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第352話 崩壊する地下都市

『あ、れは…何なん?。黒い…星?。』


 人族の地下都市。

 その上空に突如として出現した漆黒の星。

 あれはエーテルの塊だ。

 禍々しいオーラを放つそれは、神様方が扱っていた神具ではないだろうか?。


『睡蓮!。あれから何か嫌な感じがする。至急、非戦闘員の避難を急いでくれ。』

『っ!。りょ、了解!。守理はん!。』

『憧厳は、戦闘員を率いて敵の襲撃に備えろ!。既に地下都市へ侵入されている可能性が高い!。』

『ああ。任せろ!。』


 ワッチと同じ人型偽神の守理はんと憧厳はん。

 事態の深刻さをいち早く察した守理はんが駆け付ける。

 守理はんの指示で地下都市中に警戒網が敷かれた。

 各々に手分けして住人を…いや、地下都市を守る。


『こっちやん!。全員、慌てんな!。ゆるりと冷静に行動せなん!。』


 慌てず、冷静に、住人達を誘導していく。

 この地下都市に置いて、非戦闘員とはまだ人功気を上手く扱えない者達のことを指し、戦闘員とは人功気を戦闘レベルで扱えるようになった者のことを言う。

 習得には、個人差や才能があるようで全員が同じように扱えるようになるわけではない。

 それがこの数週間で分かってきたことだ。


『いったい。何なん?。あれ?。』


 エーテルを充満させる神具。

 見ているだけで吐き気を覚える。気持ち悪い。

 憎悪や憎しみ。怒り、悲しみ。様々な負の感情がアレを生成している。

 あの神具の持ち主は、さぞ邪悪な心を持っているのだろう。


 ついさっきまで平和だったのに。

 やっと 日常 と呼べる日々に落ち着いてきたところだったのに...。

 一瞬で…混沌のど真ん中へ叩き落とされた気分だ。


『さぁ、こっちやん!。子供達を優先しん!。大丈夫やん!。絶対、助かる!。』


 女子供を優先的にシェルターの中へ避難させる。

 この者達は人功気を使えん。

 故に、エーテルに対しての防御が全くない。


『もう…ワッチの前で…子供達が死ぬんは、嫌なんよ…。』


 この命に代えて…子供達だけでも守ってみせる。

 自身の娘の最期を思い出す。

 あんなことは二度と起こさせない。

 そう心に誓った瞬間。その思いは儚くも打ち砕かれることになった。


『きゃあああああ!?!?!?。』

『うわあああああ!?!?!?。』

『熱い!?。痛い!?。熱い!?。』

『た、助けて!?。睡蓮お姉ちゃん!?。身体が焼ける!?。』

『なっ!?。これは!?。き、消えろ!。この!。消えてくれ!。』


 次々に身体が紫色の炎で燃え始める人々。

 必死に消そうと試みるも、いくら布で叩いても、地面を転がっても、水をかけても、炎は消えるどころか徐々に火力を強め人々の身体を燃やし尽くす。


『ぎゃああああああああああ………。』

『あ…駄目…。死ぬなぁ…。』


 何をしても消えない炎。

 燃えているのは、身体ではない?。

 もっと別な何かが燃えている?。

 子供達が断末魔のような心を切り裂く叫び声を上げ次々に倒れていく。

 さっきまで笑顔で笑い合っていた筈の少女も。

 元に追い駆けっこした少年も。

 ワッチに甘えてきた子供達が一人残らず燃え尽き灰となって死んでいった。


『あ………そんな…皆…。』


 シェルターの中にいた数百人が一瞬で燃え、シェルター内には死臭が充満する。

 肉の焦げた臭いが鼻を刺激する。

 先程までの断末魔さえ消え、静寂の中で立っていたのはワッチだけとなった。

 言葉も出んままその場に座り込む。


『また…守れんかった…。』


 子供達の死に際の姿が娘と重なり、胸を締め付ける。


『っ!?。これは…何だ?。』


 涙で歪む視界に映るのは、死者達の灰から浮き上がる小さな光。

 弱いエーテル、いや、魔力………魂か。

 それが次々に浮かび、そして、上昇していく。

 自然とそれを目で追うと、それらはあの上空に浮かぶ星へと吸収されていった。


『あの…星が…皆を殺したんか…。』


 沸き上がる怒りに自然と身体が動いた。

 ワッチ等の日常を破壊した奴。許せん。

 ワッチは走る。現状の把握と敵の正体。

 それらを探りながら、まだ生き残っている者等の救出を急ぎ、守理はん達と合流する。

 自身のすべきことを頭の中で整理し行動に移す。


『ぎゃああああああああああ…。』

『がああああああああああ…。』


 都市至る所から響く悲鳴。

 燃えていく人々。

 ワッチではあれを止められん。

 ならば、あの神具の本体を探して叩くしかこの絶望的な状況を打開する術はない。


『くそっ…。』


 地下都市全体から人々の魂があの星に向かって飛んでいく。いや、吸い寄せられている。

 命を吸収する神具…何てモノを創造する奴がいるのだ。

 ワッチは舌打ちし走り続けた。


 それから数分。

 ワッチの前には更なる絶望が広がってた。


『あん?。まだ、生きてる奴がいるじゃねぇか?。ははは。しかも上玉の女じゃねぇか!。』

『ああ。黒牙の神具の影響を受けていないな。どうやら、彼女も人功気を扱えるようだ。なぁ、火車。あれをデザートにしても良いぜ。』

『くくく。おっけーだ。ゼディナハさん。男ばっかで口の中がクセェのなんのってな。デザート頂くぜ。』


 コンクリートの地面は血で真っ赤だった。

 人功気を扱える戦闘員の死体…いや、もう死体とも呼べない肉片がそこら中に落ちていたのだ。


『うっ…。』


 吐き気を何とか耐える。

 奴等がこの事態を引き起こしたことは間違いないようだ。

 黒いフードの男はゼディナハと呼ばれていた。

 そして、筋肉に覆われた身体の男が火車。

 火車という男の口は血が大量に付着している…まさか…。


『喰ったのか?。ワッチの…仲間達を?。』

『ん?。ああ。そうだぜ。コイツ等、生命力が高ぇから味は悪くねぇんだが、如何せん臭ぇのよ。それでよ口直しにお前の肉を喰おうって話をしてたのよ。』

『き、さま!?。よくも!。』

『ああ。そういうの良いって。そこら辺に転がってるゴミ共も皆同じこと言って飛び掛かって来やがったのよ。聞き飽きたぜ。』


 火車の気配が急速に移動する。

 この滑るような移動は、それに、奴の身体に纏う気は…。


『ぐっ!?。』

『おっ?。』


 身体を低くし目の前に接近しワッチを掴もうとした火車の太い腕を躱す。

 透かさず、火車の太い足に自らの足を絡め、体重の移動を利用してその巨体を転がした。


『あん?。身体が勝手にうげっ!?。』


 奴から距離を取らねば。掴まればワッチの力では逃げられん。


『何故、貴様が人功気を!?。』

『てて…。』

『ははは。お前。なかなか強いな。恐らくこの場所でも上位の強さだろ?。さっきの男二人と同じくらいか?。』

『男…二人…?。』

『ああ。さっきの質問の答えな。この火車は喰った相手の性質を奪えるのよ。そこらに転がってる人族も人功気とかいう技術を使えたんだろ?。俺達がここに来た目的の一つがこの火車に人功気を覚えさせることだったのさ。』

『答えろ!。男…二人とは…その二人はどうなった?。』

『はん?。今頃死んでんじゃねぇか?。あの黒い太陽が見えるだろ?。あの神具の持ち主の黒牙って奴と戦ってたからな。どうせ、長くは持たなかっただろうぜ。』

『そんな…。』


 守理はんと憧厳はんが…死んだ…。


『さて、絶望してるとこ悪いが…喰わせて貰うぜ。ひひ。久し振りの女の肉だぜ。』

 

 近付いてくる火車。

 ワッチ…は、どうしたら…。

 神様…。うっ…。

 目を閉じたワッチは数秒後掴まれることを覚悟しその時を待った。


『諦めんな!。睡蓮!。』

『っ!?。』


 ワッチの身体は強い衝撃に吹き飛び何度か地面を転がる。

 聞き覚えのある声。今し方、死んだと伝えられた憧厳はんが火車と対峙する形で立っていた。


『憧厳はん!。』

『逃げろ!。睡蓮!。ここは俺が抑える!。』


 火車を睨む憧厳はん。

 その背中は傷だらけで片腕を失い、脇腹の肉が抉れていた。

 そんな身体で…。ワッチを助けてくれた…。


『あん?。お前、まだ生きてたのかよ?。そんな身体でよ?。』

『まぁな。俺の前で散々仲間の命を奪いやがったテメェ等を残して死ぬわけねぇだろうが!。それに、アイツだけは何が何でも守るってな!。リーダーの命令なんだわ!。だから!。これ以上俺の仲間を殺させやしねぇ!。』

『ははは。吠えるじゃねぇか。そういうの嫌いじゃねぇぜ。火車。遊んでやれよ。もしかしたら人功気の使い方を学べるかもしれねぇぞ?。』

『まぁ、良いけどよ。ゼディナハさん。あの女は俺のだからな。』

『はいはい。逃がさねぇさ。』

『睡蓮!。』

『っ!?。』


 背中越しにワッチを見た憧厳はんは笑っていた。


『死ぬなよ!。俺達の神様を信じろ!。』

『っ!?。』

『行けっ!。』


 ワッチは走り出した。

 きっと憧厳は殺される。

 ワッチ達じゃ侵入者に勝てない。

 神様…どうすれば…。


『逃がさねぇって言っただろ?。悪ぃけど、アンタの能力を貰うぜ。大人しくアイツに喰われちまいな。』

『うぐっ…。』


 片足を斬られた。

 勢いを殺せず転んでしまう。

 あの黒い刀…なんて禍々しいエーテルを纏っているんだ。

 上空の黒い星も驚いたが、あの星が霞む程のどす黒いエーテルを纏っている。


『足が動かん!?。』

『ああ。アンタの足の自由を奪った。残った足一本じゃもう逃げられねぇだろ?。』

『ぐっ。』


 動く足と両手で地面を這いゼディナハと呼ばれた男から離れる。

 だが、ワッチの動きよりも速く距離を詰めたゼディナハが黒い刀を振り下ろした。


『睡蓮!。』

『っ!?。守理はん!。ぅ…その、身体は…。』


 刀を振り下ろす前に間に割って入った守理はん。

 一瞬の安堵も束の間、守理はんの身体は既に見るも無惨なくらいに損傷していた。

 服など元の色が分からないくらいに真っ赤で、切断された四肢は、人功気で無理矢理繋げて動かしている…そんな状態だった。


『マジか。アレだけ痛め付けても生きてんのか?。お前は!?。』

『ああ。この都市を守るのが我が神から与えられた使命だ。貴様等ごときの好きに出来る程、この誓いは軽くない。何も無かった俺を満たしてくれた俺の役割だ!。』

『神ねぇ…。』


 守理はんから投げ渡される小さな石。

 これは…神様から頂いた封印石。


『睡蓮。悪いな。俺の残りの気じゃそれをもう起動出来ないんだ。何とかそれを起動させ、我が神を呼んでくれ!。それまでここを死守する!。』

『へぇ。そんな身体で時間稼ぎかい?。舐めてんのか?。』

『ふん!。俺は俺の役目を果たすそれだけだ。行け!。睡蓮!。人族の未来を!。お前に託す!。』

『っ!?。守理はん…分かった。すぐに神様を呼ぶからな!。待っとれよ!。』


 ワッチは残った足に人功気を巡らせ一気に跳躍した。

 残された守理はんがゼディナハと対峙し始める。

 あの身体では…急がないと。


 着地と同時に物陰に隠れる。 

 封印石を両手で握り人功気を流す。そして、願う。


 神様…助けて…神様…助けて…神様…助けて…。

 人族の神…閃様…ワッチ達を救って下さい。


 すると、封印石が輝き出す。次の瞬間。


『っ!?。うわっ!?。』

 

 爆発と同時に周囲の建物が吹き飛んだ。

 ワッチの身体も巻き込まれ瓦礫の中へと埋もれてしまう。


『うっ…今のは…。うぐっ…。』

『ゼディナハさん。コイツか?。最後の人族は?。』


 黒い翼を持った目付きの鋭い男がワッチの首を掴み持ち上げる。

 この感じるエーテルは…あの星と同じ…。


『そ、か。お前が…皆を…殺したんか?。』

『ほぉ。エーテルの質を探れるようだな。その通りだ。あの神具の所有者にして、人族というゴミを喰らい尽くした男さ。くく。お陰で随分と力を得ることが出来たぞ?。………しかし、まさか人功気が俺の神具の影響に耐えることが出来るとはな。正直驚いた。』

『くっ…貴様…何かに…。うぐっ!?。』

『ゴミに貴様とか言われたくねぇよ。』


 掴む首に力が込められ締め付けられる。

 呼吸が…出来ない…。

 それにコイツの手から気が吸い取られていく?。

 そうか…それで守理はんは神様を呼べなくなったのか…。

 封印石起動にはある程度の気が必要だ。

 この黒い翼を持った男は掴んだ相手の気を奪えるということか…。


『まぁ、止めとけ。黒牙。ソイツは火車に喰って貰わねぇといけねぇんだわ。』

『そうだぜ。折角のデザートなんだ。楽しませろよ。』

『っ!?。お前達まで…じゃ…じゃあ…。』


 ゼディナハと火車が現れる。

 コイツ等がここにいる…そこから出る結論は…。


『あ?。ああ。安心しろよ。最後くらいは拝ませてやるぜ?。なぁ、火車。』

『ああ。ほれ。感動の再会だ。』

『っ!?。いや、いやああああああああああ!?。』


 ワッチは目の前の光景に叫んだ。

 絞められ続ける首など構わずに声を上げ、涙を流した。

 火車の両手に持たれた二つの頭部。

 髪の毛から吊られるその頭は、間違いなく…守理はんと憧厳はんだったから…。


『おっと。暴れんなよ。』

『うごっ!?。』


 腹部を殴られ口から唾液を撒き散らす。


『まぁまぁ、強かったぜ。コイツ等。けど神具持ちの俺等に勝とうなんて甘過ぎだ。雑魚は雑魚らしく強者のされるがままになってるのがお似合いだ。さて、別れも済んだだろ?。良いぜ。火車。喰え。』

『あいよ。あ~ん。』


 あっ…。

 二人の頭が火車の裂けた口の中に消える。

 聞きたくないガリゴリと頭蓋骨が砕かれる咀嚼音がワッチの全身から力を奪う。

 もう…ワッチ…だけ…。

 誰も…いない…。


『ぅ…。』

『おいおい。泣くのは少し早ぇよ。お前は俺にゆっくりと喰われるんだ。泣き叫ぶならその時にしろ。』

『神様…。』

『あん?。』

『助けて…。』


 精一杯の絞り出した声。

 もう何もかも遅いけど、どうか守理はん達の無念を…晴らしておくれ…。


『ああ。遅くなった。睡蓮。助けに来たぞ。』

『あぐぁっ!?。腕が、消えた!?。』

『マジか。黒牙離れろ。ソイツは…ヤバい。』


 突然、ふわりとワッチの身体が浮遊感を感じた。

 同時に見知った顔が目の前にあった。

 どうやら、ワッチの身体はこの方に抱き抱えられているようだ。

 やっぱり、助けに…来てくれた…。


『閃…様…。』

『ああ。睡蓮…無事で良かった…。』

『皆が………アイツ等に…。』

『言わなくて良い。全部知ってる。ここで何があったのか。だから、安心しろ。』

『……………。』


 以前出会った時よりも存在感の増した閃様。

 その力強い腕に抱きしめられると自然と安心感を覚えた。

 

『少し休んでいてくれ。後は俺がやる。兎針。奏他。睡蓮を頼む。』

『うん。閃君。』

『はい。閃さん。』


 そして、前よりも成長が見て取れる二人。

 この数週間で別人のような成長を遂げていた。

 ワッチは二人に支えられながら距離を取った。


『クロロ。睡蓮の傷を治してやってくれ。』

『は~い。ご主人様~。えへへ。初仕事、お願いされちゃった~。』


 見知らぬ女がワッチに近付くと、動かなくなった足や乱れ破けた着物が元の綺麗な状態に戻っていく。


 ワッチは閃様の大きな背中を見て涙を流した。

 守理はんや憧厳はん。

 人族の神様は…ワッチ等が信じた神様は間違いなくこの御方だった…。

次回の投稿は29日の木曜日を予定しています。

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