第367話 準備
水蒸気の中を突き進む。
クミシャルナの鱗を周囲に展開し炎と熱を防ぎ。トゥリシエラの翼で空を駆け、ラディガルの雷で加速する。そして、ムリュシーレアの糸を足場に方向を調節し一気にマズカセイカーラの間合いを占領する。
『ぐっ!?。てめぇ!。舐めんじゃねぇ!』
『【水天・氷陣】!。』
マズカセイカーラの全身から爆発するように弾ける炎の波。
自分以外の全てを消し飛ばす気で放たれたそれは一切の容赦も加減もなく周囲を巻き込む。
ほぼ零距離での反撃。
だが、今の俺には月涙がいる。
マズカセイカーラのエーテルによって急激に上昇した空気を一気に低下させ氷を発生させる。
こうなると内在するエーテルの強さ勝負だ。
惜しむことなくエーテルを爆発させるマズカセイカーラに対し、俺は一点に絞ったエーテルで自身が通る道を炎の中に作る。
プラネリントを発動した惑星の神であるマズカセイカーラのエーテルの底は見えない。
無駄な魔力の消費は此方の敗北に直結しかねない。
『くそっ!。何で倒れねぇ!?。』
氷の道もすぐに蒸発させられる。
炎のエーテルと氷をエーテルの衝突で発生した水蒸気が視界を奪い互いの正確な位置を見失う。
『どこだ!。くそっ!。何も見えねぇ!。なら全部吹っ飛ばして…。』
『させねぇよ。』
『なっ!?。うぐっ!?。』
マズカセイカーラがエーテルを練り上げる前に首を掴み勢いのまま地面に叩きつけた。
体内のエーテルを変換し自身の神としての意味を与えるより純粋にエーテルを込めて肉体を強化した方が数倍速い。
最もマズカセイカーラ程の神になれば人功気と緑国で基汐に教えて貰った仙技を同時に用いてもギリギリのタイミングだったな。
『これで終わりだ。』
間髪入れずに拳を振り下ろす。
マズカセイカーラの顔面、その真横の地面に打ち込み戦意を喪失させる。
素直に敗けを認めてくれれば良いけど。
流石にアリプキニアの娘を傷つけるのは憚られるしなぁ。
キキキ。
そんなことを考えてくれておったのか?。
気にせんでも殺さない程度に痛い思いをさせるだけで良いのだぞ?。
まぁ…親としては感謝しかないか…。
『はぁ…まだ、やるか?。』
『………。』
マズカセイカーラが顔を動かし俺の拳を見る。
視線だけが動き抉られた地面を確認し目を閉じた。
『いや…満足だ。俺の敗けで良い…。』
『そうか。良かったよ。よっと。』
『っ!?。』
倒れるマズカセイカーラを抱き抱えて立ち上がらせる。
同時にエーテルを流して細かな傷も治してやる。
『………ありがと。』
『あん?。何だ?。小さくて聞こえなかったんだが?。』
『な、何でもねぇ!。そ、それより俺は負けたんだ。何でも聞いてくれて良いぜ。』
『随分と潔い良いんだな?。』
『たりめぇだ!。手加減してた奴に負けたんだ。どうやってみ俺に勝ち目なんかねぇじゃねぇか…それに……………ちょっと…格好良かったからもう戦いたく…。』
『何故にどんどん声が小さくなってんだよ?。何て言ったんだ?。』
『な、何でもねぇ!。で?。俺に用って何よ?。』
『その前にこの仮想世界を解除してくれ。暑くてしかたねぇ。』
『………俺の世界は嫌いか?。』
『は?。いや、好きか嫌いかで判断はしていないんだが…まぁ、何もかもが赤いけど…風景は綺麗だと思うぞ?。上手く言葉に出来ないが、心に惹かれるものを感じる。何だろうな。男のロマンに近いのかなぁ?。』
『そ、そうか!。綺麗か!。あはは…綺麗…綺麗…あは、え、えへへ…綺麗かぁ…。そうかぁ~。』
『けど、暑いよ…これじゃあ話し合いも出来ないからなぁ。』
『あ、ああ。すまん。今解除する。』
マズカセイカーラがプラネリントを解除する。
視界に映る風景が渦巻き次第に姿を変え元の砂漠地帯へと戻ってきた。
こっちも照り付ける陽が暑いが、マズカセイカーラの星程じゃない。
寧ろ、戻ってきたばかりだと涼しく感じるくらいだ。
『それで?。話って言うのは?。』
『ああ、それはだな。』
『妾も加わろうかのぉ。』
俺の中から現れるアリプキニア。
『げ…母ちゃん…。マジで閃の中にいんのかよ!?。』
『げ。とは何だ?。妾がいては問題か?。』
『………だって…もう少し…二人きりで………べ、別に関係ねぇ!。問題もねぇ!。』
『ふむ。なら良いではないか。ほれ、閃、話を始めろ。』
実体化したアリプキニアが俺の膝の上に乗る。
『母ちゃん!?。ズル……………何してんだよ…。』
『何を困惑しておる?。閃と妾は一心同体だ。何も問題ないだろう?。』
『ぐっ…。』
何故か悔しそうなマズカセイカーラ。
『ああ。マズカセイカーラ。お前が俺たち…ん~、赤国の連中と行動を共にして異神と戦っていたのは絶対神の命令か?。』
『命令じゃねぇな。俺は強い奴と戦いたかった。だが、愛鈴の奴は戦いから逃げた。弱虫に興味はねぇ。だから戦いを呼ぶゼディナハの野郎の口車に乗った。ぶっちゃけ、戦えるなら誰だって良かったんだ。』
『はぁ…そうかい。なら絶対神の考えや世界で何が起こっているか…ついでに、マズカセイカーラに課せられた役割は理解していないんだな?。』
『何だそりゃ?。ん?。んんー?。何か絶対神の野郎に言われた気がするが…。忘れたな。』
『忘れたのか。』
『ああ、忘れた。興味なかったからな。小難しいことは知らん。』
『……………。』
『こういう娘だ。』
『そうかい…。』
俺の視線から意図を読み取ったアリプキニアが答える。
『なら俺から説明するからな。俺の言葉をちゃんと聞けよ?。』
『うん!。』
『え?。』
『あ………ああ。頼む。』
めっちゃ可愛い声で返事が聞こえたが…うん、気のせいだな。
『キキキ。』
笑うな。アリプキニア。
コホン。気を取り戻し改めて説明を始める。
内容はジュゼレニアにしたのと同じ内容だ。
『何だ?。つまり、世界を守るために母ちゃんみたいに神合化するパートナーを探せってことか?。』
『ああ。そんな感じだ。』
『なら閃!。お前が良いぜ!。』
『それは駄目なんだ。』
『え………何で…閃………俺のこと………嫌い?。』
滅茶苦茶落ち込んでるぅ!?。
てか、そんな悲しそうな顔をするな!。
そんなキャラだったか?。
もっと言えば今さっき出会ったばっかりだぞ?。俺たち…。
『俺とマズカセイカーラでは神の性能が違い過ぎるんだ。お前に合っている奴はこの赤国で転生した者に限定される。だから、誰がお前に相応しいか自分自身で赤国全体を観察して見極めろ。そして、お前の意思でパートナーとして契約して欲しい。』
『………閃は俺にそうして欲しいのか?。』
『ああ。俺の目的は世界を崩壊から守り平和な日常を取り戻すことだからな。その為にお前の協力が必要なんだ。』
『俺が…必要…。必要………閃が俺を…。』
『頼む。力を貸してくれ。』
『うん………あ、しょ、しょうがね~な!。そこまで頼まれたら力になってやらぁ!。』
『本当か!。ありがとう!。マズカセイカーラ!。』
『あ、ああ!。任せろ!。』
今までにない笑顔で返してくるマズカセイカーラ。
その様子を見て俺の中で笑っているアリプキニア。
どうなるんだ?。上手くいくのか?。これ?。信じて良いのかねぇ?。
娘等の中で一番の乙女なのさ。コヤツはな。
それを俺に言ってどうするんだよ。コイツにはちゃんとした信頼できるパートナーを見つけて欲しいのに。
キキキ。まぁ、安心せい。コヤツも十分に理解できた筈だ。
そうかなぁ。
『閃!。俺!。頑張るからな!。必ず閃の役に立ってやるからな!。』
妙にやる気だしな。まぁ、信じとくか。
ーーー
次に俺が向かった先で待っていたのは時雨。
会議が終わるまでの間、神具で赤国全体の警護をしていたようだ。
神具の所持者である時雨自身は高台に上がり赤国全体を見渡している。
『珍しいですね。閃さんの方から私のところに来るなんて。』
『まぁな。時雨に話しておきたいことがあったからさ。』
『話しておきたいこと…?。何か嫌な予感がするのだけど…。』
『ああ。察しが良いな。さっき話したことと被るが、俺はリスティナたちの母親である恒星の神アリプキニアと神合化した。』
『ええ。あの空に輝いてる太陽…いえ、この世界では太陽とは言わないのよね。あの恒星の神と一つに、閃さんはなった。』
『ああ。神合化は赤皇から聞いていると思うが同化と同じものと考えて貰って良い。神獣との融合が同化。神同士の融合が神合化だ。』
『ええ。理解したわ。本題はそれに関係のあること?。』
『まぁな。神合化した俺はアリプキニアの記憶を共有した。その中に時雨に知らせないといけないことがあった。』
『…それは…何?。』
空気を悟ったのか時雨の表情が険しくなる。
『響が死んだ。殺された。』
『っ!?。……………それは…本当なの?。いや、閃さんがこんな嘘を言うとは思わないけど…ごめんなさい。ちょっと信じられなくて。』
『いや、取り乱すのも分かる。順に説明する。』
響はこの世界で最初に神具を発現させた異神。
青国で転生し儀童たちを守るために戦い。
神眷者に殺された。
『その相手は誰?。』
時雨の声に怒気が宿る。
同じ相手を愛した者同士の結束。
仲間以上に強く繋がっている。
俺の知らないところで互いの仲は深まっているのだろう。
『ゼディナハだ。』
『っ…アイツ…か。』
握り拳から血を滴らせ悔しそうに歯を食い縛る。
ゼディナハの強さを聞いている時雨。
戦闘において時雨は天才だ。
ゲーム時代も煌真に匹敵する成績を残している。
絶刀を持つゼディナハに対し自分では敵わないことを理解しているのだろう。
『そして、もう一つ悪い報せだ。』
『………聞きたくはないけど…どうぞ。』
『ゼディナハが絶刀を響に使用した際に厄災となった状態の裏是流が庇ったらしい。その時の絶刀によって裏是流の厄災が絶たれた。』
『まさか…裏是流君も…。』
『それは分からない。だが、絶刀で絶たれたのは事実だ。無事でない可能性の方が高いだろう。』
『………くそっ。』
涙を流しながら悔しがる時雨。
大切な存在を二人もヤられたんだ。
俺だって怒り以上の感情が湧く、時雨ならそれ以上だろう。
『閃さん…。』
『ああ。必ず探す。そして仇も討つ。』
『うん。信じてる。必ず。お願い。』
『ああ。俺の仲間に手を出したんだ。今度は逃がさねぇ。』
暗い表情の時雨。
仲間のそんな顔は見たくないな。
『一つだけ。良い情報だ。』
『何?。』
『響はな。』
俺は時雨に耳打ちする。
『それ本当なの?。』
『ああ。今はまだ無理だけどな。アリプキニアが気を利かせてくれたらしい。だから、大丈夫。安心して待っててくれ。』
『ええ。それを聞いて少し心が晴れたわ。ありがとう。閃さん。色々と。』
『仲間だからな。当然だ。必ず裏是流を見つけて時雨と再会させてやるからな。それまで寂しいだろうが我慢してくれ。』
『ふふ。ええ。待っているわ。』
立ち去る時雨。
その表情は柔らかい。
ーーー
その日の夜。
戻った俺を迎えてくれた恋人たち。
美緑は緑国から赤国への物資補給のために一度緑国へと帰還した。
多くの木材が不足し、必要な赤国のため緑国で育てている樹木の伐採に行き。砂羅と累紅も美緑と共に戻った。
兎針と奏他が睦美たちと仲良くなっていたのは良い傾向だった。
それ以外にも睦美が元に戻っていたり、智鳴と兎針が完全に和解していたりと俺のいない間に彼女たちで色々と話したのだろう。
そして、今。俺は彼女を待っている。
『せ、閃君…お、お待たせしちゃった?。』
『いや、待ってないよ。奏他。』
そう。俺が待っていたのは奏他。
今日は奏他との関係を一歩前進させるために呼んだんだ。
奏他もそれを察しているようでキョロキョロと視線を彷徨わせ、足取りが覚束無い。顔も赤くて手を後ろ手組ながら俺との距離を詰めてきた。
『ねぇ。閃君…期待しても良いんだよね?。』
『………ああ。てか、それ最初に言っちゃ駄目じゃないか?。』
『え?。あ、そ、そうだよね…だ、駄目なの!。もう!。胸がバクバクし過ぎて聞いとかないと死んじゃうの!。』
『死なれるのは困るなぁ…。はは、そうだな。もう進めちゃうか。奏他。』
『っ!。は、はい!。』
背筋を伸ばし直立する奏他。
だが、その視線は真っ直ぐに俺を見つめていた。
『奏他。好きだ。俺の恋人になってくれないか?。』
『おふっ!。す、好き…えへへ。私も!。好きだよ!。ずっと!。出会ってからずっと一緒に過ごして好きになったの!。私!。閃君の彼女になる!。』
普段は一歩引いたところにいる奏他が凄い嬉しそうに声を上げる。
自分の気持ちを一生懸命に伝えようとしてくれているみたいに。
『だが、良いのか?。俺は…知っての通り…。』
『うん。大丈夫だよ。閃君の恋人になるってことはね。さっき沢山智鳴に聞いたから。』
『そ、そうか…もうそんな話を…。』
『ふふ。だから閃は気にしないで。それに兎針が閃君の恋人になった時、ギュッて胸が苦しかったんだ。だから、私は閃君を手放さないって決めたの。どんな形でも受け入れる。閃君の恋人になるって。』
『そうか…必ず、幸せにするからな。』
『うん!。私も!。一緒に幸せになろうね!。』
互いに抱き合い、自然に唇を重ねる。
改めて恋人としての自分を相手に刻むように、何度も、何度も、互いを求め合った。
『閃君~。』
『何だ?。』
『呼んだだけ~。』
『そうか。』
その夜は奏他と一緒に過ごした。
奏他は普段の態度とは一変し、物凄く甘えん坊になった。
普段とのギャップに最初は驚いた。
『えへへ。閃君。ちゅ~して。』
『ああ。良いぞ。』
『閃君~。頭撫でて~。』
『おう。』
こんなにトロトロになるなんてな…。
まぁ、可愛いから更に惚れてしまう訳なんだがな。
『奏他。これからも宜しくな。』
『うん!。閃君~。んん~。』
俺はこれから一人で黄国へと向かう。
折角、恋人の関係へと進んだ俺たちだがもう少しで暫く別れることとなる。
だから。
この日、この夜だけは奏他だけを愛し、会えなくなる間の分も愛し合った。
これからもずっと一緒にいられるために。
次回の投稿は3日の日曜日を予定しています。