防ぐ。
『邪魔だ。』
『わっ!?。なんのっ!。』
『それは、てめぇだ!。』
腕に装着された機械からエーテルを放出し推進力を利用して両手のナイフを払うレイサーラ。
飛ばされたカリュンも槍を伸ばし迎撃に転じた。
『武器も無いし防げないよ!。』
『ナイフがこれだけだと。誰が言った?。』
『っ!?。』
『マジか!?。』
『神具【遠隔思念誘導・鋭刺刃牙 ファラバグラ・エジビア】。』
天を覆い尽くす無数のナイフ。
それが一斉に降り注ぐ。
直線的に、歪曲的に、螺旋状に、直角に。
様々な軌道で高速で突撃する刃。
周囲の環境色に溶け込むモノまである。
「二人とも伏せて!。」
『『デュシスっ!?。』』
降り注ぐナイフの大群に対し別方向からのエーテルによる砲撃が連射され複数のナイフを薙払っていく。
『援軍か。しかし。こっちも同じだ。』
「っ!?。な、襲撃!?。ごめん二人とも援護はここまでっぽい。どうか無事で。」
そう言って通信が切られた。
尚も続くナイフの群れをカリュンは持っている槍を極限まで伸ばし自身の身体を覆うことで防御。
レイサーラは手に装着した機械を高速で回転させエーテルの噴出と併せ擬似的な盾を作り出した。
『くっ。とっとと帰るぞ。こんな場所にいられるか!。おい!。パラエーダ!。巫女様を持て!。レディス!。死ぬ気で私を守り抜け。【神具】の使用を許可する!。』
『畏まりました。』
レディスが前に出る。
すると、エーテルが身体から溢れ彼女の周りを不規則な軌道で動く。
雨黒がいち早くレディスの異変に気付き、宙を舞うナイフを一斉に彼女に向け操作する。
『【カリ・ギリ】起動。』
レディスに向け放たれた大量のナイフは彼女の周囲を囲うエーテルに降れた瞬間、方向が変わり次々と地面に吸い寄せられるように突き刺さる。
『っ!?。』
驚く雨黒。
彼の神具は自らが全てのナイフを操作している。
レディスに放ったナイフも操作し続けていた。
しかし、彼女の展開したエーテルの流れに触れた瞬間、操作しているにも関わらずエーテルの流れのままに動かされた。
『流動の神具か。』
『僅か一回の攻防で見抜くとは流石です。異神様。如何にも私の神具は 流動の神具 カリ・ギリ 異世界の神具です。私のエーテルに触れた対象をその流れに強制させます。』
『異世界の…。』
『仮想世界でクロノ・フィリアに所属していた代刃様が呼び出した神具をリスティナ様が再現されました。』
『だが、貴様は神具に該当しそうなモノを何も持っていないようだが?。』
『私は…。申し訳ありません。守秘義務が御座います。お教えすることは出来ません。』
『そうか。なら、良い。俺の前に立ちはだかるのなら、まずはお前を殺すだけだ。』
『それは難しいでしょう。時間切れです。』
『何?。』
『良し!。ゲートが開いたぞ!。レディス!。パラエーダ!。戻るぞ!。』
そのタイミングでムダンはゲートを開いた。
誰よりも先にゲートへと飛び込むムダンの姿は滑稽と言う他ない。
『ちっ…ポラリム…。』
『行かせません。』
レディスが生み出した流れはゲートから外れるように外へと向かう。
ナイフも含め、腕が触れた瞬間身体ごと流される。
『うぐっ…厄介な…。』
ゲートが閉じ始め焦りを示す雨黒。
『私が足止めに徹すれば貴方がムダン様に触れることは出来ません。更に貴方にはもう一つ不幸な出来事があります。どうやら、アレの動きを止められなかったようですね。』
『っ!?。ちっ…アレだけ関節に打ち込んだんだがな…。まだ、動けるのか!?。』
俺とレディス。レイサーラとカリュンの視線が一ヵ所に向けられる。
全身から金属音を響かせた鎧の騎士が一直線に雨黒へと突進してくる。
真っ黒な鉄の身体を持つ鎧が唸り声を上げていた。
『ふふ。それでは後は彼に任せます。それでは異神の皆さん。レイサーラ。カリュン。帰りましょう。』
『……………。いや、俺たちはこのままシャルメルアの捜索に移る。』
『そうですか。了解しました。………アレには上手く言っておきます。ゆっくりと帰ってきて下さい。』
『うん!。ありがとう。レディス。』
『それでは、雨黒さん。またいつか。』
『くっ!?。待てっ!。』
ゲートに入ろうとするレディス。
止めようにも鎧の騎士が行く手を阻む。問答無用に突進を繰り返す騎士の鎧をナイフで防ぐので精一杯の雨黒。
だが、レディスの動きは突然止まり振り向き様に神具によるエーテルの流れを作り出す。
『ポラリムちゃん!。』
機美が放つエーテル砲撃。
それが一直線にゲートに向かって放たれる。
『何!?。ひっ!。レディス!。なんとしてもゲートを守れ!。』
突然の砲撃に悲鳴にも似た声を上げるムダン。
『はい。既に。』
『くっ!?。あの流れは純粋なエーテルにまで作用するのか!?。』
ゲートを避けるようにエーテル砲が軌道が逸れる。
『何なの!?。あの能力!?。』
空中を移動する機美。
再び、ゲートへと狙いを定めようとするも。
『っ!?。もう!?。またっ!?。』
機美に飛び掛かる筋肉隆々の男。
顔は鉄仮面に覆われ確認できない。
圧倒的な力に圧され機美が射撃体勢を止めて迎撃に転じる。
『それでは。さようなら。』
『ポラリムちゃん!。』
『ポラリム!。』
無慈悲にもゲートは閉じ、何もない空間に戻った。
『くそっ。雨黒君。儀童君は?。』
『分からん。俺が来た時には見つからなかった。』
着地し背中合わせに構える機美と雨黒。
合流した二人に対峙する謎の二人の戦士たち。
『大丈夫だよ。あの男の子は私たちの仲間が守ったから。』
『何?。』
『敵である俺たちの言葉など信じられないだろうが、あの小僧は必ず無事で連れ帰ってやる。お前たちは目の前の敵に集中しろ。ソイツ等は強いぞ。』
『貴女たち……………うん!。儀童君を宜しく!。』
『ふっ…。』
『だねだね。任せて!。』
レイサーラ。カリュン。名前も知らない者、しかも敵である者たちに託した機美の判断。
完全なる勘。直感。
いつかは戦う相手。だが、儀童に関することだけは同じ意思で信頼できると。
『良いのか?。』
『うん。まずは目の前の敵に集中しよう。』
『そうか。理解した。敵は狩る。』
『うん。そっちは任せるね。』
『ああ。任せろ。』
『『神具!。』』
大量のナイフが再び出現し雨黒の周囲に浮遊し列を成す。
機美が取り出した長刀。その刃の溝に刻まれた文字に輝きが増し出現する七つの光球。
『【遠隔思念誘導・鋭刺刃牙 ファラバグラ・エジビア】起動。』
『【機装外神七光戦鎧 マキスガリュア・ペキュメデミア】起動!。』
二柱の神のエーテルが世界を震わせた。
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