第343話 無敵の能力
ーーー里亜ーーー
あれは、仮想世界で皆がリスティナに世界の真実を聞いた後のことだった。
自分達が生まれて、生きていた世界。
それが、実は神によって擬似的に創られた仮想の世界だと教えられた。
その事実を聞いた私。
正直、ショックだった。
今まで何気なく過ごしてきた日常は、知らない誰かに与えられた仮初めだったんだから。
自分という存在も、自分が過ごしてきた日常も、全てが別の目的の為に用意された一部でしかなかったのだから…。
自分って何なんだろう…一人になるとそんなことを考えてしまう。
だけど。胸の蟠りが高まる中で、私達は自分達の日常を生きることしか出来ない。
私達の世界は壊れ、限られた中で外敵、未知の脅威に警戒しながら変化した日常を送ることしか残されていないのだから。
白聖にいた頃は、生き残る為に強さを求めることだけを考えて過ごした。
立場、地位が上がれば自分の大切な人達を守れる。
そう信じて私は力を磨いた。
けど、結局それは無駄なことだったと後で知ることになる。
私はエンパシス・ウィザメントのプレイヤーでなかった人達、つまり、仮想世界で能力を得られなかった人達を守りたかった。
能力を持った者が優遇される世界で、それでも懸命に生きる人達を助けたかった。
私の家族も、友人もその中にいたのだから…。
けど、結局それは無駄なことだった。
私が助けた人達は、皆、当時、敵だと思っていたクロノ・フィリアの皆を倒すための実験に利用されていた。
私の大切な人達も…既に生け贄になった後。
地位も、大切な人達も失い、白聖を裏切った私には、何も残されていない。そう考えていた。
私はベンチに腰掛け、目の前の光景をただ眺めていた。
クロノ・フィリアに入って半年。
ここでの生活にも慣れて、日常が充実してきた頃だ。
私は今、広い運動場へと足を運んでいた。
ここでは、リスティナに強化して貰った能力の特訓を行うメンバーが集まり、日々、切磋琢磨している。
私もその一人。
滴る汗をタオルで拭き取りながら、恋人の涼君が行っているトレーニングを眺めていた。
バレンタインの後、私から告白し恋人になってくれた涼君。
そんな彼は、煌めく汗を飛び散らせながら体術の練習に精進していた。
『はっ!。……………はっ!。』
彼が拳を突き出す度に、飛び散る汗がキラキラと輝き私の瞳に映る彼の姿を鮮やかに彩る。
これも好きになった影響なのかな?。
彼の全部が格好良く見える。
白聖にいた頃じゃ考えられないことだけど、私も恋をしてるんだなぁと実感する。
不意に周りを見渡す。
そこには、いつもこの場所を利用するメンバーが揃っていた。
威神君と美鳥さん。楓ちゃん。月夜ちゃん。
無凱さん。柚羽。初音。響。
裏是流君。白さん。時雨さん。
そして、奥には閃さんと無華塁ちゃんと累紅さん。
他のメンバーもたまに利用してるけど、別のトレーニングルームもあるからそっちを利用する人達もいるんだ。
基汐さんや煌真さん。赤皇さん達とかね。
『ふぅ…。』
あっ。涼君が一段落ついたみたい。
『お疲れ様。涼君。』
『はぁ…はぁ…。あ、ああ。ありがとう。里亜。』
近付いた私から受け取ったタオルで顔を拭く涼君。
汗に滴る表情が格好良い…。
『はぁ…。はぁ…。はぁ…。』
特訓に納得していないのか他のメンバーの特訓している様子を眺める涼君。
特に閃さんのことを注視し、彼の動きから何かを学ぼうとしているみたい。
『なぁ。里亜。』
『うん?。何?。』
ベンチに腰掛けた涼君の横に座る。
用意していたスポーツドリンクを渡すと、それを一気に飲み干す。
『俺は強くなっているだろうか?。』
『え?。』
そんなことを口から溢す涼君。
リスティナのお陰で私達のレベルは150になり、スキルもより種族に合致した実戦的なモノを獲得した。
その力もこうした日々のトレーニングで使いこなせるようになって、私達は確実に強くなってる。
私はそう思っていた。
『うん。以前に比べればびっくりするくらいに強くなってるよ。能力も使いこなせるようになってるし、私達は以前の私達を遥かに凌駕してる。レベルも上がったしね。』
『ああ。確かにな。強くなっている。けど、まだ届かないんだ。』
届かない?。
涼君が見つめる先には特訓している閃さんがいた。
涼君が閃さんに憧れていることは知っている。
その強さを目標にしていることも。
『やっぱり、あの人は特別だな。』
『閃さんのこと…だよね?。』
『………ああ。』
私も自然と閃さんを眺める。
無華塁ちゃんが放つ理解しがたい異常な攻撃をいとも容易く受け流してる閃さん。
あの人は別格だ。
クロノ・フィリアには凄い人達が多い。
あそこにいる無凱さんも裏是流君も、特訓で強くなればなるほど、彼等の強さを肌で感じてしまう。
だけど、閃さんは更にその先にいる。
実力が向上すればする程、自分との差を明確に突き付けられるんだ。
かつての私達はそんな彼等を相手にしようとしていたんだ。
今考えると本当に恐ろしいことをしようとしていたのを自覚する。
『憧れていた。いや、今も憧れている。こんなに近くにいるのに、共に語らい、日常生活も共にするのに…。あの背中を凄く…遠くに感じるんだ。』
『………。』
『いや、悲観している訳じゃないんだ。何て言うのかな?。俺が憧れていた人は…あの人に憧れた俺は間違っていなかったんだと…ああ。そうだ。俺は嬉しいんだ。』
『嬉しい…んだ。』
『ああ。あの人と共に戦いたい。共に肩を並べて、背中を預け合って戦いたい。かつてはそう思っていたんだ。けど、今は違う。』
『………。』
『彼が…閃さんは俺の前にいる。俺が高みに至れば彼は更にその上にいる。俺の歩んでいる道の先に彼がいて、俺は彼と同じ道を歩いている。そのことが俺を更に高めてくれる。そう思うんだ。』
共に高みへ至ることより、同じ道を歩むことの方が嬉しい…か。
『ふふ。』
『あれ?。変なこと言ったかな?。』
『ううん。ごめんなさい。涼君らしいなぁって思ったら私も嬉しくて。つい。』
『俺…らしいかな?。』
『うん。けど…そんな涼君が私は好きだよ。不器用な私の王子様。』
『そ、その呼ばれ方はテレるな。』
閃さんは、私達のような存在とは何処か違うんだ。
具体的なことは言えないけど、言葉にするには難しい感覚だけど、共に過ごすと体感できる。
同じ空間、同じ場所で過ごしていても、私達とは何処かが違う。
そう。存在そのものが、まるで高次の存在のような感覚を覚えるんだ。
『美緑がね。最近、笑うんだ。』
『美緑ちゃん?。』
美緑は幼い子供の時、涼君と同じ孤児院に居たことは聞いた。
お兄さんの律夏と一緒に。
今は…端骨に操られてしまった緑龍のメンバー達と一緒に私達の敵となって…いる。
『閃さんが美緑の恋人になってくれて…美緑の心の支えになってくれて…。あの娘は笑うようになった。世界が侵食されてから美緑はいつも押し潰されそうなプレッシャーと戦い、緑龍のメンバーの為に戦ってきた。笑顔なんてみたことはなかったな…。』
『けど、今は楽しそうだよ。』
『ああ。美緑は本当に心の底から笑うようになった。心から寄り添え合える人と出会い、自分の全てを受け止めてくれる相手に。閃さんには感謝してるんだ。俺には出来なかったことだから…。』
強く拳を握る涼君。
けど、その表情は嬉しそう。
本当にこの人は真面目だなぁ…ふふ。そんな貴方だから私は…。
『俺は閃さんに憧れていた。その気持ちは今も変わらない。だが、今は憧れよりも尊敬に近い気持ちだ。彼は俺の恩人なんだ。だから、この新たに得た力も、彼の意思に従い、彼が望む人達の為に使いたい。』
『平和な日常を取り戻す為に…でしょ?。』
『ああ。はは…皆、同じ気持ちだろうけどな。』
『うん。私も同じだよ。智鳴さんの案内でクロノ・フィリアに入れて貰えて沢山のことを知って、今は同じ志を抱いた人達と共にいる。確かに失ったモノも多いけど、新しく得たモノも沢山あるから…。』
私は涼君の腕に抱きつく。
『涼君が誰かを支えるなら、私は涼君を支えるからね。』
『はは。ありがとう。しかし、俺の中で里亜は特別だ。誰よりも優先する存在だよ。だから、俺も里亜を支えるから。一緒に平和な日常を取り戻そう。』
『うん。頑張ろうね。』
『ああ。そして、改めて、これからも宜しくな。里亜。愛している。』
『私も。愛しています。涼君。これからも…ずっと…。』
~~~~~
涼君…必ずまた会いましょうね。
初音が神具の全ての力を解放した。
初音の従える【音響の騎士】とルグリオン使役する影狼の群れとの衝突。
私も覚悟を決めなきゃね。この戦いで生き残る為に。
『神具、起動。同時に展開!。』
【磁界柔金液令嬢 マグヴォルン・ウォーリタルナ】の切り札。
柔金液令嬢はその姿を変化させ、私の周囲に無数の金属の糸のように張り巡らされる。
そして、中心にいる私を起点に巨大な砲身が形作られた。
起動の合図と共に周囲の糸の尖端から細かな金属の粒子同士を磁気の力で高速で衝突させ続けた結果、発生した電気エネルギーをエーテルで増大化、そこに斥力と引力の性質を混合した磁気球を作り出し電気エネルギーと融合させる。
『神技!。』
柔金液令嬢が変化した砲身内部は磁界が形成されている。
私は構え、右手にエーテルを集中。
巨大な磁気の塊となったエネルギーに向かっておもいっきり拳を突き付けた。
『【超電導磁光球】!。』
磁気球は磁界の中で加速し音速を越える速度で放たれた。
ーーー
ーーー初音ーーー
部屋の中に響く音色。
指先から鍵盤へ伝わる振動が、音となって室内に飛び出していく。
様々な音が重なり、絡まり、合わさることで、個々、別々だった音は一つの形となりメロディーとなって耳に届く。
それは、様々な文字の羅列の連なりが物語を紡ぐ小説に似ている。
音は一つ一つ違うのに、合わさることで様々な姿を表現する。
音の音圧。音の音色。音の音程。
それらの組み合わせ方で聞いている人の心に感動や躍動、哀愁などを与えてくれるんだ。
私はそんな音を生み出せる楽器が大好きだった。
吹奏楽を小さな時からやっていた。
色んな楽器を演奏したい。そんな思いで始めたんだ。
『凄い。凄い。初音は上手だね。聞いてて心地良いよ。』
ピアノの鍵盤から指を離した私はゆっくりと顔を上げた。
そこには私を覗き込むように浮かぶピエロ…裏是流君がいた。
『ふふ。沢山練習しましたから。』
『初音は頑張り屋さんだもんね。特訓も一生懸命やってるし、こうやって楽器の演奏も頑張ってる。はは、僕はそんな初音が大好きだよ!。』
『そ、そうですか?。あ、ありがとうございます。裏是流君。』
裏是流君は恥ずかしがり屋なところがあるけど、二人きりになると凄く素直に褒めてくれる。
『ねぇ。ねぇ。あれ引ける?。あの…アニメの曲。』
裏是流君が手渡してきた一枚の紙にはアニメのタイトルが複数個並んでいた。
『ああ。これなら分かりますよ。ええ。全部弾けます。』
『本当!。はは!。じゃあ、メドレーで弾いてよ!。』
『はい。良いですよ。では、ご静聴下さい。』
私は記憶を頼りに音を奏でていく。
昔から人気の曲は勿論、アニメやドラマなどの曲を片っ端から弾き続けてきたせいか、こうして裏是流君が好きな曲も弾くことが出来る。
私の演奏を真剣に聞いてくれる裏是流君が何だか可愛く感じてしまいます。
男の人は可愛いより格好いいと言われたいと聞いたことがありますが…裏是流君はやんちゃな少年といった感じなんですよね。
ふふ。本人に言ったら怒るでしょうが、やっぱり可愛い。
『ふふん~。ふん~。』
鼻歌を交えながら私の演奏に聞き入っている裏是流君。
少し悪戯しちゃおうかなぁ~。
奏でる音に魔力を含ませる。リラックスする心地好い、優しい想いを込めた魔力を。
暫く、演奏をしていると裏是流君の鼻歌が止まる。
演奏しながら横目で確認すると、静かな寝息を立てた裏是流君が横にあったソファーに移動していた。
『ふふ。寝顔は幼い子供ですね。』
今は白さんも、時雨さんも、響もいない。
私と裏是流君の二人だけ。
たまには良いですよね。ちょっとくらい、二人の時間を満喫しても。
『失礼しますね。』
眠っている裏是流君の頭を少し持ち上げて膝の上に置く。
膝枕の形になった私はそっと落ちかけているピエロの仮面を外した。
サラサラの髪を優しく撫でながら、子守唄のように小さく歌を囁く。
愛情の感情を込めた魔力を含ませて。
『裏是流君。』
いつも助けてくれてありがとうございます。
『大好きです。』
寝ている彼の頬にキスをして、私は彼とのささやかな時間を満喫した。
こんな時間がずっと続けば良いのに…。
~~~
裏是流君。
貴方もきっとこの世界の何処かで戦っているのですよね。
なら、私も負けてはいられません。
神具。
【音響盤奏軍戦姫神 シルフォエル・プミリアーニ】の演奏を加速させる。
情熱的に、躍動的に、好戦的に。
エーテルによって形作られた騎士達の能力を最大限まで引き上げた。
影の狼達と互角に渡り合えている。
同時に私の分身体もルグリオン本人と戦えている。
ランスの一撃を影の爪で防ぐルグリオン。
無効化する能力にも限界があるのか、それとも条件付きなのか。
ルグリオンの死角。背後から少し離れた場所で里亜が神技を発動している。
なら、私はその援護に回る。
ルグリオンの注意を此方に引き寄せ、確実に里亜の神技を命中させる。
次の瞬間、放たれた神技。
電磁加速された磁気球は高速で打ち出された。
反応速度の更に上。目にも止まらぬ速さでルグリオンに向かう。
私は騎士達を使いルグリオンの手足を拘束した。
その直後。
『な?。何だこりゃ!?。』
ルグリオンの身体が背後から磁気球に呑み込まれた。
私の騎士達もその強大な威力に呑み込まれ跡形もなく消滅していく。
磁気球はルグリオンの身体に触れた瞬間、急激に膨張し巨大な球体を作り、周囲のモノを吸収し内部の外に反発する力と衝突することで取り込んだ全てを押し潰す。
………筈だった。
『うぜぇな。コレ。』
そんな、やる気のない一言。
つまらなそうに腕を振り上げたルグリオンに里亜の神技は無情にも破壊され無力化された。
『そんな…これでも…駄目なの…。』
依然、無傷のルグリオン。
エーテルの乱れすら感じられない。
『はぁ…驚かせやがって。…言っただろ?。俺は最強だ。お前等ごときじゃ相手にならねぇってよ。でだ、そろそろ飽きたんでよ。いい加減、ケリつけさせて貰うぜ?。はあああああぁぁぁぁぁ!!!!!。』
ルグリオンが神具を起動する。
今まで操っていた影を全身に纏い変身。
エーテルで影を強固な鎧と化したその姿は…。
『はぁ…行くぜ…。はっ!。』
『『っ!?。』』
獣。漆黒の狼が視界から消えた。
『うがぁっ!?。』
突然、私の神具の支配領域を掻い潜り目の前に現れた。
私がルグリオンの姿を捉えたと同時に腹部に衝撃と激痛が走り、固定されていた私の身体は神具の破壊と共に後方に吹き飛ばされた。
そして、回転する視界と失われた方向感覚の中、背中に衝撃が走った。
どうやら、大きな瓦礫にぶつかったみたい。
『うぐっ…。里亜は?。っ!?。あぶっ!?。』
掠れる視界で周囲の、里亜とルグリオンを確認しようとした瞬間、私に向かって何かが飛んできた。
衝撃を受け止めきれず、そのまま転がった。
『ご、ごめん…初音…。』
腕の中の里亜が謝る。
どうやら、飛んできたのは里亜。
そして…。
『おらっ!。二匹纏めて死にやがれ!。』
追撃をかけるルグリオン。
ドリルのような螺旋状の影を纏い突撃してきている。
『うっ…。』
動けない…壊された神具を再展開するエーテルも残ってない。
それは里亜も同じだ。駄目だ。あの攻撃を防ぐ術がない。
『死ねぇっ!。』
『いいえ。私の友人であり、家族である彼女達を殺させはしません。』
『てめぇはっ!?。』
『【螺旋波動】!。』
回転する影に対し、逆回転するエーテルを衝突させ相殺した。
『柚羽…。』
『はい。お疲れ様です。二人は休んでいて下さい。この神獣の相手は私がします。』
柚羽は私達に笑顔を向ける。そして、此方を睨むルグリオンへと視線を移動させた。
『また、雑魚が増えやがったか。まぁ、一匹雑魚が増えたところで最強の俺様の勝利は揺るがねぇがな。』
『影の神具に。無効化能力。ええ。聞いています。ですが、その能力、完璧ではないようですね。』
『何を言っていぶっ!?。』
なっ!?。
エーテルの波動を後方に発射した柚羽が一瞬でルグリオンとの間合いを詰めた。
そして、ルグリオンの下顎を、肘から放出した波動で加速させた拳が打ち抜いた。
次回の投稿は17日の木曜日を予定しています。