第377話 銀世界の眠り姫
あの日、救われてからも夢をみた。
羽交い締めにされる身体。
小さな身体で力もない私は、抵抗は無意味だと知っている。
もう何度も、何度も、何度も…毎日のように繰り返されているんだから当然だ。
抵抗すれば傷が増える。抵抗しなくても傷が増える。
なら、その片方はないほうが些か楽だ。
お気に入りだった服も、数少ない思い出の詰まった服も全部破かれた。
だけど、制服だけは破かれることはなかった。
きっと普通の生活を装わせる為に必要だと判断したんだろう。
保身と体裁を大事にする人だったから。
だから、私は普段も制服を着た。
出掛ける時は勿論、家にいる時も、休日もずっと。ずっと。ずっと…。
制服を着ていれば少なくとも最初から乱暴にされることはないから...。
今でも思い出す。
無慈悲に振るわれた暴力。
己の欲望を満たすだけの道具だと思われている感覚と実感。
家族としての愛も、子としての愛情も、あの人は私に求めてはいなかった。与えてくれなかった。
ただ、女として。
亡くなった母の代わりの女体が欲しかっただけだったんだ。
私は男の人が苦手だ。
智ぃちゃん…幼馴染みの智鳴もそうだって言ってたけど、きっと私はそれ以上に駄目だった。
心を許した相手。同じ仲間であり、長く過ごした家族のクロノ・フィリアの男性たちですら触れられることが無理だった。
自分からは大丈夫だけど、相手から触れられることに恐怖を感じてしまう。
それは…恋人である閃も例外でない程に。
私はその事を隠した。
知っているのは閃だけ。
だから、閃から触れる時必ず女の子の身体になってから触る。
それでも私は閃が好きだから、その分も自分から閃に触れに行く。
私からなら大丈夫…だから…。この気持ちを伝える手段がそれしかなかったから...。
あの頃の私の楽しみは本を読むことだけだった。
今も…そうだけど。今は仲間が大切だから。
本の内容で特にお姫様と王子様の恋愛物語がお気に入りだった。
お姫様のピンチに颯爽と助けに来てくれる王子様。
甘酸っぱくも温かく育まれる互いの恋心。
引かれ合う者同士が力を合わせて乗り越える困難。
そして、最後は結ばれる幸せなハッピーエンド。
そんな物語の数々に憧れた。
本を読み、その間だけ物語の世界に浸れる。
本の中なら私は主人公でお姫様だったから。
それだけが私に許された幸せな時間だった。
現実を忘れられる心の支え。
当然、人と距離を取っていた私に友達はいない。
身体の傷を知られたくなかったから…交流を避けた。
今にして思えば不信がられていたんだと思う。
先生から何度も心配の声を掛けられた。
その都度、表面上だけは良かったお父さんが出てきては話を終わらせてしまっていた。
本の世界だけが私が逃げられる唯一の場所。
だから私は静かで一人でいても不思議がられない図書室に行くようになったんだ。
だけど、そんな閉ざされた世界に閉じ籠っていた私を引っ張り出してくれたのが閃だった。
私にとって閃はキラキラ輝いている王子様。
憧れていた。私を助けてくれる人。
ずっとこの人の側にいたい。そう何度も思った。
けれど、別れはすぐにやって来た。
私は…神に殺されたから…。
『うっ…。』
また、私は夢をみていた。
仰向けで押さえつけられ覆い被さる身体。
汗にまみれた身体。荒い息遣い。太い腕は身体の自由を奪い。身体を這い回る舌は不快感と悪臭を刻んでいく。
もう自分がどういう状態なのか分からない。
考えたくもない。
私に出来ることは、ただ心の中で やめて と叫ぶことだけだった。
『ふぁぁぁ…。待ってたよ~。氷姫~。大変だったね~。』
声が聞こえた気がした。女の声。
揺ったりとした眠たそうな声。
すると、夢の中の世界が一転した。
私を陵辱していたお父さんの姿が輝きに欠き消された。
子供だった身体は急速に成長し、見覚えのあるいつもの真っ白な髪と肌を持つ金眼の姿になった。
傷も失くなり、雪女の種族まんまの姿だ。
『誰?。』
『ん~。私は~。ふぁぁぁ~。ネプリピアだよ~。氷姫~。貴女を待ってたの~。』
『待ってた?。ここどこ?。私…神に殺されて死んだんだよ?。』
『ん~。転生したんだよ~。』
『転生?。』
『そぉ~。リスティナお姉ちゃんの星の~。リスティールにぃ~。』
『リスティナお姉ちゃん?。』
『うん~。私~。リスティナお姉ちゃんの妹のぉ~。ネプリピア~。宜しくぅ~。』
『宜しく。』
ゆっくりと空中を漂う女の子が降りてきた。
まるでクティナを連想させる登場の仕方だ。
『ほら~。そろそろ~。夢から覚めるよ~。起きたらお話~。しようね~。』
『え?。夢?。』
その言葉と同時に夢の世界がプツリと暗闇に染まる。
『あ...あれ?。私?。』
『おはよ~。転生おめでと~。』
目が覚めた私は柔らかい感触に全身が包まれている。
下はふかふかなベッドのよう。目の前を覆うプリンのような…ぷるんぷるんっの肌色と…。
夢の中で出会ったネプリピアが私を抱きしめていた。
『何で私たちは裸なの?。』
『転生後は~。基本裸だよ~。』
『納得。けど、君は?。何で裸?。』
『服着て寝るの苦しいの~。締め付けられるの~。嫌い~。』
『理解。分かる。』
『そう~。ありがと~。んん~。氷姫は柔らかいね~。それに~。ひんやりしてて気持ちいい~。』
『ネプリピアも。柔らかい。』
『じゃあ、決まりだね~。』
『うん。色々気になるけど。最初にするのは。』
『『二度寝だぁ~。』』
そうして私たちは再び夢の中へと旅立った。
それから八時間がっつりお昼寝し私たちは目を覚ました。
現在、場所はベッドの上。
周囲は氷に覆われた部屋。お姫様が寝るような大きくて綺麗な装飾で飾られたベッドが氷で造られていて、その上にふかふかの大きなクッションが敷き詰められている。
その上に薄い布を身体に巻いただけの姿で互いに向かい合って座っている。
『ふぁぁぁ~。改めて自己紹介するよ~。私はネプリピア。リスティナお姉ちゃんの妹で氷に覆われた惑星の神なの~。神名は~。【氷静神】~。』
『色々言われても分かんない。』
『だよね~。じゃあ~。順番に~。説明するよ~。』
転生した先の世界、リスティールのこと。
七つの大国。神眷者。その目的。
神の存在。意義。目的と方法。
私たち仮想世界からの転生者。その身体に起きた変化。
本当の敵。世界の崩壊。ダークマター。
ネプリピアたち、惑星の神に与えられたこと。
説明だけで三時間くらいが経過した。
私、そんなに頭が良くないから難しい話を理解するの大変なんだ。
『大丈夫だよ~。私と神合化すれば~。知識として刻まれるから~。無理に覚えなくて~。大丈夫~。』
『ネプリピアは良いの?。自由じゃなくなるんだよね?。』
『いいよ~。私はゆっくりと寝れれば~。氷姫の中~。幸せでいっぱいだったから~。居心地良かったよ~。』
『そう?。』
『うん。本当に閃が好きなんだね~。閃でい~~~~~っぱいだったよ~。』
『うん。大好き。』
『ふふ~。素直で良いね~。私も貴女が好きになったんだよぉ~。』
『そうなの?。』
『ずっと~。見てたから~。だから~。』
ネプリピアがちょこちょこと近付いてくる。
そして、彼女の指先がそっと私の胸に添えられる。
『貴女のポッカリと空いた心の穴~。過去のトラウマ~。私が埋めてあげる~。』
『え?。』
『忘れるわけじゃない~。けどぉ~。夢で苦しまないようにしてあげる~。』
『……………本当に?。』
『うん~。本当だよ~。そうすれば~。閃に触られてもビクビクしなくなるから~。』
『っ!。』
『君の~。恐怖は~。私が一緒に受け止めてあげるからね~。もう苦しまなくて~。良いよ~。』
『あ……りが…と。』
『気にしない~。気にしない~。一緒に幸せになろぉ~。』
ネプリピアは私の胸に手を当て目を閉じる。
『心を~。落ち着かせて~。私のエーテルを受け入れてね~。大丈夫~。負担は無いから~。』
彼女の身体が少しずつエーテルの輝きに変化し粒子になっていく。
その一つ一つが彼女と私の接触している手と胸を伝って流れ込んできた。
温かな感覚。とても大きな存在。人じゃない星そのものの脈動と存在感が私の中を満たし溶け込んでいく。
これが神合化…。
同時に彼女の記憶。彼女の星の誕生から現在までの働きと歴史。神としての存在、在り方、能力。そして、役割が頭の中に刻まれていった。
『はぁ…。凄いね…。これ。私の中にネプリピアがいるのが分かるよ。』
『そうだよ~。これからはずっと一緒~。宜しくね~。』
『うん。宜しく。』
目の前から姿が消えたネプリピアが私の中から現れる。
その身体はさっきまでの実体ではなく、私のエーテルによって形作られていた。
『ん~~~。ふぁぁぁ…。駄目だ~。眠い。』
『本当に。後悔はないの?。肉体を失っちゃったよ?。』
『うん。良いよ~。それよりさぁ~。お昼寝しようよ~。』
『え?。さっきまで寝てた。』
『もう~。堅苦しいことは良いの~。え~い。』
『わっ!?。』
ネプリピアに抱きつかれてそのままベッドの上に倒れた。
『えへへ~。抱き枕ゲットぉ~。』
『私。抱き枕?。』
『そうだよ~。一人で寝るのも~。気持ちいいけど~。誰かと一緒に寝るのもぉ~。さいこぉ~。』
彼女と繋がったことで思考まで分かってしまう。
この神は本気でそう思ってる。
『氷姫~。』
『何?。』
『一緒に頑張ろうね~。ゆっくり寝られる日常の為に~。』
『そっちなんだね。んん~。うん。分かった。頑張ろうぉ~。』
ネプリピアは仮想世界を見ていた。
夢の中でずっと私のことを観察し、見守ってくれていた。
自分に最も近い能力を持っている私のことをずっと心配してくれていたんだ。
『えへへ。嬉しいなぁ~。私の相棒だぁ~。』
白氷星。
山も川も海も陸も全てが凍りついた星。
時折、吹く強風を除き基本的に穏やかで静かな星だ。
気温は約−250℃。限定的な条件で更に気温は下がる。
生物など誕生しない極寒の環境。
何も無さすぎて静か過ぎるこの星でネプリピアは眠っていた。
いつか来るであろう最高の出会いを信じて。
ーーー
『エーテルで身体を保護し続けなければ一瞬で凍らされてしまいますね。流石に惑星の神相手では分が悪すぎます…か。』
エーテリュアが全身を纏うエーテルを高め、この極寒の世界を耐えている。
普通ならこのまま世界を継続し続ければ相手のエーテルが枯渇し戦いは終わる。
けど、彼女は違う。
彼女にとってエーテルは肉体の全てを構成するモノ。
体内で永続的にに作り出せているみたいだ。
肉体のエーテルが体内のエーテルを活性化させることで互いに相乗し核から尽きることなくエーテルを発生させる。
故にこの状況がどんなに長時間続いたとしてもエーテリュアのエーテルが失くなることはない。
神の本来の性質に限りなく近い存在。
『ふふ。面白くなってきました。流石は異界の神。異界人の様な雑魚では比べ物にならないですね。いえ、比べてしまっては貴女方に失礼ですね。訂正し謝罪します。』
『気にしてない。』
『ふふ。そうですか。ふぅ。では、始めましょうか。』
『うん。良いよ。神具…。』
【惑星環境再現 プラネリント】を解除。
プラネリントが決定打どころかエーテリュアにとって何も枷にならないのなら展開しておく意味はない。
なら、その仮想世界をそのまま相手にぶつければ良い。
仮想世界を構成していたエーテルを全て使い神具を創造する。
私の経験と、ネプリピアの星。
その二つが融合し創造された一つの武装。
『【極氷睡星・凍神姫槍 アキュ・ネプリュアークェサー】。』
触れた箇所から周囲へ広がる神氷。
世界の全てを停止させ、あらゆる生物を現実から切り離す。
雪の結晶の形をした神の槍が顕現する。
『全部…凍らせてあげる。よい夢を…。』
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