第376話 氷姫の今
月涙に抱えられた紗恩と青嵐の姿が見えなくなる。
青嵐は…まぁ、心配はしてない。
問題は紗恩。
全身に斬られたことによる裂傷、刺傷、凍傷。
魔力が尽きて自由も抵抗も奪われて暴行された。
けど、それでも、紗恩の瞳の力は強かった。
『良く…頑張った。』
私よりも強い。抗う力。諦めない心。
前に向かって進もうとする意思。
自分は受け入れた。諦めた。戦いから逃げた。
けど、あの娘は踏み出そうとした。いや、踏み出したんだ。
そんな彼女の思いをこの男は踏みにじったんだ。
『イライラ。する。』
『それは此方の台詞ですよ。クロノ・フィリアの氷姫さん。』
『ん?。私の名前。知ってるの?。』
『ええ。勿論です。貴女も私をご存知でしょう?。』
『ううん。知らない。あっ…挨拶してなかった?。初めまして。』
『……………そうですか?。私を馬鹿にしているのかな?。』
『ううん。本当に知らない。どっかで会った?。』
『チッ。そうですか…記憶にすら残っていないと…つくづく癇に障るお方だ。』
何か怒らせた?。
『良いでしょう。改めて、名乗らせて頂きます。』
『うん。どうぞ。』
『チッ…私の名は凍摩。氷結の魔術師の二つ名を持つ氷を操る者。仮想世界では白聖連団に所属していました。現在、青国にて幹部を任されている異界人です。この名、しっかりと心に刻んで貰いますよ。』
『氷結の魔術師…格好いい。』
『ほぉ…この良さが分かるのですか?。これは貴女の認識を変えなければなりませんね。さて、自己紹介も済みました。』
『うん。じゃあ、やろう。私の大切な仲間をボロボロにした君は許さない。』
『許さない…とは、大きく出ましたね。まぁ、許さないのは私の方です。貴女は私のプライドを無情にも砕いた。しかし、私はかつての私とは違う。異界人の枠を越え、神眷者を越え、異神である貴女方と並ぶ存在になったのです。』
『そうなの?。』
『ええ。その証拠をお見せしましょう。』
凍摩とか言った敵が剣を翳すと全身からエーテルが噴き出した。エーテルは冷気となって周囲の気温を一気に下げ始める。
暫くすると周囲一帯が私たちの周りを除いて猛吹雪に包まれた。
『これって…結界?。』
『はぁ…はぁ…はぁ…。ええ。そうです。貴女がずっと張っていた結界です。どうです?。この程度の結界なら、ほら、この通り簡単に展開できるのですよ。』
『うん。私もこの程度で良いのかなぁ?。って、思ってたんだ。ごめん。君たちのこと甘く見てた。』
『はぁ…本当に癇に障るなぁ…。もっと驚いたらどうだい?。君と同等の使い手が目の前に現れたんだよ?。そして、今から私と君は戦う運命だ。もっと緊張すべき場面だろう?。』
『同等なの?。私の方が強いと思うよ?。』
『……………クソが!。クソが!。クソがあああああぁぁぁぁぁ!!!。ああ、分かった。問答は止めよう。今からは全力でお前を殺す。』
『うん。こっちも、最初からそのつもり。私の仲間を傷つけた奴は許さない。』
『結構!。なら、すぐ殺す!。今殺す!。さっさと殺す!。氷漬けにして砕いて殺す!。唸れ!。【ヴィグルダ】!。』
跳躍し跳び掛かってくる凍摩。
剣からのエーテルは渦を作り、刃に氷を纏わせ切れ味を向上させる。
『死ねぇ!。異神!。』
振り下ろされる剣が身体に当たる。
衝突と同時に二つのエーテルによる冷気が霧のように周囲を包む。
『はっ!?。無抵抗か?。防御の素振りも見せないとは…。あれだけデカイことを言っていたが…その実、実力差に怖じ気づいていたんだろう。この手応え。確実に貴様に命中している。しかし、まだだ。一気に凍らせ反撃すら許さん!。』
剣の先端からのエーテルが周囲の水分を急速に凍らせて巨大な氷柱が完成する。
同時に冷気の霧が晴れ、視界が広がる。
『ははは!。どうだ?。氷漬けだ!。動けまい!。うん?。もしかしてもう死んでしまったか?。だが、油断はしない。完全に、粉々に砕いて命を断つ。完全な死をくれてやる!。』
何か言ってる気がするけど。
全身を覆ってる氷のせいで聞こえない。
まぁ。十分楽しんだろうし、同じことをしてあげる。
エーテルで氷の支配権を奪い手を伸ばす。
『え?。何でまだ生きて?。』
『この氷。ぬるい。』
『は?。ぎゃぁぁぁぁぁああああああ!?!?!?。』
『終わり。』
一瞬で凍摩の身体を凍らせる。
抵抗する時間も与えずに。
その瞬間、凍摩が展開していた結界が消失する。
氷の使い手なのに、こんなにぬるい氷で攻撃してくるなんて…もしかして、手加減?。
ぬるい…ぬるい…氷。
『………ああ。思い出した。ぬるい氷の人だ。この人、全然成長してない。』
完全に氷漬けになった凍摩。
まだ生きてるだろうけど、もうこの氷が自然に溶けることはない。
命が尽きるまでずっと氷の中で過ごすと良い。
『あらあら。やっぱり、異界人では相手になりませんね。少しガッカリです。』
『誰?。』
知らない女の人。
肩まで伸びる白い髪。
スーツに似た服。軍帽に似た帽子を被っている。スタイルも良く、顔も人間離れした美しさと優しげな表情。
しかし、その纏うエーテルは…警戒する。
『初めまして。私はエーテリュア。この国を納めているリスティナの娘です。それとここに襲撃した部隊の隊長でもあります。どうぞお見知りおきを。氷姫さん。』
『うん。宜しく。』
この人…危険。
「ふあぁぁぁぁぁ~。だね~。お陰で眠気が覚めちゃった~。」
あ。起きたんだ。珍しい。
それだけ、危険なんだね。
「ええ~。私たちに匹敵するっぽい~。」
そうなんだ。
『さて、色々とお話したいことがありますが、その前に。』
『っ!?。』
エーテリュアが凍摩を氷漬けにした氷像に手を触れると、まるでガラス細工のように氷が粉々に砕かれた。
結構、エーテル込めたんだけどなぁ…あんなに簡単に壊された?。
『うはぁ…はぁ…はぁ…。死ぬかと思った。あ、ありがとうございます。エーテリュア様。』
『いいえ。まさか、ここまでの差があるとは思っていませんでした。しかし、ハズレを引きましたね。凍摩さん。』
『いや、差などありませんよ!。不意打ち。不意打ちでたまたま攻撃がクリーンヒットしただけです!。あの程度の氷、本来なら自力で脱出出来ていました!。』
『そうですか。確かに今の程度、脱出出来て当然ですね。全力にも程遠い。手加減されていたのですから。』
『は?。手加減?。そんな馬鹿な…奴は僕と同等で…今のも全力…現にあの結界くらいなら僕にも張れた!。』
『ふふ。やっぱり駄目ですね。ああ。凍摩さん。』
『は、はい?。何で………しょうか?。』
凍摩の胸にエーテリュアの腕がめり込んだ。
貫通した手のひらには彼の核が握られていた。
『な、ど、う…して?。ぼ…くは…かん…ぶ。』
『お役目ご苦労様です。貴方のお陰で異界人が私たちの作戦に必要がないことが立証されました。』
『は?。そ…れは…どう…いう。』
『ですが、ご安心下さい。貴方には価値が失くなりましたが貴方の核には、まだ有効利用出来る価値が残っていますので。』
『この………くそが………。』
『ふふ。そう言った言葉は強くなってから言うものですよ。』
悔しそうな視線をエーテリュアに向けたまま消えていく凍摩。
余りにも呆気ない最期だけど、今は気にしてる場合じゃない。
凍摩よりも厄介な奴が出てきたから。
『ふふ。異界人の核はいつ見ても綺麗ですね。心の色と言いますか。彼のは深く蒼い色。コレクションにしたいくらいです。』
『ねぇ。君の目的は何?。』
『ああ。お待たせしてしまい失礼致しました。私の目的…そうですね。まずはポラリムさんの確保ですね。あの方の巫女としての肉体が必要なので。あとは~、異界人が我々の手を借りてどれだけの戦果を上げられるか…まぁ、それは余り良い結果ではありませんでしたが。』
『そう。なら。敵だね。』
『そうですね。義兄様の恋人である貴女とは戦いたくはないのですが…立場上仕方がありませんね。』
『義兄様?。』
『はい。私はリスティナ様の手によって創られました。故に閃様は私の義兄様です。』
『それ…本物のリスティナ?。』
『本物としての定義の問題ですね。この青国において国に暮らす人々が信仰しているのは私の母であるリスティナです。貴女が指しているリスティナとは別個体であったとしても、この国で、人々が信仰し崇めているリスティナこそが本物なのです。』
『屁理屈。』
『ふふ。かもしれませんね。ですが。事実です。数多くの奇跡を再現し、人々を救い、国を成立させ、他国から守っている。この国が平和である以上、私の母であるリスティナこそが本物ということです。』
『まぁ、良いや。君がどんな人でも関係ない。ポラリム…私のお友達を拐おうとするなら私の敵だ。』
『ふふ。そうですね。貴女の相手は私でないと務まりませんから。少し手荒になるかもしれませんね。』
エーテリュアの纏うエーテルが変化する。
全身に纏うエーテルは特に両手に集中した。
『エーテル。種族。聖獣と神獣…そして同化。神具。巫女。核。』
『何言ってるの?。』
『神から貴女方…仮想世界からの転生者に与えられた恩恵です。我々はそれらの研究を常に行って来ました。しかし、その中の一つだけ未だに研究が進まずにいるものがある。』
エーテリュアが私を見る。
『各国に一柱ずつ配置されたと聞いていたのですが全然探しても見つからない。まさか、こんな場所にいるだなんて思っていませんでした。ええ、貴女の中の存在を。』
「ふぁぁぁ~。私のことだね~。彼女、気付いてるよ~。」
『そう。なら出し惜しみ無しだね。珍しく起きてるし。』
「それだけ、危険だよ~。あの人~。」
『しかも、既に【神合化】しているなんて、我々にとっては誤算でしかありません。なので、ポラリムさんと同列に捕獲対象なのです。氷姫さん。』
『嫌だよ。私はのんびり暮らすの。皆と。だから君と戦う。【惑星環境再現 プラネリント】。』
『っ!?。』
エーテルの放出。
空間を支配し自身の守護する惑星の環境を再現する。
惑星の神が持つ固有能力。
『これは………ふふ、これ…ほど…とは…驚きです。』
世界は変化した。
見渡す限りの氷の世界。
視界の全てが、山も川も海も平原も氷に覆われている。
『【白氷星・銀世界 ネリュキュアクプ・アイシルネア】。』
そして、その星の…世界の神が降臨する。
雪女の種族特有の着物姿から一転し、その姿は氷の結晶を連想させる装飾が散りばめられた青と白が織り成す美しいドレスへと衣装を変えた。
『成程。異神と惑星の神の神合化…互いの能力が完全に一致しての同化がこれだけの性能を発揮するとは…。これは…捕獲は…少し厳しいかな?。』
『自己紹介しとくね。【氷雪女神】氷姫と相棒の…。』
私に寄り添うように実体化する女神。
今の私と同じ青と白のドレスを着た眠たそうな少女。
『【氷静神】ネプリピアだよ~。宜しく~。』
ネプリピアののんびりとした眠た気な口調とは裏腹にエーテリュアは全身から冷や汗を流していた。
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