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第351話 柚羽の想い②

ーーー柚羽ーーー


 無凱さんの瞳から光が消えた。

 俯いたまま表情に影が射し、優しく丁寧に力なく血の池の中で横たわるキシルティアさんの身体を抱き抱えた。


 その姿からは彼女への愛おしさを感じずにはいられない。

 正直、彼女が羨ましかった。

 不謹慎な考えだということは理解しているし、キシルティアさんに対して失礼だということも分かっている。

 だけど…同じ男性に想いを寄せている者同士、仮に自分が命を落とした時に彼があれだけの感情を表面や行動に出してくれるのか。

 そう考えずにはいられなかった。


 無凱さんは、自身の支配空間の中へキシルティアさんの遺体を入れ空間を閉じた。

 そして、次の瞬間。


『ごぶっ!?。』


 無凱さんの姿が欠き消え、同時にイグハーレンという神父の身体が吹き飛びました。

 イグハーレンが何かを話しているようですが、無凱さんの耳には届いてなく、無情にも拳がイグハーレンへと叩き込まれました。

 何度も。何度も。何度も。抵抗する隙さえない連続の打撃が続きます。


 こんなにも怒りを表面に出している無凱さんを見るのは初めてです。

 今まではクロノ・フィリアのリーダーとして自らの感情を抑え冷静に行動しようとしていたんだと思います。


 前に黄華さんが話してくれました。


「アイツはね。本当にすぐにいなくなっちゃうのよ。昔ね。学生の時もすぐにサボっては何処かで遊んでるのよ?。それなのに、教師達に気に入られて、テストの点数は学年上位。本当に頭に来たわ。こっちは必死に勉強していい点取ってるのに、アイツはふらぁ~とテスト受けて私より上の成績なのよ。」

「アイツはしがらみとか、縛られることが苦手なのよ。責任も負いたくないんでしょうね。一度でも引き受けてしまったら責任感の強い自分はきっと最後まで投げ出さずに頑張ってしまうから。アイツは逃げたいって思っても最後まで逃げないから。それがきっと嫌なんだと思う。そんなアイツがゲームとはいえクロノ・フィリアのリーダーだって聞いた時は驚いたわ。」

「そんなアイツが………無理矢理組まされた縁談から進んだ結婚式に乱入して私を拐うなんて暴挙に出たんだから当時は可笑しかったわ。お腹抱えて笑っちゃったもん。あはは…本当に一度行動すると何処までも突っ切っちゃうのよ。」


 私は…無凱さんを支えたい。

 皆を支えてくれてる無凱さんを私が…。

 黄華さんの照れたような、幸せそうな笑顔を私もしたい…。


 無凱さんの暴走を止めようとした神獣と大罪神獣の二体が同時に吹き飛んだ。

 容赦のない一撃が二体の顔面を抉り、二体はそのまま地面に沈んだ。

 誰も無凱さんを止められない。

 内在するエーテルによって圧倒的に強化された無凱さんの肉体は異世界の神具の影響を殆んど受けていない。

 後退るイグハーレンへ振り下ろされた拳は彼の腹部を打ち抜き、彼の身体を貫通した衝撃が彼等を中心とした巨大なクレーターを形成した。

 尚も、振り下ろす拳。

 全身のダメージから上手く動けず防御が間に合わないイグハーレン。

 その拳は確実にイグハーレンの顔面を捉えていた。

 当たれば如何に神眷者のイグハーレンといえど即死は必至。

 そうなれば…。 


「ああ。無凱は今冷静さを失っている。あのままでは必ず後悔する結果となるぞ。」


 私の中のスヴィナが言う。

 分かっています。

 イグハーレンの中には神無さんがいる。

 彼の死は彼女の死と同義。

 無凱さんの大切な仲間…。彼の手で殺させる訳にはいかない。


 私は飛び出した。


『っ…いてぇ…わりぃな無凱さん。話した通り、コイツを殺らせる訳にはいかねぇんだ。』

『……………。』

『こ、煌真さん!。早くこの異神を排除しなさい!。』

『うるせぇな。イグハーレン。言っただろ。俺はお前の味方じゃねぇ。てめぇが死んだところでどうでもいい。お前を生かす理由は一つしかねぇことくらい分かってんだろ?。』

『ええ。私の死は彼女の死。良いのですか?。私が死ねば…。』

『何度も言わなくても分かってるって。だからこうして助けてやってんだろ?。けど…まぁ、これは喧嘩売った相手が悪かったな。』


 無凱さんの拳を受け止めた煌真さんの手は無惨に破壊されていた。

 五本の指は二本しか残っておらず、手のひらは穴が開いていた。

 既に手の原型を留めていない程のダメージを一撃で受けてしまった。


『はぁ。普段、どんだけ手加減してんだよ…。戦いが好きじゃねぇのは知ってたけど。たった一撃で神具発動中の俺の手を破壊するなんてな。恐ろしいおっさんだ。閃の旦那が認めるだけあるわ。』

『……………。』


 煌真さんの言葉が聞こえていないのか、再び振り上げられる拳。

 その場の全員が息を呑んだ。

 しかし、それは運が良かったとも言える。

 正確には、イグハーレンの持つ異世界の神具。

 もし仮にその神具をイグハーレンが所有し効果を発動していなければ、この場にいる敵と定めた全員が既に死んでいたのだ。

 無凱さんが拳で攻撃しているのも、その神具によってエーテルが外に出せない空間の中に無凱さんがいるからであり、その枷がイグハーレンや他の神獣達を生き長らえさせていた。


『駄目です。無凱さん。それ以上は、貴方が後悔する結果しか残らない。』


 私は無凱さんを後ろから抱きしめた。

 その瞬間、彼の動きが止まる。


『柚羽嬢ちゃんか。助かった。』

『退いて下さい。煌真さん。もしまだ戦うと言うのであれば私が相手をします。』


 私は脅しの意味を込め能力を発現させる。

 私を中心とした足下からスヴィナの惑星環境再現を行った。

 世界は侵食されスヴィナの星の環境が再現される。

 これを見せれば少なくとも煌真さんが撤退する理由にもなると考えたからです。


『ああ。お言葉に甘えようか。今のアンタの相手も正直しんどそうだ。おい。イグハーレン。現状このまま戦っても俺等の敗けだ。撤退するぜ?。』

『え、ええ。し、仕方がありません。予想外のことが多すぎました。目的の大部分も達成できましたし、その案に受け入れましょう。』

『そういうことだ。じゃあな。嬢ちゃん。無凱さんのこと頼んだぜ。』


 煌真さんはイグハーレンを含め神獣達を抱き抱えたまま跳び去って行った。

 残されたのは私と無凱さん。

 無凱さんはその場に座り、私の身体を抱きしめた。


『ごめん。柚羽さん。僕はまた取り返しのないことをするところだった。』


 どうやら、正気に戻ったみたいですね。

 本当に良かった。

 私は、私の身体を抱きしめる彼の背中に手を回した。


『いいえ。キシルティアさん…無凱さんにとって大切な人が殺されたんです。貴方は間違っていません。私だって仮に貴方が誰かに殺された場面に遭遇したら同じようになっている自信がありますしね。ですが、あのままでは貴方は大切な仲間の命をその手で奪ってしまっていた。そうなれば貴方は必ず心に深い傷を負っていた。私はそれを止めただけです。』

『うん…煌真君と約束したんだけどね。傷ついたキシルティアを見た瞬間に頭の中が真っ白になっていた。駄目だなぁ。僕は…いつも…いつも…。』

『はい。分かっています。貴方が反省していることも、今も尚、悲しみと辛さで混乱していることも。ですが、一人で抱え込まないで下さい。ここには私もいます。仲間もいます。貴方は確かに私達のリーダーです。ですが、リーダーだからといって何もかも自分で背負い込む必要はないんです。私達にもその重さを分けて下さい。頼りないかもしれませんが、それが仲間…いいえ、貴方が目指した家族の形です。』

『うん…。ありがとう。もう少し…このままでいいかい?。』

『ええ。貴方の気持ちが落ち着くまでいつまでも。』


 それから暫くして、無凱さんは立ち上がった。


『無凱さん。キシルティアさんを出して下さい。』

『うん。そうだね。』


 空間を開く無凱さん。

 ゆっくりとした動作でキシルティアさんの身体を大切に扱っていた。

 お姫様抱っこのような形になったその瞬間。


『無凱!。愛しているぞ!。本当に!。大好きだ!。ん!。』

『え?。は?。な、何で!?。ん!?。』


 ええ…。どういうこと?。

 キシルティアさん。生きてるんですけど?。


 急に起き上がり、物凄い速さで無凱さんの首を引き寄せ強引にキスをするキシルティアさん。

 突然の…いや、死んだと思っていた人が実は生きていたことにも驚いたのですが、急に抱きついてキスをしている状況と、愛する男性が別の女性に唇を奪われている場面を見せつけられているこの苛立ちに言葉を失ってしまいました。


「ふむ。めでたし。めでたしだな。」

『どこがよ!?。』


 心の中のスヴィナに突っ込みを入れた私は未だにキスをし続ける二人を前に途方に暮れるしかなかった。

 頭を押さえ、深くため息をついた。


 それから、数時間後。

 私を含めたメンバーは黄国の会議室に集まっていた。


 私。無凱さん。キシルティアさん。

 豊華さん。賢磨さん。初音。里亜。漆芽。異熊さん。

 皆さん、キシルティアさんによって戦いのダメージとエーテルを回復し万全の状態です。

 無事に戦いを乗り切った。

 そう考えれば、皆さんの顔に安堵の色が窺えるのも不思議ではありません。


『そうなのだな…神無が…あの男の…。』

『現状、この場にいる僕等では神無ちゃんとイグハーレンを引き離す手段はない。それが、煌真君が敵側についている理由だよ。』

『悔しいな。仲間を人質にされているみたいで。』

『そうだね。何とかしたいけど…転生した仲間達の能力に期待するしかない…かな。僕等の今ある知識の中で一度魂まで融合した対象を切り離す手段を持っているのは閃君の絶刀か灯月ちゃんの鎌くらいだし。灯月ちゃんが鎌の神具を転生後に創造していなければ閃君だけということになる。』

『閃さんは今何処に?。』

『僕と最後に会った時は緑国に行くと言っていたね。そこに恐らく美緑ちゃんがいるらしいって情報を掴んでいたから。』

『彼のことだ。もう美緑ちゃん以外にも合流しているかもしれないね。』

『我が黄国は辺境故な外部の状況が分かりにくいのだ。あまりそういった情報は入ってこん。』

『うぅん…。まぁ、分からないことは考えても仕方がない。キシルティア。君が体験したことを教えて貰っても良いかい?。』

『ああ。良いぞ。』


 キシルティアさんは死んだ後、自分の身に起きた不思議な体験を話してくれた。


『じゃあ、その何者かのお陰でキシルティアは蘇ることが出来たんだね。』

『ああ。どうも記憶が曖昧でな。誰に会って生き返らせて貰ったのか…思い出せんのだ。しかし、確実に誰かのお陰だ。我はその者に感謝しかないぞ。』

『何にしても、君が生きていてくれて嬉しいよ。』

『ししし。我の為にあれ程激情に駆られた貴様を見れたのだ。我は満足だ。』

『はぁ…もう、無理はしないでね。皆も無事で良かった。何とか白国の襲撃を乗り越えられたね。』


 全員が頷く。

 その表情からは疲労の色が透けて見える。

 肉体的には回復しても精神的な疲労は抜けてはいない。

 ちゃんとした休息が必要ね。


『まぁな。なぁ、無凱。ウチ等はこれからどうすれば良いとお前は考えているんだ。』

『一応、僕と豊華さんの意見としては、今後も今回のようなことが起きないとも限らない。だから戦力的な意味で僕等はこの国から動かない方が良いと考えているんだ。』


 賢磨さんと豊華さんが無凱さんに提案する。


『そうだね。そのことなんだけど。まず皆に知って欲しいことがあるんだ。柚羽さん。説明して貰っても良いかな。』

『はい。じゃあ、スヴィナ。出てきて。』

『はいはい~。』


 話を振られたので取り敢えずスヴィナを召喚する。

 私のエーテルで擬似的な肉体を作りそこにスヴィナの意思を入れる。


『こ、これはどういう状態なのですか?。』

『さっきからスヴィナさんの姿が見えないと思っていましたが…これは?。』

『神獣との契約みたいです。』

『ああ。そうだね。しかも同化と似たような感じに見える。』


 戸惑う初音と里亜。

 そして、この状態に心当たりがあるような反応をする漆芽と異熊さん。


『そうです。これは神と神の間で行われる契約で【合神化】と言うそうです。』

『【合神化】?。』

『スヴィナを含めてリスティナさん達が該当する惑星の神は絶対神からの特別な命令を受けていたんです。』

『特別な命令?。』

『はい。それは私達、異神と同化すること。そしてその異神に力を与え最高神にすることです。』

『私達と?。』

『その理由は?。』

『それは、最高神を増やして来る終焉を迎え撃つためです。強力な最高神が増えれば増える程。世界は安定しダークマターの脅威に立ち向かうことができるからです。』

『その神合化の条件は何なのだ?。』

『それは、スヴィナ達惑星の神が私達と戦い自身の力を継承する者を選ぶこと…らしいです。』

『では、スヴィナさんは柚羽さんを選んだということかい?。』

『ああ。最初は無凱を選びたかったのだが、無凱は【無限神】の神人だ。残念だが、神人は選べんルールらしいのだ。だから、わらわは柚羽にしたのだ。ああ。同じような理由で賢磨も駄目なのだ。賢磨は【厄災】として転生しているせいでな。選べんかった。その理由は分からん。』

『この様に、誰でも良いという訳ではないらしいのです。ですが、この神合化が終焉に対抗する手段ということを知っているのは惑星の神でも極一部らしいのです。』

『わらわは勘で知ったのだ!。』

『ええ…。勘…。』

『どういうことですか?。それ?。』

『驚くでしょうが事実です。スヴィナは何となくという曖昧な理由で絶対神の考えがある程度分かるそうです。』

『それは…信頼できるのかい?。』

『恐らく、としか…。ですが、他の惑星神は間違いなく異神を攻めてくるそうです。絶対神は惑星神達に世界の終焉のことは触れずに異神と戦えと語ったそうです。そして、彼女達の敗北は強制的な神合化としているようです。』

『何で絶対神は終焉のことを話していないんだ?。』

『多分、説明した気になってるな!。』

『ええ…。』

『アイツは自分の知識が全員の共通認識だと思っている節があるからな。会ったことはないが、世界の終焉のことを全員が知っているとでも考えているんだと思うぞ。』

『な、何か絶対神のイメージが崩れたような…。』

『あ、ああ…。もしかして、結構お茶目なのかな?。』

『それか、敢えて伏せて異神に対しての敵対心を煽るのが目的かもしれん。手っ取り早く戦わせて最高神になって貰う為にな。』

『うぅ…私達にとっては辛い話ですが…。』

『うん…後者であることを願うよ。』


 その反応分かるなぁ。

 私もスヴィナの記憶を見て似たような反応したしなぁ。


『因みに君達の姉妹の中で終焉のことを知っているのは何柱いるんだい?。』

『う…ん…リスティナは絶対知ってるだろ?。母様も知ってるだろうし、一緒にいるアキュリマ姉様とチィもきっと知ってて…マズカセイカーラとジュゼレニアは知らないなきっと。他は…うぅ…分からんな。知ってそうでもあり、知らなそうでもある。』

『殆んど分からないんだね。』

『ああ。最近会ってないからな!。』

『そう言えば君達は何故自分達の星を離れてこの星にいるんだい?。』

『それはな、絶対神に呼ばれたのだ。多分、終焉を阻止する為と最高神を増やすのが理由だな。だが、完全にこの星に来ている訳ではないぞ?。』

『え?。それは…。』

『わらわ達の本体は星そのものなのだ。つまり、今のわらわ達は星の一部、星の意思を宿したエーテルの端末に過ぎん。故に力も制限され全力を出せずにいる。まぁ、柚羽と合神化した今弱体化は解除されたがな!。ははは。ついでに言うと、わらわの星と黄国は繋がっていてな。それでこの星で自由に出来ている訳だ。この国から出られん制約はあるがな。』

『国から出られない?。それは君達姉妹全員の制約かい?。』

『母様と一緒にいると思う二柱を除いてはそうだろうな。優秀な二柱だ。何かしらの対処法を見つけているかもしれん。』

『じゃあ、要約すると各国に一柱ずつ惑星の神がいて、彼女達の目的は僕等、異神と戦うこと。そういうことでいいんだよね?。』

『ああ。そうだ。もしかしたら神眷者と組んでいる妹もいるかもな。』

『スヴィナちゃんレベルの敵がいるんだね。』

『そうだな。皆わらわより頭が良いからな。世界の仕組みにも気付いてるかもしれんな。ははは。』

『……………。』


 神々、神眷者、七大大国、大罪神獣の他にも惑星神が敵だと分かった現状に言葉を失う面々。


『こほん。話を戻そうか。現状、またイグハーレンのような脅威が攻めてこないとも言い切れない。だから、戦力の分散は出来るだけ避けたいんだ。だから、皆にはこの国に残って欲しいと考えている。』

『それは構わんが。無凱はどうする?。』

『僕は話していた通り黄華さんを助けに行く。キシルティアから聞いた話じゃ紫国からダークマターの侵食が始まるらしい。そんな危険な場所にいる黄華さんを放っておけない。』

『それは賛成だね。現状、僕等の中で最も情報を持っている無凱が行くのが適任だ。戦力としての無凱が離れるのは痛いけどね。』

『なぁ、もしかして、惑星神がこの場を離れられんのは融合した柚羽も同じか?。』

『………はい。残念ですが、無凱さんとの一緒の旅は出来ないみたいです。…私はこの国に残ります。』

『………そうか。』


 真実を告げ心が沈む。

 もっと無凱さんと一緒にいたい気持ちを押し殺す。

 

『無凱よ。』

『何かな?。キシルティア。』

『貴様が旅立つのはいつにする気だ?。』

『そうだな。出来れば急ぎたい。けど…。』


 無凱さんが私を横目で見た気がした。


『キシルティア。三日後にするよ。その内の二日間、柚羽さんと二人で過ごせる部屋を用意してくれないかい?。』

『え?。』

『ククク。お安いご用だ。誰の邪魔も入れさせん。好きに過ごせ。』

『ありがとう。そういうことだ。柚羽さん。君の時間を少し貰うね。沢山、話したいことも、やりたいこともあるから。』


 それって…私のことを考えてくれていたってことで良いんだよね?。

 

「良かったな。柚羽。お前の心配はどうやら無用だったようだぞ。無凱はちゃんとお前のことも好いている。安心しろ。」

『………はい。無凱さん。宜しくお願いします。』


 別れは寂しい。

 けど、それ以上に次に会うまでの思い出が作れれば寂しさを乗り越えられる。


『さて、今後のことはまた追って話そう。』

『そうだな。戦いで皆、疲弊しているだろう。今日のところは休んでくれ。』


 こうして、今後の流れは決定した。

 この場にいる無凱さん以外で黄国を守る。

 私はスヴィナと共に黄国の切り札としてその任を果たす。


~~~~~


 それから二日。


 黄国にある大浴場。

 普段は多くの人達で賑わうこの場所も、キシルティアさんの計らいで今は貸し切り。

 湯船に並ぶ、私と無凱さん。

 私の身体に腕を回した無凱さんに体重を預けている。


『無凱さん。改めて、言わせて下さい。本当に無事で良かったです。また、元気な姿で再会出来て…私、本当に嬉しかったです。』

『僕もだよ。あんな最期…あんな別れ方をしたんだ。転生して皆と再会できるなんて、あの時は思ってもいなかった。ああ、こんな悲しい最期なのかって絶望したくらいだよ。柚羽さんにも水鏡さんにも辛い思いをさせた。仮想世界ではあんな場当たり的な行動しか取れなかったから………凄く、後悔してたんだ。』

『私もです。もっと私に力があれば…。そう思わない日はありませんでした。』

『いいや。柚羽さんは頑張ったよ。問題だったのは僕さ。クロノ・フィリアのリーダーなのにね。リーダーらしく振る舞おうとしても結局上手く立ち回れずに結果として後悔が残るんだ。閃君は僕は僕のままやりたいことをやれば良いなんて言うんだけどね。やっぱり、僕はリーダーなんて向いてない…そう、考えてしまうんだ。』

『私はそうは思いませんよ。私を含め、多くの人がリーダーが無凱さんだからこそクロノ・フィリアという家族の一員になることを選んだんです。閃さん達の存在もあると思いますが、無凱さんがリーダーという要因も間違いなくクロノ・フィリアにとって欠かせないことなんですよ。前にも言いましたが、リーダーだからって一人で抱え込まないで下さい。皆の苦難を引き受けるのがリーダーの務めなら、リーダーの負担を和らげるのは仲間の務めです。だから、私達を頼って下さい。』

『柚羽さん…はは、やっぱり君には頭が上がらないや。お酒を飲む時も…暴走した時も止めてくれるのはいつも君だ。』

『ええ。私は無凱さんのストッパーです。こればっかりは黄華さんにも水鏡さんにも…キシルティアさんにだって譲りません。』

『うん。ありがとう。柚羽さん。その言葉で僕は救われる。』

『貴方は自分の役割を果たして下さい。道を踏み外しそうになる度に私がお仕置きしてあげますからね。』

『ははは。怖いな。けど、うん。安心する。』


 私の身体を引き寄せキスをする無凱さん。

 彼に身体を預け受け入れる。


「なぁ、なぁ、無凱。柚羽。あの気持ちいいのはもうしないのか?。わらわあんな快感初めて体験したぞ!。もっとやってくれ!。」

『ゔっ!?。』

『スヴィナ!?。』


 突然、湯船の中に現れたスヴィナ。

 エーテルで作られた身体で普通に入浴をしている。


「わらわは今、感覚を柚羽と共有しているからな。柚羽の感覚は全てわらわに流れて来るのだ。なぁ、なぁ、もっと気持ちいいことしてくれないか?。わらわ、もっとあの感覚を体験したいぞ。」


 子供のような無邪気さに、大人ような恍惚とした表情のスヴィナ。

 彼女の言葉に無凱さんとの二人だけの時間…いや、二人の思い出の時間が崩れ去っていく。

 出てこないから忘れていました。

 スヴィナもいたんですよね。あの………その、色々なことをした…この二日間の体験が…筒抜けに…。

 一気に身体が熱くなる。顔もきっと真っ赤だ。


「そうだ。なぁ、なぁ、無凱。わらわにもあれ、あのベッドの上で柚羽にしてたのやってくれないか?。柚羽を経由して得られる快感よりきっと気持ち『駄目に決まってんでしょうがあああああぁぁぁぁぁ!!!。』ぐべへっ!?。」


 私のビンタがスヴィナ…いや、悪を滅ぼす。

 強制的にエーテルを解除しスヴィナに退場して貰う。


「なっ!。それはないぞ!。柚…。」

『この時間は私と無凱さんの時間です。貴女が出る幕はありません!。』

『はは…ははは…。』


 そうです。誰にも邪魔させません。

 もう数時間しか無凱さんとの時間が残されていないのですから。


ーーー


ーーー無凱ーーー


 夜風が優しく髪を撫で靡く金髪に目を奪われる。

 開けた窓から夜空と黄国の町並みを眺めていた少女、キシルティアが僕の存在に振り向かずに話し掛ける。


『明朝、旅立つのだな。』

『うん。紫国に黄華さんを迎えに行ってくるよ。』

『ああ。貴様が行くなら問題ないだろうさ。』


 暫くの沈黙。

 僕は無言でキシルティア隣に並ぶ。


『柚羽はどうした?。』

『眠ったよ。明日、僕を笑顔で見送るから寝不足にならないようにってさ。本当は…。』


 キシルティアとの時間を作ってくれってことだけど…それを口にするのもね。


『そうだな。そも思いは柚羽とお前の中だけに留めておけ、我は感謝だけ心の中に留めておく。』

『うん。ありがとう。』


 再びの沈黙。


『無凱。約束を覚えているか?。』

『勿論、僕は必ず君の元に帰ってくるよ。今度こそね。』

『ああ。なら良い。』


 キシルティアが僕の腕を掴む。

 その手には力はなく、静かに震えていた。


『大丈夫。この世界は必ず救われるよ。その為に僕達は戦っているんだ。』


 そうだ。

 僕だけじゃない。クロノ・フィリアの全員で世界を平和にしてみせる。

 閃君も、基汐君も、仁や叶だっている。


『だから、不安になることなんてないよ。今度こそ終わらせよう。君の悲しい転生の連鎖を。』

『うん…。』


 普段は強気に虚勢を張っているキシルティアだけど、本質は一人の女の子なんだ。

 この小さな身体を今度こそ僕は救ってみせる。


『無凱。好きだ。愛してる。ずっと…ずっと…これからも…ずっと!。』

『僕も愛してるよ。過去、あの時出会った時から今も、未来も。ずっと君を愛している。』

『うん。必ず…私のところに…帰ってきてね。』

『ああ。必ず。』


 満天の星空に祝福され僕等は二人、唇を重ねた。

 何十分も、何時間も。二人の唇が自然と離れるまで互いの存在を確め合った。


ーーー


ーーー


 それは、突然、現れた。


 人族の地下都市。


 各地から集められた同胞達。

 他種の脅威から逃れ立ち向かう為。

 【人功気】を広め、戦力も増強された。

 高度な青国の技術にも少しずつ慣れ、生活は豊かになっていた。

 そんな矢先の出来事だった。


 そう神様…閃はんが旅立ち、もう一月が経とうとしていた時、それは突然、空に現れたのだ。


 地下都市の空は高度な映像。

 その映像は、それが出現した瞬間に破壊され地下都市は暗闇に包まれた。


 あの黒い…漆黒の星。


 不吉な輝きが出現したその日。

 …人族という種族の終わりを告げたのだった。

次回の投稿は25日の日曜日を予定しています。

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