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第374話 紗恩の前進

 トントントントン。

 調理場にて、まな板の上を包丁が走る小気味良い音が鳴る。

 慣れた手つきで長ネギに似た食物をみじん切りにしていく。

 こうして料理をするのなんて転生して初めてだけど身体が勝手に動いてる。

 きっと前世でもしていたのかな?。


『紗恩ちゃんは包丁の使い方が上手ですね。』

『ははは。みたいですね。こうして料理をするのは初めてなんですけど、自然に出来てるんですよ。』

『ああ。そうなのですね。きっと前世でお料理が好きだったのかもしれませんね。』

『そう…かも、ですね。』


 大根に似た食物を輪切りにしたものをお鍋に投入している水鏡姉が言う。

 作っているのは豚汁に似た煮物。この世界には前世であった野菜やお肉と同じものは存在しないが似た味や食感の 何か はあるらしく市場などで売られている。

 

『それにしても助かるわ。今までお料理が出来る人が私しかいなかったのよ。』

『そうなんですか?。機美姉や氷姫姉とかお料理してそうな………イメージが…。』


 湧かないや。


『そうなのよ。機美ちゃんは不器用だし、氷姫ちゃんはすぐに暴走しちゃうし。もっと言ったら食材を凍らせちゃうし。火は嫌いって言うしで…。』

『あはは…。』


 想像できるなぁ。

 ここに来て数日。ここの皆とも打ち解けた。

 今では姉、兄、呼びだ。

 皆、良い人たちで良かったぁ。


『ところで、以前から気になっていたんですけど…この食材は何処から調達しているのですか?。』


 野菜にお肉に魚に。調味料まで揃ってる。

 こんな雪山の山頂付近でしかもそれ以外が全部敵な現状。こうして安定した食料調達が可能なのか。ずっと疑問に思っていた。


『ああ。それはね。』

『私が下山して取ってきています。』

『月涙ちゃん?。』

『もう、呼び捨てで良いですよ。』

『ああ。ごめん。月涙。』

『ここの地下には青国の内部まで伸びる通路があるんです。それを利用して色々と買い物をしてるんです。』

『お、お金とかは?。』

『……………ふっ。聞かない方が良いですよ。』


 ええ…何それ。怖い。

 しかも何でドヤ顔?。


『ま、まぁ、私たちの中で唯一顔バレしていないのが月涙ちゃんで、しかも神獣だしね。』

『はぁ…。良いのか悪いのか。』

『忍者ですから!。』


 そこ威張るところなのかなぁ?。


『………ふぅ。私たちはこれからどうするんですか?。』


 ふと、話題を変える為に疑問をぶつけることにした。

 今後のこと、現状維持のままここで暮らしていて良いのか。


『そうねぇ。敵対しているとは言え、現状…私たちが青国と戦う理由がないのよね。勿論、向こうから仕掛けて来たら迎撃はするけど、此方から仕掛けるにはリスクが高過ぎるし、目的もない。それが今の私たちよ。』

『国外に出る。というのは?。』

『難しいでしょうね。青国がポラリムちゃんを狙っているのは分かったけど、青国は海に囲まれている。無事に出られたとしても向かう先が今のところ無いし、海の上で襲われれば逃げ場はない。現状、一番安全なのがここでの籠城生活なのよね。』

『そう…ですよね。』


 私たちには何よりも情報が無い。

 他国で起こっていることも、水鏡姉たちの仲間がどうなっているのかも何も分からないのだ。


『ここで仲間たちの誰かが助けに来るのを待ちましょう。』

『そう…ですね。』


 現状。留まることこそが最も安全なのは理解できる。

 けど。何だろう。この胸騒ぎは。

 このままでは終わらない。そんな不安が日に日に強まっているんだ。


ーーー


『やっ!。はっ!。』

『ほぉ。良い動きだ。今の感覚を忘れるな。』


 少し離れたテラスでテーブルに頬杖をつきながら儀童と雨黒兄が稽古をしているのを見下ろす形で眺めている。

 数日間。儀童はこうして強くなるために努力しているんだ。

 ポラリムを守るという明確な目的の為に。

 素人の私から見ても日に日に動きが良くなっている儀童。

 元々のセンスもあるんだろうけど、きっとポラリムへの想いが彼を動かしているんだ。


 晴れて彼氏彼女な関係になった幼い恋人。

 二人を一番近くで見てきた私だから分かる二人の絆。

 互いを想い。互いを大切にしている。

 そんな存在に出会えたんだね。ちょっと羨ましいや。


『うぐっ…。』


 雨黒兄の攻撃を捌ききれず地面を回転する儀童。

 圧倒的な実力の差を見せつけられても儀童の瞳の火は消えるどころか強まっている。


『頑張れ。儀童。』


 彼には聞こえない声で声援を送る。

 現状、ここにいるメンバーの中でエーテルが使えないのは私と儀童だけ。

 魔力しか扱えない私たちじゃエーテルを扱う敵には勝てない。

 どんなに技量を磨いてもエーテルという圧倒的な力の前に押し潰される。

 それを知っても儀童は前を見て進もうとしてるんだ。

 壁になるだけで、時間稼ぎすら出来なかった私よりよっぽど立派だ。


『凄いなぁ。儀童は…。』


 私なんかよりずっと強い。

 私は心が折れちゃったのかな。

 あんな風に努力を積み重ねても何処かで無駄だと思ってしまっている。


『足手まといだなぁ。』


 気付けば泣いていた。

 悔しい。強くなりたい。私だって皆を守りたい。

 けど。方法が分からない。

 私は…この中で一番弱いんだ…。 


『何か。悩みか?。』

『え?。あっ…青嵐兄。もう…急に近づかないでよ。』


 いつの間にか近づいてた青嵐兄。

 最近、やっと動けるようになったらしいけど動きはぎこちない。

 一人でリスティナに挑んだとかって聞いたけど…寧ろ良く無事で帰還できたわね…。


 私は慌てて涙を拭う。


『それでどうしたの?。私に何か用事?。』

『なぁに。かつての仲間が落ち込んでいるんだ。元ギルドマスターとして見過ごせんだけさ。』

『そう…お人好しだね。』

『いや、単なる気紛れだ。だからお前が俺のことで気にすることはない。』

『ふぅん…そう…何だ。』

『紗恩。』

『何?。』

『お前はこれから何をしたい?。』

『え?。急にどうしたの?。前にも言ったけど私は記憶が無いから、そんなこと言われても困るよ?。』

『ふむ。例えば…だ。お前の姉妹について思い出したいとかは?。』

『え?。』


 何を言ってるの?。


『お前はその者のことを お姉 と呼んでいた。儀童やポラリムもお前が寝言でその者の名を呼びながら泣いているのを何度か見たと語っていたぞ。』


 お姉か…。

 夢の中で私に話し掛けてくる声。

 聞き覚えがあるのに思い出せない。

 けど、不思議と安心する。


『………私は記憶を取り戻したい。前世の私を…知りたい。』

『そうか。では、その為には生き残らなければならんな。方法を模索し、目的の為に奔走する。それには力がいることも理解しているな?。』

『うん。そうだね。』

『虚無のまま力を求めたとていずれ限界が訪れる。目的を持ちそれに向かって突き進むことが人を成長させ強くする。目的が明確になれば自ずと進むべき方向も定まるだろうさ。』

『そうなのかな?。』

『ああ。だが、一人で突き進むな。必ず近くには仲間がいる。困れば頼れ、己の目的の為に利用しろ。』

『ええ…それって、ちょっと酷くない?。』

『何を言う?。互いに利用し合うことが信頼に繋がるのだ。仲間ならば当然だ。感情でも、肉体的にでも、精神的にでも、相手に対し一つでも己に利点があるという状況から人間関係とは生まれるのだからな。』

『はぁ…あんまりピンと来ないね。』

『ふっ…故に私はリスティナ様を崇め、謳い、讃え、信仰するのだ!。』

『うん。もっと意味分かんなくなった。』

『それにな、お前はここにいる者の中で自分が最も弱いと感じているようだが、私程ではないぞ?。私はとある誓約のせいでエーテルは愚か魔力も扱えん。この中で最弱なのさ。』

『………ふふ、何それ。どういうことなの?。』

『ふむ。秘密だ。しかし、漸く笑ったな。俯いていては何も始まらん。それにお前は笑顔の方が似合っているぞ。リスティナ様には劣るがな。』

『もう、アンタは相変わらず変な奴ね。』

『む?。』

『あれ?。』


 私…今…何て言った?。

 青嵐兄に対して相変わらず?。


『ふむ。どうやら記憶とは転生の際に失ったものではなく。転生の際に心の奥深くに封じ込めたモノなのかもしれんな。』

『じゃあ。』

『ああ。失っていないのなら、再び、蘇ることもあるだろう。お前の目標。満更、暗闇を闇雲に進む無謀ではないようだ。希望が見えたな。』


 満足したのか青嵐兄は私の頭を撫でて去っていった。

 もしかして、励ましてくれたのかな?。

 本当に何を考えているのか分からない人だ。

 けど、青嵐兄のお陰で私は前に進める。

 記憶を取り戻す。そして、あの声の人に会うんだ。

 その為には…。


ーーー


『では、次です!。数は六つ!。』

『うん!。はっ!。』


 杖の尖端に魔力を集める。圧縮し、圧縮し、圧縮し、密度を極限まで高め。

 小さな穴から一気に放出する。

 宛ら、レーザービームのように一直線に目標に向かって飛んでいき的に命中。

 六つの内、三つの標的に穴が空いた。

 月涙の水で作って貰った的はすぐに形を取り戻し復元する。


『はぁ…はぁ…ダメ…圧縮に集中し過ぎると命中精度が落ちちゃう。』

『けど、最初より的に当たるようになりましたよ!。始めたばかりなのに凄い進歩です!。』

『そうかな?。けど、まだまだ。もっと頑張んなきゃ。』

『はい!。お供しますよ!。』


 現在、私は月涙に協力して貰い修行の最中だ。

 青嵐兄との会話で強くなる為の目的と目標が見えたことで自分なりに試行錯誤した結果、行き詰まった。

 そこで機美姉に相談したところ、魔力を限界まで圧縮してレーザーのように放てば、その威力は限りなくエーテルに近づくと教えられた。

 エーテルとは魔力の密度が高まったもの。

 なら密度を上げればエーテルに近くなる。

 今までのようにただ魔力を放出するよりも敵にダメージを与えられる可能性が生まれるんだ。

 そうした経緯で、魔力を圧縮して放つ特訓を始めたのだ。

 エーテルで生成した水を圧縮して水のレーザーを操る月涙が特訓の手伝いに名乗り出てくれたのは有難い。


『はっ!。』


 再び放つ魔力レーザー。

 六つの内、四つに命中。五つ目は僅かにズレた。


『はぁ…はぁ…ちょっと…休憩…。』


 魔力を圧縮する為には全身の魔力を全力で高めて一点に集中させる必要がある。

 何発も撃ってもう魔力がすっからかん。

 立つ力も使い果たしちゃってそのまま倒れる。


『ですね。けど、魔力量も少しずつ増えています。この調子なら攻撃力もすぐに上昇しますよ。』

『あはは…だと、良いんだけどね。』


 強くなるのも一歩ずつ。地道に駆け上がって行くしかない。

 それは分かってる。けど…。キツいなぁ。


『ねぇ。月涙。』

『えへへ。何ですか?。』

『貴女は神獣何だよね?。』

『はい。そうですよ。閃様に仕えています。』

『閃…さん?。って、氷姫姉が良く話してる人だよね。』

『はい。氷姫さんの恋人です。』

『そうなんだ。恋人。氷姫姉、会いたがってたよね。』

『はい。辛うじてエーテルの繋がりは感じるのですか距離が遠すぎて希薄なんです。私も早くお会いしたい。』


 そうだよね。

 神獣にとって主は守るべき対象。

 一心同体。世界で最も大切な存在なんだ。


『ねぇ。貴女のご主人様のこと教えてくれる?。』

『はい!。喜んで!。』


 その後、私は少し後悔した。

 結局解放されたのは数時間後だったのだから。


ーーー


『準備は完了したな。』

『はい。エーテルの充填も終了です。いつでもいけます。』


 氷姫の結界の外。

 青国からの刺客であるシャルメルアたちが集まっていた。

 山の上から崖下を見つめている。


 フィメティワの持つ【神星武装】が展開された。

 四枚の花弁を持つ花を模した盾。その中心に輝く宝玉にエーテルが収束する。

 その周囲に浮遊する六枚の盾が収束されたエーテルに更なる強化を施す。

 極大のエーテル砲撃。

 エーテルに込める意味は【結界の破壊】。

 

『さぁ。時は来ました。異神との戦いの狼煙を上げましょうか。手始めに、フィメティワ。彼等に我等の力を見せつけるのです!。』

『はぁ…そうですね。見せつけて差し上げましょう。そして、速やかに任務の遂行を。』


 凍摩の合図にため息を交えながら集められたエーテルが一気に解き放たれた。


ーーー


『はっ!。』


 特訓を始めて数日。

 魔力の量も精度も格段に向上した。

 今日は朝から一人で鍛練に励んでいた。

 既に いつも となった鍛練の日々。

 月涙がいなくても自然に鍛練に打ち込めている。


『やっ!。』


 うん。良い感じ。

 十を越える的を的確に射貫く精度と破壊する威力。エーテルのコントロールも上達していた。


『さて、早朝トレーニング終了っと。シャワー浴びよっと。』


 かいた汗を流そうとシャワー室へと向かおうとした直後だった。

 全身に、寒気…いや、全身を恐怖が襲った。


『え?。何か!?。』


 来る。

 そう身構えた直後。

 私の身体は結界を意図も容易く破壊したエーテルの塊によって発生した爆風に吹き飛ばされた。


『きゃっ!?。』


 平衡感覚を失い。

 何度も何かに身体を叩きつけられ、数回地面を転がった後に漸く止まった。

 咄嗟に魔力を高めて全身を強化したことで大きな傷は負わなかったけど。


『いったぁ~。うぅ…いったい何が?。』


 起きたの?。

 周囲を見渡すとその異変に言葉を失った。


 どうやら拠点にしてた場所からかなり遠くに飛ばされたみたいだけど…皆は?。

 って、氷姫姉の結界が消えてる。

 吹雪を纏っていた雪山は青空の下に照らされ雪化粧が露になっていた。


『おや?。エーテルの反応がありませんね?。…ということは、貴女は異界人ですか?。これはハズレを引きましたね。』

『アンタは…。』


 知らない男。氷姫姉のような冷気のエーテルに身を包んだ優男。

 だけど…分かる。


 この男は…敵だ。

次回の投稿は28日の木曜日を予定しています。

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