第342話 音奏と磁界
逆立った髪と鋭い犬歯。長く器用に動く尻尾。
荒々しく野生的な風貌。
二の腕には赤い宝石が埋め込まれた神具。
【傲慢の大罪神獣】ルグリオン。
黄国に攻めてきた白国の刺客の一人。
『行けやっ!。狼共!。雑魚共を蹴散らせ!。』
ルグリオンの影から出現した八体の黒い狼達が一斉に飛び掛かる。
鋭利な爪が輝き、その牙が獲物と認識した里亜と初音に向く。
『初音!。』
『うん!。了解!。神具!。』
初音の持つフルート型の神具にエーテルが宿る。
『【音響波神奏笛 プミリアーニ・シルフォエル】』
エーテルを込めた 音 に破壊力を与えた弾丸。
目に見えない空気の振動である音の塊が高速で放たれる。
飛び掛かる八体の狼は音の弾丸をその身に受け弾け飛んだ。
『里亜。あの狼達。確かに速いけど防御力は大したことないみたい。』
『みたいね。確実に潰していけば大丈夫そう。初音。援護をお願い。私が前衛を担当するわ。』
『うん。分かった。任せて。』
転生したことで【音奏神】となった初音は、自らが奏でる 音 にエーテルを含ませることで様々な効果を聞いた者に与えることが出来る。
フルート型の神具を前に出る里亜に対し使用。肉体、エーテル、身体能力の強化するメロディーを奏でた。
『はっ?。まずはテメェが死ぬか?。女?。』
『死なないわ。貴方を倒す。神具。』
里亜が神具を出現させる。
彼女の背後に液体のような金属が出現した。
代刃が仮想世界で使用していた【魔柔念金属】と似た性質を持つ液体金属。
そして、その液体金属の周囲に無数の金属の粒が集まり始め付着、人の形を象っていく。
女性のようなシルエット。まるでドレスを着た令嬢みたいな姿の少女が出現する。
『【磁界柔金液令嬢 マグヴォルン・ウォーリタルナ】!。』
『は?。何だそりゃ?。』
『これが私の神具よ!。いけ!。』
里亜の動きに呼応しルグリオンへと飛び掛かる神具。
可憐な少女の姿をしたソレは、腕を金属の刃に変化させた。
『はっ!。俺様と接近戦かよ!?。舐めんじゃねぇ!。』
拳を繰り出すルグリオン。
柔金液令嬢の刃を腕で防ぐ。鋭い刃の一撃を受けたルグリオンの腕は実体化した影によって覆われ刃を弾き返す。
再び繰り出される斬擊と拳が衝突し合う。
『はっ!。弱ぇ!。弱ぇ!。弱ぇ!。そんな鈍い動きじゃ俺様の速さについてこれねぇよ!。』
繰り返される攻防で両腕を刃に変化させていた柔金液令嬢。
振り下ろされる刃の懐に潜り込んだルグリオンが両方の刃を弾き、両腕が上がり無防備になった柔金液令嬢の身体に拳を穿つ。
『掛かったわね!。』
『はん!?。何だこれ!?。呑み込まれる?。』
拳は柔金液令嬢の身体へめり込んだ。
しかし、その拳は液体金属の流動する身体に捕えられる。
同時に内部で硬質化した無数の金属の刺がルグリオンの腕を串刺しにし身動きを封じた。
『串刺しになれ!。』
『チッ!?。』
至近距離からの刺状と化した金属で身動きの取れないルグリオンへ放つ。
だが、その刺は既の所で実体化した影によって防がれた。
『くっそ、いてぇな。抜けねぇし。』
『初音!。』
『はい!。準備は出来ています!。』
飛び引く里亜の合図。
初音は身体を巡るエーテルを高め神具の笛に唇を添える。
瞬間。
激しく、耳に響く甲高い音が空気を切り裂く。
破壊の意思を持つエーテルを込められた音により発生した衝撃波がルグリオンに向け放たれた。
地面を砕きながら暴力的なまでの破壊力を有した衝撃波は身動きの取れないルグリオンを里亜の柔金液令嬢ごと吹き飛ばす。
『戻れ!。』
衝撃波で散り散りになった液体金属が里亜の元へと戻り、再び少女の姿を象った。
『直撃ですが…。』
『ええ。けど…。恐らく、まだ…。』
二人が睨むその先。
ルグリオンが吹き飛んだ場所から異常なエーテルの空間が広がった。
『これは?。』
『空間支配…。』
『『っ!?。』』
二人が見つめるその先から突如放たれるエーテルの波動。
実体化した影が不規則な螺旋回転をし地面を抉りながら二人を襲う。
『初音!。後ろに!。』
『は、はい!。』
『【磁極界】。』
里亜が展開する支配空間。
自身を中心にエーテルの磁場を形成。里亜の【磁界神】としての特色を反映させた引き合う性質と反発する性質の二つの特性を併せ持つエーテル。それが生成する力場によって他のエーテルを曲げる性質を持つ空間が作られ、ルグリオンが放った影の攻撃は左右に逸れていった。
『は~あ。最強の俺様に傷をつけやがって。マジでムカつくぜ。』
何事も無かったかのように立っているルグリオン。
身体には傷が無く、里亜の神具に捕えられた腕だけが複数の刺に貫かれていた。
『チッ。痛ぇな。』
支配空間に満ちているエーテルを腕に集中するルグリオン。すると、傷が映像を逆再生するかのように復元され元の無傷の状態へと回復していった。
『傷が治ってく…。』
『あれが、彼の支配空間の能力でしょうか?。』
『今の攻撃で身体に傷が無いのも、すぐに治療したから?。』
『恐らく…。しかし…他にも何か…。』
ルグリオンの未知の能力に警戒心を強める二人。
『はぁ…。本当はこれを展開する気は無かったんだぜ?。使うと最強の俺が更に最強になっちまうからなぁ。けどよ。使わせた以上、テメェ等に勝ち目はねぇ。ぞ!。』
『っ!。初音!。』
『えっ!?。』
ルグリオンの姿が目の前から消えた。
そう認識した瞬間、ルグリオンは初音の足下、影の中から飛び出して来た。
『くっ!。磁極界!。引き寄せる!。』
『きゃっ!?。』
強引に自身の身体と初音の身体に引き寄せ合う性質を付与した里亜。
急速に引き寄せられた初音の身体を抱きしめ受け止めた。
『へぇ。良く避けたな。引き寄せる能力ねぇ。だが、まだまだ!。』
今度は里亜の足下にある影から出現するルグリオン。
『ぐっ!。』
その奇襲を後方に跳ぶことで躱し、交差的に入れ替わる形で柔金液令嬢で迎撃する。
『もうそれは見切ってんだよ!。神具!。【シャウロウ】!。』
ルグリオンが白国から与えられた腕輪型の神具。
影を実体化させ、無数の狼を出現させ、自身の影から他の影へ移動したり、一点に集中させエーテルと共に一気に放つことで砲撃のような使い方も出来る。
実体化は狼だけでなく、壁や足場にすることも可能で、更には…。
『これは…避けられな…。』
ルグリオンが腕を翳すと空中に巨大な黒い塊が出現し、振りかぶった腕と同時に塊から巨大な爪や牙に似た刃が振り下ろされた。
その桁違いの威力に真正面から受けた柔金液令嬢が消し飛んだ。
『ほぉら。次の攻撃だ。必死に避けてみろや!。』
先端が螺旋状になっている影で作られた尻尾が高速で回転しながら跳び退く里亜の腹部を貫いた。
『あぐっ!?。』
『はっ!。まだ俺様の攻撃は終わってねぇぜ!。』
『里亜!。このっ!。』
地面を転がる里亜へ追い討ちをかけるルグリオン。
その背後にいた初音が里亜を守るために音の弾丸を連射する。
『らっ!。』
『ぐあっ!?。』
『なっ!?。私の攻撃が…消えた!?。』
ルグリオンの蹴りが抉れた傷痕を的確に捉えた。
苦痛に短い声を上げる里亜は更に地面を勢い良く跳ねた。。
『てめぇ。今、何かしたか?。』
『くっ!?。』
ゆっくりとした動作で初音を睨むルグリオン。
初音は混乱する。
自分が放った攻撃がルグリオンに接触する前に消えた。
その謎が理解できなかった。
『これなら!。』
別のメロディに乗せた音。
地面を走る衝撃波と弾丸の混合。
『馬鹿が。同じ技が効くかよ!。オラッ!。』
地面を勢い良く踏み抜くと、地面が捲れ上がり音を防ぐ簡易的な壁になる。
衝撃波は壁になった地面に相殺され、弾丸はルグリオンが拳で弾く。
『そんな弱ぇ攻撃が効くと思ってんのか?。』
『思ってないよ。君が近付いてくるのを待ってたんだ。』
『は?。』
『神技!。すぅ~~~。』
初音の持つフルート型の神具の形状が変化し、複数のパイプに繋がった巨大な角笛のような楽器になる。
『【音衝葬奏轟波】あああああぁぁぁぁぁ!。』
巨大生物の咆哮。稲妻の雷音。
怒号と共に放射される高音と低音の不協和音が膨張された振動の波動となり、エーテルの働きによって強化され、初音の前方の全てを破壊し尽くすソニックブームを発生させた。
至近距離まで近付いていたルグリオンにこの広範囲攻撃を回避する術はない。
防御も間に合わず、破壊の振動に肉体をバラバラにされる………筈だった。
『だからよ…。』
『そ、そんな…神技まで…。』
初音の前方。
初音から扇状に放射された爆音波は、地面や岩を粉々に粉砕しながら広範囲を破壊する。
だが、その中を何事も無かったかのように無傷で立っているルグリオンに冷や汗を流す。
『最強の俺にそんなもん効かねぇ!。』
『うぐっ!?。』
神技発動直後の僅かな硬直。
その隙を、ルグリオンは見逃さず初音の顔面を殴りつける。
『大音量で発生した音の振動で周囲を破壊する攻撃ねぇ…残念だったな。俺を倒すには一歩足りなかったぜ?。女よぉ?。』
『ぐぶっ!?。』
倒れた初音の首を掴み、軽々と落ち上げるルグリオン。
無防備な、初音の身体に拳がめり込む。
『オラッ!。オラッ!。オラッ!。どうした?。異神?。てめぇの力はそんなもんか?。なら、呆気ねぇ。噂は所詮噂ってことか?。いや、俺様が強すぎただけか、ははははは!。』
『うっ…くふっ…。ま、負けない!。』
フルート型に戻ってしまった神具を口に運ぶ初音。
『はぁ…。まだ諦めねぇの?。雑魚が。ふんっ!。』
『なっ…くっ…。』
神具を払われ地面を転がる。
『じゃあな。雑魚。これで死ね。』
神具【シャウロウ】で実体化させた影の爪がルグリオンの腕に螺旋状に絡まり回転を始める。
『これで貫いてやるよ!。死ねぇ!。』
『ぐっ!?。』
ダンッ!。ダンッ!。ダンッ!。
影の爪が初音に接触する刹那、鉄の弾丸がルグリオンの背後から連射された。
『ん?。おっと!?。』
反射的に初音から手を離すルグリオン。
彼が振り返った瞬間、完全に迫っていた柔金液令嬢に反応したからだった。
『まだまだ!。』
畳み掛ける柔金液令嬢。
両腕を刃に変えルグリオンを斬りつける。
『ちっ!。小賢しいわっ!。』
腕に集中させら影を解き、爪に変えて柔金液令嬢と斬り合う。
『初音!。こっちに来て!。磁極界!。』
支配空間を広げ、対象を地面に倒れる初音にして自らに方向に引き寄せる里亜。
初音の身体を受け止め、転がっていた神具も同時に回収した。
『里亜…あの敵…能力が…おかしいです…。』
『ええ。何故か、私達の攻撃が効かない。彼が支配空間を広げてからだけど…。』
里亜がルグリオンを睨む。
そこには、柔金液令嬢と斬り結ぶルグリオンの姿。
『彼に攻撃を当てると身体に命中した瞬間に消えてしまうことがある。ですが…全ての攻撃を完全に無効化するのであれば私の柔金液令嬢と接近で戦う必要はない…筈。』
『…無効化に条件がある?。』
『おそらく、そうですね。ただ、距離ではない。あれだけの近距離で放った初音の神技を無効化したのです。多分…別の何かが…。』
『よぉ。こそこそと内緒話は終わりか?。』
『『っ!?。』』
突然の接近。
横目に柔金液令嬢を確認すると複数の狼達と交戦している最中だった。
いつの間に入れ替わったのか、影の中を移動しルグリオンが里亜と初音の間に割って入った。
『【磁極界】!。』
超磁力の結界。
反発する内部と吸引を外部を持つ球体を作り出す。
周囲の全てを引き寄せ、内部にある反発する力とぶつけることで内部に入れた物質を押し潰す。ブラックホールに似た黒い球体。
『ん?。これは何だ?。まぁ、関係ないな。おらよ!。消えな!。』
『っ!?。これでも…駄目…。けど!。』
振り上げた腕と同時に発生した影の爪によって掻き消されてしまう球体。
しかし、それでも接近されているこの状況が不利になると悟った里亜は、柔金液令嬢を操り指先から内部で発生させた電磁力で加速させ放つ金属の弾丸。それを連射する。
『は?。ちっ!。面倒なことをしやがって!。』
初擊の弾丸は無効にされた。
続く、連射を腕に影を巻き叩き落とす。
その隙に里亜はルグリオンから距離を取った。
『ルグリオン!。神技!。』
『あん?。』
『【音衝葬奏轟波】!。』
『さっきのかよ!?。ぐあああああぁぁぁぁぁ!?!?!?。』
初音の神技が炸裂し、ルグリオンに音の衝撃波が襲う。
『あぶねぇな。面倒臭い攻撃してくんじゃねぇよ!。』
影をマントのように纏い音の衝撃波を防御したルグリオン。
『まだだよ!。私の切り札でケリをつける!。神具!。起動!。』
『な、何だそりゃ!?。』
初音を中心に空中に展開される鍵盤と背後に現れる巨大なパイプオルガン。
複数のフルートが地面に突き刺さり、スピーカーに似た効果を持つ球体が宙に浮く。
『これが私の神具の本当の姿。神具【音響盤奏軍戦姫神 シルフォエル・プミリアーニ】!。』
鍵盤と楽器に囲まれた初音。
身動きは取れない完全に固定された巨大な神具。
だが、その前方には初音自身を模したエーテルによる分身が出現した。
その姿は全身を鎧で覆い、身の丈程の大きさのランスと巨大な盾を持った戦乙女を彷彿とさせる。
その背後にはエーテルで肉体を与えられた鎧で身を包んだ剣を携えた騎士達が並ぶ。
『行って!。』
鍵盤から奏でられるメロディーを合図に分身が先頭に飛び出し、後ろに並んでいた騎士達が一斉に駆け出した。
『そういう神具か!。ならっ!。こっちも物量だ!。』
ルグリオンも負けじと影から大量の狼を召喚し騎士達へと放った。
さながら合戦場のように騎士と狼が入り乱れた戦闘が開始された。
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