第40話 狐の聞き耳
私は何をしてもノロマでドジだ。
勉強もダメ。運動もダメ。料理もダメ。
ダメ。ダメ。ダメ。ダメ。ダメ。
唯一の特技は 掃除 だけ。
自分なりに努力もした。
なんでも、色んなことにチャレンジした。
地域のイベントにも積極的に参加したし、学校の行事だってサボったことも休んだことも一度もない。
皆勤賞だって常に獲っていた。
でも、ダメダメなところは治らなかった。
クラスメートからは、ドジでノロマと言われたし馬鹿にもされた。
私が何を言っても、生意気と言われて相手にされず命令だけはしてくる。
そんな関係のクラスメート達。
何度も、泣いた。
小学生の時に、隣の家に引っ越して来た男の子。
天蔵 閃 君。
彼のお陰で私の周りの空気は変わっていく。
彼はゲームが大好きで良く遊び相手に誘われた。
色んなゲームをやったけど…やっぱり私はダメダメで下手だった。
それなのに彼は嫌な顔1つせずに楽しそうに笑ってくれた。
失敗しても怒らない。
失敗しても強い言葉も飛んでこない。
失敗しても…笑ってくれる。
だから、私は一生懸命に練習した。
たかがゲームと言われるかもしれないけど…それが彼との繋がりになるなら、私は努力するんだ!。
前回出来なかった場所をクリアすると、彼は自分のことのように喜んで褒めてくれた。
凄く。嬉しかったんだ。
こんな私でもちゃんと見てくれる人がいる。
それだけで、心が満たされた。
『智鳴、このゲーム一緒にやらないか?。』
そんな、ある日、とあるゲームを彼に勧められた。
タイトルは…。
エンパシスウィザメント
私は彼が勧めてくれたゲームを拒む理由がなかったから喜んで了承した。
ゲームを起動。
そこには…自由が広がっていた。
ーーー
いつの間にか私は彼を閃ちゃんと呼ぶようになり、彼に恋心を抱いていた。
彼には灯月ちゃんという妹がいた。
親同士の再婚により兄妹になった関係であり、私も驚くくらいのブラコンさんだった。
最初は私にも敵意を剥き出しにしていたけど、彼女は私以上に努力家だった。
炊事、洗濯など家事を次々にマスターしていった。
全ては閃ちゃんの為と言っていた。
その時の瞳が…ガチ…だったのは…見なかったことにした。
ある時、灯月ちゃんから掃除を教えてほしいとお願いされ、珍しいと思いながらも特に断る理由が無かったので引き受けた。
私は掃除だけは得意なので灯月ちゃんの役に立てるかな?くらいの気持ちだったのだが。
次の日から、灯月ちゃんは私の事を、
智鳴ねぇ様
と、呼ぶようになった。
ーーー
閃ちゃんは友達を作るのが上手だ。
特にゲームを通じて仲良くなることが多く、リアルでは、基汐君や光歌ちゃん。ゲームの中では、煌真君や神無ちゃん。機美姉さん。矢志路君や裏是流君。
色んな人が閃ちゃんの友達になり、今のクロノフィリアが完成した。
ーーー
高校生になった。
ある日、閃ちゃんの紹介で氷姫ちゃんという女の子と出会った。
物静かな女の子で最初は目も合わせてくれなかった。
閃ちゃん曰く 寂しそうに見えたから 誘ったのだという。
その日から、エンパシスウィザメントの仲間が1人増えた。
ゲームを通じて、氷姫ちゃんとは少しずつ仲良くなり、いつの間にかお互いを智ぃちゃん、氷ぃちゃんと呼ぶ仲になり、リアルでも2人で良く出掛けるようになった。
思えば、洋服屋さんに行っても…氷ぃちゃんは1度も試着をしたことが無かったし、学校での着替えも更衣室ではしてなかった。プールの授業も1度も参加したことがなかった。
私は友達として一番近くにいたのに…。
ーーー
高校3年生の夏、閃ちゃんが珍しく慌てた様子で学園から帰ってきた。
話によると、偶然、氷ぃちゃんの着替えを見てしまったらしく。
その時、氷ぃちゃんの身体中にあった数多くの生々しい傷を目撃したと言っていた。
閃ちゃんは、口速に虐待を受けていると怒りながら説明して飛び出していった。
私は、その場にいた。
灯月ちゃん。つつ美さん。基汐君。光歌ちゃんと共に閃ちゃんの後を必死に追った。
そして、私は見てしまった…。
実の父親に服を無理やり脱がされた状態で羽交い締めにされ、今にも殴られそうになっていた氷ぃちゃんの姿を…。
閃ちゃんは飛び出した勢いのまま、氷ぃちゃんの父親を殴り飛ばす。
殴られた父親は基汐君が取り押さえた。
閃ちゃんは上着を脱いで灯月ちゃんに渡すと灯月ちゃんはそれを氷ぃちゃんの肩にかけてあげた。
光歌ちゃんはどこかに電話していた。
つつ美さんは氷ぃちゃんを抱き抱えていた。
私は、氷ぃちゃんがこんな目にあっているなんて想像すらしてなかった。
あんなに一緒にいたのに…。
あんなに一緒に遊んだのに…。
氷ぃちゃんの身体中にある痛々しい傷が私の心を締め付ける。
何で、疑問に思わなかったんだろう…。
気付ける要素はいっぱいあったのに…。
ごめんなさい。氷ぃちゃん。
ごめんなさい。氷ぃちゃん。
ごめんなさい。氷ぃちゃん。
気付いてあげられなくて…ごめんなさい。
私は誓った。
もし、氷ぃちゃんが酷いことに巻き込まれたら…
今度こそ、私が氷ぃちゃんを助けるんだ。
あの時は氷ぃちゃんを抱き締めて泣くことしか出来なかったけど…。
今度は必ず助けるから。
ーーーーーーーーーーーーーーー
『おらぁぁぁあああああ!!!』
固く閉じていた教会の扉を蹴破る男。
白聖連団所属 白聖十二騎士団 序列4位
柘榴。
騎士団の中で最も気性が荒く。
品性に欠いた性格をしている。
『やめて下さい。柘榴。』
『はぁ?。誰に文句言ってんだ?里亜ちゃんよぉ?。序列6位のてめぇが俺に指図してんじゃねぇよ!。』
『…。』
『はいはい。冗談だって。うそうそ。良い子の里亜ちゃんの言うこと聞いてあげますよぉ。ははははは。』
私は、この男が嫌いだ。
この男だけじゃない。十二騎士団はその卓越した戦闘能力に自信を持つ者が多く統率が取れているとは言いがたい。
『おい!てめぇら!とっとと探せや!。』
柘榴が部下の騎士達に命令を出す。
私と柘榴は、この周辺に現れたとされる子供を探しに教会を訪れた。
と、いうのも数ヶ月前に我が十二騎士団のメンバーで序列7位 彗と序列8位 修を探していた。
そして、とある噂を耳にした。
その噂とは、数ヶ月前。
この住宅地から離れた場所にある教会で子供の声が聞こえるようになったという。
ただ、近所の子供が遊んでいるだけ、とも考えたが子供の姿を見た者がいないらしい。
しかも、声が聞こえるようになった時期が騎士団の2人が行方不明になった時期と一致するのだ。
何か繋がりがあるのかと考え、我々が調査に来たわけだ
…が…。
『ちっ。いねぇな。』
次々に並んでいる椅子を蹴り飛ばしていく柘榴。壁に当たった椅子が次々に破壊されていく。
『………。』
一緒に来たのが、このクズ男だなんて…。
『はぁ。イライラするぜ。』
『もっと真面目に探して下さい。きっと、何かある筈です。』
『かぁぁああ。真面目ちゃんかよ!。あっ。そう言えば知ってるか?。』
『何をですか?。』
『あの無能豚いるだろう?。』
『…ああ、浮斗士様ですか。』
『ソイツんとこの盗撮班が、地下の生け贄共を管理してる雑魚女の情報を持って来てな。』
『…それで?。』
私の嫌いな人間の名前が出る。
浮斗士。
弱いものを利用して自分の思い通りに事を運ぶ汚ならしい男。
『なんでも今日の昼過ぎに、ある女が雑魚女のところを訪れたらしくてな。昼間に地下から連れていかれた生け贄共を助けたいから詳しいことを聞きに来たらしいぜ?。』
驚いた。
そんな正義の味方のような方がいるなんて…。
こんな腐れ切った世界に…。
『…それは…何者なんですか?。』
『わからねぇがレベルは120みてぇだな。2人で明日、研究所に忍び込むらしいぜ?。盗聴されてるのに忍び込むも何もねぇがな!ははは!。』
『訪れたのはどのような方だったのでしょう?。』
少し興味が湧き、深く聞いてしまった。
『聞いた話じゃ真っ白な女だったらしいぜ。よくわからねぇが途中から部屋に仕掛けてあったカメラが故障したらしい。まあ、忍び込んだところで、あそこには凍摩が居るし、最高の研究成果も用意されているしな。どっちにしろ死んだぜ。奴ら。』
『…そうですね。あれは…私たち騎士団が12人で挑んだとしても勝てるかどうか…。』
あれは化け物だ。
初めて見た時の恐怖感を思い出すだけで身体が震え出す。
『はぁ?。俺1人で余裕だし。どんだけ余裕無いんだ?てめぇは?。』
『…そうですか。』
アレを見てもそんなことを言えるなんて…馬鹿なのか…アホなのか…。
『柘榴様。地下へと続く階段を発見しました。』
『おっ!良くやった。てめぇら。』
遂に見つかりましたか。
柘榴が階段に向け歩き出す。
その後を、私は歩いた。
『おっと。これも知ってるか?その研究成果の元となった人間なんだがな。』
話足りないのか続きを話始める。
『?。』
『数年前にニュースになった男で、自分の妻を暴力で殺して庭に埋め、その後、自分の娘を2年間犯し続けた、くそ男らしいぜ?。名前は確か…。』
『それっ!本当ですか?。』
突然、物影から現れた少女。
あれ?。先程住宅地であった娘ですね?。
何故、この場所に?
『あっ?誰だ、てめぇは?。』
ーーーーーーーーーーーーーーー
私は地下から出て物影に隠れた。
教会に入って来た人達を観察。
壊された扉は粉々。あの赤い髪の男がやったのかな?。
怖そうな男の人…。嫌だなぁ。苦手なタイプ。
で、もう1人の女の人。
あれ?。あの人さっきの。名前は確か…里亜さん。
あとは、後ろに数人いる騎士さん達。
狂暴な言葉で次々に椅子を壊していく男の人。
会話から男の人の名前は柘榴…さん。
女の人はやっぱり里亜さん。
感じた通り里亜さんは優しそう。
でも、柘榴さんは里亜さんを下に見てるみたい。かつての私のクラスメート達みたいに…。
『聞いた話じゃ真っ白な女だったらしいぜ。』
あっ。氷ぃちゃんのことだ。
氷ぃちゃんは地下に行くって行ってたもんね。
『柘榴様。地下へと続く階段を発見しました。』
階段が見つかっちゃった…どうしよう。
行かせるわけにはいかないし…声を掛けてあの人達の注意を逸らさないと!。
『数年前にニュースになった男で、自分の妻を暴力で殺して庭に埋め、その後、自分の娘を2年間犯し続けた、くそ男らしいぜ?。名前は確か…。』
え?。まさか!?。
その名前は…。過去の映像が甦る。
あの時の氷ぃちゃんの姿が…。
私は無意識に飛び出していた。
『それっ!本当ですか?。』
『あっ?誰だ、てめぇは?』
『貴女はさっきの。』
『答えて!。今話していたことは…本当なの?。』
『は?。研究成果の話か?。』
『そう!。』
『はっ!どこの誰かもわからねぇ奴に教えるわけねぇだろうが?。しかも、今のは機密事項だ。聞かれちまったからには、てめぇを始末しねぇといけねぇって話よっ!。』
『っ!。』
『やめて下さい。柘榴!。彼女は一般人です!。巻き込んではいけません!。』
私を庇うように立つ里亜さん。
『かぁああああ。お前それ裏切りだろ?。はぁ…前々からよぉ。里亜。てめぇの中途半端な真面目さが気にくわなかったのよ!。そこの女と一緒に殺してやる!』
『裏切りではありません!。貴方こそ!騎士としての道はないのですか?。』
『はぁ…そんな道…最初から歩いてねぇーよ!。ばぁああああか!。』
腰に携えた剣を抜き里亜さんに斬り掛かる柘榴。
『くっ!。』
里亜さんも剣を抜いて斬撃を防ごうとするけど、私にはわかった。
この攻撃は里亜さんでは防ぎ切れないと。
『はっ!。』
『えっ!?。』
『おっ!?。』
私は神具である鉄扇を取り出し柘榴さんの剣を受け止めた。