第363話 開通
朝。目が覚め周囲を確認する。
美緑、砂羅、累紅、兎針、奏他はまだ眠っている。
体感的には目覚めには少し早い。
俺は皆を起こさないように動き、そっと部屋を出た。
外に出る。
世界樹から遥か遠くの水平線まで見渡せる場所に出た。
標高が高いせいか風が冷たい。
しかし、不快な冷たさじゃない。
これも世界樹がエーテルを調整して過ごしやすい環境を作っているお陰だろう。
『閃。』
『どうした?。』
視界に広がる海を眺めているとアリプキニアが話し掛けてきた。
『いやな。お主に面白い能力を与えてやろうと思ってな。』
『何だ?。面白いって。』
『なぁに。妾の能力の一端を閃用にアレンジしてみたのさ。ラディガルたちにも協力して貰ってな。』
『へえ。どんな能力なんだ?。』
『ふむ。それがな実際にはまだ未完成なんだが…。ふむ。どう説明するか。』
『…?。』
『まぁ、順序立てるか。これは限定的な転移能力の応用でな。閃が認めた者、つまり仲間を一時的に自身の近くに転移させるというモノなんだ。』
『何だそれ?。凄くね?。何処でも仲間を呼べるってことか?。』
『一時的にな。これは閃と契約した妾たちが肉体を得る行程を参考にし応用しているのだ。』
『………つまり、エーテルによる肉体構成とかか?。』
『ああ。妾たちの肉体は契約の際に閃の中に取り込まれ融合した。そして、意識は閃の中で生きている状態だ。そんな妾たちが世界に顕現するには閃のエーテルを借り、エーテルによって仮初めの肉体を創造する必要がある。』
『ああ。それは知っているが…。』
『もっと深く言うと、閃の中にある妾たち本来のエーテルを閃のエーテルで包み込み形を与えることで肉体を創造している。それが現界した妾たちだ。これは肉体の損傷によるダメージや能力の過度な行使によってエーテルが減ると維持できずに強制的に解除されてしまう。』
『ああ。そうだな。』
『その仮初めの肉体から着想を得てな。色々と試行錯誤した結果、形になったのが今回の能力だ。具体的には、他人の肉体中に残留、または溶け込んだ閃のエーテルを本体である閃の元へと引き寄せることでの転移。しかし、妾たちと違い本来の肉体があるので一時的に空間を越えて引っ張り寄せただけ、故に世界は元の形に戻そうと働くわけだ。何もしなければ肉体は再び元いた場所へと戻されてしまう。それを閃本人のエーテルで対象者を包むことで一定時間その場に留めておく。そんな感じだな。』
『んん…。アリプキニアたちの肉体をこの世界に実体として留めておく方法で転移した仲間を俺の近くに固定するイメージか?。』
『そんな感じだ。』
『ん~。便利っちゃ便利だけど…。』
『肉体にダメージを受けたら即帰還だ。』
『駄目だ~。戦闘にはあまり使えないな。』
『ダメ押しでもう一つ。』
『まだ、あるのか?。』
『この方法は改良の途中でな現在、閃の元に転移させることが可能な者は、閃のエーテルを体内に宿した者に限られる。』
『その俺のエーテルが体内にあるってどういうことよ?。』
『簡単なことだ。閃とちちくりあった娘たちと体液を交換しただろう?。まぐわう行為こそエーテルの交換だ。』
『言い方!!。』
『しかし、この方法は閃が転生した後に行った者に限られる。まぁ、今のところ四人か。しかも、転移は一回切りときた。再び使用できるようになるには再度まぐわいが必要になる。』
『……………使…えるか?。その能力?。』
『無いよりはマシ。そんな認識で構わん。やり方は集中し転移させたい相手を想像しろ。そして、その者の中に渦巻く己のエーテルを感じ取れば発動する。』
『まぁ…覚えておくよ。』
『キキキ。この能力を使いたければ多くの者とちちくりあうことだな!。』
『だから言い方!。』
満足したのかアリプキニアは楽しそうに俺の中へと戻っていった。
『ふぅ。転移か…。』
便利ではあるんだが…。発動条件がなぁ…。
しかも、あの言い方だと相手からしたら強制転移に近いだろう。
何かやっている最中に転移させられたら、びっくりしちまうよな…。
『閃はん。』
『ん?。睡蓮か?。おはよう。どうだ。ここでやっていけそうか?。』
『……………。』
後ろから声を掛けられ振り替えるとそこには睡蓮がいた。
薄着。恐らく用意された寝間着だろう。その上にローブのようなモノを羽織っている。
『隣…ええん?。』
『ああ。良いぞ。』
ゆっくりとした動作で俺の横に移動した睡蓮は横目で俺の顔を確認するとそのまま海へと視線を向けた。
『世界は…広い…んな。』
『ああ。そうだな。』
睡蓮とはここに来てから色々と話したが、こうして二人だけでゆっくりと話すのは初めてだな。
『ここは…ええ人ばかり…な。』
『ああ。戦いが終わってこの国は変わった。新しい王と王女、それに美緑たちがいる。俺たちの戦いが終わったら必ず平和な国になるよ。』
『ウチ、人の里と地下都市しか知んない。噂は聞いてんだが…海というのは…広大やんね。自分がちっぽけん感じんよ。』
『だな。しかもその先にも大地が繋がっているんだ。もっともっと世界は広いさ。』
『そっか…。皆にも…こんの光景…見せてやりんかったわ…。』
『……………。だな。守理も憧厳もこの風景を知らないだろうし、きっと見たら目玉が飛び出すくらい驚くぞ。』
『ふふ。かもな。…けども…もう…それも叶わん夢やんね…ウチだけ…が、生き残って…こな、綺麗な景色…ウチだけ見れて、ええんかな?。』
睡蓮の顔を見ると丁度涙を拭っているところだった。
この周辺の人族唯一の生き残り。
自分だけが正の感情を感じることに罪悪感を募らせているようだ。
俺がもっと早く来ていれば…。
封印石がもっと早く起動していれば…。
そんなもしもな願いは現実の前には何も意味がない。
過ぎてしまったことを後悔しても、誰も喜びはしない。
『良いに決まってるだろ?。』
『え?。』
『この景色も、これから睡蓮が体験したり、見聞きすること全部、あそこにいた全員の代わりに睡蓮がやってやるんだよ。感動して、喜んで、楽しんで…死んじまったアイツ等の分までお前が幸せになるんだ。お前が俯いたまま前を…未来を見なかったら、死んだアイツ等は何に希望を持てば良いんだ?。アイツ等の時間は地下都市で死んだ時点で止まったままだ。だから、アイツ等の思いも願いも夢も全部お前が預かって…アイツ等のことを知っているお前がアイツ等の分まで色んなことを体験してやれ。それはあの地下都市にいた人族全員を知っているお前にしか出来ないことなんだから。』
『そう…なのかな?。』
『俺はそう思うよ。お前はアイツ等の分まで幸せになれ。そしていっぱい笑え。悲しみの中で死んだアイツ等の代わりにな。お前は未来への希望を彼等に捧げれば良い。人族の未来は明るかったんだと証明すれば良い。その代わりに俺がアイツ等の無念を引き継ぐ。』
『っ。それは?。』
『ああ。仇は討つ。俺の同種を…守理や憧厳を殺した連中を俺は許さねぇ。』
『閃はん…。ふふ…難儀やんね~。けど、閃はんも人族なんよ?。』
俺に向き合うように身体を移動する睡蓮。
『ん?。まぁ…今となっては人族と言えるのかも怪しいけどな。』
『ううん。貴方様の現在がどの様な神様でも、ウチ等人族が信仰し祈りを捧げたのは紛れもない貴方様です。人族の皆の意思も未来も思いもウチが引き継いだというのであればウチの貴方様へ向ける思いは全ての人族の総意です。』
『睡蓮?。』
『閃様は二度も我々をお救い下さいました。そして、人族の神である閃様が人族の未来を指し示してくれた。だから…。』
睡蓮の唇が俺の唇と重なる。
『本当は…夢伽や奏他を応援したかったんけどな…。ふふ…。閃はんも幸せにならんと駄目やんよ?。』
『睡蓮?。…まぁ、それは俺も願っているがな。』
『何言ってん。人神の閃はんはウチと一緒に幸せにならんといけんよ。最後まんで。責任とって導きんな?。閃はん。ウチを本気にさせったこと後悔すんねよ。』
『あ…はい…。』
何かプロポーズっぽくなった!?。
『ふふ。人妻子持ちの色気見せんよ!。閃はん覚悟せえんな?。』
『あ、はい…。』
何か睡蓮の変なスイッチが入っちゃった?。
俺、何か言っちゃいました?。
『おんや?。皆のお目覚めやんね。』
扉を開けて入ってくる面々。
俺から静かに距離を取る睡蓮。
『おはようございます。お兄様。目覚めて隣にいなかったので驚きましたよ。』
砂羅が俺の頬に手を添えて背伸びした状態で唇を重ねる。
この四日間で恒例となった、おはようのキスだ。
『閃君!。おはよう!。』
朝から元気な累紅は俺に抱きつくと顔を上げ上目遣いで見上げてくる。
そっと、目を閉じ俺からのキスを待つ。
『閃さん。おはようございます。今日も宜しくお願いしますね。』
美緑は控え目に近づき触れるか触れないかの距離で俺を待つ。
その小さな身体を引き寄せて少々強引にキスをする。
『すぅ~。はぁ~。すぅ~。はぁ~。』
『で?。ずっと匂いを嗅がれている訳だが…。』
『おわおうおわいわう。えうあう。』
『うん。おはよう。兎針。』
『すぅ~。では、口づけを。ちゅっ。ペロ。』
『唇を舐めるな。』
『ベロチューを所望で?。』
『そんなことは言ってない。』
恋人の関係になってから兎針は随分と積極的になったな。
抑えていたものが解放されたというか…。
まぁ…可愛いから良いけど。
『閃君!。えいっ!。』
『おわっとっ!?。』
奏他が飛びついてきた。
そして、俺の頬に柔らかな感触が押し付けられる。
『私も待ってるから!。だから、今はほっぺにするから!。』
『ああ。すぐに時間を作るよ。それまで待っていてくれ。』
『っ!。うん!。』
全員と挨拶が一段落。
しかし、気配が一つ多い。
謎の気配に意識を持っていくと物陰からこっちを眺めていた存在に辿り着く。
『キヒヒ。いっぱいチューしてた。めっちゃブッチューってしてた。キヒヒ。ドキドキする!。ドキドキ!。キヒヒ。』
『ん?。お前は、神獣?。』
長い裾で顔を隠しクスクスと笑っていた少女の姿をした神獣を持ち上げる。
てか、軽っ!?。ついでにこの顔はチナトの記憶にあるな。
『ひぎゃわっ!?。みっかった!?。』
『あっ…閃さん。この子です。光歌さんと契約した【地泳鰐】の神獣。アリガリナちゃんです。』
『ああ。その子。私と戦った子だ。こんな所にいるなんて。』
『ふぁぎゃ!?。あの時の兎!。また虐めに来たのか!?。』
『虐めって…そんな記憶無いけど。』
『は~なせ!。は~なせ!。は~なせ!。』
『こ、こら!?。暴れるな。えっと、そうだ。ほれ、これでも食え。』
創造の力を発動。
小さな金平糖を作り出す。
これくらいの創造なら大したエーテルも体力もいらない。それだけ創造の力には慣れてきたってことだ。
創造した金平糖をアリガリナの口の中に放り投げる。
『もぐもぐ。おいちぃ。観測神。もっとちょうだい。』
『ああ。良いぞ。ほれ。どんどん食え。』
『あっは~!。もぐもぐ。もぐもぐ。おいちぃ。もしかして、観測神、良い神?。』
『何を基準にして良い神なのか分かんねぇよ。』
『んん~。私の敵?。』
『お前は今、光歌と契約してるんだろ?。その身体からは光歌のエーテルを感じるし同化までいってんだ。なら、敵じゃねぇな。』
『ひっうっ!?。うぅ…銀虎神…怖い…。ふえええええぇぇぇぇぇん。』
おいおい。光歌の奴どんな躾をしてるんだ?。
光歌の名前を出した途端、涙を流しながら震え始めたぞ?。
『まぁ、泣くな。泣くな。ほれ。お菓子セットやるから後で食え。』
『わあぁ!?。良いの?。』
『ああ。折角、創造したんだ。残すなよ。』
『うん!。全部食べる。キヒヒ。観測神、好きぃ~。』
『その観測神って言うの止めてくれ。俺の名前は閃だ。』
『閃!。キヒヒ!。閃!。私、閃と契約したかったなぁ~。お菓子いっぱいくれるもん~。』
『ふ~ん?。そういうこと言うのね。アリガリナ。』
『ぴゃぎゃっ!?。』
噂の光歌の登場。
その瞬間、アリガリナは跳び上がり俺の背後に隠れる。
『閃。その子を甘やかさないでよ。その子、いたずらばっかりするし、私のお菓子はつまみ食いするし、部屋は散らかすし、さっきなんか寝惚けて私の尻尾に噛みついたのよ?。』
『だ、だってフリフリしてて美味しそうだったんだもん!。』
『そう…反省していないみたいね…。』
『ひっ!?。』
更に怯えるアリガリナ。
てか、さっきまでの静かな空間は何処へ消えたんだ。
睡蓮は俺たちの様子を微笑ましそうに笑ってるし。
『はぁ…アリガリナ。話を聞く限りお前が悪い。光歌にちゃんと謝っとけ。』
『っ…う…。ご、ごめんなさい。』
俺の言葉に素直に従うアリガリナ。
怯えているようで、光歌と話せて嬉しそうな…そんな感じがあるな。
『な、何で閃の言うことは聞くのよ!?。』
『分かんない。けど、お菓子くれたから。キヒヒ。観測神、えっと、閃。好きぃ~。』
『まぁ、光歌も怒んなって。それにアリガリナはお前のこと結構好きだと思うぞ?。寧ろ、いたずらしてるのはもっと構ってほしいからなんじゃないか?。』
『何でアンタに分かるのよ?。この子に会うの二回目何でしょ?。』
『まぁ、クティナが中にいるせいか神獣の感情が何となく分かるんだよな。』
『神獣の神ね…。まぁ、良いわ。アリガリナ。戻ったらお仕置きだからね。』
『ひっ!?。閃、一緒に来て…。』
『それは…難しいかなぁ…。』
正直、光歌の飛び火が俺も怖い。
『てか、光歌。お前がこんな朝早くに俺の所に来たってことは?。』
『ええ。終わったわよ。例の転移装置の改造。』
『おっ!。日付け通りだな。』
『ええ。頑張ったもの。今回はモチベーション維持もあったし。ふふ。久し振りに欲望を解放したわ。』
『それはお前の背後で倒れそうになっている基汐の成れの果てのことか?。』
光歌の後ろにはフラフラになった身体を【隠竜子】の神獣であるレクシノアに支えられている基汐がいた。
痩せ細り、目の下には隈ができていて、今にも倒れそうだ。
何もかもを搾り取られたって感じだな。
『キヒヒ…銀虎神様。竜鬼神様のこと襲ってた。キヒヒ。いっぱいブッチューってキヒヒ。してたの。キヒヒ。ドキドキ!。ドキドキ!。』
『ああ…そう…。』
基汐に目を向けると弱々しく腕を上げ親指を立てた。
『竜虎相搏つ。』
『何、上手いこと言おうとしてんだよ…てか、相搏ってないって…何処が互角よ?。一方的に搾り取られてんじゃん!?。』
『一片の悔い無し!。』ガクッ…。
『ご主人様ぁぁぁ~。気を確かにぃぃぃ~。』
レクシノアに担がれて部屋へと戻っていく基汐。
結局、アイツは何をしに来たんだ?。
『閃。転移装置の起動は四時間後にする予定よ。レルシューナたち全員を集めてするつもりだから、それまでに準備を済ませときなさい。』
『ああ、分かった。』
『ああ、あと。美緑、砂羅、累紅。それと兎針に奏他。ああ。睡蓮も。後で私に付き合いなさい。』
『ああ、あの事を…ですか?。光歌さん?。』
『ええ。この二人に伝えといた方が良いと思ってね。』
『ウ、ウチもかえ?。』
兎針と奏他と睡蓮を見る光歌。
『え?。私たちにですか?。』
『な、何が?。』
『ふふ。内緒よ。じゃあね。また後で。閃。遅れるんじゃないわよ。』
『ふぎゃう!?。は~なせ~!。は~なせ~!。』
その言葉を残し光歌は去っていった。
アリガリナを引き摺りながら…。
何だったんだ…いったい…。
まぁ、取り敢えずは予定通りってことだ。
これでやっと前に進める。
ーーー
光歌の部屋に集められた面々。
兎針と奏他と睡蓮を囲うように座る美緑、砂羅、累紅。そして、光歌。
彼女たちの周りには重苦しい空気が流れていた。
『あ、あの…光歌さん?。この状況は?。』
『私たち何かしちゃったかな?。』
『いいえ。この場は貴女たちへの警告とアドバイスをあげようと思って。』
『警告?。』
『アドバイス?。』
『して、何故ウチまで呼ばれたん?。』
『勘よ。睡蓮。貴女も閃に想いを寄せて…いえ、寄せ始めているわね?。』
『はれ?。いつバレたんかなぁ?。』
『勘よ。』
『睡蓮さん。本当ですか?。』
『まぁ、仕方ないよね。二回も閃君に救われてるし、惚れちゃうよね。』
『やめいっ!。年甲斐無く、どんどん恥ずかしくなんよぉ~。』
『可愛い…。』
『睡蓮さん。美人ですもんね。それに…色気がつつ美さんに似ている気が…。』
『これが人妻の色気…ですか…。』
『やめいって…見んなぁ~。』
『まぁ、それでこれから私たちは赤国へ行くわけだけど。』
『はい。そうですね。』
『緊張します。』
『ここにいた美緑や合流した砂羅、累紅同様に、赤国にも閃の恋人がいるのよ。これはダーリン情報。確実ね。』
『そうですね。確かに、11人もいる恋人ですし、赤国に居ても不思議ではありませんね。』
『うぅ…それは緊張が増すよね。美緑たちみたいに受け入れてくれると良いけど…兎針は恋人になったから堂々と出来るけど私はまだ一方通行の恋だし…。』
『閃さんが言ってましたが期待して良いと思いますよ。奏他。』
『そうかな?。』
『ええ。』
『そっか。ふふ。』
『…話を戻すわよ。赤国にいる閃の恋人は二人。閃の幼馴染みの智鳴とゲーム時代に知り合った睦美。』
『智鳴さんと睦美さんですか。』
『二人ならまだ…頑張れるかな?。』
美緑たちは光歌の表情でその企みを察した。
光歌のその瞳は………ただ、面白そうだという悪戯心が表れていたのだ。
『智鳴はすぐに受け入れてくれると思うわ。あの娘は良い意味で素直でいい子だから。寧ろ二人を喜んで歓迎するんじゃないかしらね。』
『それは…良かったです…。』
『問題は睦美よ。』
『その人はいったい…。』
ああ。光歌が遊んでる。
砂羅は微笑ましく眺め、美緑と累紅はあたふたしている。
『貴女たち、灯月については聞いてる?。』
『え?。あ、はい。灯月さんは閃さんの妹で、閃さんをお慕いする美緑さんたちグループのリーダー的存在だとお聞きしています。』
『ええ。そうよ。』
『うぅ…今から会うのが緊張するよね。白国に捕らえられてる灯月ちゃんを助けたいって怒ってた閃君真剣だったもん。それだけ灯月ちゃんが大切な存在なんだって分かっちゃった。』
『ええ。早く灯月さんを救いたいですね。』
『まぁ、閃なら問題ないわよ。本気のアイツは誰も止められないから。』
光歌の言葉や表情には閃への信頼が垣間見えた。
『それで、話を戻すけど。睦美は閃の大好きクラブで唯一灯月の上を行く存在なのよ!。』
『なっ!?。なん…。』
『だと…。』
『あの娘だけは閃が一番最初に自分の意思で告白して恋人になった関係なの。つまり、事実上、閃が惚れた唯一の娘。灯月がハーレムとか言い出さなければ実質、睦美の独り勝ちだった訳!。つまり、灯月よりも上の存在なのよ!。』
ガビーーーン!?。
っと、膝をつく兎針と奏他。
赤国にいる睦美という存在は、ラスボスだと考えていた灯月をも越える裏ボスだったということが判明した瞬間だった。
『わ、私たちはこれからその方と会うのですね?。』
『ラスボスの前に裏ボスとかゲームバランスおかしいよ!。』
『ふふ。精々、睦美に嫌われないことね。彼女の言葉は事実上、閃をも動かすわ!。』
楽しそうに宣言する光歌。
ああ。多分、徹夜明けのストレスでも発散してるんだなぁとその様子を眺めていた美緑たちなのだった。
ーー一方その頃。同時刻 赤国ーーー
睦美
『は、は…はくちゅんっ!?。』
フェリティス
『わっ!?。びっくりした!?。お姉ちゃん風邪?。』
睦美
『いや、誰かがワシの噂をしているのかもしれなんな…。』
フェリティス
『そうなの?。』
睦美
『ああ………。(旦那様でしたら嬉しいですね。)』
ーーー
時間が来た。
俺たちは転移装置の前に集まっていた。
俺、美緑、砂羅、累紅、睡蓮、兎針、奏他。
基汐、光歌、紫音、美鳥、涼。
律夏、レルシューナ、シュルーナ。
後は、緑国の主力連中全員だ。
『じゃあ、手筈通りで、ゲートが開いたらダーリンと紫音と閃が先に赤国へ行く。三人が中に入ったら一度ゲートを閉じるわ。こっち側の機械は私が改造したから大丈夫だけど、向こうの機械は他国からの干渉があるかもしれないから。念の為にね。』
俺と基汐、紫音が前に出る。
『ダーリンと紫音は赤国の連中に此方の状況と同盟の話、入国の許可を取ってくる。』
『おう。任せろ!。』
『頑張ろー。』
『閃は無凱のおじさんの箱を使って了承を得たら戻ってきて。そうしたら、またゲートを開くから、そこで初めての緑国と赤国の会合よ。』
一度行った場所にはオッサンの神具である箱を設置し転移出来る。
オッサンとは違い俺は一つしか出せないが、転移装置がある以上この能力を使うのは最初だけだろう。
『了解。取り敢えずここに箱を出しとくぞ。』
転移装置の横にエーテルで創造した正方形の箱を出現させる。
これで赤国で同じものを創れば転移可能だ。
『準備完了ね。私たちはここで待ってるわよ。出来れば今日中に交渉してくれると助かるわ。』
『そうだな。もし遅くなるようなら俺が伝えに来るさ。』
『そうね。向こうも戦いの後だって言うし、警戒もしてるでしょうね。』
赤国。仲間との再会も目の前だ。
そして、最も楽しみにしているであろう美緑さんに声を掛ける。
『だな。そうだ。美鳥さん。』
『ん?。どうしました?。閃さん?。』
『威神にすぐ会わせてやるからな。待っててくれよ。』
『っ。閃さん…心遣い感謝しますわ。ふふ。楽しみに待ってますね。』
やっぱり、嬉しそうだ。
恋人との再会だしな。嬉しくない筈がない。
『じゃあ、開くわよ。』
光歌が転移装置を起動する。
莫大な量のエーテルの放出。
稲妻に似たエーテルが走り、歪んだ空間を抉じ開けていく。
次第に黒い渦が機械の中心に造り出され、数分後、人一人が入れるくらいの空間の穴が完成した。
『さぁ、行ってきなさい!。』
『ああ。行ってくる。』
『いこー。』
『じゃあ、待っててくれな。』
俺たちはゲートへと飛び込んだ。
次回の投稿は20日の日曜日を予定しています。