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第369話 旅立ち、雪山で...。

 ドアをノックする。

 ここに来て三日目。

 あっという間に感じるが、まだまだやることが沢山ある。


『は~い。』


 元気な声がノックに応えた。

 俺だ。と、一言放つとドタバタと騒音を撒き散らしながらドアが勢いよく開き、満面の笑みの智鳴が抱きついてくる。

 その身体を優しく受け止め、ピコピコと彼女の心境を反映させるように動く耳と頭をそっと撫でた。


『閃ちゃん!。いらっしゃい!。』

『ああ。邪魔するぞ。』


 そのまま智鳴の身体を抱き抱えて部屋の中へ。

 部屋の中は至ってシンプル。

 私物など一切無く、木製のベッド、テーブル、椅子が置かれた殺風景な部屋だ。

 掃除が得意な智鳴らしく埃一つ無いのだが、本当に生活する為だけのスペースなんだなと理解した。

 まぁ、忙しくてそれどころじゃないんだろうが…。早く、平和な生活を取り戻してやりたいな。


 俺は智鳴をそっとベッドの上に降ろし、隣に座った。


『閃ちゃん~。ん~。』

『おっと。はは。甘えん坊だな。』

『だって~。久し振りの再会なんだよ~。皆死んじゃって…バラバラで戦って…。私も…氷ぃちゃんも…。死んじゃって…。けど、こうしてまた会えたから!。嬉しいの!。』

『だな。俺も嬉しい。』


 キスをし、頭を、背中を、尻尾を撫でる。


『えへへ。閃ちゃんとのキス、久し振りだ~。』

『いくらでもしよう。今まで出来なかった分全部な。』

『うん!。いっぱいね!。』


 何度も。何度も。俺たちは互いを求めた。


『智鳴。』

『なぁに?。閃ちゃん?。』

『もう。我慢しなくて良いんだぞ?。』

『え?。何のこと?。』

『はぁ…自覚無しか…。』


 俺の知る限り、恋人たちの中で一番感情の揺れ幅が大きいのが智鳴だ。

 喜怒哀楽もハッキリしているから分かりやすい。

 普通の付き合いのヤツならそう思うだろう。

 

『良く今まで頑張ったな。不安だっただろ?。怖かっただろ?。俺の前でくらい気持ちを表面に出して良いんだぞ?。』


 だが、それ以上に精神的に一番強いのも智鳴だ。

 誰かが困っている時、泣いている時、辛い時。

 智鳴は決して涙を見せない。

 自分の感情を無意識で殺し誰かの為に一生懸命に行動する。

 

 だから、無理をする。

 本人ですら気付かないくらいに心に鍵をかけて。


『ほら。もう我慢するな。思いっきり泣け。俺が全部受け止めてやるから。』

『………。』


 俺の言葉に目を丸くする智鳴。

 その瞬間、困ったように眉毛が八の字になり、その大きな瞳から涙が滲み出す。

 それは大きな雫となって頬を伝い、ずっと溜め込んできた思いと一緒になって流れ始める。


『うっ…うわあああああぁぁぁぁぁ。閃ちゃあああああぁぁぁぁぁん!。怖かったよおおおおおぉぉぉぉぉ…。』

『ああ。そうだな。大丈夫。俺が、もうそんな思いはさせないから。』

『あああああぁぁぁぁぁ。』


 見知らぬ土地に転生して心細かっただろう。

 手探りで慣れない場所、初めて会う人々との出会いが繰り返されたことだろう。

 人見知りで、男性恐怖症。臆病な智鳴がどれだけ頑張ってきたのか。

 幼馴染みの俺だから分かる。


『本当に頑張ったな。』

『うん…うん…頑張った。頑張ったんだよぉ。うわあああああぁぁぁぁぁ…。』


 それから智鳴が泣き止むまで、ずっとその身体を撫で続けた。


ーーー


 俺がこうして恋人たちとの時間を作れているのには理由がある。

 それは、光歌が転移装置の改造に時間を必要としているからだ。

 外部からの介入の遮断。

 設定した装置同士のみが繋がるように改造している。

 更にこれから赴くことになる協力関係に了承してくれた国の転移装置に対し、外付けの小型デバイスを開発しているらしい。

 それを取り付けることで、緑国、赤国にある転移装置と同様に外部からの介入の遮断と二つの装置との接続を可能に出来るんだとか。

 その開発に一週間くらい必要らしく光歌は基汐等を連れて緑国にある専用のラボに籠っているのだ。

 まぁ、そのお陰でこうして時間がある訳なのだ感謝でしかない。


 さて、緑国と赤国で行われた会議。

 その結果、何が変わったのか。

 今、美緑を中心として大量の木材が赤国へと運ばれてきている。

 また、緑国から人員を赤国へと送ることで早期的な復興作業が見込め。

 俺たち、クロノ・フィリアのメンバーが率先して能力を使うことで予定では一週間程で元の赤国の姿を取り戻す計画だ。

 後々の互いの国益などの話しは一時的に保留という形に落ち着いたようだ。

 戦いが終わり、互いに安定した後に。


 そして、時は流れる。


『じゃあ、行ってくる。』


 【影入り部屋】の中に光歌が作った例の装置を他国分、計四個入れる。

 あれから一週間。赤国の復旧も無事に終わり、遂に俺は黄国へと旅立つ。

 黄国を経由し青国へ。そして、白国を目指すという流れだ。

 ここで今まで共に旅をした兎針と奏他とは別れることになる。

 戦力の増強を目的として兎針には緑国に、奏他には赤国に残って貰う。


 赤国からの旅立ちに皆が集まってくれた。

 長く緑国を離れられない美緑たちとは既に挨拶を済ませてある。


『旦那様。早く帰ってきて下さいね。私…もう、旦那様にお会い出来なくなるのは…嫌です。』

『ああ。今度は仲間全員を連れて帰ってくるさ。睦美。少しだけ、待っていてくれ。』

『…はい。努力します。』


 睦美を抱きキスをする。


『閃ちゃん。氷ぃちゃんに会ったら宜しくね。それに他の皆にも。』

『ああ。勿論だ。智鳴。また、寂しい思いをさせちまうが…出来るだけすぐに戻ってくるからな。』

『うん。もう大丈夫。皆がいるからね。閃ちゃん。怪我に気をつけてね。』


 智鳴とも抱き合い、口づけを交わす。


『閃。気を付けてな。何かあったらすぐに駆けつけてやる。呼んでくれよ!。』

『ああ。その時は頼んだ。基汐もな。赤国と緑国のこと任せるぜ。』

『勿論だ。じゃあな。また会おうぜ。』

『ああ。また。』


 基汐と強く握手を交わす。


『じゃあ、装置のことは宜しく。精々頑張んなさいよ。』

『ああ。お前も程々にな。』


 基汐の後ろでつまらなそうにしている光歌。


『閃の旦那。頼むぜ。俺等で協力できることがあれば何でも言ってくれ。』

『閃殿。赤国は貴方様の味方です。数々のご恩必ずお返し致します。』

『ああ。これから大変だと思うが二人も頑張ってくれ。』


 赤皇と愛鈴と握手。


『お兄ちゃん…。』

『フェリティス。少し出掛けてくるな。帰ってきたらまた遊ぼうぜ。』

『うん…。早く…帰ってきてね。』

『ああ、約束するよ。』


 時間の許す限り遊び尽くした。

 フェリティスは睦美に抱きつきながら小さな手を俺に振る。


『じゃあな。皆。』


 こうして俺は旅立つ。

 目指すは黄国。長い旅はまだなだ続く。


ーーー

ーーーーーー


 時は遡り、場所は青国。雪嶺。

 荒れ狂う猛吹雪が前後左右全ての方向感覚を失わせ、自らが歩いた痕跡である足跡すらも数秒で欠き消えてしまう。

 視界は数メートル先も確認出来ず、自分たちが今何処にいるのかも分からない。

 何よりも厚い雲に覆われた空は陽の光を完全に遮断し、夜の暗闇に近い薄暗さと氷点下の気温によって精神と肉体の両方を磨り減らしていく。


 そんな環境下でひたすら前へ向かって動いている三つの影があった。

 三人で固まりながら互いを強く繋ぎ、暴風の中を突き進む。


『ポラリム。紗恩姉ちゃん。大丈夫?。』

『う…うん…だ、大丈夫…。』

『今のところは…。けど、このままじゃ魔力が尽きちゃう…。』


 ポラリムを狙う青国の刺客から逃げるため寒さの対策を行って雪山が連なる山脈地帯に足を踏み入れた儀童、紗恩、ポラリム。

 しかし、雪山の環境は三人の想像を遥かに越える凄絶さだった。

 魔力を高め何とか体温を維持している三人。

 だが、ゴールの見えないマラソンのようなもの。ただ闇雲に魔力を消耗していくだけの状況が続いていた。

 自分たちの居場所も不明。適当な隠れることの出来る洞窟なども吹雪のせいで発見できない。

 このままでは次第に魔力も尽き寒さによって凍死する未来しか見えない三人。

 だが、立ち止まることも出来ず内心焦りが強くなっていった。


『うっ…。』

『ポラリム!?。』


 ついにポラリムがその場に倒れ込む。

 間一髪のところで儀童がその身体を支えるがポラリムに触れたことで体温が急激に低下しているのが伝わってきた。


『これヤバいよ。紗恩姉ちゃん!。ポラリムが!。』

『ええ。早く何とかしないと…。』


 紗恩も内心で焦っていた。

 いや、混乱に近いかもしれない。

 寒さ対策で持ってきたモノは既に全部使ってしまっている。

 自分の魔力も限界に近い。魔力を使ったとしてもすぐに尽きポラリム同様に自分も倒れてしまう。


『……………。』

『え?。何?。ポラリム?。』


 ポラリムが小さな声で何かを伝えようとしている。

 彼女の口元に耳を近づける儀童。


『儀童…。紗恩お姉ちゃん…。逃げて…。』


 その言葉を理解した直後、突如頭上にエーテルを感じ咄嗟にポラリムを抱え前方に飛び出した。

 次の瞬間。

 儀童が居た場所と紗恩との間に爆発が起きる。


『きゃっ!?。な、何が!?。』

『うっ…。ポラリム、大丈夫?。』

『……………。』

『ポラリム?。』


 反応の無いポラリムだが、微かに呼吸音が聞こえたことで気を失ったことを儀童は悟る。


『まさか、こんな場所まで逃亡しているとはな。我々を撹乱する意味もあったのだろうが、無駄だったな。』


『あ、あんたは!?。』

『シャルメルア!?。』


 青国のリスティナの命令で儀童たちの命を狙う刺客。

 機械の身体を持ち、主に刀を武器として使用する女性。

 彼女の刀が吹雪で視界の悪い中でも妖しく発光する。


『ほぉ?。私のことを覚えていたか。なら、私がここのいる理由も察しているのだろう?。前にも言ったが、その巫女を渡せ。そうすればお前たち二人だけは生かしておいてやる。決して青国の中を歩かず、この山の中で静かに暮らすのならな。』

『誰が渡すか!。』

『ええ。この娘は渡さない!。』


 儀童がポラリムを背負い、その前に紗恩が出る。


『私と戦う気か?。』

『どうせ。逃がしてくれないでしょ?。』

『当然だな。しかし、この吹雪の中で絶えず魔力を消費続けていたのだろう?。』

『それが何よ!。だからってこの娘を渡すわけないじゃない!。』

『そうか、なら早々に殺すとしよう。』


 シャルメルアの姿が吹雪の中に消えた。

 瞬時に紗恩が機械の杖を取り出し構える。


『儀童!。逃げて!。ここは私が!。』

『けど…。』

『行って!。』

『っ!。う、うん!。』


 ポラリムを背負い走り出す儀童。

 その背後には刀を構えたシャルメルアが既に迫っていた。


『死ね。』

『させないわ!。』


 刀の一撃を、割り込んだ紗恩が杖で防ぐ。

 だが、防御した筈の杖は呆気なく切断され、そのまま紗恩の身体が切り裂かれる。


『あぐっ!?。』

『紗恩姉ちゃん!?。』


 白い雪の積もった大地が赤い色に染まる。


『愚かな。魔力しか扱えない貴様がエーテルを扱う私の攻撃を防げると思っているのか?。』

『はぁ…はぁ…うっ…。早く…逃げて…。』

『けど…姉ちゃんが…。』

『逃げなさい!。』


 最後の力を振り絞り、紗恩は儀童の身体を思いっきり押した。

 すると、その身体が空中へと投げ出される。


『紗恩姉ちゃん!?。』


 落ちていく中、儀童は紗恩が優しく微笑んだのを見た。

 その笑顔は響きが見せたモノと重なり儀童の中で不安と悲しみが渦巻いた。


『ポラリム!。』


 だが、儀童にも余裕はない。

 かなりの高さからの落下。永続的に魔力を消費し続けた結果、残りの魔力ではポラリムと二人の身体を落下ダメージから守りきれない。

 どうしようもない状況の中、唯一彼に出来たのはポラリムを強く抱きしめ自らが下になって彼女を守ることだけだった。


ーー

ーーー


『うっ…。ポラリム…。』


 全身の痛みに目覚めた儀童。

 倒れている自分の身体に鞭を打ち起き上がる。

 周囲を確認すると横にはポラリムが倒れていた。

 

『………。』


 ポラリムは気を失ったまま。

 しかし、無傷で呼吸も正常だった。

 あの高さから落ちたのに?。

 そう疑問に思い頭上を確認すると、木々の枝の間に空間があり、周辺には折れた木の枝が複数転がっている。

 幸いなことに、崖の下は針葉樹が生い茂る森林。

 木の枝と地面の雪がクッションとなって二人は助かったのだった。


『はぁ…はぁ…はぁ…。逃げないと…。紗恩お姉ちゃん…。』


 歯を食い縛り、儀童はポラリムを背負いながら歩き始める。

 体力も魔力でも限界をとうに越えている。

 儀童を突き動かすのはポラリムを救いたい。

 ただ、それだけだ。

 自分たちを守るために犠牲になることを選んだ響や紗恩の背中と優し気な笑みを思い出し自らもポラリムを守るために出来ることに全力を注いだ。


 しかし、限界を越えても無慈悲に、冷徹に阻むものが大自然。

 視界を奪う吹雪は居場所と平衡感覚を。

 雪の深く積もる地面は足場と体力を。

 高い標高の薄い酸素によって思考と呼吸までも奪われ、意思の力ではどうしようもない絶望的な現状と状況が儀童の意識を刈り取っていった。

 意思の力とは関係なく、小さな彼の身体は雪の上に倒れた。

 ボフッ!。という鈍い音と共に身体の自由がきかなくなったことに混乱するが、思考が渦巻き踠くことも出来ない。

 それでも背中のポラリムが雪の積もる地面に接触していなかったのは儀童の最後の跑きだった。


『…うぅ…ポラリム…紗恩お姉ちゃん……………響お姉ちゃん…。』


 徐々に重くなる瞼。

 消え行く意識。

 ここで意識を失えば待っているのは【死】。

 限界を越えている儀童には抵抗する力は残っていなかった。


 そんな絶望が支配した中で。


『大丈夫?。』


 儀童が意識を手放す瞬間に聞いたのは、この荒れ狂う雪山の中で余りにも心地よい清んだ綺麗な声と。

 霞む視界に映る真っ白な…全てが純白な女性だった。

 何者かも分からない、誰かも知れない女性に何故か安心感を覚えた儀童はそのまま意識を失った。

次回の投稿は10日の日曜日を予定しています。

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