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第350話 狭間で

ーーー無凱ーーー


 僕の支配空間の中へ煌真君を招き入れた。

 この中なら外部に会話の内容や、僕等の状況が知られる心配はない。

 しかし、イグハーレンの持っていた神具。

 あれが黄国へ襲撃した際に使用したであろう、全ての支配空間を破壊する能力を使われたらこの空間も堪えられないだろう。

 あのキシルティアの結界すら容易く破られたんだ。

 この対話の時間もあまり長くは稼げないことは明白だ。

 キシルティア…どうか、無事でいてくれ。


『ここなら会話が出来るよ。』

『ああ。助かる。無凱さん。やっぱ、こういう空間を創れるアンタが相手で良かった。』


 今の煌真君には先程までの殺気も威圧感もない。

 僕の知っている煌真に戻っていた。

 その理由は煌真君が語った一言でおおよそ理解できた。


『イグハーレン。彼が神無ちゃんを人質に取ったというのは本当なのかい?。』


 煌真君は言った。

「…あの野郎は。チッ…。神無カンナを人質に取りやがったんだ。」と。

 強さでは僕等の中でもトップクラスの実力を持つ彼がイグハーレンの指示に従わなければならない状況か。

 悔しそうに語る彼の表情は、僕等と戦うこの状況に歯痒さを感じているのだろう。


『ああ。しかも、アイツが死んだら神無も死んじまうおまけ付きだ。魂の共有…どうやら神獣獣との同化に近い状態らしい。』

『それは…。』


 厄介だな。

 契約した神獣との同化は、言うなれば完全な同体化だ。

 心は生きていたとしても肉体は片方に吸収され一つになってしまう。

 無理に引き剥がせば当然、死んでしまう。


『俺じゃあ、神無を救えねぇ。イグハーレンの雑魚野郎は問題ねぇんだが、奴から神無を引き離す手段がねぇ。無凱さんだったらどうだ?。』

『うぅん。難しいね。直接見た訳じゃないから正確には答えられないけど、物理的にくっついているだけなら未しも魂が融合してしまっているのなら僕の能力では厳しい。』

『だろうな。神無を無傷で救いたい。そんなことが出来るのは、俺の知る限り閃の旦那の絶刀か灯月の嬢ちゃんくらいだろうな。』

『そうだね。』


 また、仲間が危険に晒されている。

 それなのに僕の力では救うことが出来ない。

 

『はぁ…わりぃな。無凱さん。俺は当分、アンタ等の敵ってことだ。情けねぇが俺は愛した女を守るために戦うぜ。』

『ああ。僕の方でも動くよ。イグハーレンの行動の最終目的も分からないけど、彼が生きている限り神無ちゃんも無事だろうし。』


 何とかしたい。

 しかし、手立てがない。どうすれば…。


『どうやら、ここまでらしいな。イグハーレンの野郎。また、あの神具を使いやがった。』

『ああ。どうやらそのようだね。僕の空間までも干渉して破壊してくるなんて、この能力は僕等の天敵だ。』

『気を付けろよ。賢磨さん達は大罪神獣との戦いでエーテルをかなり消費していた。手加減した俺の攻撃を避けられないくらいだ。このままの長期戦はマズイぜ?。』

『やっぱり手加減してくれていたんだね。』

『当たり前だろ。まぁ、手加減したのは打撃だけだがな。イグハーレンの野郎は何を考えてんのか分からねぇ奴だ。奴に悟られないように行動するのも一苦労なんだわ。』

『彼は…いや、これ以上は止そう。煌真君。僕の方でも神無ちゃんを救う方法を探し出す。これでもリーダーだからね。だから、それまでは苦しいだろうけど堪えてくれ。』

『ああ。頼むぜ。俺は俺の為に戦ってんだ。後悔はねぇさ。どんな結末を迎えようとな。』

『そうか…。』


 煌真君の覚悟を決めた目を見て、僕も決心した。

 黄華さんも。神無ちゃんも。まだ見ぬ助けを求めている仲間を必ず。助け出す。

 閃君達も頑張っているんだ。リーダーである僕が怠けてなんていられないから。


『時間だね。取り敢えず互いに距離を取ろうか。』

『了解だ。無凱さん。じゃあな。』


 その言葉の後、僕の支配空間は破壊され、僕達の身体は元いた場所に戻っていた。

 煌真君はイグハーレンの横へ移動。


 そして、僕の視界には…。


『………っ!?。』


 地面に倒れているキシルティアの姿だった。

 彼女を中心に流れ出る血液がまるで赤い池のように広がっていた。

 その瞬間、理解したくない現実に直面した僕の思考は停止した。


ーーー


ーーーキシルティアーーー


 我は…どうしたんだったか…。

 はて、胸をペティルとかいう女の神獣に貫かれたような…。


 意識があることに疑問を持ち周囲を見渡す。


 ああ。そういうことか。

 自分の身体に起きていることを理解する。

 何度も体験したからな、流石に慣れたわ。

 我がいるのは死した魂が向かう先。

 リスティールの星の中心へと続くエーテルの道が形成された空間。星と現世との狭間だ。


 本来、生命が立ち入ることが出来ぬ場所。


 視界には二つの景色。

 片方は世界の根源たる魂の流れ。リスティールの内部にある核へと集められる魂。そして、中心であるそこから溢れる魂。

 魂とは言ったが結局は、記憶が蓄積されたエーテルだ。

 生命を終え古くなった魂は、星の核へと戻り、新たな生命となって放出される。

 それが 普通 の魂が辿る輪廻だ。


 しかし、我は違う。

 我には別の道が用意されている。

 未来へと向かう魂とは真逆の道。

 過去へと自分の人生をやり直す、繰り返しの道……………が、いつもならある。筈なのだが…。


『何も無いな。』


 いつも…というのは些か自虐的な言葉だが、本来ならば我の向かうべき道が輝いている筈なのだが…。

 そして、もう一つ。

 今までと違うことがあるな。


 それはもう一つの映像。

 リスティールにて我が死んだ直後の映像だ。

 ペティルという女に胸を貫かれた我の身体が地面に落ち周囲に血の池を作っている場面だ。

 我ながら油断したな…この様な最期を迎えるとは…。


『折角…念願の再会も…出来たのに…な。』


 本当に世界は残酷だ。

 我の…望みを叶えてくれぬ。


『そりゃあな。悲しいよな。分かるぜ。お前がどれだけ、おっさんのことを待ち望んでいたかをな。』

『はっ?。誰だ!?。』


 突然の背後からの声に驚いた。

 まさか、こんな場所で会話が…いや、音が聞こえるとは考えていなかった。

 その声には聞き覚えがある。我の記憶の奥にある。…いや、そんなことより何故、其奴がここに…この星と現世の狭間にいるのだ?。

 いや、違う。一番の問題は何故我は コレ の存在にすぐに気が付かなかった。

 これだけの存在感を放つ存在に…。

 

 我の頭上には巨大な【目】の神具。

 このリスティールを含めた全ての星を、宇宙を…あの輝く恒星と一体化している 目 が見て…観察している。

 こんなモノを持つ者など我は一人しか知らん。


『貴様が閃だな。』


 振り向いて声の主の顔を確認する。

 そこには、遠く前の生の時に出会った顔があった。記憶の中のモノと違わぬ顔が…。


『おっ、俺のこと覚えてくれてんのか?。会って会話したのはお前の転生で数えて数百回前だった気がするんだが?。』

『記憶力は良いのでな。それより、何故貴様がここにいる?。無凱の話では貴様は仲間を探してリスティールを旅していると聞いていたが?。まさか、死んだのか?。』


 観測神は謂わばこの世界の最後の希望。

 そんな存在が死んだとなればこの世界も終焉を止める手段が失われてしまったということ。


『ははは。安心しろよ。今はおっさんが話した通りだ。俺の 本体 は人族の地下都市を出発したところだな。確実に仲間と合流してるぜ。力も取り戻しつつあるしな。』

『本体?。なら、貴様は何者なのだ?。』

『俺か?。俺も閃だぜ?。間違いなくな。ただ、本体から切り離され、本体がまだ獲得していない本当の力の一部ってところ…だが。』

『?。それは…どういうことだ?。』

『現在の地下都市での戦いで俺の本体は完全な観測神へと確実に近付いた。あと、一つ、二つの別れた力を取り戻せば、本来の最高神へと登り詰める。俺はその最後のピースさ。言ってみれば本体のもう一つの人格と言ったところか。今の本体は創造神リスティナの力寄りに成長しているんだが。俺はその対を為す絶対神グァトリュアル寄りの力を宿している。現在の本体が創造の力の方が得意なのもそのせいだ。』

『どうして分かれたのだ?。元は一つだったのだろう?。』

『仮想世界でな。本体様が暴走した時さ。本体の心の中にあった破壊的な衝動。絶対神の持つ全てを消し去る力が、愛する者を守れなかった怒りと悲しみで暴走、その際に切り離された。まぁ、俺が自分から切り離されて本体の負担を軽減したって感じか、本体の無意識の防衛本能と言った感じかね。そうしなければ、今頃、観測神の失敗作が出来上がっていただろうさ。意思はなく、ただ全てを消し去りながら、あらゆるものを生み出す邪神。本能のままに自らの神としての役割を果たし続けることになってただろう。仮想世界だろうと関係なくやがてリスティールやこの世界の全てを侵食してごちゃ混ぜな混沌な世界が完成してたぜ。ダークマターもビックリな糞世界にな。』

『………それは、我では何とも言えん状況だったのだな…。』

『まぁ、過ぎた話をしてても仕方がねぇだろ。今回の世界は上手く廻っている。今までで最高な現状だ。』

『最高かは我には分からんが、今までとは違うことは理解している。』

『そうかい。それだけ分かってんなら十分だけどな。アンタは十分に頑張った。いい加減、幸せになるべきだ。』

『………そう言ってくれて嬉しいがな。既にこの身は死んだ後。我に残されているのはただ転生の時を待つだけだろう?。』

『はん。もう諦めてんのか?。アレを見てもそれを言えるのかい?。』


 アレ?。

 我は閃の指差した方を見た。

 そこには我の亡骸を優しく抱きしめている無凱の姿があった。

 我の亡骸から流れ出た大量の血で服を真っ赤に染めながら…心臓を貫かれた時、吐いた際に唇に付着した血を拭ってくれる無凱。


 静かに我を抱き抱えながら立ち上がった。

 支配空間への穴を開きその中へ我の身体を収納する。

 その間も、イグハーレンは何かを話しているようだが、無凱は一切奴の方を見ないままゆっくりとした動作で支配空間を閉じた。

 次の瞬間。

 無凱の姿が消え、同時にイグハーレンの身体が吹き飛んだ。


『おうおう。おっさんがあんなに怒ってんのは珍しいな。アンタ。それだけおっさんに想われてんだぞ?。』

『無凱…。』


 狼狽えるイグハーレンを余所に無凱の打撃の連打は終わらない。

 止めに入ろうとした、大罪神獣の女も、ペティルとかいう女も、無凱一人に圧倒され顔面に拳がめり込んだ。


 胸が締め付けられる感覚。

 無意識の内に我は両手で自分の胸を押さえ付けていた。

 激しい動悸。早くなる呼吸。

 そして、静かに流れる涙。


『わ、我な…無凱に…ここまで…想われて…いたんだな…。』

『ああ。おっさんは今、アンタの為に怒ってんだ。アンタを失った悲しみでアレだけの怒りを露にしてるんだぜ?。』

『無理矢理…思い出させた記憶だ…半信半疑だろうと思っていたんだ。我は世界で一番、無凱が好きだ。だが、無凱にとっては前世の自分の気持ちだ。今は黄華や柚羽…水鏡という者もそうか。無凱を支える女が沢山いる。ぽっと出の我など相手にならんと…そう考えていた。』

『はぁ…それは、アンタ。おっさんのこと何も分かっていないってことだ。おっさんはな。誰よりも自分に想いを寄せてくれている奴を大切にしてんだ。その中には当然、アンタも含まれている。大切な人を手離したくないって一心で今まで苦悩して生きてんだぞ?。』

『………。』

『アンタはおっさんに想いを打ち明けたんだろ?。なら、おっさんにとってアンタは、もうかけがえのない存在だ。だからこそ、アンタを失ってあんなに激昂してんだぜ?。』

『ああ…無凱…我も………私も貴方を愛しています…。』


 支配空間内のエーテルを操れば他者の心の内を知ることも出来た。

 当然、無凱の心の声も聞くことが出来たのだが、我は怖かった。

 もし、無凱に何も想われていなかったとなったのであれば、我は立ち直れない。

 何を支えに生きていけば良いのか分からなくなるのが怖かった。

 だが、その考え自体が間違いだった。

 無凱は我の為にあんなに憤怒してくれている。


『もう一度………私は…あの人と…話したい…。もっといっぱい…色んなことを話したい…触れ合いたい…愛し合いたい…。うぅ…。』


 死んでしまった今、もう遅いことも理解しているが、それでも叫ばずにはいられなかった。


『わあああああぁぁぁぁぁ……………。』


 静寂にある世界の狭間に我だけの声が響き渡る。


『はぁ。泣くな。泣くな。アンタの気持ちは伝わってるさ。それにな。諦めるにはまだ早いぞ。』

『ぅ…何を言っている?。』

『本当は俺の役割じゃないんだがな。あの野郎、自分の仕事を俺に押し付けやがったんだわ。「自由に動けるようになったようだな。俺は既に黄国での用事は済ませてある。今更戻るのも面倒だ。折角だ。リハビリがてらあの元巫女に手を貸してやれ。」だとさ。こちとら絶対神寄りの力だってのによぉ、はぁ…思い出しただけで腹立ってきた。』

『閃?。何を?。』


 閃は我の身体を座らせ、手を翳す。


『ああ。取り敢えず言っとくぞ。決まりだからな。巫女の使命ご苦労さん。アンタは良く頑張ったわ。残りの命、大事に使えよ。』

『っ!?。それは…まさか。』

『ああ。生き返らせてやる。向こうもそろそろ決着が着きそうだからな。戦いが終わった後でおっさんがアンタの遺体を支配空間から取り出した瞬間に目覚めるように設定しといてやる。』

『生き…返…られるのか?。我は…無凱の元に?。』

『ああ。巫女…だった者の特権だ。けどな。生き返れるのは一度だけだ。次はない。それだけは覚えとけよ?。』

『………ああ。』

『それとな。創造神の力は苦手でな。もし生き返って後遺症とか残ったら………ゴメン。』

『いきなり不吉なことを言うな…。一気に不安になったぞ。』

『なぁに。もし後遺症が残っても俺の本体に会えば治してくれんだろ。だから心配すんなって。』

『ぅ…あ、ああ。分かった。』


 我の身体がエーテルに包まれていく。

 温かな生命の息吹を全身に感じる。


『じゃあな。キシルティア。おっさんに沢山、甘えてやれ。顔には出さないかもしれないが、おっさんは滅茶苦茶喜んでるからよ。』

『ああ。今まで出来なかった分、存分に甘えるぞ。』

『はは。そうだ。安心しろよ。アンタは幸せになれる。本体の一部でしかない俺の言葉なんて軽いもんだがな。これでも観測神だ。神の言葉を信じとけ。』

『閃。ありがとう。この恩は必ず…。』

『ははは。そんなこと気にすんな。アンタが幸せになる。それが恩返しだと思ってくれや。』

『っ。はい…。本当に…感謝します…。閃様…。』

『はぁ…くすぐってぇな。とっとと行け。』


 我は深々と頭を下げた。

 真っ暗なトンネル。しかし、足下には光輝く道が我の行き先を指し示してくれている。


『無凱………待ってて…ね。』


 我は光の中へ飛び込んだ。


ーーー


 狭間に残された閃はその姿を闇の中へと溶け込んでいった。

 元よりキシルティアを蘇生させるためにエーテルによって一時的に肉体を作ったのだ。

 目的を達した今、肉体の無い元の意識体へと戻った閃は一人狭間で現世を眺める。

 音の無い世界で一人。声も響かない場所で閃は独り言を言った。

 誰に聞こえることもなく。

 誰に届ける為でもない。

 自身の思いと考えを音の無い言葉にした。


「はぁ…創造神の力はやっぱ疲れるな…。」


「けど、まぁ、おっさんとキシルティアの笑顔が見れたってことで満足しとくさ。」


「本体様も順調に成長しているしな。」


「くく。俺様の出番も、もう少しってな。」


「なぁ。本体様よ。救えるものを全て救おうとしてると、いつか大切なモノまで失っちまうぜ?。」


「そんなことじゃ、灯月も…世界も救えねぇ。」


「まぁ、無意識下では理解してんだろうな。じゃなきゃ、俺という存在が生まれてねぇ訳だしよ。」


「さぁ。暴れてやろうぜ。本体様。俺達を目覚めさせた神々や世界に【観測神】の力を見せつけてやろうじゃねぇか!。」

次回の投稿は22日の木曜日を予定しています。

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