第356話 黒蝶生類鱗扇 ゼフュラティパ・リンロア
高度な機械文明の都市。
その建物は半分結晶化している。
こんな広範囲に効果を及ぼす神具。
閃さん…どうか、ご無事で…。
建物と結晶の間を器用に掻い潜りながら逃げていく二つの影。
ゼディナハと黒牙。
ゼディナハは神眷者で黒国の王、そして、あらゆるものを絶つとされる絶刀を所有しているという情報しか私は持っていない。
ですが。もう一人。
黒牙。かつて仮想世界で七大ギルドの一つ【黒曜宝我】の初代ギルドマスターだった方。
あまり、良い噂を聞かなかったギルドを纏め上げていた人物です。
まぁ…駄肉のかつての仲間であり、今では閃さんの仲間、クロノ・フィリアの一員である黒璃さんという方の実兄。
そんな彼が今では神眷者…私達の敵となった。
いいえ。もしかしたら、最初から…。
『兎針。どう思う?。アイツ等何処に向かってるのかな?。』
『分かりません…ですが、逃がすわけにはいきません。彼等は絶対に閃さんの前に立ちはだかる壁となる。弱っている今、倒しておきたいですね。』
『だね。あっ、足を止めたよ。』
『ですね。降りましょう。』
翼で飛行できる私と違い、奏他さんは跳躍で追跡している。
随分と長い間空中にいれるのですね。
流石、兎さんです。
『てめぇ等もしつこいな。いい加減逃がしてくれても良いんじゃねぇか?。』
『それは出来ません。貴方達はここで倒します。』
『はん。だとよ。黒牙。どうする?。』
黒牙の方も傷が癒えている。
恐らく、あの神具…黒い太陽が破壊された際、粉々になった生命エネルギーを回収し治癒に利用したのでしょう。
『一対一なら何とかなるか。まぁ、後は個々で逃げることにしようか。』
『それもそうだな。その方が楽だ。』
『決まりだな。じゃあ、早速始めよう。』
『『っ!?。』』
目の前にいたゼディナハと黒牙が二手に分かれる。
高速で間合いを詰め、ゼディナハは奏他さんへ、黒牙は私へと斬り掛かってくる。
『はっ!。』
『っ!?。』
『兎針!。』
『奏他さん!。此方は任せて下さい!。そっちはお願いします!。』
『うん!。分かった!。無理しないでね!。』
黒牙に押され奏他さんと分断される。
『【純黒翼・覇炎死葬光 カリュラメザ・ディべテェモース】!。』
手に宿した黒い炎が鎖のついた大鎌となって出現した。
あれが、彼の神具。
これは、危険な香りがしますね。
『っ!。蝶達よ!。行って!。』
『あん?。蝶?。いや、これは、確か【毒蜂蝶】か。成程。刺されるのは危険だな。』
無数の蝶を呼び出し黒牙へと放つ。
蝶の針に一度でも刺されれば私の勝ちです。
ですが、瞬時に私の蝶の性質を見抜いた彼は複数の小さな黒い炎の球体を召喚し蝶達を燃やしていく。
あの炎。先程、破壊された黒い太陽の小型版みたいですね。
蝶達を焼き殺した後に僅かに膨らんだ。
蝶達の命を吸収している…ということですか。
『ふん。貴様の顔には見覚えがあるな。エンパシス・ウィザメントだった頃に一度で戦ったな。【紫雲影蛇】の…確か、兎針だったな。』
『あら?。私のことを覚えてくれていたのですね。黒牙。』
『当たり前だ。俺の目的を邪魔していたのは何も白蓮だけじゃない。貴様の所の紫柄も俺の邪魔ばかりしていた。全く以て鬱陶しい連中だった。』
『ええ。貴方は侵食され壊れた世界を自らの支配下に置こうとしていました。利用できる味方には甘い言葉で誘い、邪魔者は即座に排除する冷酷さ。私達は当時、クロノ・フィリア以上に貴方を警戒していた………どうやら、その時の考えは正解だった様ですね。』
『くくく。そこまで分かっていたか。お前はあのクロノ・フィリアの男と仲が良いではないか?。つまり、お前も今はクロノ・フィリアの一員。それで、合っているか?。』
『ええ。そうです。今は皆の力を一つにし、終焉に備えるべき時です。敵も味方も本来なら手を取り合う必要があるのですが…貴方はどうやらそちら側の様ですね。』
『ああ。俺は俺の為にだけ行動する。邪魔するなら殺す。今も昔も変わらない。』
『そうですか。確かに貴方を仲間に引き入れたとしても、いつ背中から狙われるか分かったモノではありませんしね。』
『くくく。正解だ。』
『では、これで心置き無く貴方を倒せますね。』
『俺を倒す…か?。くくく。この現状を見ても貴様が優勢に見えるのか?。』
『……………。』
『貴様の蝶の命は頂いた。見たところ貴様は【黒蝶神】だろう?。【毒蜂蝶】を生み、【毒蜂蝶】を操る能力だ。生物を支配し使役する貴様では命を奪う俺との相性は最悪のようだぞ。』
『ええ。その様ですね。私の蝶の命を吸収し自らのエーテルに変換している。随分と酷い能力をお持ちで。』
何度、蝶達を放っても黒牙を強化するだけですね。
『戻れ。』
『蝶を戻したか。しかし、どうする?。これでは貴様に勝機は無いぞ?。無抵抗ならば、このまま貴様を殺し、俺の糧としてやる。』
『ええ。今までの私ならそうだった…でしょうね。私の蝶や風では貴方の燃え盛る太陽は壊せない。逆に貴方に対し追い風となってしまうでしょう。ですが。』
行きますよ。チィさん。
新たな私達の力を黒牙に見せつけてやりましょう。
「うん。兎針はあんな奴に負けないよ。命を粗末にする奴なんか私達の敵じゃない!。」
チィさんと一つとなったことで惑星神となった今の私は元々の【黒蝶神】の種族を残したままチィさんの力を手に入れました。
『【惑星環境再現 プラネリント】起動。』
『なっ!?。これは!?。空間支配?。いや、もっと別の!?。』
私のエーテルが世界を侵食する。
エーテルが及ぶ範囲内、一定空間をチィさん自身である星の環境を再現する。
即ち。
生命エネルギーが溢れる緑豊かな大自然が形成する命の楽園が出現した。
『これが、私の世界です。』
アリプキニアさんが照らす眩く暖かい陽射し。
美しく輝く水の流れる川。
優しく吹く風とそれに揺らぐ生い茂る木々の群れ。
色とりどりの花と風に舞い上がる花びら。
晴天の青空に、高々と聳える山々は緑に覆われ、頭のみ白くなっていた。
遠くの方には白く眩しい砂浜や、何処までも続く青い海が広がっている。
この穏やかな環境が【生類の神】チィが創造した星です。
『惑星の神…か。まさか、貴様が神合化を果たしていたとは…。』
『神合化のことも知っていたのですね。貴方達は何処までの真実を知っているのですか?。』
『それを貴様に教える義理があると思うか?。』
『いいえ。ありませんね。ですが、青国と黒国は完全な同盟を結んでいる。そう捉えても良さそうですね。』
『………。逃げるのは止めだ。全力で貴様を排除することにする。』
世界の真実に触れる技術と環境があるのは、現段階で青国しか考えられない。
黒牙の反応からそれは間違いないでしょう。
『カリュラメザ・ディべテェモース!。この世界から命という命を絞り尽くせ!。』
黒牙が天に大鎌を掲げると、周囲の植物や川や大地から構成しているエーテルが剥ぎ取られていく。
これが命を奪うということですか。
『緑は枯れ、水は腐り、岩は砂へ。そして、命の源であるエーテルは貴方の神具…黒い太陽に吸収されると…。』
『そうだ。あの太陽は 死 が集められたもの。中で渦巻く憎悪や恐怖などの感情が黒い炎となって表層で燃え続ける。』
『生物からだけではなく。自然からも奪えるとは…効果範囲の広いことで。』
『今更、怖じ気付いても遅い。既に神具は起動した。これより行われるのは、この偽りの星が死の星へと変わっていくだけ。』
『それは嫌ですね。もうこの星は私のモノでもあるのです。大切に一から育んだ大自然を貴方ごときに奪われては堪りません。』
『なら、どうする?。言っておくがこの神具を止めるには先程の観測神のような黒き太陽を越える大質量のエーテルをぶつけ破壊するしか方法はない。そして、これだけの大自然からの命の供給だ。既にあの観測神の砲撃ですら耐えられる程に強化された。貴様にあれ以上の攻撃を行う手段は無いだろう?。』
『ええ。私の攻撃力など底辺も良いところです。恐らくは、仲間達の中でも最弱でしょう。ですが、教えてあげます。』
『ん?。何をだ?。』
『肉体の強さ以外でも強さを証明できるということを、です。神具、発動!。』
今まで私が使用していた神具【黒蝶風翼鱗扇 バフュセル・リンロア】。
バタフライエフェクトをモチーフにイメージした 風 を操る神具。
それにチィさんの能力を合わせて創造した新たな私の…いえ、私達の力。
惑星の神の神具の特徴は。
『何だ、それは?。小型の惑星?。』
頭上に出現する五十センチくらいの小型な緑と青の美しい惑星。
それは、チィさんの本体でもある惑星に接続された小型の擬似惑星。
本体の惑星から無尽蔵ともいえるエーテルを供給され続ける小型端末。
私はそれを用いて新たな神具を創造する。
惑星を中心に枝のように伸びる白い蔓が私の周りを囲う。等間隔で埋め込まれた緑色の宝玉が惑星から受け取ったエーテルの変換口。
そして、枝の尖端から伸びる鎖状の蔓に繋がれた二つの扇子。
『神具【黒蝶生類鱗扇 ゼフュラティパ・リンロア】。』
『黒い二つの扇子…それが貴様の神具か。』
『はい。これで貴方を倒します。』
『はっ!。面白いことを言う!。そんな生命溢れる神具など俺が吸い尽くしてやるわ!。カリュラメザ・ディべテェモース!。この偽りの世界の命という命を全て奪い尽くせ!。』
惑星環境再現で創造した仮想世界の植物が急激に枯れていく。
同時に、先程まで小型だった黒い球体だった太陽はその火力を強め、人族の地下都市を全滅させた時の大きさへと復活した。
『さぁ!。この世界が崩壊していくぞ!。』
『出来るものなら、やってみて下さい。今の貴方では、この雄大な自然が生み出している強大な生命力を越えることなど出来ませんよ。』
神具の扇子を振るう。
私のエーテルが込められた発生する風は命を生み、再生させる。
『っ!?。何だ?。命が吸い切れない?。いや、それどころか、枯れてもすぐに再生していくだと!?。』
どんなにあの黒い太陽が強力であろうと、此方はチィさんの星から無限にエーテルを供給している。
『貴方がこの世界の命を吸い尽くすには、それこそ一つの星のエーテルを枯渇させることと同義ですよ。神ならば未だしも神眷者程度では限界でしょう?。』
『ぐっ!?。うぅ…。ちっ…確かにその様だ。エーテルの総量が違い過ぎる。それは認めよう。』
『あら?。判断が早いですね。』
『…だがな。』
黒牙が太陽への供給を止め、吸収したエーテルを自らの肉体と大鎌へ注ぎ込む。
目に見えて増大する黒牙の纏うエーテル。
移動するだけで、周辺の命を奪い続けている。
無抵抗で触れれば忽ち死んでしまうでしょうね。
『直接、本体である貴様を殺せば済むことだ!。』
『くっ!。』
大鎌の一撃を扇子で防ぐ。
風を纏う扇子を巧みに操り、炎を飛ばし鎌自体を受け流す。
攻めることに全力を尽くす黒牙と、その攻めを防ぐ私。
周囲の環境は再生と絶命を繰り返し衝突によってエーテルが弾ける度に刻々と環境が反転していく。
『【呪炎】!。』
『っ!?。風よ!。』
黒い太陽から放たれた呪いの炎。
それを上昇気流を発生させて作り出した竜巻で吹き飛ばす。
『危ないですね。』
『しぶとい女だ。』
この方は強いですね。
炎と大鎌での高い攻撃力と広域の攻撃範囲。
ダメージも吸収した命をエーテルに変換し、肉体強化や治癒にも利用している。
能力に隙がない。
それに…。
『おっと。』
『くっ…またですか。』
体勢が不利になると翼を広げて空へと逃げる。
遠距離からは炎と高質化した羽の弾丸での攻撃。
厄介ですね。
『正直、驚いた。』
『何のことです?。』
突然、空中で静止し話し始める黒牙。
急なことに驚き困惑する。
『ゼディナハの話では警戒すべきは数人。観測神を含め初代クロノ・フィリアのメンバーの何人かが該当するだけだった。だが、他の国で戦闘した仮想世界からの転生者にも俺達を脅かす存在が多かった。』
『それはそうです。皆、生き残り再び集う為に戦っている。平和な日常を取り戻す為に皆さんは強くなっているのです。自分達より下に見るのは止めた方が良いですよ?。』
『ああ、身をもって体験した。』
『何を…する気…ですか?。』
『なぁに。貴様を生かしておくと後々面倒なことになりそうなんでな。観測神の出鱈目な強さも理解できた。なら、奴を攻略するためにまずはその周辺から力を削ぎ落としておこうと思っただけだ。女。貴様をこの場で殺すことにする。』
『出来るとお思いで?。今の私は惑星の神ですよ?。この惑星環境再現が発動している限り貴方に勝機はありません。』
『ああ。そうだな。だが、この鎌で直接核を破壊すれば結果は変わるだろう。』
確かに…あの命を吸い取る鎌で心臓の位置にある核を破壊されれば恐らく致命傷。
しかし、彼の攻撃は見切っている。
プラネリントが機能している限り常に万全の状態で戦える私の核を的確に狙うのは難しい。
つまり、それでもやれる 何か を思い付いたということでしょうか?。
『行くぞ。神技!。』
黒牙の肉体が黒い太陽からのエーテル供給によって燃え盛る。全身が紫色の炎に包まれたばかりか、大鎌が更に巨大化する。
『【黒陽呪炎死葬斬】!。』
神技に対抗するには神技。
ならば、私も神技を使います。
『神技!。【蝶翼生類神風】!。』
命を奪う黒牙の神技とは真逆。
生命を与える癒しの風。それを一気に暴風にして解き放つ。
当たれば、黒牙が今までに吸収した命全てを浄化し、あの黒い太陽を消し飛ばせる。
『やはり、神技で対抗してきたな。』
『はい!。このまま吹き飛ばしてあげます!。』
『いや、それは無理だ。』
『え?。うっ!?。』
『これは、言っていなかったな。気付いてもいなかったな。俺達はゼディナハと火車、三人でここに来たわけではない。』
突然の出来事だった。
惑星環境再現で作り出した仮想空間。
それを 外部 から破壊された。
別空間。別領域に創造したこの世界を破壊出来る能力?。
それは恐らく、エーテルの弾丸だった。
空間を破壊し、神技発動の際の硬直時間。
その隙を狙った全く警戒していない方向からの射撃による攻撃。
腹部を貫通し私は体勢を崩した。
発動中の神技はバランスを失い全く関係のない方向に逸れ、地面を抉る。
同時に惑星環境再現も解け元の荒廃した地下都市へと戻ってしまった。
倒れる刹那。
弾丸の軌道の先にいた人物。
まだ幼さの残る顔の青年…身の丈よりも大きな銃身を手に持っていた。
あれは、神…具?。
『これが、狙いだ。』
『しまっ!?。』
『サヨナラだ。惑星の神。』
『うぐあっ!?。』
肩口から核のある左胸に向かって切り裂かれ、私の体は地面に静んだ。
『あっ、ぐっ…あ…。』
痛い…。身体が熱い。動けない…。苦しい…。
『ちっ。辛うじて核への直撃を避けたか。』
『あれ?。この人まだ生きてるじゃないですか?。折角、僕が援護射撃してあげたんですから仕上げくらいちゃんと決めて下さいよ。黒牙さん。』
誰…ですか…黒牙の仲間…。
まさか、他にも地下都市に戦力を持ってきていたなんて…。
『黙れ、優。お前も殺すぞ?。』
『それは御免です。どうします?。僕が彼女にトドメ刺しましょうか?。』
『いや、これ程の素材だ。俺の神具に吸収させる。』
『ははは。えげつないなぁ。お姉さんも不運ですね。黒牙さんの相手をしたせいで簡単には輪廻に戻れないよ。ずっと苦しい炎の中で踠くことになるんだから。』
『くっ…。』
今の一撃で身体中の生命を喰われた。
回復するのに時間が掛かりますね。これではまともに動けない…。
『手こずったが、これで終わりだ。』
振り上げる鎌の影が顔に掛かる。
駄目だ。逃げられない。
チィさん…ご免なさい。私の不注意でこんなことに。
「大丈夫。」
え?。
「仲間がいるのは、アイツ等だけじゃない。」
それは?。いったい?。
『神技を喰らえ!。』
『っ!?。なっ!?。これは!?。隕石か!?。』
『これ、マズイですよ、黒牙さん!。範囲も威力も大き過ぎます。』
とてつもない轟音と熱気。
地下都市の上空を突き破り、数え切れない量の燃える岩石が降り注ぐ。
私を避け、黒牙と優と呼ばれた青年だけに狙いを定め、圧倒的な破壊力で黒い太陽を破壊した。
『ちっ。まさか、奴等にも増援とは…仕方がない。優。ここは退くぞ。』
『はいはい。そうしましょう。深追いは禁物です。僕はまだ死にたくありませんから。』
遠ざかる黒牙の気配。
そして、逆に近付いてくる…知っているエーテルの感覚。
これは…。
『大丈夫?。兎針?。ボロボロだね。随分苦戦したみたいだけど。』
『ええ。そうですね。助かりました。ありがとうございます。紫音。』
かつての仲間との再会。
次回の投稿は12日の木曜日を予定しています。