第355話 クラリアクゥポォト
俺の目の前で起きた 現象 に唖然とする。
『これは…。閃さん…。いったい何が?。』
『あっという間に…。地下都市が…結晶になっちゃった…。』
『ワッチ等の都市が…。』
『………わからねぇ…。いや、何か、この状況…前に何処かで見覚えが…。』
背中に担いだ兎針。
両腕に抱き抱えた奏他と睡蓮も俺と同じ反応だ。
青い水晶のような結晶が周囲に発生する。
それらは、そこにあった物質を強制的に変化させて作られている。
そうだ…思い出した。
あの…白聖が主催となって開いた大会の時に代刃が使った神具だ。
『あの…大会の時の神具か…。』
って、ことは…異世界の神具か…。
『あの…大会?。』
『あっ!。そうだよ!。私が実況してた…えっと代刃さんだっけ?。その人が使ってた奴だよ。大会のリングや対戦相手まで全部巻き込んで結晶の塔を造ってた…。』
あの神具は代刃が接続門から取り出した。
あれを再現したのか、だが、誰が使った?。
明らかに此方を巻き込むように発動していた。十中八九、使用者は敵だろう。
『閃さん。あれ。』
『あれは…。』
兎針が指差す方。
結晶の中で唯一結晶化していないスペースに立つ少女。
『ぐっ…お前は…。』
『リスティナ様の命令です。ゼディナハさん。黒牙さん。この場は逃げて下さい。後のことは私が引き受けます。』
『リスティナ…ってことは、青国の所属か?。』
『まぁ…そんなところです。ゼディナハさんは既に人族の再生能力で回復されているでしょう?。この場から逃げることは出来る筈です。』
『はぁ…ドイツもコイツも、俺の考えを先読みしやがって…。はぁ。分かったよ。後のことは任せる。はぁ、アイツに借りが出来ちまったなぁ。』
『ええ。ああ、ですが、一つだけ。補足します。』
『何だよ。』
『私が用のあるのは、彼処にいる観測神です。それ以外は興味ありませんので、観測神以外の追随は自分達で何とかして下さい。』
『ああ。そういう理由ね。分かった。脅威は観測神だけだ。残りの雑魚は此方で何とかするわ。』
『理解して頂けたようで何よりです。おや、少し長話が過ぎましたね。私は彼と話がありますので隙を見て逃げて下さい。』
ゼディナハと話している少女。
その近くに着地する。
ゼディナハはもう傷が無くなっている。火車を吸収したことで再生能力も異常に強化されたみたいだな。
本当なら、火車から得た力だけでも絶刀で絶ちたかったんだが、奴にはもう絶刀の効果が効かない。
しかも、どんな傷もすぐに治っちまうし、向こうの絶刀は此方に有効だし…はぁ、状況がどんどん悪い方向に行ってないか?。
仕舞いには敵の増援と来た。
『なっ!?。お前、は…。』
少女の顔を見た瞬間。
全身に電気が走った。増援に来た少女。
俺は彼女を知っていた。
『貴女は…来銀………冴…さん…。』
俺とほぼ同時に兎針が小声で呟いた。
そうだ。来銀 冴。
仮想世界。それも俺がまだ学生だった時に告白して来た生徒の一人だ。
後輩…ってことは、そうか、兎針の同級生か…。
『あら?。その反応。私のことを覚えてくれていたんですね。てっきり、一度フッた女の顔なんて忘れてしまっているのかと思っていました。』
『っ!?。』
『ふふ。嬉しいです。先輩。私。本当に………先輩のこと大好きだったんですよ?。何度も手紙を書こうとしましたし、何度も先輩のこと目で追っていましたし。告白の前夜なんか全然寝られなかったんですから。』
『そうだな。あの時の君の言葉は真剣だった。だからこそ、当時の環境や自分の現在を考えて俺も真剣に君の告白を断った。』
『ええ。分かっていますよ。貴方はちゃんと私の気持ちに向き合って、それで返事をしてくれた。』
『ああ。その通りだ。』
『ふふ。変わらないですね。困った顔も、あの時のまま。私が好きだった先輩のままです。』
何だ。彼女の反応に違和感が…。
『お久し振りですね。ち………いえ、貴女達は名字を捨てたのでしたか。兎針さん。お元気でしたか?。』
『ええ。貴女もお元気そうで…。』
『ふふ。そんなに緊張しないで下さい。かつては同級生、しかも同じクラスだったじゃないですか。』
『………そうですね。冴さん。どうして貴女がここに?。貴女はエンパシス・ウィザメントのプレイヤーではありませんでしたよね?。』
『はい。ゲームなんてしたこともありませんでしたよ。私はこの世界のお母様とお姉様によって新たな命を頂いたのです。この神具と一緒にね。』
周囲の結晶。
やはり、これは神具の力か。
それとお母様とお姉様…俺の前世の記憶にも、クロロやアリプキニアの記憶にも彼女の存在はない。
この世界線のオリジナル。
俺達は今、全く新しい世界の流れの中にいるようだ。
『貴女の目的は何ですか?。先程の口振りからして後ろの神眷者の仲間のように感じられましたが?。』
『勘違いしないでくれます?。私はお母様とお姉様のお願いで彼等を助けるのです。断じて私の意思ではありません。この方々の存在を今失うことはお母様が望んでいない。お母様を困らせたくないから、助けるんですよ?。』
『そうですか。では、貴女自身の目的は何ですか?。』
『勿論、先輩ですよ。』
俺か…。やっぱり…。
『ねぇ、先輩。私の告白を断ったクセに十人以上の恋人達がいる現状。楽しいですか?。嬉しいですか?。幸せですか?。』
『……………。』
『兎針さんも、詩那さんも。それにそこにいるのは人気アイドルだった奏他さんですよね?。彼女達も先輩に好意を寄せ、先輩もまた彼女達の気持ちに寄り添い受け入れようとしている。ふふ。私の告白を断ったのに…。はぁ…嫉妬だとは理解しているのですが何なのでしょうね。この胸のモヤモヤは…。』
『それは、今と状況が違うからだ。もうあの時の日常じゃない。あの時は…もう、戻らない。』
『ふふ。沢山の女の子を侍らせて、先輩は節操なしですね。けど、嫌いじゃないですよ。私は昔も今も先輩が大好きです。』
『閃君。彼女、何か変。』
『ああ。分かってる。』
『だから、私は改めて先輩に告白します。そんの為には、まず貴方の周囲にいる邪魔な雌共を片付けてからにしますね。』
『っ!?。またか。兎針!。奏他!。もう一度跳べ!。』
『『っ!?。』』
『睡蓮。掴まってろ!。』
『あ、はい!。』
再び、跳躍。
冴の周囲のエーテルが異常な流れを発生させる。
あの宝石が埋め込まれたチョーカー。
あれが神具か。
『神具【クラリアクゥポォト】。』
再び、周囲を巻き込むエーテルの渦。
結晶化した周囲が再びエーテルの粒子に変わり再構成されて、更に大きな結晶の塔が造られる。
そういうことか。
このどさくさに紛れてゼディナハ達を逃がす気みたいだな…発言から冴の最初の狙いは兎針と奏他。なら、今は二人を冴と離した方が良いか。
『兎針!。奏他!。ゼディナハ達を追ってくれ!。だが、深追いはするな!。危険だと思ったら撤退してくれて構わない!。』
『はい。分かりました!。』
『うん!。了解!。』
チナト。セツリナ。二人を手伝ってくれ。
「ええ。良いわ。ご主人様。」
「はい!。心得ました!。主様!。」
さて、次は。
『睡蓮。暫く、俺の影の中に隠れていてくれ。』
『え?。影?。閃様?。きゃわっ!?。』
クロノの力で神無のスキル【影入り部屋】を発動し睡蓮を中へと避難させる。
睡蓮を守りながら戦える程、余裕のある相手じゃないようだし。
クロノ。向こうからは此方の様子が見えるようにしてくれ。あと、心細いだろうから睡蓮と一緒に居てやってくれ。
「うん…分かった。」
これで良いか。後は目の前の問題を。
取り敢えず、着地。
『よっと。すげぇ神具だな。完全な防御不能。範囲内に居れば纏めて結晶化した塔の一部になっちまう。えげつねぇ。』
『ええ。これが私がお母様から頂いた力です。多少計画は狂ってしまいましたが、私の目的は一つです。先輩。貴方を私だけのモノにする。先に他の邪魔な奴を全部始末してから…と、考えていましたが。貴方を私のモノにした後の方が邪魔な雌方に絶望を与えられるでしょう。』
『………なぁ。それは、世界が今どんな状況なのか理解している上で言っているのか?。』
『ええ。勿論です。この世界も現在終焉に向かっている。ですが、私には関係も興味もありません。世界が滅亡しようが、再生しようが、貴方と一緒なら何だって乗り越えられます。ふふ。先輩。二人だけの理想郷を創りましょう?。』
『それは断る。それに俺は俺の恋人や仲間との未来を選ぶ。その為に戦うと決めたんだ。』
『ええ。そうでしょう。私が好きになった貴方ならそう言うと思っていました。けど、私が欲しい言葉ではありません。なので、ちゃんと教えてあげます。私だけが貴方の理解者だと言うことを。貴方の全てを私色に染め上げてみせます。』
『っ!?。』
周囲のエーテルが渦巻き始める。
くっ。また、あの神具か。
『さぁ、結晶になって下さい。先輩。動けない先輩をゆっくりと調教してあげますから。』
『お断り。悪いが手加減はしない。君がゼディナハの味方側である以上、俺達の敵だ。』
『ふふ。悲しくて寂しいことを言わないで下さい。敵とか。味方とか。そんな難しいことを考えずに全部を私に委ねてくれれば楽になれるんですよ。クラリアクゥポォト、先輩を捉えよ!。』
『ちっ。』
会話が成り立たねぇ。
炎の翼でエーテルの渦を避ける。
エーテルの動きを観察し、あの神具の効果範囲を調べる。
『ふふ。いつまでも逃げ切れませんよ。』
『なっ!?。うっ…。』
飛行中の炎の翼がエーテルの粒子に霧散し、結晶へと変わる。
ピンポイントで結晶化させやがった。しかも、周囲を巻き込む方法よりも格段に速い。
『なんのっ!。』
これしき!。
結晶化した翼を引きちぎり翼を再生させる。
一度、結晶化してしまうとその箇所が自由に動かせなくなるだけじゃない。エーテルすらも通わせられなくなる。
完全に身体から切り離された異物になってしまう。
こんなもの全身に喰らったら一溜りもねぇな。
『ふふ。止まっていては駄目ですよ。』
『くそっ!。』
雷を纏い高速移動。
あらゆる障害物を飛び越え一定の距離で動き回る。
鱗の盾を足場にし、更に強靭な糸の反動を利用し更に速度を上げた。
『速いですね。ですが。そんなもの周囲一帯を結晶に変えれば関係ありません。』
近づけねぇな。
あれ、周囲のエーテルを利用して作り替えているだけだから本人のエーテルを殆んど使ってないぞ。
しかも、あの感じ。連発まで出来るのか…。
『なら、デカイので一気に勝負を決める。アリプキニア!。』
「ああ。あの結晶を全部焼き払ってくれる!。」
『くらえっ!。【恒星・神光】!。』
その言葉と同時に降り注ぐ天空からの光線。
結晶を消し去り、周囲に何も無くなれば結晶化出来るモノも無くなる筈だ。
周囲に物質があるせいで、無尽蔵に結晶の塔が造れてしまう。
なら、その源を直接排除する。
『ああ。先程、ゼディナハさんに放っていた技ですね。ですが、それは悪手ですよ先輩。』
『なっ!?。』
『一つ言い忘れていましたが、私の結晶はエーテルのみで構成された攻撃では破壊出来ず、屈折させる性質があります。』
『にっ!?。ぐあっ…。』
「ご主人様!。」
光線が水晶の中を通り抜け、僅かに軌道を変えられた。
周囲にある水晶へ次々と屈折させられ最終的に俺に標準が向いた。
元より神ですら知覚できない速さで飛んでくる光線だ。
光を認識するよりも速く俺の肉体を貫いた。
クロロの機転でほんの一瞬時間を遅らせ顔面への光線だけは何とか回避する。
『反射…まで、出来るのか…。』
『ええ。それがエーテルであるならば、どんな攻撃も屈折し最終的に反射となります。』
「主ぃ。今、治すで~。」
トゥリシエラの再生の炎で焼き貫かれた傷を修復する。
あの能力がある限り、俺の攻撃に制限がかかる。
『さぁ、諦めて私のモノになって下さい。先輩。』
『断る。君には悪いが俺はこの世界を救う。君との未来じゃなくな。』
『そうですか…やっぱり、少し強目の調教が必要なようですね。なら、私も全力です。神技!。』
『っ!?。』
神技!?。
冴のチョーカーにはめ込まれた宝石が輝きを増す。
異常なエーテルの動きが周囲全体を巻き込み渦巻いていく。
ゆっくりと、大きく、広く、高く…。
『この範囲は…。』
『はい。この地下都市を含め地上まで、私を中心に半径数十キロ纏めて結晶化させます。』
『っ!?。そんなことしたら、お前の仲間のゼディナハ達だって…。』
『ふふ。それもさっき言いましたよ。私はお母様の命令で彼等を逃しました。その後の事なんてどうでも良いのです。逃げ切ろうが、死のうが。お母様はどう考えているのかは分かりませんが、私は彼等に興味も好意もありません。なので、私は先輩、貴方を手に入れる為に手段は選ばない。【クラリアクゥポォト】…最大出力…起動。』
十分なエーテルが働きを与えられ、周囲が輝き始める。
地下で発生するにはありえない強風が吹き荒れる。
このまま、あの神具を起動させたらマズイ。
ゼディナハ達だけじゃない。俺や、兎針も奏他も巻き込まれる。
そうはさせない。
間に合うか。
『ぐっ!。クロロ!。自己加速!。』
「はい!。ご主人様!。」
時間操作の一つ。
自分の時間を加速させる。
その効果で瞬時にエーテルを拳に収束。
一気に冴との距離を詰める。
『神技!。絶っ…。』
回避も防御も出来ない拳。
あらゆる行動よりも優先して敵に命中する俺の神技を放つ。
『あは。それが切り札なのは見ていましたよ。ふふ。ごめんなさい。先輩。私、さっき嘘をついちゃいました。』
『っ!?。』
俺の拳は冴の身体…結晶化した箇所に吸い込まれ…。
『ぐぶっ!?。』
別方向にある空中に散りばめられた結晶が集まって作られた塊から飛び出してきた。
俺自身の拳が身体にめり込む。口の中に血がのぼり、我慢できずに吐き出した。
同時に俺が纏っていたエーテルが結晶の中を駆け巡り、屈折の結果、全てのエーテルが全身に跳ね返って来た。
『あはん。この時を待っていました~。』
マズイ…速く、回復しないと…。
『私の結晶はエーテルだけじゃないんです。物体も物質も…生物でさえも屈折して別の結晶へ出口を繋げられるんです。先輩のその神技は、どんな行動よりも先に相手に当てられるんですよね?。ですが、残念でした。この【クラリアクゥポォト】を装備している者は…。』
『くっ!?。』
冴がそっと俺の腕を掴み。
『捕まえましたぁ。それでは、先輩。貴方は私のモノに…。』
『っ!?。ぐっ…このっ!。』
『あら?。腕を?。』
冴から距離を取る。
結晶化した腕を砕いて切り離す。
『はぁ…はぁ…。』
ヤベェな。
右腕を持っていかれた。
いや、これで良かった。
あのまま掴まれていたら腕どころか全身が結晶化して粉々だった。
『うぅ…惜しかったです。もう少しで先輩の身体を全部結晶化出来たのに。』
『チッ…まさか、触れた対象まで結晶化出来るなんてな。』
『えへへ。驚きましたか?。本来はそれが基本能力みたいですよ。ふふ。この本来の…別の世界の持ち主はどの様な方なのでしょうね。』
参ったな…。
腕を失ったことじゃない。
あの神具の前じゃ、俺の攻撃方法が殆んど無い。
エーテルによる攻撃も。直接攻撃も。
全ての攻撃がさっきの二の舞だ。
冴まで届かない。
「めんごや。主ぃ~。結晶化した部分の再生は時間が掛かるわ。」
「私もです。時間回帰でも相手のエーテルが邪魔してるせいで、すぐには戻せません。ゆっくりと休める時間が必要です。」
「ご主人様のエーテルも少ないです。このままじゃ危ないです。」
そうか…。
さて…。
『ふぅ…。』
『あら?。どうされました?。諦めてしまわれましたか?。ふふ。それなら私は嬉しいです。先輩。やっと、私のモノに…。』
『そんなわけ無いだろ?。君を…冴を止める。』
『ふふ。ふふふ。私を止める?。それは可笑しいですね。追い詰められているのは先輩の方だと思うのですが?。まだ、私に対抗する術があると言っているのですか?。』
『ああ。最後の賭けだがな。』
残ったエーテルを全て残った左手に。
「閃。何をするつもりだ?。あの神具の前では妾達の能力は無意味だぞ?。」
「それにエーテルも残り少ないです。そんな状態では、あの神具を突破できたとして彼女に決定打を与えられない!。」
「そうです!。ご主人様!。危険です!。」
『ああ。分かってる。けど、これしか方法が残ってないんだわ。言っただろ?。最後の賭けだ。』
手のひらに小さなエーテルの塊を作り、それを握り潰す。
『何ですか?。左手が光って?。』
『ああ。俺の切り札だ。これしか冴を止める方法が思い付かなかったからな。』
『何ですか?。何ですか?。その手に纏ってる異常な強さのエーテルは?。聞いてないです。何も。知らないです。』
『だろうな。人前で使ったのなんか殆んど初めてだし、上手くいくかも分かんねぇ。』
創造の力と違って、此方はどうも扱いが難しいんだよな。
発動までに時間が掛かるし、効果範囲も短いし、想像以上にエーテル持っていかれるしな。
恐らく、使用後はまた気絶かな…。
だが、破壊するのが異世界の神具なら、尚更、直接触れて発動しないと効果は期待出来ない。
それこそ神の力で現状を切り抜けるしか。
『行くぜ。冴。』
『っ!?。』
目的は一つ。
あの厄介な神具を破壊する。
それしか、冴を止めることは出来ないだろう。
俺は一気に駆け出す。
狙いは冴の神具に触れて。
『【神力】起動!。』
異世界の神具を消滅させる。
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