第373話 儀童とポラリム
な、なんか…苦しい…?。
寝苦しいとか、そんな感じじゃなくて…。息がしづらい…。しかも顔も圧迫感に包まれて…。
うっ…僕…死んじゃうのかな…。
あぅ…どんどん息が出来なくなってきた…。
ぐ、ぐるじい…。
『うっ…ぷはっ!?。はぁ…はぁ…。』
何とか僕を包んでいたモノから顔を出し呼吸をする。白黒と点滅する視界に映ったのは…って、氷姫お姉ちゃん!?。
『すぅ…すぅ…すぅ…。えへへ…閃~もっと~。』
目の前には寝息を立てている氷姫お姉ちゃんの綺麗な顔。
肌が白いのは勿論だけど、長い睫も、髪もキラキラと輝く白で間近で見ると宝石みたいなんだ。
それなのに唇はぷっくりとした桃色で、いつも見てる大きな瞳は金色だし、まるでお人形さんみたい。
あ。それよりも、いつの間に僕のベッドに入り込んだの?。
僕は確かにポラリムと二人で寝てたような気がするんだけど?。
ん?。あれ?。わっ!?。身体が動かない!?。
気付くと、僕の身体は完全に抱き枕にされちゃってるよ!?。
どうしよう…。ホールドされちゃって動けない。
『ん…儀童はまだ子供~。』
『わっ!?。』
氷姫お姉ちゃんが動いた。
頭を上げていた僕を抱き直して僕の顔がお姉ちゃんの胸の中に戻された。
わわわわわ!?。
お姉ちゃんのおぱおぱおぱおぱって、また着物がはだけてるよぉ~。お姉ちゃんの全部が丸見えになっちゃってる…。
見ちゃ駄目…だ。
直感で、見ちゃいけないと悟って、目を閉じながら頑張って身体を回す。
お姉ちゃんの腕の僅かな隙間に手を入れて背を向けるように腕の中で身体を回転させた。
はぁ…上手くいった。これで一先ず安心だよ。
背中に伝わる感触が柔らか過ぎて気になっちゃうけど…。
今の僕、絶対顔が赤くなっちゃってるし。
しかも、この状況…ポラリムには見せられな…。
『……………。』
『あ…………。』
目の前には僕と同じ様な状況で機美お姉ちゃんに抱き枕にされて身動きの取れないポラリムがいた。
目が合う。
向かい合う形になったポラリムの瞳は、ただじっと僕をジト目で見つめている。
異様な緊張感と寒気が背筋を走った。
すると、ポラリムの口がゆっくりと動き始めた。
えっと…。
ギ ド ウ の エ ッ チ
口がそう動く。
ええ~。不可抗力だよぉ~。
ち が う ん だ
ぼ く は な に も し て な い よ
伝わったかな?。
すると、自分の胸と指差し暫く動きの止まったポラリムは、涙目になりながら機美お姉ちゃんの胸を指差して口を動かした。
お っ ぱ い す き な の ?
これ、何て答えれば良いのおおおおおぉぉぉぉぉ!?。
『『ん~。』』
『『わっ!?。』』
次の瞬間、同時に動いた氷姫お姉ちゃんと機美お姉ちゃん。
僕とポラリムは抵抗も出来ずに二人のお姉ちゃんの胸の中に挟まる形で埋もれていった。
柔らかい感触に包まれながら最後に見えたポラリムは、自分の胸をポンポンと確認していた。
ーーー
ここに来て数日が経過した。
新しい仲間。お姉ちゃん、お兄ちゃんとの生活にも慣れてきてポラリムにも笑顔が戻ってきた。
僕も心強い人たちに囲まれた生活から安心していたんだ。
けど、心の何処かでは胸騒ぎにも似たざわつきが湧き上がっていたんだと思う。
『ぎ、儀童…。』
『あっ…ポラリム…。っ!?。』
僕を呼んだポラリムを見た瞬間、胸がドクンッて大きな音を上げたんだ。
その後は、ずっとバクバクと痛いくらいに鳴り響いていた。
ポラリムは女の子らしい白いワンピースを着ていて恥ずかしそうに手をムギュムギュしながら顔を赤くしていた。
ほんのりとお化粧をしてるのかな?。
唇も綺麗な桃色に染められていて、目の上に青いアイシャドウ?。が塗られてた。頬っぺたもほんのり桃色で、髪はリボンで結われていた。
『可愛い…。』
『ひうっ!?。』
女の子らしい服装だけど、何処か大人っぽくてドキドキが止まらない。
僕の無意識の呟きにポラリムの顔が真っ赤になった。
『でしょう?。ポラリムちゃんがお洒落したいって言ってくれてね。儀童君の為に頑張ったんだよ。』
『水鏡お姉ちゃん!。それ内緒!。』
『ふふ。けど、頑張った甲斐があったみたいよ。儀童君の顔見なよ、効果覿面みたいよ。』
『え?。あ…。儀童?。』
『え?。あ…うん…ポラリム…。』
『儀童君。女の子がおめかしした時は素直な気持ちを言って上げるんだよ。』
『う、うん…ポラリム。すごく可愛いね。綺麗…。』
必死に絞り出した言葉。
もっと色々とあった筈なのに全然出てこなかった。
緊張して、渇いた口で言えたのは最も単純で自然な、素直な言葉だった。
『~~~。…うん。えへへ。』
だけど、そんな僕の言葉足らずな台詞に喜んでくれたポラリム。
顔が真っ赤になってたけど嬉しそうに笑って僕に近づいてくる。
近くに寄れば寄るだけ胸が高鳴ってく。
ポラリムはそのまま僕の腕に抱きついた。
『ポ…ポラリム…。』
『儀童。ありがと。褒めてくれて。』
『う、うん。いつもは可愛いけど、今のポラリムは大人っぽくて…とても綺麗なんだ…。ずっ…ずっと見ていたい…っていうか…。』
『っ…。はぅ…。儀童のばかぁ…。』
その後、暫くポラリムは僕の隣で嬉しそうに笑ってた。
そんな僕等の様子をお姉ちゃんたちが笑って見てたけど僕にとってはポラリムのことだけで精一杯だったんだ。
ーーー
ポラリムに呼ばれて僕は氷でできた建物の奥にある部屋にやってきた。
この建物も氷姫お姉ちゃんが能力で造ったんだって聞いた。
氷だけどそこまで冷たくなくて、内側の熱を逃がさずに適温を維持してるんだって。
エーテルで作り出した氷を凄く圧縮して作られた氷みたいで、硬さは金属を越えて高温でも溶けないんだって。
外の結界も、雪山の吹雪も全部が氷姫お姉ちゃんがやってるんだって、ここに集まってる人たちの中で一番強いのが氷姫お姉ちゃんだって言ってた。
けど、暑いからってすぐに着物を脱ぐのは止めて欲しいなぁ。
『ここだ。』
コンコンとノックすると。『どうぞ。』とポラリムの声が聞こえた。
ゆっくりドアを開けると部屋の真ん中にポラリムがいる。
さっきの可愛い服を着ている。
けど、その顔は真剣で何処か落ち着きがない。
両手もスカートの裾を握ったままで。
『ぎ、儀童!!!。』
『う、うん!?。な、何?。』
ポラリムの緊張した大きな声に僕まで緊張して無意識に背筋が伸びた。
『わ、わわわわわ…。』
『わ?。』
『私は!。儀童が好き!。』
『っ!?。』
儀童が好き…ポラリムが…僕を?。
『私をずっと守ってくれたところも!。優しいところも!。いつも頑張ってくれてたのも!。私を助けてくれたことも!。全部が大好きなの!。』
『あ…わ…。』
一気に顔が熱くなる。
耳まで真っ赤なポラリムと同じくらい僕も今真っ赤になってるよ。
『あ…も、勿論、一人の男の子…ううん…だ、男性として好きなんだからね!。勘違いしないでね!。』
嬉しくない訳がない。
僕は初めてポラリムに出会った時から彼女のことが好きだった。
守りたいと。この娘だけは絶対に守りたいって思ったから今まで頑張ったんだ。
『ぎ、儀童…な、何か…言って欲しいなぁ。や、やっぱり…わ、私じゃ…駄目かな?。』
涙目になるポラリム。
そんな姿も可愛いと思ってしまう。
うん。僕は…僕の心は最初から変わってない。
『僕も。』
『え?。』
『僕も、ポラリムが大好き。一人の女の子として大好きだよ。ポラリムだけは守るって…守りたいって最初に会った時から思ってたんだ。』
『儀童…。』
『今はまだお姉ちゃんやお兄ちゃんたちの力を借りないとポラリムを守れないけど…いつか絶対にポラリムを守れる男になるから……………これからも、ずっと、ポラリムと一緒にいたいよ。』
『儀童おおおおおぉぉぉぉぉ!!!。』
『わっ!?。』
ポラリムに抱きつかれた勢いでそのまま倒れる。
背中は痛かったけど、ポラリムの身体は支えられた。
『儀童。』
『ポラリム。』
涙を目に溜めて嬉しそうに笑顔になるポラリムにつられて笑う。
自然に見つめ合って気付いた時には唇と唇がくっついていた。
柔らかい感触に驚きながらも、くっつけて、離して、くっつけて、離してを繰り返した。
『儀童。大好き!。』
『うん。僕もポラリムが大好き!。』
恋人。そんな関係なのかな?。
よく分からないけど、僕はポラリムとこれからも仲良く一緒にいたい。その思いは変わらない。
緊張と恥ずかしさ。そして、ポラリムがそこにいる嬉しさが僕の中で渦巻いて今までで一番幸せな時間になった。
その日の夜は…お赤飯に似た料理だった。
ーーー
『ぐっ…。』
衝撃を抑えられずに地面を転がった。
痛いけど、受け身も少しずつ出来るようになってきた。
『どうした。この程度で降参か?。』
『ま、まだだよ!。』
雨黒お兄ちゃんの言葉に反応し立ち上がる。
再び、氷姫お姉ちゃんに作ってもらった氷の刀を構える。
何度も弾かれて飛ばされたせいか手も足が震えてる。
けど、まだ刀を握れる。握れる限り僕は止めない。
『ふむ。この数日で根性がついたな。特にここ二日で目に宿る輝きが増した。ふ。大事な存在との関係の進展が君を男にしたか。』
『うん!。僕がポラリムを守るんだ!。』
『ふ。その意気だ。』
刀を持って振りかぶる。
力の限りを込めて振り下ろすも雨黒お兄ちゃんは数歩横に移動するだけで刀の軌道から避けてしまう。
振り下ろしも、薙ぎ払いも、突きも。完全に見切られてる。
しかも最小限の動きで。
『攻撃を仕掛けた後に満足するな。その瞬間が最も隙が生まれる。』
来る!。
直感にも似た悪寒を感じ、その感覚に従って身体を捻り刀を身体の前で構えた。
ギンッ!。という高い金属音が響いたと同時に僕の身体はまた転がっていった。
『……………。』
『うぐっ…ま、まだまだ…だよ!。』
『いや、今日はここまでだな。』
『え?。どうして!?。』
『君の身体は限界だ。あまり一気に詰め込むのも問題だ。稽古も特訓も身に付かなければ意味がない。』
うっ…確かに。
刀を杖代わりにしないと起き上がれない。
足もガタガタで上手く力が入らないや。
『はぁ…はぁ...はぁ...。ありがとうございました。』
終了の挨拶と共に僕はその場に倒れた。
つ、疲れたぁ~。
『最後の…反応の感覚。忘れるなよ。』
『え?。最後の?。』
最後?。感覚?。刀で防いだこと?。
でも、結局吹っ飛ばされちゃったのに?。
『雨黒…お前は言葉が足りない。それでは儀童が混乱するだろう。』
『む。そういうお前は傍観だけではないか?。ただ見てただけのお前が今更口出しか?。怪我人。』
『ふ。ようやく身体が動くまで回復したのでな。若き戦士が汗を流している姿を見てしまっては私も力を貸そうと思っただけのこと。』
青嵐お兄ちゃんがゆっくりと近づいてくる。
倒れている僕を起こしてくれる。
『儀童。お前はエーテルの動きを読み取る能力が常人よりも抜きん出ているようだ。』
『エーテルの動き?。』
『それをお前は無意識でやっている。直感にも似た感覚でやっていただろうがな。』
確かに、何となく雨黒お兄ちゃんの攻撃が何処を狙って、どう来るのかが分かった気がした。
『エーテルを読む能力自体は我々が日常的に行っている技能だ。慣れれば誰でも出来る。だが、儀童のそれは我々よりも上の段階で行われている。』
『よもや、限定的な未来予知にも近いかもな。』
『え!?。そんなに!?。』
凄いことをしてたの?。
『恐らく、極限状態の戦いを続けてきたことによって培われた才能なのだろう。それがお前だけの武器となる。』
僕だけの…武器…。
『ふむ。これで目指すべき方針が決まったな。儀童。これからの稽古はその力を伸ばす方向で行おう。』
『う、うん。がんばる。』
『ああ。頑張れ。』
『大切な人を守る為にな。』
『大切な………うんっ!。』
僕がポラリムを守るんだ。
ーーー
そして、いつもの夜。
僕は一つのベッドでいつも通りポラリムと並んで寝ていたんだ。
けど、いつも通り、今、僕は氷姫お姉ちゃんの抱き枕になっていた。
いつも通り、身体を回転させて、いつも通りに目の前で機美お姉ちゃんに抱き枕にされているポラリムと目があった。
その瞳はいつも通りジト目だ。
『……………。』
いつも通り、ポラリムの声のない口が動く。
う わ き も の
違うんだあああああぁぁぁぁぁ!!!。
僕の声にならない叫びは誰にも届かなかった。
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