番外編 1日お部屋デート 累紅の場合①
目覚まし時計が鳴る五分前。
勢いよく起き上がると自然な動きで目覚まし時計を止める。
目覚めは、ばっちり!。
今日は待ちに待った閃君とのデートの日。
楽しみすぎて夜もぐっすり。早く寝て正解だったわ。
『ふふ~ん。ふ~ん。閃君とデ~ト。今日は私だけの閃君なんだ~。』
閃君と恋人の関係になって数ヶ月。
関係は良好。閃君が私たちに色々とサプライズをしてくれたり、プレゼントを用意してくれたりしてくれる。
閃君にとって恋人たち全員が等しく特別な存在なのは理解している。
男女の普通の恋人との関係は有り得ない、閃君のハーレム…もとい、大好きクラブ。
抜け駆けはなし。甘えたい時に閃君に甘えて、遊びたい時に遊ぶ。一緒にいたい時は部屋に行ったり、不安なことがあれば相談する。
色々なルールはあるけれど、閃君はどんなことでもしてくれるし受け入れてくれる。
けれど…これは我が儘だけれど、少しだけでも良いから私一人だけを閃君に見て欲しい。
世界でたった一人の閃君の彼女になりたい。
そんな気持ちもやっぱり捨て切れない。
それはクラブの皆が心の何処かに押し留める、確かにある感情。
そんな関係を一日だけ実現出来る企画こそ、この一日お部屋デートなんだ。
『そして、今日は私の番!。閃君は私だけのもの~。ふへ、えへへへ。』
嬉しさでつい笑いがこぼれちゃう。
『楽しみ~。今日はいっぱい遊ぶぞ~。おお~。』
それに今日は楽しむ他にも目的がある。
普段の私には女の子らしさが足りない気がする。
美緑のように守ってあげたくなるような儚さも、砂羅姉のような大人女性らしい色気もない。
運動ばかりでガサツ。
料理も裁縫とかもできないし、アクセサリーやお洒落にもあまり興味がない。
けど、心は歴とした女の子だもん!。
だからこそ、今日は閃君に女の子な私を見て貰うんだ!。
そして、今よりももっと好きになって貰うんだ!。
『頑張るぞおおおおおぉぉぉぉぉ!。お~。』
インナーシャツにジャージを着て準備完了。
部屋を飛び出し外へと移動する。
外に出ると待ち合わせの場所には既に閃君がいた。
軽くストレッチをして身体をほぐしている。
はわぁ~。朝日に染まる閃君…格好いいよぉ~。
『ご、ごめん。閃君。待たせちゃった?。』
『いや、俺もさっき来たばかりだ。全然待ってないよ。』
『そう?。それなら良かった。えへへ。おはよう。閃君!。』
『ああ。おはよう。累紅。今日も元気だな。』
『うん!。今日は特別な日だからね!。えいっ!。』
『おっと。』
閃君に抱きつく。
私の癖…というか、抱きついた時に下から見上げる閃君の顔が好き過ぎて、ついつい抱きついちゃう。
驚きながらも閃君は抱きつく私を受け止めてくれた。
そのまま背中に手を回してくれて、ぎゅっと抱きしめてくれる。
ドキドキする。けど、温かくて安心する。
『さて、そろそろ。行くか。いつもの日課だ。』
『うん!。』
いつもの日課。
体力作りのための早朝ランニング。
いつもは無華塁師匠も一緒だけど、今日はデートということで閃君と二人だけのランニングにしてくれた。
『はっ、はっ、すっ、すっ。』
『はっ、はっ、すっ、すっ。』
閃君と並んで走る。
朝の涼しい空気が肺を満たしていく。
風を切り、次第にスピードに乗っていく。
『はっ、はっ、すっ、すっ。』
『はっ、はっ、すっ、すっ。』
暫く、走っていると違和感に気が付いた。
いつもなら苦しいくらい速く走るのに今日は随分とゆっくりだ。
閃君はいつももっと速くて、私はついていくので必死なのに?。
今日は、私に合わせてくれてるのかな?。
それにいつもよりも閃君の視線を感じるような?。
悪い気はしないけど、気になっちゃうなぁ。
『ん?。どうした?。ペース落ちたな?。』
『え?。あっ…そのね?。今日は何かゆっくりだね?。』
『ん?。ああ、そうだな。今日はいつもみたいに体力作りが目的じゃないからな。』
『え?。どういうこと?。』
『今日は累紅とデートだろ?。だから、今日は 累紅と走る ことを楽しむために走ってるんだ。隣で一緒に走ってる累紅のことを感じながら走ってた。一生懸命走ってる累紅の姿が魅力的でな。つい見惚れてたわ。ははは。』
『えっ…あ…そうなんだ…。えへへ。何か…照れるね。』
急に…急に、そんなこと言われたらびっくりするよ~。
閃君に見られてると思うと、急に恥ずかしくなって、今日、私何もしてないけど、大丈夫かな?。
うぅ…髪とか大丈夫かな?。乱れてないかな?。ああ、ボサボサかも。いつも通り、全部纏めて後ろで留めただけだし。
数本飛び出た髪なんか汗で頬に張り付いてるし。
うぅ…こんなことなら全力で御粧してくるんだったぁ~。
『そんな赤くならなくても、累紅は十分魅力的だぞ?。累紅の元気な姿が俺は好きだ。』
『っ~~~。もう!。もう!。もう!。』
恥ずかしさと嬉しさを誤魔化すように閃君に抱きついて厚い胸板を叩く。
笑いながら受け入れてくれる閃君の汗ばんだ身体に少しドキドキした。
シャーーーーー………。
シャワーの音が二つ。
貸し切りのシャワールームには私と閃君の二人。
各々に個室に入り汗を流す。
折角の二人きりだし、恋人同士だし。
一緒に入ろうと誘ってみました。
我ながら随分と大胆なことをしてしまいました。
薄い壁越しに感じる閃君の気配。
シャワーの音と閃君が動く音にドキドキしています。
壁の向こうには裸の閃君。
ドキドキ。ドキドキ。ドキドキ。
ちょっ…ちょっと覗いても良いかな?。
ちょっとだけ…ちょっとだけ…。
『そぉ~。』
隣のシャワー室を覗き込む。
そこには閃君の背中。鍛えられてて適度な筋肉。女の子とは違う男の人のがっしりとした身体。
硬そうで。それでいて広くて大きくて…。
はぁ…。格好いい…背中…。
閃君…閃君…閃君…。
『閃君…。』
それは完全に無意識だった。
私は裸のまま、その背中に抱きついていました。
『うおっ!?。って、累紅?。どうした?。てか、流石に裸で抱きつかれると色々と困るんだが!?。』
閃君の背中広い。硬くて。温かくて。
『お~い。聞いてるか?。柔らかいモノが当たってるぞ~。てか、密着し過ぎてマジで我慢できなくなるぞ~。』
閃君。閃君。閃君。
あっ…幸せ過ぎる。この人が私の恋人。私の彼氏。私の大好きな人。
『聞いてないのな。ほらっ、振り向くぞ。』
あれ?。冷静に考えて物凄く大胆なことをしてるよね?。これ?。
閃君も裸で、私も裸で?。私…色んなところを閃君にくっつけて…。
『おいっ!。累紅ってば!。』
『あっ…。』
振り返った閃君。
私の視線は閃君の顔から徐々に下へと下がっていき、そのまま…。私の視界は暗転した。
『きゅ~~~。』
『って!。今度は気絶かよ!?。おい!?。大丈夫か?。全裸で気絶されるとめっちゃ困るって!。累紅~。累紅~。』
閃君の後ろも素敵だったけど。
前も引き締まっていて凄く素敵な身体でした。
あと…下半身にドラゴンが…いました…。
ーーー
『あれ?。私は?。』
『おっ?。起きたか?。流石に焦ったぞ。シャワーとはいえ逆上せちまったみたいだな。』
『閃君?。』
気付けば閃君の顔を見上げていた。
ここはシャワールームの脱衣場かな?。
横になっている私に閃君は膝枕をしてくれているみたい。
私…確か、閃君に抱きついて閃君の身体を堪能してたような?。
そうだ。閃君の身体で興奮して頭に血がのぼって、そのまま気を失っちゃったんだった。
『あっ!?。ごめんね。閃君!。』
『あっ…こら、急に動くと落ち…。』
勢い良く起き上がると、ヒラリと身体に巻いてあったタオルが落ちる。
『…たな。』
そっと視線を逸らした閃君の行動に、私は自分の身体を見る。
はい。真っ裸です。何も包み隠さず色々な大事な部分が丸見え……………ぼふっ!?。。
『きゃっ!?。』
『ほら。風邪引く前にとっと着替えろよ。』
うぅ…女の子らしさをアピールするつもりなのにどんどん痴女っぽくなってない?。
彼氏だとしてもいきなり裸で抱きついたりしてたらヘンタイだと思われちゃうよぉ…。
『で、出来たよ。閃君…。』
『おっ。待ってました。』
シャワーを浴び終えた後は朝食。
閃君の彼女として苦手な料理を克服、今までの汚名を返上するわ!。………と、意気込んでみたけれど結果は…。
目玉焼き………真っ黒焦げ~。失敗。
卵焼き………黒焦げ~。
トースト………黒焦げ~。
ウインナー………黒焦げ~。
野菜炒め………黒焦げ~。
『ごめんね。閃君。私…また、失敗しちゃった。』
てか、トーストが黒焦げって料理以前の問題じゃない?。
今日の日のために、閃君に内緒で沢山練習したのに…うぅ…女子力皆無ぅ…。
『そうか?。いただきます。』
『え?。いや、無理に食べなくて良いんだよ?。黒焦げだし…お腹壊しちゃうよ?。』
『ん。十分美味いぞ。少し焦げのところを取れば全然食べられるよ。』
『え?。本当?。』
『ああ。嘘言ってどうするんだ?。前は全部炭になってたからな。普通に美味しい部分があるだけでも凄い成長じゃんか。』
『閃君…。』
『めっちゃ練習したんじゃないか?。頑張ったんだな。』
閃君手が頭に乗る。
そのままゆっくりと撫でてくれて、笑顔で褒めてくれた。
閃君…私が練習してたことも気付いてくれたんだ…。
きゅん…と、苦しくなる胸の鼓動。
いつか、本当に美味しい料理が作れるようになりたいな…。それで、閃君に食べて貰って喜んで欲しい。
『その…ね、閃君。』
『何だ?。』
『忙しいのは分かってるから、手が空いた時で良いんだけど…。私に料理を教えてくれない…かな?。』
『勿論良いぞ。』
『え?。良いの?。』
即答されちゃった…。
マジのマジ!?。嬉しい…嬉しい!。
『ああ。俺も累紅と一緒に料理したかったからな。何なら今日の夕食は一緒に作ろうか。』
『本当?。閃君と一緒に…やったぁ!。』
『ははは。そんなに喜ぶことじゃないだろう?。』
『だって、閃君と一緒に出来ることが嬉んだもん。えへ、えへへへ…。』
『そっか。なら、料理だけじゃなく。色んなことを一緒にやろうな。』
『うん!。』
もう朝から幸せかもぉ。
『じゃあ、着替えたら外に行こうか。』
『うん。閃君。ちょっと待っててね。』
朝食を終えた私たちはスポーツウェアに着替えて再び外へと出た。
目的地は、黄華扇桜内にある色々なスポーツを娯楽として楽しめるエンターテイメント施設。
お部屋デートとは言っても私の部屋には楽しめるようなモノはない。
精々、筋トレ用の器具くらいだ。
全然女の子らしくないのは理解しているし、趣味が筋トレなのでこれは仕方がないことなのだけど…。
いざ、彼氏を部屋に呼ぶとなった時に私の脳内に声が流れたのだ。
累紅…これで良いのか?。…と。
閃君に女の子として見て貰いたいのに女の子らしさが皆無な部屋を見せて良いのだろうかと。
まぁ、何度も閃君は出入りしてるから知ってるんだけど…。
ということで、私の部屋には娯楽がありません。
なので、今日は閃君と二人で色々なスポーツで遊んでいくことになったのでした。
『ほぉ。来るのは初めてだけど結構、色んなのが置いてあるな?。』
受付を済ませて中に入る。
午前だけあって人は少ない。
ほぼ貸し切り状態だった。
『閃君。まずはアレやろうよ。』
『おっ。良いぞ。どっちが多く当てられるか勝負しようぜ。』
『うん!。負けないよ。』
最初に選んだのは野球の球を九つの的型のパネルに当てる球当て。
チャンスは九回。その回数球を投げて何枚のパネルに当てられるかを競うゲーム。
『じゃあ、私からするね。』
『ああ。頑張れ。』
『もう!。閃君!。対決なんだから敵を褒めちゃ駄目だよ。』
『今のは敵じゃなく彼女に対しての応援だから問題ない。頑張れよ。累紅。』
『うっ…また、そうやって~。』
私を喜ばせるんだからぁ~。
『やっ!。はっ!。とっ!。えいっ!。』
九回投げた私の結果は八枚。
惜しくも一枚だけ残っちゃった。
『ほぉ。凄いな。累紅はあんまり投げるのとか得意じゃないって言ってなかったか?。』
『うん。飛び道具苦手なの。やっぱり、接近戦が燃えるし格好いいもん!。』
『ははは。だから、武器も槍と刀なんだな。』
『そうだよ。昔から練習してたから特にね。』
実家での習い事。
あの頃はひたすらに竹刀を振ってたなぁ。
自室以外だと袴姿なのもその影響だし。
『じゃあ、いくぜ。』
『閃君!。頑張って~!。』
『おう!。はっ!。』
閃君の投げたボールは一番と二番の二枚のパネルを見事に貫いた。
『わおっ。二枚抜きだぁ~。』
『よし。次な。らっ!。』
続いては、三番と六番の二枚抜き。
その後も、二枚抜きは続き…最後にど真ん中の五番のパネルが撃ち抜かれた。
私が九個の球を全て使ったのに対して、閃君は五球で済ませた。
『凄い!。凄いね!。閃君の勝ちだね!。おめでとう!。』
『ははは。ありがとう。』
正直、勝ち負けとかよりも閃君と一緒にスポーツが出来ることの方が嬉しかった。
普段は閃君が忙しいの知ってるから、あんまり邪魔しちゃ悪いと思って声かけられないんだよね。
『どうした?。考え事か?。』
『え?。そんなことないよ。』
『そうか。今日は難しいことは考えずに気軽に遊ぼうぜ。』
『うん!。』
そうだよ。
今日はデートだもんね。沢山、楽しまないと。
私と閃君はここにあるスポーツを楽しんだ。
サッカーのPK。キャッチボール。
バスケでフリースロー対決。
バドミントン。テニス。アーチェリー。
バレー。ゴルフの打放し。卓球。などなど。
気が付けばお昼を過ぎていた。
そろそろお腹も空いてきたので切り上げてシャワー室で汗を流す。
流石にここは男女別なので今は閃君を待ってる途中。
ベンチに座って足をフリフリ。
閃君遅いな~。あはは…私が早いだけかも…。
『ほれっ。お待たせ。』
『ひゃわっ!?。』
後ろから、急に冷たいモノを首につけられて反射的に跳び跳ねた。
『おっと。ごめん、ごめん。そんなに跳び跳ねるとは…。』
ジャンプした私を閃君が受け止めてくれた。
『もう!。もう!。びっくりしたよ!。』
けど、結果オーライ!。
閃君にお姫様抱っこされてるもん!。
その手にはスポーツドリンクが握られていた。
『飲み物を買ってきたんだ。これ、累紅のな。』
『うん。へへ。ありがとっ。えっと…えいっ!。』
『つめてっ!?。』
つい、いたずら心が芽生えて貰ったスポーツドリンクを閃君の頬にくっ付ける。
『さっきのお返し~。』
『なぬ。なら、こっちがこうだ。』
『え?。はむっ!?。』
せ、閃君がキスしてきたぁ~。
私の唇に閃君の唇がぁ~。
『ししし。累紅の唇。いただき~。』
『むぅ。もう!。もう!。心の準備をさせてよぉ~。恥ずかしいよっ!。』
けど、嬉しいなぁ。もう!。
『ん~。閃君。もう一回~。』
『おいおい。人前だけど良いのか?。人数は少なくても周りの人が見てるぞ?。』
『あ…。え?。あ、うぅ…。せ、閃君。行こう。』
『ははは。ああ。待て待て。』
黄華扇桜の方々が私たちを見ていた。
恥ずかしくなって閃君から離れる。
けど、もう少し閃君とくっついていたくて、その手を掴んで引っ張っていく。
『えへへ。今日はずっと一緒だからね。』
『ああ。勿論だ。』
『この後はどうしようか?。』
『そうだな。ジャンクフードでも買って食べ歩きしながら部屋に戻ろうか。』
『あれ?。戻るの?。』
『ああ。外で遊ぶのも良いが、折角のデートだし二人っきりになりたいんだ。駄目か?。』
『ううん。全然!。私も閃君と二人っきりが良いよ!。』
『そうか。折角だし、帰ったらアレやってやるよ。』
『本当?。じゃあ、私も!。閃君にしてあげるね!。』
『ははは。ああ。お願いするわ。』
『うん!。期待しててね。』
拠点への帰路をハンバーガーを頬張りながら閃君と並んで歩く。
あれ?。結局、女の子らしいこと一つもしないまま一日の半部終わっちゃったよ?。
ヤバい。どうしよう。閃君にアピールするチャンスが…普通にデートを楽しんじゃってるよぉ。
ううん!。頑張れ私!。諦めるな!。
絶対、閃君に女の子らしいこと見て貰うんだから!。
覚悟しろぉ!。閃君!。
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