第379話 儀童の足掻き
ネプリピアの精神世界が破られた。
知らないエーテルを放つ得体の知れない不思議な黒い大剣。
外部からの干渉も、内部に引き込んだ者のエーテルも受け付けない世界を破壊する神具。
何なの…あれ?。知らないよ?。
傷つき戸惑うネプリピアの心。
世界が歪み維持が難しくなる。
『ネプリピア。交代。休んで。』
『痛いよ~。ごめんね~。氷姫~。あれ嫌ぁ~。』
『うん。気にしない。』
ネプリピアの実体化を解く。
同時にプラネリントを解除し現実世界に意識を戻した。
『ぅ…ああ、精神世界から解き放たれたのですね。それに、途中で解除すると現実の肉体も元通りと…。しかし、引き込まれた瞬間を認識出来ませんでした。あの神具に触れるのだけは避けませんとね。』
精神世界で見た大きな大剣は現実でも出現し彼女の手に握られている。
それを地面に突き刺してこっちを見つめるエーテリュア。
『その剣。何?。』
『これですか?。』
『うん。君はさっき例外って言ってた。』
『ええ。その通りです。確かに貴女の精神世界は無敵に近い。この大剣が無ければ為す術なく私は氷漬けにされ死んでいたことでしょう。』
『うん。精神世界は無敵。そう思ってた。』
『そうですね。あの世界に引きずり込まれれば抗う術はない。ですが、精神世界が故に干渉出来る神具があるのですよ。』
『それが。その剣?。』
『ええ。この神具は【ミツ・メル】といいまして、この剣は 精神を斬る ことが出来るのです。』
『精神を斬る?。』
『斬った対象の精神を破壊することも、他者の精神世界に入ることも、また、操ることも。先程の精神世界のような仮想世界に干渉することも可能です。』
『ズルい。』
『ふふ。ええ。ズルです。これは本来私の神具ではありませんから。』
『うん。それ疑問だった。君は神じゃない。だから神具は持ってない筈。』
神具は神の在り方の具現。
神としての役割を持たないエーテリュアでは神具を創造出来ない。
『はい。正解です。これはお母様が創造して下さった。異世界の神具の複製ですから。』
『異世界の神具…。』
それって…代刃が扱ってた異世界に接続して門から取り出してたヤツ?。
『仮想世界での貴女方の活躍は全て確認しています。そして、その中でも貴女方に対して有効な攻撃手段があった。貴女のお友達が出現させていた…それが異世界の神具です。お母様はそれをエーテルなど様々な要素を組み合わせることで性能の99%の類似神具を創造したのです。』
やっぱり、代刃のせいだ~。
『今度会ったらお仕置き。』
『ふふ。このミツ・メルは暴走したお兄様に対して使用され、代刃さんはお兄様の精神世界へと侵入した。』
『他にもあるの?。』
『ええ。お母様は彼女が異世界から呼び寄せたほぼ全ての神具を創造しました。それらは同盟国や各国の主力に手渡されています。』
『そう。大変だ。』
『私も驚いていますよ。これだけの力を持つ神です。異世界でこの神具の本体を持つ方はどんな方なのか。ふふ。想像が膨らみますね。』
『だね。因みにそれの性能は十分の一?。』
代刃の召喚する異世界の神具は本来の性能の十分の一の能力での劣化コピー。
『はい。私共の技術ではその再現が限界でした。本来の性能はどれ程の効果なのか…まったく、異世界とは恐ろしいですね。』
『それでも十分に強力だ。』
槍を構える。
エーテリュアは強い。
多分、この場に奇襲に来た敵の中で最強だ。
加えて、私の能力の効き目は弱い。
神具を手にしたエーテリュアに私に出来るのは、エーテリュアが他のメンバーの所に行かないように足止めすることだけ。
皆が無事にこの奇襲から逃げられるまでの時間を稼ぐ。
『行くよ。』
『ええ。こちらも。』
槍と大剣が衝突し、エーテルのぶつかり合いで発生した余波が周囲の雪を舞い上がらせた。
ーーー
『けほっ。けほっ。ポ、ポラリム!。大丈夫!?。』
『儀童!。うん。な、何があったの?。』
僕とポラリムは謎の爆発に巻き込まれて少し離れた場所にある木が沢山生えてる所まで飛ばされた。
雪や枝がクッションになって怪我はない。
ポラリムも無傷だ。
『分からない。けど、ただ事じゃないよ。』
悪い予感が的中した。
明らかなエーテルによる攻撃が敵意を持って放たれた。
敵が…攻めてきたんだ!。
『ふっ。三度目の会合だ。小僧。いい加減諦めて、その娘を渡せ。』
『お、お前はっ!?。』
シャルメルア!?。
ここまで追ってきたのか!?。…ということは、さっきの爆発もコイツが!?。
どうする?。ポラリムを逃がして僕が時間を稼ぐか?。シャルメルア一人だけなら少しだけなら時間を稼げる筈…。
『へぇ。その娘っ子が巫女のターゲットで。そこの坊主がナイト様か?。まだまだ餓鬼じゃねぇか?。』
っ!?。今度はシャルメルア一人じゃない!?。マズイ…。
他の仲間まで呼ばれたんだ。
『だねだね。殺しちゃうの?。ちょっと可哀想…だね。どうする?。シャルメルア?。』
何人いるんだよ!?。
三人の追手。完全に囲まれた。
これじゃあ、ポラリムを逃がすのは無理だ。
しかも、全員がエーテルを纏ってる。
お兄ちゃんたちも姉ちゃんたちもいない。
『それは、この小僧次第だ。さて、改めて問う。その巫女を置いてこの場を去れ。そうすればお前の命だけは見逃してやろう。』
『言っておくがこれはシャルメルアの温情だぜ?。本当は巫女を除く小僧と魔女っ娘は始末しろって命令なんだ。』
『だねだね。けど、これ以上、青国に手を出さず、隠れて暮らすなら君たちは見逃してあげるって言っているんだよ?。』
『はぁ…そこまで言う必要は無いだろう?。レイサーラ。カリュン。』
『だってさ。一応、命令とはいえ私たちを誤解されちゃ後味悪いじゃん?。私たちだって本当は本意じゃないんだよ?。けど、命令は絶対。だけど、頑張ってシャルメルアから逃げてここまで来たんだから少しくらいご褒美を与えたくなったんでしょ?。』
『シャルメルアは優しいからな。特に子供には。』
『チッ…喋りすぎだ。お前たち。さて、考える時間は与えた。思考を巡らせただろう?。応えを聞こうか?。』
そんなこと決まっている。
ポラリムをなるべく背後に敵がいない方向へ移動させ僕の身体で隠す。
魔力を高めて意思を告げる。
『嫌だ。ポラリムは渡さない。』
『そうか。見事な覚悟…と言いたいところだが、それは無謀だ。お前には既に逃げ場はない。』
『うぐっ!?。』
『儀童っ!?。』
その言葉と同時に僕の足が撃ち抜かれた。
僕の魔力の抵抗を全く受けることなく何かが左足を貫通した。
急な衝撃にそのまま倒れ込む。
目の前に落ちたのは僕の血で染まった金色の弾丸。それにはエーテルが残留していた。
まだ、仲間がいる!?。
『既に包囲は完了している。我等六体の【神造機人】に死角はない。貴様は逃げられんさ。』
『ぐっ…。けど…ポラリムは渡さない…。』
心配するポラリムを庇うように立ち上がる。
ポラリムを失うことに比べればこれくらいの痛みへっちゃらだ。
『どうして…そこまで………するんだ?。』
『え?。』
一瞬。シャルメルアの表情が変わったような気がした。
とても悲しそうな顔に。
『そうか。ならば、貴様が動けなくなるまで力で捩じ伏せるとしよう。』
『ぐぶっ!?。』
その後は、圧倒的だった。
僕は何も出来ないまま、ただただ暴力的なまでの実力差で痛め付けられた。
『止めて!。止めて!。儀童が!。儀童が死んじゃう!。』
どれだけの時間を耐えたのか。
ポラリムの叫び声が聞こえる。
けど、その声に反応する前に次の攻撃が来る。
お腹も、足も、腕も、顔も全部が腫れ上がってもう痛みしか感じなくなった。
前が見えない。声も上げられない。
立ち上がる力も、攻撃に耐える魔力も失い。
ただ、痛みを受け入れることしか出来なかった。
『さぁ、終わりだ。既に立つ力も残ってはいまい。』
『ぽ………わ…い………ぅ。』
『………それでも尚、彼女を守ろうとする気力は失われないか。見上げた根性だ。だが、この世界はそれだけでは生き残れん。力無き願いなど圧倒的な暴力の前には無に等しい。』
『あっ…儀童…。酷い…酷いよぉ。』
『キキキ。これはお前のせいでもあるんだぜ?。巫女様よぉ?。』
聞き覚えの無い男の声がした。
『何故、お前がここにいる?。ムダン。』
『ムダン様だ。この青国最高総司令官にして技術開発局の長の私に口が過ぎるぞ?。シャルメルア。今すぐにでも貴様を機能停止させることも可能なのだぞ?。貴様の代わりなどいくらでもいるのだからな?。』
『………申し訳ありません。ムダン様。』
『分かれば良い。ふむ。今夜は貴様に私の相手をして貰うとしようか。シャルメルア。今日の夜伽はお前だ。今夜、私の部屋に来い。』
『………畏まりました。』
ムダンという男に従うシャルメルア。
けど、その声には苛立ちと諦めが混ざったような感情を感じた。
『さて、巫女様。随分とお戯れが過ぎましたな。』
『ひっ!?。』
何をしてるんだ。
ポラリムが怯えてる。
ムダン…名前は…知ってる気がする。
確か…ポラリムに色んな実験をしてた科学者って聞いた気がする。
『おお。そんなに怯えられるとは、これはショックだ。私は貴女の全てを知っているというのに、全ての初めてを奪った男の顔を見て怯えるなど到底許せることではありませんな。』
『いやあああああ!!!。』
『まぁまぁ。そう声を荒げないで下さい。お仕置きは帰ってからです。まずは、貴女の意思を変えなければなりませんからな。』
『どういう…こと。』
『貴女に取引です。そこのゴミ…おっと失礼。少年を救いたければ私共と一緒にお戻り下さい。そうすれば彼もあの魔女の娘にも今後一切手は出さないと約束しましょう。』
『っ。』
『ですが、貴女が拒めば。』
『あぐあっ!?。』
『儀童!?。』
横たわる僕の背中に何かが突き刺さり激痛が全身に走る。
『彼を殺します。さぁ、結論を出すのは急いだ方が良いですよ?。でないと、彼は本当に死んでしまいますから。』
『ぐっ…。あぅ…。ポ…ラ…リム…だめだ。』
『うぅ…お姉ちゃん…。』
『おや?。もしや助けが来ると期待していたりはしませんか?。無駄ですよ。そもそもな話、私たちがどの様にしてここに来たのか疑問ではありませんか?。』
『………っ。』
『まだ、青国内だけの運用となっているのですが、国内ならば我々は何処にでも転移することが可能なのですよ。そういう機械を開発していましてね。故に貴女様が何処に逃げようと、何処に隠れようと決して我々から逃れることは出来ないのです。そして、助けも来ない。我々はずっと観察していたのです。貴女方の戦力をね。そして、その戦力を越える武力を持ってこの場に現れた。今現在、貴女の仲間は私共が送り込んだ神造機人の大量の量産型と戦っておられますよ。なので、助けなど来ません。どうか諦めて下さい。』
『儀童………。本当にもう儀童に酷いことしない?。』
『ええ。誓いましょう。神に。』
『私は…。』
『駄目だ。ポラリム。』
『っ!?。儀童!。』
立ち上がる。
この男は信用できない。
ポラリムを守る。僕はその為なら何度でも立ち上がってやる!。
見ると、ムダンと呼ばれていた男の周りには二人の女の人が立っていた。
その人たちが僕を攻撃してたのか!?。
『おやおや。その身体でまだ立ち上がるとは…ふむ。見た目と違い傷自体は大した深くは無いようですね?。致命傷も無ければ、急所への傷も無い。シャルメルア?。貴女。リスティナ様の命令に背きました?。』
『……………拷問しただけだ。この程度の奴殺す価値もないからな。それに放っておけば勝手に死ぬと判断した。』
『そうですか。そうですか。で?。君たちもそれに従ったと。』
『ああ。そうだ。』
『私等には異神の情報が足りないじゃん?。コイツを拷問して聞き出そうと思ったんだよ!。』
『ふむ。確かにそうですね。いくら観察していたとしても実物の声というのは大事ですから。それで、聞き出せたのですか?。』
『ああ。十分にな。』
『ふむ。成程。では、貴女方への罰は無しにしましょう。代わりに夜伽はシャルメルアだけでなく貴女方六体に変更です。全員私の部屋に来なさい。』
『……………。それが…罰だろ…。』
『……………。ぇぇ…。』
『…了解しました。』
『さて、少年。よくぞここまで私共の手を煩わせましたね。巫女様を奪い、異神とも結託した。当然、青国にとって君は許されない存在となった。』
『………聞いても良い?。』
『発言権は与えていませんが…ねっ!。』
『うぐっ!?。』
『儀童!。止めて!。儀童に酷いことしないで!。』
顔面を殴られる。
そのまま倒れた僕を踏みつけるムダン。
『だが、しかし。疑問を持つことは大事なこと。疑問無くして人は成長しませんから。良いでしょう。質問を許します。』
『…ポラリムをどうするつもりなの?。』
『………ほぉ?。気になりますか?。まぁ。当然でしょうね。君は巫女様を守りし騎士様ですしね。自身の守れなかった方のその後に興味を持つのは仕方がないことでした。良いでしょう。お教えしましょう。』
『おい。ムダン。それは…。』
『五月蝿いぞ?。シャルメルア。創造主に対して無礼だ。……………ふふ。良いではないか?。機密事項だとして、この少年はここで殺します。なら、力無き自分が敗北したことによって巫女様の身に起こることを知り絶望しながら死んでいった方が…クク、面白いじゃあないですかぁ?。』
『儀童は殺さないで…。』
『ククク。巫女様の悲痛な声。良いですねぇ~。』
『……………。ゲスが…。』
『…さて、今後の巫女様を待ち受ける運命…まずは人格の消去ですね。二度と私共に逆らうことのないように従順な人格を植え付けます。何も考えない従順な人形になるのです。』
『っ!?。』
『そして、様々な実験を…身体にあらゆる苦痛や快楽を刻み、その全ての反応を記録する。飽きる程の実験を繰り返し、その肉体の原形が留めていられなくなった頃を見計らい、順エーテルの中に放り込みます。』
『ひっ!?。いやぁ…いやぁ…。』
『ポラリム!。』
『はぁ。暴れないで下さい。巫女様。』
『あ………儀…童…。』
ポラリムの首に手を当てたムダン。
するとまるで眠るように意識を失った。
『ポラリム!?。何するんだ!。』
『はぁ。五月蝿いですね。安心して下さい。眠らせただけです。ここでは何もしませんよ。クク。ここではね。』
『な、何で…ポラリムに…酷いことを…しようとするのさ?。』
『巫女という存在は世界と世界を結ぶ鍵となり得る存在なのですよ。』
『鍵?。』
『ええ。絶対神に連なる神々と我々を結ぶね。巫女とは神の声を我々に伝えるメッセンジャー。故にその魂は神々の住むと言われる場所へと繋がっている可能性が高い。巫女を研究すれば、向こう側からの一方通行ではなく、此方側から神々の住む場所へ接触出来るようになる。そういうお話です。はぁ~。楽しみですね~。』
『何を…言ってるの?。』
『おや?。分かりませんでしたか?。まぁ、これ以上時間を食うのも無駄でしかありませんか…。無駄時間はお仕舞いです。君には死んで貰いますよ。』
『っ!。』
何とかしてポラリムをこの人から取り戻さないと。
僕は一気に魔力を高める。
『おっ?。なかなかな魔力…。ですが。』
『ぐっ!?。』
踏みつけられている足に更に力が込められる。
重い。この人もエーテルを扱ってる。
『愚かな。良いですか?。君は気付いていないようですが、君の後ろは断崖絶壁です。この高さではエーテルを扱う者ですら無事では済まないでしょう。仮に、万が一、奇跡的にこの状況で君が巫女様を私の手から奪ったとしても逃げ場はありません。つまり、君…詰んでるんですよ?。』
知ってるさ。
だけど、そんなの関係ない。ポラリムを守る為ならこんな奴等に負けてられない。
『はあああああぁぁぁぁぁ!!!!!。こ…んのぉっ!。』
『なっ!?。何だ?。この力は!?。』
全身から魔力を出してムダンを押し退ける。
『うごっ!?。』
『まだだよ!。ポラリムを返せ!。』
『ぐぶっ!?。』
『ポラリム!。』
ムダンの顔を力一杯殴る。
バランスを崩したムダンの手からポラリムが落ちた。
ポラリム。
僕はポラリムに手を伸ばす…だけど。
『この餓鬼がっ!。神具!。【ディメンション・キューブ】!。』
『がはっ!?。』
突然、目に見えない空間が僕を押し付けた。
壁のような圧迫感に押され地面に沈んだ。
『はぁ…はぁ…優しくしていれば付け上がりやがって!。ぶっ殺してやる!。』
『ぐっ…ポラリム…。』
大量のエーテルがキューブ状になって召喚された。
それが一気に僕に降り注ぐ。
『………。ちっ。』
『シャルメルア!?。』
『え?。え?。どうしたの!?。』
間一髪。
キューブに押し潰されそうになる突然。
僕は…僕の身体を突き飛ばしたシャルメルアと共に崖下へと落下していった。
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