第380話 儀童とシャルメルア
誰かが僕の頭を撫でてる?。
抱きしめられてる?。
温かい。温もりの中で感じるのは、優しさと愛情。
まるで…それはお母さんにされていた時のような安心感を与えてくれた。
だけど…もう二つ、伝わってくる感情が僕に不安を与える。
それは…戸惑いと悲しみ。
『うぅ…お母…さん…。』
『っ!?。』
意識が覚醒し始めると、僕は何か柔らかいモノの上に居ることが感じられた。
何だろう?。温かくて気持ちいい。
ゆっくりと目を開けると僕を見つめる視線と目が合った。
『っ!?。シャルメ…っ!?。ぅぐっ…。』
シャルメルア。
青国の刺客でさっきまで僕と戦っていた人だ。
『漸く目覚めたか。だが、あまり激しく動かない方が良いぞ?。私は治癒の機能は持っていないからな。』
『ぅぐ…。はぁ…はぁ…はぁ…。』
『あ………。』
僕は激痛に痛む身体を無理矢理動かしてシャルメルアの上から移動する。
地面を這い、何とか岩壁を背にして身体を起こした。
『ここは…。洞窟?。洞穴?。どうして…こんな所に?。』
僕は確かムダンとかいう男からポラリムを奪おうとして…それで、見えないエーテルの塊に押し潰されたんだ。
もう駄目だと思った時に、急に横から押されて崖から落ちた…。
『そうだ!。ポラリム!。ポラリムを助けないと!。うぐっ…。』
駄目だ。全身が痛くてまともに歩けない。
『あまり無理するな。落下の衝撃は無かったにしろ。その前にあれだけの攻撃を受けたんだ。致命傷でないにしろ限界だろう?。』
『お前が…お前たちがしたんだ!。ポラリムを!。皆を襲って!。勝ち目がなかったのも分かってる!。僕の力が足りないのも!。それでも僕はポラリムを助けるんだ!。守るって約束したんだ!。』
『そうか…。しかし無駄だ。外は再び猛吹雪に戻った。この崖の絶壁を登るなど到底出来ん。魔力が尽きて落下死がオチだ。』
『けどっ!。………え?。』
気付かなかった。
焦ってたせいもあるけど、シャルメルアに視線を向けなかったこともある。
そうだよ。良く考えたら僕は崖から落ちたんだ。
けど、途中で気を失ったから魔力で防御もしていないのに…。
『何で僕…生きてるの?。それに、君のその身体…。』
仰向けに横たわるシャルメルア。
その身体は…壊れていた。
両足の先端はふくらはぎから失くなり複数のコードが千切れて、むき出しになっていた。
腕も左腕が失くなり、右手も指が二本しか残ってない。
頭も少し欠け、全身の至るところからバチバチと小さな音が聞こえる。
そして、少し離れた場所にはバラバラに砕けたシャルメルアの刀が落ちていた。
『もしかして…僕を助けてくれたの?。』
『……………ああ。』
『どうして?。僕たちは敵同士で、君はポラリムを狙ってここに来たんだよね?。この傷だってお前が…僕に…。それに何度も僕を殺そうと…。』
その時、ふと、疑問が浮かぶ。
シャルメルアは必ず戦う前にポラリムを置いて逃げろと言っていた。
それって脅しだと思ってたけど…。
彼女の仲間も言っていた。
シャルメルアの温情だって。
『してなかったんだ。君は僕を助けようとしてたの?。』
『………ちっ。アイツ等が余計なことを言わなければ…悪役でいられた方が楽だったのにな。おい。餓鬼。いや、儀童だったな。何もしないから近付いて来い。大声が出しにくいんだ。』
シャルメルアは動けない。
全身の傷がそれを物語っている。
良く見ると首にも亀裂が入っていた。
敵意は感じない。纏ってるエーテルも弱々しいけど穏やかだ。
『っ。うん。』
痛む身体を我慢しシャルメルアの横に移動して座る。
『悪いな。こんなに痛めつけてしまって。』
意外なくらい優しい手付きでシャルメルアは僕の頭を指の足りない手で撫でながら悲しそうに言った。
『ああしないと、お前はあのクズに殺されてた。お前だけでも逃がしてやりたかったんだがな。なぁ、一つ聞いて良いか?。』
『うん。良いよ。』
『お前は何故、巫女を見捨てなかった?。私は何度も言ったぞ?。巫女さえ渡せばお前の命の保証はしてやると。だが、お前は頑なに引き下がらなかった。何故だ?。』
『そんなのポラリムが僕にとって大切な人だからだよ!。助けるって。守るって。約束したんだ!。僕はポラリムが大好きなんだ!。』
『明らかに勝てる状況でもない。魔力しか扱えないお前が私たちに勝てる可能性はゼロだ。なのにお前は抗い続けた。自分の命を捨てるのと同じことだ。』
『それでもだよ!。ポラリムを失うくらいならどんなことでもする!。』
『………ははは。そうか。理屈ではないんだな。ははは。そうか。納得した。私たち【神造機人】には理解は難しい感情だが、ああ。何となくだが分かる。かつて…私も持っていたんだろうな。』
嬉しそうに笑うシャルメルア。
僕の頭を撫でながら、その身体は悲鳴を上げていた。
火花が飛び、電気が走る。
間接を動かす度に金属の擦れる音が響いた。
『身体、大丈夫なの?。』
『いや、大丈夫ではないな。だが、痛覚機能は切っている。痛みはないさ。』
『どうやってここまで落ちてきたの?。』
『エーテルを極限まで高めて儀童を中心に展開した。後は背中にもな。雪が衝撃を吸収したとはいえ1000mは落下したからな。機能しているのが奇跡的さ。腕一本失うだけで済んだ。』
あそこそんなに高い場所だったの!?。
『何とか一命を取り留めた後は岩の壁に穴を開けてこの場所を作った。流石にエーテルも使い切った。刀は折れるわ、両足は砕けるわで散々だったが…お前が無事で良かった。』
『どうして、僕を助けてくれたの?。』
『……………少し長くなるが良いか?。』
『うん。』
シャルメルアは僕を引き寄せて抱きしめる。
柔らかさと温かさに安心する。
僕が目覚めるまで、ずっとこうしてくれていたんだ。
火が無いのに温かいのはシャルメルアが体温を調節してくれているからだと分かった。
『寒くないか?。』
『大丈夫。温かいよ。』
『そうか。僅かに回復したエーテルで儀童を包む。痛みが和らぐ筈だ。』
『ありがと。』
『気にするな。さて、まずは私たちのことを話そうか。私たち六体の【神造機人】は元々は人族だったんだ。』
『え?。人族って…。』
姉貴と一緒の種族…。
『どれくらい前だったか。何処だったか。もう忘れてしまったがな。赤国の連中に捕まり青国…あそこにいたムダンのクズに買われたのさ。奴隷としてな。そして、ムダンの手によって改造され【神造機人】に生まれ変わった。』
『ムダン…。』
ポラリムを拐おうとした奴…。
『改造の際、身体と脳を切り離された。脳だけになった私たちは記憶を全て消去され、この機械の身体に入れられた。今は脳だけが本来の私たちの身体なのさ。』
『酷い…。』
『ふふ。お前が悲しそうな顔をするな。』
『けど。』
『いや、ありがとう。敵である私の為に悲しんでくれて。嬉しいと…思う。』
背中に回された腕が強く抱きしめてきた。
『記憶を消された私たちに与えられた情報はこの世界の真実と国々の情勢。異世界からの神々と彼等が住んでいた仮想世界のこと。あとは、あのクズを悦ばせる方法と技法と知識が大量に用意されていた。忌々しいことだ。』
『どうして、ムダンに従ってるの?。』
『私たちの脳の中には特殊な爆弾が仕掛けられててな。ムダンの意思一つで私たちをいつでも殺せるのさ。裏切りや用無しと奴が判断した瞬間、処分される。………従うしかないのさ。』
『許せない…。』
『……………。ふふ。そうだな。許せないな。』
『わぷっ!?。』
抱きしめている腕が更に強くなり、身体の密着が大きくなる。
『何故だろうな。儀童を見ていると胸のパーツが熱くなるんだ。機械の身体で心なんて昔に失ってしまった筈なのにな。』
『泣いてるの?。』
『え?。ああ。そうだな。私は泣いているんだ。』
『心。ちゃんとあるよ。シャルメルアは。』
『………そうかもな。もしかしたら…人だった頃の私にも…お前くらいの子供が…。』
暫く無言のままの時間が流れた。
『僕はポラリムを救いたい。』
『そうか。儀童は最初からそうだな。心に刻んだ想いをずっと追いかけ続けている。正直、私には眩しすぎた。』
『ポラリムはあの後どうしたの?。』
『恐らく、ムダンに連れられ青国の中心にある居城にいる。分かるだろう?。仮想世界とこの世界を繋いだ宇宙船だ。』
『うん。リスティナがいる場所だよね。』
『そうだ。そこで実験が行われる筈だ。』
『止めないと。』
『今の儀童では無理だ。力をつけろ。不幸中の幸いか実験はすぐには行われない。』
『どうして?。分かるの?。』
『各国にいる異神が動き始めたからだ。特に、今、ムダンを含め青国内は各国の異神の動きについての情報を集めるので必死なんだ。』
『じゃあ。ポラリムはまだ無事でいられるんだね!。』
『そう長くはないだろうがな。簡単な実験は行われるだろうし…精々、七日程度…いや、それ以下の日数になる可能性もある。その時間が猶予期間だ。』
『七日以下…。』
『最近になって観測神の現界が確認された。最も脅威となる対象だ。青国内でも緊張が走っている。』
『観測神…って、クロノ・フィリアの一番強い人だったよね?。』
『ああ。そうだ。名前は閃。彼が動けば青国にも甚大な被害が起こる可能性があるからな。ムダンを含め全員躍起になって対応策を模索中さ。』
『………そうなんだ。ポラリム…。』
『……………。』
僕…どうすれば良いのかな…。
僕の力じゃ…ポラリムを助けられない…。
お姉ちゃんやお兄ちゃんに頼ってばかりも出来ない。
ポラリム…。けど。助けたいよぉ…。
『ああ。やっと見つけましたわ!。』
『こんなところに隠れていたのですね。シャルメルア。無事で…は、なさそうですね。良くあの高さで…助かりましたね。驚きです。』
声の方に顔を向ける。
『お前たち…どうして…。』
『仲間だからですわ!。すっごく探したのですからね!。まったくもう!。手間を掛けさせてくれますわ!。』
『ふふ。フォルンチカったら、必死になって貴女を探してたのですよ?。普段汚れるのを嫌うのに、地面までひっくり返して。』
『そう言うフィメティワも同じではないですか!。もうっ!。優雅さの欠片もありませんわ!。』
洞穴内に入ってきた二人。
敵だと思い警戒する。
『安心しろ。儀童。コイツ等は敵じゃない。』
『はい。シャルメルアが身体を張って守ったのです。儀童君。貴方はもう敵ではありません。』
『その通りですわ。はぁ…シャルメルア。貴女、少しやり過ぎですわ!。まったく。罰として貴女の回復は後ですわ!。』
会話からシスター服の人がフィメティワ。
ドレスの人がフォルンチカって名前みたいだ。
そのフォルンチカが僕に近付いてくる。
シャルメルアの上に重なっていた僕の身体をそっと抱き抱えて持ち上げる。
『お可哀想に…痛かったでしょ?。もう!。見ていて心苦しかったですわ。けど、安心なさって、すぐに治して差し上げます。』
フォルンチカの顔が近付いてくる。
金色の髪に赤い瞳。凄く綺麗な人だ。
『安心して下さい。すぐに終わります。力を抜いて。神具【キス・メル】。』
近付くフォルンチカの唇が輝き出す。
え?。何するの?。え?。はえ?。
『むっ!?。』
物凄く自然な流れでフォルンチカの唇が僕の唇と重なる。
フォルンチカの唇からエーテルが流れてくる。
気持ちいい…全身を走るように快感が巡り身体の力が抜けていく。
同時に傷口が輝き始め瞬く間に全身の傷と痛みが消えていく。
『あら?。これは?。ふふ。堪りませんね。』
『んん~!?!?!?。』
既に傷は治った筈なのにフォルンチカが離してくれない。
逃げられないように強く身体を抱き寄せて片手で頭を固定されて動けない。
何度も唇に吸い付かれて、口の中まで舌で蹂躙された。
『いい加減にしろ。キス魔が!。』
『痛った~ですわっ!。』
やっと解放された僕。だけど、力が入らない。そのまま倒れそうになる身体を今度はフィメティワが支えてくれた。
『あらら。本当に小さいですね。可愛らしい。シャルメルアが気に入るのも分かりますね。』
『あへ~。』
『ふふ。食べちゃいたいです。』
その瞬間、僕は理解した。
猛獣の群れの中に放り込まれた小動物の気持ちを…。
『痛いですわね。シャルメルア。』
『やり過ぎなのはお前だ。見ろ。完全に呆けてしまったぞ!。』
『だって、唇がぷるんぷるんでしたし。どこか甘くて小さくて可愛いんですもの!。止められませんわ!。それより、そんな無理に動いて大丈夫なのですの?。』
『大丈夫な訳ないだろうが!。』
『はぁ…仕方がありませんね。【キス・メル】。』
今度はシャルメルアにキスをするフォルンチカ。
すると、すぐにシャルメルアの身体をエーテルが巡り失った箇所は復元され全身の傷が修理された。
『凄いね。』
『でしょう!。もっと褒めても良いのですよ!。いいえ。寧ろ褒めなさい!。そして、その唇を私に委ねなさい!。』
『うん!。凄いよ!。委ねるのは嫌だけど。』
『あら。本当に可愛いわ。ねぇ、シャルメルア。この子、持って帰っても良いかしら?。沢山、甘えさせたいわ!。』
『私も賛成です。抱き心地も最高ですよ。ふふ。一緒にお風呂に入りましょうよ。』
因みに僕は今、フィメティワに抱き枕にされていた。
頬っぺたをツンツンとつついてくるフォルンチカ。
呆れた様子でフィメティワから僕を奪うシャルメルアだった。
『お兄ちゃんとお姉ちゃんたちの戦いはどうなったの?。』
『ムダンの腰抜けは巫女を連れて転移しました。他の方々は私たちの仲間のデュシス、レイサーラ、カリュンと交戦。そして、青国の戦力の一つである【神造偽神】との対峙の際に離脱したようです。』
『皆無事なんだね。良かった。』
『はい。私たちの仲間も無事でした。』
『けど…ポラリムは…。』
連れてかれちゃったんだ。
『僕…ポラリムを助けに行く。』
『駄目だ。儀童。吹雪が止んだら仲間の所に送ってやる。まずは身体を休ませろ。』
『けど、ポラリムが…。』
『はっきり言って儀童は弱い。気持ちだけでは何も出来ん。それは身に染みて理解しただろう?。』
『……………うん。』
『だから私たちが何とか時間を稼ぐ。』
『え?。』
『少しなら巫女への実験を遅らせられるだろう。だから作戦を立てろ。お前の仲間、異神と共に。彼女を取り返せ。』
『助けて…くれるの?。』
『ああ。私は儀童を放っておけない。私の心がそう言ってる。』
『私たちも力になりたいですが、生憎、あの男に逆らうことが出来ません。逆らった、裏切ったと判断されれば即座に脳を破壊されるでしょう。』
『まったく、嫌になりますわ。性欲だけ強くて、気持ち悪い。』
『私たちが出来るのはそれくらいだ。次に会う時は敵かもしれん。だが、出来るだけお前が動きやすいように立ち回ってみせる。だから、彼女を…大事な人をあの男から取り戻せ。』
『うん…。僕、頑張る。ポラリムを絶対助け出す。』
『ああ、その意気だ。』
僕を優しく撫でてくれるシャルメルア。
本当ならもうシャルメルアとは戦いたくない。
シャルメルアだけじゃない。
フォルンチカも、フィメティワも、本当は良い人たちだって分かった。
全部、あのムダンって男が悪いんだ。
『これは青国の拠点内の地図だ。しまっておけ。』
『良いの?。貰っても?。』
『ああ。構わん。バレなければ良い話だ。』
『儀童君。これから大変な運命が待ち受けていることでしょう。ですが、貴方には仲間がいます。独りではありません。決して無謀なことはせず仲間と共に愛する人を救い出して下さい。応援しています。』
頬にキスをされた。
『私もよ!。頑張りなさい!。これは高貴な私からの餞別よ!。』
額に軽いキスをされた。
『貴方の唇は巫女のモノですから。緊急時以外は譲って差し上げますわ。儀童さん。もし、私の所に来たくなったらいつでもおいでなさいな。歓迎するわ!。』
『何か…怖いから止めとくよ。』
『なっ!?。』
『そうだな。コイツの所に行ったら四六時中キスされることになる。懸命な判断だ。』
『ちょっと!。シャルメルア!。酷いですわ!。事実ですが…。』
『事実なの!?。』
シャルメルアが僕を抱き寄せてしゃがみ視線を合わせた。
『儀童。私が言えたことではないが、強くなれ。時間は少ないだろうがな。大切なモノを手離さないように。必死に足掻け。次に会う時は、今よりも立派に成長した儀童を見れること、楽しみに待っているからな。』
『うん。必ず強くなる。方法はまだ分からないけど…僕はポラリムを救う為なら何だってやるって決めたんだ。』
『ああ。頑張れ。』
シャルメルアは僕の頭を優しく撫でると、強く…今までで一番強く抱きしめてくれた。
まるで母親が子供に愛情を込めて抱きしめるように。
こうして束の間の交流を交わし僕は仲間の所に戻る。
ポラリムを取り戻す為に作戦を立てるんだ。
もっと、もっと、強くなって。
必ず、助けるから…待っててね。
『…ポラリム。』
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