第332話 消えない記憶
皆が死んだ。僕はその最期を見た。
いや、見てただけ。
それだけしか…出来なかった。
神々との戦いの末に閃君が死に、黄華さんが死に、柚羽さんが死に、水鏡さんが死に………クロノ・フィリアの皆が死んだ。
次々に。無造作に。僕の気付かぬ内にも。
そして、現実を受け入れた時には、既にリスティールに棲む全ての種族は死に絶え、残っているのは極僅かな奇跡的な生き残りだけとなった。
もう何もかもが遅い。
僕達は負けたんだ。神々などにではない。
運命に敗北したんだ。
その証拠に神々も死んだのだから。
リスティナも。クティナも。仮想世界での僕達を襲った神騎士も神兵も…神王も…最高神と呼ばれた神でさえ…そう…もうこの世界では絶対神以外の全ての神が...死んだんだ。
絶対神はこの状況をどの様に感じているのだろうね。
今もこの状況を、世界の何処かで観察しているのだろうか?。
絶望か。希望か。何も感じていないのかも。
絶対神が何を感じ、何を考えているのかは分からない。
まぁ…それは僕にも言えたことか。
転生して異世界の神などと呼ばれた僕。
結局、僕は何も成せずに途方に暮れている。
簡単さ。もう僕に出来ることなど何も残されていない。
運の悪いことに最期まで残ってしまったのだから。
また、守れなかった。
誰も、何も。
結局、僕は何も成長していなかった。変われなかった。
後悔しかない人生の最期を、また後悔して迎えようとしている。
結局、仮想世界の時と同じになってしまった。
変わろうと、成長しようと。
クロノ・フィリアのリーダーとして行動した。
けど、これが現実であり、僕の限界なんだろうね。
今、リスティールが…。宇宙が…。世界が…。
終わりを迎えようとしているのだから。
『こ………ふぅ。怖いか?。無凱?。』
僕の震える手を強く握る震える手。
声が震えているのに気丈に振る舞おうとする少女。
小さな手の汗ばんだ感触と温もり。
それだけが唯一の…僕の心を繋ぎ止めている支えだった。
彼女がいたからこそ僕は最期の最期まで自分を投げ出さずに済んでいるんだ。
彼女が側にいなければ、きっと僕は…自ら命を絶っていただろう。
『そうだね。怖いよ。キシルティア。僕は、また、何も守れなかったんだ。自分自身が…許せない。………もう、何もかも手遅れだけどね。』
『そうだな。【また】、貴様は我の元を去ってしまうのだな。ふふ。いや、ここまで深い関係になったのは初めてだったか。【また】とは、違うな。』
『………違わないさ。【また】が、あれば、僕は何度でも君を愛するよ。君も僕にとって黄華さんや柚羽さん、水鏡さんと同じくらい大事で大切な存在だから。』
『………ふん。この期に及んで我が一番でないのが気に食わぬが…まぁ…貴様の態度次第では許してやらんこともない。』
『おお。今日はいつもより寛大で優しいね。』
『我はいつも優しいぞ?。寛大だしな!。』
『ええ?。そうかな?。』
『貴様。こんな時でも喧嘩を売っているな?。』
『そんなことないよ。それより、何をすれば許してくれるんだい?。』
『決まっているだろう!。我を抱きしめ、口付けをし、頭を撫で、服を脱がせ、欲望をぶつけろ!。貴様との記憶をこの身体に…魂に存分に刻め!。記憶させろ!。』
『魅力的な提案だけど。後半は難しいな。』
空には大きく広がる黒い穴が開き。
それを中心にまるで硝子が割れたようなヒビが空に広がり走る。
大地は裂け、地平線の彼方ではとてつもない速さで地面が歪みそして消えていく。
僕らは辛うじて自分達の能力でこの場に留まっている。
そんな絶望的な状況だ。
もう数分もしない内に僕らのいる場所も、あの消滅に呑み込まれるだろう。
きっとこの星…いや、この宇宙で僕達が最期の生命なのかもしれないな。
世界そのものの崩壊の前には神の力など全く通用しない。
神とは世界を正常に機能させる歯車でしかないのだから。
土台となる世界が崩壊すれば神の存在そのものが成り立たなくなる。
結局、そういうことなんだよね。
『無凱。早く………して。』
【死】が眼前まで迫っている。
恐怖に震えるキシルティアが僕の身体を抱き寄せた。
そんな弱々しい彼女の恐怖を少しでも和らげるために、彼女の小柄な身体を目一杯強く抱きしめ、周囲を確認出来ないように唇を強引に重ねる。
僕だけを。最期の瞬間まで僕だけに集中して。
そうすれば、怖くないから。
僕の行動に応えるように、キシルティアも僕の身体を抱きしめ、一心不乱に唇を求める。
世界の崩壊に肉体が巻き込まれ消滅するその一瞬まで、僕達は永遠とも感じる刹那の時を互いの温もりに包まれながら迎えることとなった。
ーーー
『これが…僕の…記憶?。』
『どうだ?。我の記憶を元に本来、貴様が持っていた記憶を復元させた。我のこと。思い出したか?。』
『うん。思い出したよ。キシルティアちゃん。』
ベッドの上に仰向けに横たわる僕の上で馬乗りになっているキシルティアちゃん。
僕の言葉にその瞳から涙が流れ頬を伝う。
『そうか…。なら…良い。』
『君は僕をずっと待っていてくれていたのかい?。』
『当たり前だ。我の番いは貴様だけだ。待つのが当然だろうが!。』
『いてて…。』
僕の上でロデオのように身体を揺らし暴れる彼女。薄布一枚で下着も着けていない扇情的な格好で暴れるものだから色々な部分が見えて擦れてしまっている。
目のやり場に困るなぁ…。
柔らかいし…甘い良い匂いがするし…。
僕の理性持つかな~。
『別に貴様になら見られても構わん。寧ろ、好きにしろ。見るなり。触るなり。揉むなり。舐めるなり。この身体を自由に使うことを許してやる。』
『こらこら。勝手に心を読まないで欲しいな。それと、女の子がそんなこと気軽に言っちゃ駄目だよ?。』
『気軽?。何を言っている。』
僕の顔を覗き込むキシルティアちゃん。
身体を密着させ体重を掛けてくる。
『無凱。記憶を取り戻した貴様ならば理解している筈だが。改めて言う。我は輪廻の記憶を全て保有している。我は絶対神の奴が世界を創造した際に溢れ落ちた純エーテル。それの使われなかった不純物が生命として形を成した存在だ。貴様等の言葉で言えば世界のバグのような存在。故に世界の法則から外れ記憶や能力の保持と蓄積が可能となっている。もっと端的に言えば【観測神】の成り損ない…失敗作だ。』
『うん。前の記憶で君にそう教えて貰ったよ。それも思い出した。』
観測神…閃君のことだと思われる神の名前。
最高神の一柱にして、存在の有無を操れる。
創造神と絶対神の両方の性質を併せ持つ神。
キシルティアちゃんは自分のことを、失敗作と言っている。
どういうことなのかは、彼女の口からは語られたことがない。
キシルティアちゃんは僕の頬を両手で包むと、言い聞かせるようにゆっくりと言葉を紡いでいく。
『………何度も。何度も。何度も…我は世界の終焉に立ち会った。どんな生き方をしようと、どんな生を歩もうと、それまでの道筋は違えど我は結果として終焉へと到着する。世界が…限界を迎え…崩壊する様を何度も見届け最期には巻き込まれて消滅する。何度も…何度も…何度もだ。それが我の終着点。変えることの出来ない死だ。』
世界は崩壊と再生を繰り返している。
その度に僕等は生まれ、そして死んでいく。
輪廻と呼べるものなのかは分からない。
何度、生まれ変わっても記憶を保有していないから、誰もその事に気付いていない。
ただ一人。世界の輪から外れた彼女以外は…。
『世界の終焉は生物にとって克服できない恐怖を与える。貴様も知ったであろう?。思い出してであろう?。あの恐怖は何度味わっても慣れることはない。』
確かに、あの終焉の記憶を取り戻した今。
あの時の恐怖が鮮明に思い出せる。
無意識にも身体が震える程だ。
『何度も繰り返しの生。身体の苦痛にも、死にすらも慣れた我だが、やはり終焉の際に感じる恐怖には勝てん…。身体は震え逃げ出したくなる。勝手に涙は流れ、歯をガタガタと鳴らし、呼吸など忘れてしまうくらいにな。』
あれは、生物の本能としての警戒だ。
意思や慣れで克服できるような生易しいモノじゃない。
魂に刻み困れたシステムのような、変えようのない構造…神によって仕組まれたメカニズム…なのかもしれない。
『最初はな。我も諦めていたんだ。あの心を殺しに来るような恐怖を耐えれば良い。ほんの数秒の苦痛だ。それを乗り越えれば新たな生を始められる。一時の恐怖との戦い。それが我に与えられた運命なのだと…だがな。』
彼女の瞳から伝う涙が僕の顔に落ちる。
そのまま僕の胸に顔を埋め震えながら必死に言葉を口にした。
『貴様との…あの、共に迎えた最期を体験してしまっては…もう駄目だった。』
あの恐怖はきっと生物…いや、世界に芽吹いた全ての命が持つ魂に刻まれた警戒信号なんだ。
だから、意識的に抑制が効かない。
そんな恐怖の記憶を保持し続けてしまうせいで何度も何度も…数え切れないくらいの体験を繰り返し思い出してしまう。彼女の心の傷となって苦しめている。
自分の最期が決定している。その最期は恐怖に支配されていることを知ってしまっている。
それは…彼女にとっての地獄でしかない。
『貴様との最期を迎えた後も世界は繰り返しを続けた。貴様があの時のことを忘れてしまった後も、ずっと…ずっと…我は貴様と交わるのを待った。だが…あれから今生まで貴様が我の元に現れることはなかった…。此度の生を妾がどれだけ待ちわびたか…分かるか?。』
彼女は長く、永遠とも取れる時間の中で僕を待っていてくれた。
こんな少女が独り孤独に。忘れられぬ恐怖と確実に迎える終焉に怯えながら。
『ごめんね。』
『無凱…。』
キシルティアちゃんは僕を見つめ、ゆっくりと唇を重ねた。
彼女の柔らかな唇が何度も僕を求め続ける。
『我を…独りにしないで…。もう…独りで死ぬのは…嫌だ…。怖いのも…。独りは…嫌なんだ。無凱…。我を独りにしないでよぉ…。』
取り戻した記憶を含め、僕の知るキシルティアという少女が初めて見せた 弱さ だった。
全てのことを、何でも出来てしまう。望むものを手にすることも、欲望を叶えることも出来る少女が初めて 他人に願う 思いだった。
『うん。僕は君を救うよ。だから、もう泣かないで。』
震える身体を抱きしめ、頭を撫でる。
『………うん。約束…な?。嘘ついたら、覚悟しろ。』
『それは大変だ。頑張らないとね。』
『ああ。頑張って。無凱。愛してる。』
この瞬間、僕の目的は増えた。
この世界の謎を解き明かし、終焉を阻止する。
そして、二度と彼女に悲しい思いをさせない。
僕はそう心に誓った。
ーーー
ーーー神の居城 シンクリヴァスーーー
ーーー代刃ーーー
長い廊下を僕と似た顔の女性に手を引かれたまま歩いていく。
女性の名前はメリクリア。
神々が女王と呼んでいた存在だ。
つまり、僕の…僕達の敵…。だった筈…。
何か、イメージ…というか、記憶と違うなぁ。
彼女はもっと威厳があって、堂々として、皆を率いる王!。みたいな感じだった気がするんだけど…。
さっきもそう。絶対神 グァトリュアルのことをパパって呼んでた。
いや…間違ってはいない筈だけど。この娘も神だし、絶対神に創造られたんだよね?。
その絶対神がパパであることは間違いないけど…。
けどさ。一応、女王って呼ばれてた娘なんだよ?。もっと、父上とか、父様とか色々あるじゃない?。
僕の中の女王のイメージが急速に壊れていってるよ…。
『どうしたの?。代刃?。広すぎて目が回っちゃった?。』
『え?。う、ううん。違うよ。ちょっと現状に混乱してたんだ。』
『ああ。いきなりここに転生しちゃったんだもんね。それは混乱しちゃうよ。』
うん。それもそうだけど。
今一番混乱してるのはそこじゃないよ~。
『でも、安心してここに居れば安全だし、僕がいっぱい面倒見てあげるからね!。』
『え?。あ、ありがとう。えっと…女王?。』
『もう!。そんな呼び方止めてよ。僕と代刃の仲でしょ?。メリクリアで良いよ!。』
あれ~。どんな仲なんだっけ?。
敵同士だよね?。確か?。
『じゃ、じゃあ、メリクリアに質問して良い?。』
『うん。良いよ。何でもして!。』
凄くワクワクしてて嬉しそう…。
とっても素敵な笑顔と期待の眼差し。
『僕達は何処に向かってるの?。』
『ん?。ああ。ごめんね。そう言えば教えてなかったね。それはねぇ~。僕の部屋だよ。ゆっくりお話したいけど、僕の立場上、自室じゃないとゆっくりお話出来ないからさ~。』
メリクリアの表情は暗くなり、小さく溜め息をした。
『おや?。これは我が女王。ご機嫌麗しゅう。何時、そのご尊顔を御拝見しましても美しい。』
『……………っ。』
『っ!?。イルナード!。』
角を曲がった瞬間鉢合わせしたのは以前に戦った【感染の神】イグナードだった。
僕の仲間を沢山殺した奴だ。
彼がメリクリアに対して頭を下げる。
『ん?。ほぉ…貴方様は…。』
咄嗟の構えようとした僕の前に跪くイルナード。
『え?。何で?。』
『ふむ。何やらご混乱をされているようで…。』
『イルナードよ。代刃は恐らく仮想世界での貴様とのやり取りに対して警戒しているのではないか?。貴様は数多くの代刃の同胞を殺した。故に、代刃の中で貴様の存在は仇敵でしかない。だからだ。そんな貴様に跪かれている現状に驚愕し混乱しておるのだ。説明をしてやれ。』
メリクリアはさっきまでの砕けた言葉遣いを止め、僕のイメージ通りな女王の物言いへと変わっていた。
成程。他の神の前では威厳ある態度を貫いてる訳なんだね。
そして、さっきまでのが素のメリクリアなんだ。
『成程。流石は女王。短いやり取りの中で真実を探り当てるとは、その鑑識眼…感服致します。』
『世辞はいい。それより早く説明をしてやれ。妾達は忙しい。貴様との会話に時間を割いている暇はない。』
『はっ!。申し訳御座いません。では、簡潔に。代刃様。貴女様は現在、最高神の一角である【時空間神】へと覚醒されました。既に私よりも上の存在であり、敬意を持って接するのが私にとって当然の行動なのです。』
『え?。じゃあ、もう敵じゃない?。』
『はい。仮想世界での私は、本体である私の劣化コピーです。本来の性格が強く反映され貴女様方に強く当たってしまいました。大変申し訳御座いません。』
『……………。』
『納得は…難しそうですね。』
『下がれ、イルナード。代刃にはこの世界の説明をまだしてやれていない。仮想世界だの何だのの話しは少し早すぎだ。説明を終えた後、改めて代刃に謝罪するが良い。』
『畏まりました。では、私はこれで。何か御座いましたら何なりと御呼び下さい。それでは。』
イルナードが一礼しそのまま廊下を曲がっていってしまった。
『ふぅ…。ごめんね。代刃。イルナードに会わせるのはちょっと早かったね。僕の部屋でちゃんと説明するからね。』
『う、うん。もう何が何やら?。』
そして、再び手を引かれ連れていかれたメリクリアの自室。
警戒しながら入室したその部屋の内装に言葉を失った…。
『えへへ。可愛いでしょ?。僕の自慢の部屋だよ?。この部屋に僕以外が入ったの代刃が初めてなんだぁ。どうかな?。』
ピンクを主体にした少女趣味全開の部屋。
異様にキラキラして、可愛いぬいぐるみや、お人形。アクセサリーが綺麗に飾られている。
そして、何よりも驚いたのが…。
『す、凄いね…これ、コスプレ衣装だよね?。』
『へへ。そうだよ!。僕の趣味なんだぁ。色んなの用意したから代刃も一緒に着ようよ。好きでしょ?。』
奥の巨大なクローゼットに掛けられた数え切れない数の衣装。うん。コスプレ衣装だ。
ナース。巫女。婦警。チャイナ。メイド。
定番なモノから、僕の知ってるアニメのキャラクターのモノまで…てか、何で知ってるの?。持ってるの!?。
奥の戸棚には小道具まで並んでるし…。
けど…もう、バレちゃってるみたいだし…我慢しなくて良いかな?。
こんなに素晴らしい衣装の数々を目の前にして僕が言えることなんて一つしかないよ。
『……………うん。好き。大好き!。』
『でしょう!。いっぱい着せ替えっこしようよ!。代刃は可愛いからどんなのだって似合うよ!。お互いに着せ替えっこして写真撮ろう!。』
カメラを構えるメリクリア。
胸の奥から沸き上がる止めることの出来ない高揚感に、今まで疑問に思っていたことが一瞬で頭の中から消えちゃった。
流れるまま。本能の赴くままに僕は…気付いた時には、クローゼットの中に飛び込んでいたんだ。
『うん!。良いね!。えへへ。幸せぇ~。』
次回の投稿は3月2日の日曜日を予定しています。