第348話 キシルティアの戦い
ーーーキシルティアーーー
無凱は無事、自身の生み出した固有空間、虚空間内に入れたか。
あの煌真という仲間と対話が出来ると良いのだが…。
さて、あちらのことは無凱に任せ、我は我の責務を果たすとしようか。
『おやおや、煌真さん等が消えてしまいましたね。私の計画でしたら彼だけでこの場にいる全員を始末出来ると考えていたのですが…。流石は【無限神】様の神人だけはありますね。ああも簡単に空間を操れるとは…。』
『生憎だったな。一対一なら無凱は敗けん。それに我がここにいるのだ。万が一にも貴様等の勝利などありはせんよ。』
神眷者、イグハーレンと言ったか、神父服に身を包んだ怪しい男。
無凱の話では一度、無凱の仲間に敗北したようだが、懲りずに攻めてきたというところか。
『大きく出ましたね。ですが、この状況、貴女はどう潜り抜けるつもりですか?。異神の方々は煌真さんの攻撃で既に大きな傷を負いまともに戦える状態ではありません。そして、貴女の力は、この剣が私の手にある限り私には届かない。』
『確かにな。』
我の能力は我の体内より生み出されたエーテルを広げ、その内にある空間の法則を自在に変えられるというもの。
空気を奪うも、対象を内から爆発させるのも容易いのだが、あのイグハーレンという男の持つ神具。
無凱達の故郷である仮想世界から復元された異世界の神具の劣化複製。
しかし、その力は本物。
現に何度も我は支配空間を広げ、奴に攻撃を仕掛けているのだが、あの剣によってイグハーレンの周囲だけ力が発現せん。
『だが、仲間を逃がすことは出来るぞ?。』
『?。』
我は無凱の仲間達を空間内の別の場所。
一応、保健室にしておくか。
そこに転移させた。
『成程。対象を別の場所へと飛ばすとは、そんなことまで出来るのですね。普通の生物には許される範囲を越えた力だ。恐ろしいことです。我々が神々の力を手にする機会がなければ、貴女はこの世界すら手中に納めることも出来たことでしょう。』
『ふん。そんなものに興味などないわ。我はただ…一人の女としての生を幸せの中で終えたい。それだけが望みだ。断じて貴様等のような歪んだ目的とは違う。』
『ふむ。歪ん…だ。とは、いやはや所詮貴女は一つの生物でしかないことが確認できました。ふむ。力はあってもその程度の次元でしか考えられないとは嘆かわしい限りです。』
『言っていろ。そもそも貴様と対話する気など毛頭無い。さっさと我の国から追い出してやるわ。』
『そうですか。そうですか。煌真さんも消えてしまいましたし仕方がありません。当初の予定とはズレてしまいましたが私が動くとしましょうか。』
『え~?。イグハーレン様~。私がやりたい~。』
『いいえ。グリナリサ。貴女がこの場にいる目的は既に果たしています。故に貴女の出番はありません。後ろで私の戦いでも見ていて下さい。』
『え~。退屈~。』
『何か、文句でも?。確かに貴女は強いです。しかし、他の大罪神獣は二体が撃破され、一体は吸収されてしまった。どうやら、貴女方には、まだまだ調整が必要なようです。既に我々の目的は最終段階へ移行しつつあります。本来ならば貴女は一刻も早く白国へと帰還し今回の戦いで得た情報の報告に行く必要があるのです。しかし、それは今は難しい。故に暫く見学です。』
『むぅ。分かりました~。まだ、神具は解除しない方が良いのよね?。』
『はい。貴女が降らしているこの雪があれば、彼等は十全なエーテルを扱えませんから。僅かに少しずつ弱らしていきましょう。』
『ふふ~。了解~。』
『ああ、もう一つ。くれぐれも私の剣の効果範囲外へ移動しないように。でないと死にますよ?。』
『それも、了解。』
あの女の大罪神獣が持つ氷の結晶のような形の槍。
黄国を覆う黒い雲とゆっくりと降り続ける雪。
手に付着したエーテルから雪の性質を読み取る。
成程な。
この雪が溶け体温で蒸発する際に我のエーテルが抜き取られている。
ほんの僅か、余りにも微細な量のせいで気が付かなかったが…これで我等の弱体化を図っていたのか。
それにイグハーレンは我の能力を侮っても、油断もしていない。
あの大罪神獣の女が奴から離れた瞬間、仕留めてやろうと思っていたのだが…そう簡単にいかんらしい。
『さて、我々の目的の為に早々に貴女を倒し黄国を乗っ取るとしましょうか。』
『貴様に出来るのか?。それは我を倒すことに繋がるぞ?。』
『ええ。今の私ならば貴女にも勝てる計算です。』
『そうか…面白いな。貴様!。』
支配空間を広げた。範囲はこの黄国全域。
この空間内で起こる出来事は全て感知でき、思うように操れる。
状況確認。
無凱が創り出した空間が我の支配空間の中でぽっかりと空いている。
どうやら、無事に対話が出来ているようだ。
そして、もう一つ。
ふむ。姿を見せんと思ったが、どうやら目的の者を決めたようだな。スヴィナ。
この場にいない…ということは柚羽か…。
やれやれ、無凱との旅を楽しみにしていただろうに、スヴィナに選ばれては、もう黄国から出ることは出来んではないか…。
仕方ない…別れの直前まで無凱との時間を譲るとしようか…。
『やれやれ。我は良い女だと思わんか?。』
『はて、急に何を言い出すのか。確かに見た目は美しいですが、生憎、私の好みではありませんよ!。』
『そうか。まぁ、我は一人の男に好かれればそれで良いのでな!。』
自身の身体を転移させ、イグハーレンの頭上へと移動。
手に纏わせたエーテルを伸ばし簡易的な剣の形と性能を与え斬りかかる。
『ほぉ。エーテルの物質化ですか。神具を持たない貴女がエーテルに形を与えるとは…その様なことも出来るのですね。』
『経験と努力は嘘をつかぬ。神に届かぬとも近付くことは出来るのでな!。』
剣の一撃を躱したイグハーレンへ追撃の一撃。
『くっ…速い…。』
『っ!?。防ぐか!。』
不意をついた一撃。
しかし、奴の手に持つ神具で受けられた。
それだけに留まらず、奴の神具に接触した途端、我の刃を模したエーテルは形を維持できず霧のように霧散してしまった。
『これはこれは。今のは危なかったですよ。体内を巡るエーテルによる肉体強化も私達の上を行くようですね。』
剣の横からの薙払いを身体を逸らして躱し、転移を発動する。
『っ!?。くっ…転移の座標が乱れる。』
『ええ。そこはこの剣の効果範囲内ですので、エーテルでの移動は不安定となります。よって、次の攻撃はどうされますか?。』
イグハーレンの身体から無数の蛇が這い出て飛び掛かって来た。
転移は使えない。使えても奴の剣の間合いでは先読みされるのが落ちだ。
故に、全力で奴から距離を取る。
取れるだけ、可能な限り、後退し我の支配空間が剣の放つエーテルを上回れる距離まで後ろへ下がる。
『捻れて消えろ。』
支配空間に囚われた無数の蛇が、その身体が強引に捻曲がりバラバラに分解され消滅する。
『まさか、これ程とは。やはり、貴女の能力は侮れませんね。』
『ふん。今ので理解したのか?。』
『ええ。今の蛇は私の身体の一部です。勿論、一部であるので私の意のままに操れ感覚も共有できます。貴女の支配空間に囚われた際に、いくらか抵抗を試みましたが…はぁ...無駄に終わってしまいました。』
『当たり前だ。文字通り、年期が違う。我にしてみれば貴様など童も同然だ。小僧。』
『ええ。そうでしょうね。今の一瞬の攻防だけでも理解しましたよ。どうやら、貴女は我々よりも更に高みにいる。それは体内に内在するエーテルの量を含め、その扱い、練度によって培われた純粋な強さ。その全てが神の領域へと至っている。』
『ふっ。褒めても何も出んぞ?。それで?。そこまで分かっていて我にまだ挑むのか?。大人しく黄国を諦め自らの国へ帰るが良い。』
『ふふ。それは出来ませんよ。貴女程の危険な存在を野放しに出来る程、我々には余裕がありません。それに、貴女の強さは認めましたが勝てないとは思っていません。なので、多少強引ですが強攻策を取らせて頂きましょうか。』
何をっ!?。
『さぁ、【シセカナシキノツサメ】。貴女の本当の力を解放しなさい。』
神具を天に掲げた瞬間、その剣が脈打つように周囲にエーテルの波紋を広げた。
その波紋は空気中を波のように伝い、我が周囲に展開した支配空間を弱めていく。
まるで、波紋の一つ一つが強固に編まれたエーテルの布を少しずつ紐解いていくように、我の世界が崩されていく。
そして、次の瞬間。
剣の刃の側面から交互になる形で刃が飛び出した。
その形はまるで七支刀のような形状へと変化し、イグハーレンはその剣を地面へと突き刺した。
『さぁ、この目障りな支配空間よ。消えなさい。』
それは、まるで硝子が割れるような音と感覚があった。
我が世界へと捩じ込んだ空間はバラバラに砕かれ、散り散りに崩れ落ちる。
同時に、空間を創造する為に流していたエーテルが一気に失い。急激な身体の怠さが全身を襲う。
『くっ!?。これは…そうか。その能力で黄国に張り巡らしていた結界を突破したのか…。』
よろけそうになる足にムチ打ち、何とか踏み留まる。
あの剣、我や無凱のような空間を支配する能力とは相性最悪だな。
この身体にのし掛かる重さと怠さ。
あの剣で破壊された空間を創造する際に使用していたエーテルが還元されず消滅してしまうらしい。
これでは回復に相当な時間が必要になる。
更に…厄介なことが…。
『くっ…。エーテルが外に出せん…。』
『ええ。その通りです。この神具が地深くに接続されている限り、この神具の効果範囲内にい全ての者は体外にエーテルを放出出来なくなります。故に貴女はもう支配空間を創れません。』
『そういうことか…。だが、我がその程度で怯むと思ったか?。』
体内で練り上げたエーテルを全身に巡らせ、通常よりも多くのエーテルが肉体を活性化させる。
それにより、肉体の強度と精度は格段に向上し、身体機能を一時的に強化した。
『エーテルを外に出せんだけだ。まだ、戦いようはあるわ!。それに…。』
転移は使えないが、強化された脚力で一気にイグハーレンとの距離を詰める。
『エーテルが外に出せないのはこの場にいる全員なのだろう?。それには当然貴様自身も含まれているんだろ!。』
そして、我の拳は一撃で奴の防御を抜け決定打と成り得る威力を誇る。
『ええ。その通りです。そして、肉体を強化出来るのは此方も同じ。』
『っ!?。』
我の強化した拳を意図も容易く受け止めたイグハーレン。
『確かに、貴女はお強い。本来であれば私など相手にならないでしょう。しかし、今は違う。』
『なっ!。にっ?。うぐっ!?。』
イグハーレンの拳が我の背中に振り下ろされる。背中に走る衝撃と地面に叩きつけられたことによる衝撃が身体の中で衝突し呼吸が一瞬止まった。
『ごほっ。ごほっ。あぐっ!?。』
我の首を掴み軽々と持ち上げるイグハーレン。
浮遊感を感じる余裕もなく、締め付けられる首の痛みと苦しさで視界が点滅する。
『お忘れですか?。貴女のエーテルは、彼女の神具が降らせた雪によって少しずつ失われていたことを。』
『っ!?。』
あの雪か…体温で溶ける際にエーテルを吸い取っていく。しかし、あれは極小な量のエーテルだった筈…あの程度…自然回復の方が上をいく、故に大した影響はなかった筈…。
『ふふ。貴女の考えが手に取るように分かりますよ。良いでしょう。教えて差し上げましょう。彼女の持つ神具も空間を支配する能力を持ちます。その効力で降る雪は対象の身体に触れると蒸発する。その際に対象の肉体に宿るエーテルも共に抜き取ります。まぁ、ここまでは貴女の考え通りでしょう。しかし、貴女にとって誤算なのはここからです。あの雪が奪うエーテルは貴女が体内に持つエーテルの絶対値の上限から奪います。そして、上限は彼女の神具の効果範囲内にいる限り戻ることはない。さて、貴女はどれだけの雪をその身体に付着させたのでしょうね?。』
知らず知らずの内に我のエーテルの絶対量そのものが減らされていた。
我自身でも気づかぬくらい少しずつ、それでいて確実に我は弱体化させられていたのか。
『そして、貴女の誤算はもう一つ。』
『ぐぶっ!?。』
イグハーレンの拳が腹にめり込む。
『ふふ。本来の貴女が強化すれば、今までの私の拳など効くこともなかったことでしょう。』
『がふっ!?。』
わ、我が体内で練ったエーテルを突き破る威力の拳が何度も腹を突く。
『ですが、現在は違います。この身体は既に貴女の知る神眷者の枠組みから外れています。神によって授かった能力と神具。敗北を知り、更なる神の恩恵、そして、神獣との契約と同化。その後、異世界の神具を得た。』
『ぐふっ…。』
『ほら?。どうですか?。私は神眷者でありながら神の領域へと至っているのです。』
『……………。が。』
『はて、何でしょうか?。もう少し大きな声で話してくれなければ聞き取れないのですが?。』
『はっ…粋がるな小僧。貴様が拳を振るっているこの腹は我の愛しき者の子を孕む為にある。貴様ごときが触れて良い箇所ではないわ。戯けが。』
『ふふ。そうですか。それは可哀想に。』
『ごぶっ!?。』
渾身の一撃が腹部を撃ち抜く。
その衝撃で服が破れ、我の身体は地面を数度跳ね、その後、何回も転がった。
『分かりますよ。それでも貴女はこう考えている。私では異神には勝てないと…ね。』
『そ……う…さな…。我の最愛の者と…その仲間達は…無敵…だ…。』
『くくく。ええ。彼等は強い。それは認めましょう。ですが、私は既に彼等の力をも取り込んでいる。この意味がお分かりですか?。』
『なっ!?。その…者…は?。』
知っている顔。
前世にて会合した記憶のある人物。
無凱に紹介された記憶。
イグハーレンが合図すると、その横から現れた巨大な蛇。
その額にある神獣の証である宝玉が埋め込まれている。
そして…その宝玉の中に眠るように封印され捕らえられている少女。
『その顔。どうやらご存知のようですね。彼女は異神の一人。神無さんという方です。彼女は今、私と融合した状態です。彼女の力も能力も神具でさえ私のモノとなっています。私と彼女は今や一心同体。私が死ねば彼女も死ぬ。ふふ。そういうことです。』
『あの…煌真…という、男は…。』
『ええ。彼女が私の中にいる限り、あの男は私の傀儡ですよ。くく。さぞ、歯痒いでしょうね。』
『下衆が。』
『ほぉ。まだ、その様な口が利けるのですね。』
イグハーレンが地面に突き刺した剣を抜く。
エーテルが戻るのを感じ、瞬時に空間を支配しようとした…が、ダメージを受け過ぎた身体と失ったエーテルのせいで上手く空間にエーテルが放出出来ない。
その間に接近していたイグハーレンが我の胸に剣を突き立てる。
『ぐふっ…。』
口いっぱいに鉄の臭いと液体が喉の奥から上がってきた。
エーテルを無効化する剣が直接肉体を貫いたことで身体を強化するエーテルすら失い、今の我は生身の人間と変わらない。
『もう一つだけ。貴女にとっての絶望的な話をしましょう。』
『………。ぅ…。ぁ…。』
上手く喋れん。
『確かに貴女は私達以上のエーテルを、その小さな身体に内包しています。ですが、それを扱う肉体には限界がある。それは神の領域に足を踏み入れた私達、神眷者や異神とは異なる生物としての限界です。生物の本能であり制約。自身の肉体を破壊しないための無意識の防衛本能。故に貴女はどう足掻いても我々のように内にあるエーテルの全てを扱うことは出来ないのです。』
『ぅあがっ!?。』
突き刺した剣をグチギチと動かし傷口を抉り広げていく。
『よって、最も驚異となる空間支配を使えない貴女では我々には勝てません。何度、生を繰り返したとしても。生物である限り。』
無凱…。
胸の傷は致命傷。心臓は破壊されて呼吸すらままならない。
もう数秒の命しか残されていないだろうな。
はぁ…無凱…。
折角、また会えたのに…もっと話したかったのに…。
もっと…愛して…欲しかった…のに…。
『さて、もう死ぬでしょうが。トドメといきましょうか。心臓は破壊しましたが、生まれながらにエーテルを体内で生成している生命です。この程度ではすぐに絶命とまではいかないでしょう。なので…。』
もう一つの刀を抜き放つイグハーレン。
紫色のオーラを纏う怪しげな神具。
『確実に首を跳ねておきましょう。』
刀が我の首に狙いを定め振り抜かれる。
眼前に迫る【死】。
我は…死ぬ。
…………………………いや、死ねん。
どれだけ待ったと思っている。
どれだけ嬉しかったと思っている。
そう簡単に諦められる程、我が歩み続けた繰り返しの 生 は軽いものではない!。
『小僧が…舐めるな!。』
『っ!?。』
胸に刺さる刀の側面を掴み、そこを支点に身体を回転させる。
多少、肉が斬れる痛みを感じるが死ぬよりはマシだ。
地面に沿うように動かした身体と剣の間に出来た僅かな隙間を確認した瞬間、倒立し剣から逃れる。
同時にイグハーレンが振り下ろした刀の側面を蹴り、その反動で奴から距離を取った。
『成程。エーテルなど使わずとも培われた体術もまた貴女の強みでしたか。』
奴と話している時間はない。
もっと離れて、体内のエーテルで破壊された心臓を回復させねば。
『ですが、甘いですね。ふふ。我々の仲間はまだいるのですよ?。』
『っ!?。』
『ふふ。待ってたわ。マスター。この女。殺しちゃっても良いのよね?。』
『はい。………と言っても、もう胸を貫いているではありませんか。ペティル。』
『あぐっ…こ、の…。ぅ…。』
回復途中の心臓を抜き取られた我は、無凱を思いながら意識を闇の中に沈めていった。
次回の投稿は15日の木曜日を予定しています。