第331話 儀式
白国 ホシル・ワーセイト
七つの大国の中で最大の国力を有するリーダー的な立ち位置にある国。
軍事力、統率力、個々の戦力、経済力、自給力。
それら全てが高水準で纏められ、他国との技術的、経済的、食料的な円満な交流も行われている。
赤国からは奴隷競売を通じて流通網を、青国からは共同技術開発と名目で科学技術の提供と共有を、そして…黒国からは戦力の統合を行っている。
鎖国状態の緑国。
誰の手にも負えない戦力を持つ黄国。
地理的な問題で交流の難しい紫国。
この三国以外とは同盟を結んでいた。
それは、対異神についても同じであり、情報共有、技術共有、戦力共有などなど。世界で起こる異神の動きも自然と共有されていた。
そして、現在。
閃達が緑国での戦いを終え、基汐達が赤国と手を結んだ後のこと、白国で動きがあった。
場所は白国にある大聖堂。
その地下には、かつて使用されていた地下墓地。それを改装した地下聖堂がある。
今では墓地としての役割はなく、儀式的、実験的な行事の際に選ばれた者のみに入ることが許されている特別な場所になっていた。
そこにある祭壇に用意された黄金に輝きに様々な宝石で彩られた椅子に座る男。
白国の王。神眷者。ルクイジア・ワーセイト。
彼が足元にひれ伏す集められた者達に不敵な笑みを浮かべていた。
『よくぞ。集まってくれたな。我が白国の同士。黒国の戦士達よ。楽にするが良い。』
彼の言葉に顔を上げる面々。
黒国に所属する神眷者。黒牙を筆頭に。
前世ではギルド、白聖連団の幹部白聖十二騎士団に所属していた樺緒楽。
同じく白聖で白聖十二騎士団に所属し【完成された人間】を研究していた科学者。加賀留蛾。
ギルド、黒曜宝我に所属していた最高戦力、三陰六影の三陰の一人だった墓屍。
同じく黒曜宝我の六影であった。
嶺音、巴雁、禍面。
ギルド、緑龍絶栄に所属し、涼や柚羽、威神達と共にクロノ・フィリアに潜入し返り討ちにあった。
羽黒。狂渡。
彼等が地下聖堂へと集められていた。
『さて、早速だ。黒牙。彼等に赤国での起きた出来事を説明してあげてくれ。』
『ああ。了解した。』
黒牙が壇上へ上がり皆を見下ろす。
同時に加賀留蛾が立ち上がり黒牙の横へ移動、手に持っていた小型の機械を操作すると、小さな映写機から立体的な映像が流れ始めた。
『黒牙さん。どうして俺達はここに集められたんだ?。』
『わざわざ白国まで移動して、異神絡みだというのは分かるが…。』
『ゼディナハさんもいないな?。』
『何をするのかしら~。』
疑問を浮かべる面々。
しかし、モニターに映った映像にその場にいた者達の視線が釘付けになった。
映像には緑国と赤国の現状が映し出されている。
『これは?。』
『これは緑国と赤国の現在だ。』
『因みに此方が数週間前の映像です。』
横に小さく映し出される過去の映像。
その違いは明白だ。
緑国は、セルレンの神具、神聖界樹が破壊され別の巨大な大樹の一部になり吸収されている映像。
赤国は、王邸にあったほぼ全ての建物が崩壊し瓦礫の山になっている映像。
映像はその悲惨さを物語っていた。
『これが、異神との戦いの果て。彼等は敗けたのさ。異神によって国ごと破壊され乗っ取られた。緑国のセルレン、エンディア。赤国の楚不夜、紅陣。皆、神より強大な力を与えられた神眷者だったのだが、全員激しい戦いの末に異神によって殺された。』
『………ひでぇ。』
『国ごと…かよ…。』
『可哀想…。』
『ありがとう。黒牙。それに加賀留蛾。』
再び、話始めるルクイジア。
『映像で理解出来ただろう?。異神の力は我を含め同盟国全ての者達の想像の遥か上を行った。神眷者であっても太刀打ち出来ん程にな。』
『…………。』
静まり返る聖堂内。
『お、俺達が呼ばれた理由は何だ…いや、どうしてですか?。とてもじゃないが、神眷者が敵わない相手に俺達が相手になるとは思えない。』
『ふむ。そうだ。緑国。赤国。その両方に戦士達がいた。君達の様な異界人を含め、この世界で生まれ鍛練の末に力を得た者達も。しかし、現実は虚しい。彼等は異神の相手になることすら出来ずにただただ力の差を見せつけられる結果となった。』
『じゃ、じゃあ、どうして俺達は…。』
『なぁに。安心しろ。我等もただ手を子招いていた訳ではない。神は我々を見離してはいなかったのだから。』
ルクイジアは立ち上がると自らの神獣を呼び出した。
その身体はルクイジアのエーテルにより実体化し、人型へと変化している。
『神より神眷者へ与えられた神聖獣は、神によって更なる力を得て神獣へと進化を遂げた。そして、我等神眷者は神獣との同化を果たし高みへと到ったのだ。既に白国、青国、黒国の神眷者全員が神の恩恵を受け取り我と同じく神獣との同化に成功している。今の我々は異神と同格にまでこの力を高めている。』
堂々と宣言するルクイジア。
彼の手に握る光輝く神剣から放たれる圧倒的なエーテルが更に彼等の心を高ぶらせた。
その輝かしい威光に感嘆の溜め息が漏れる。
『しかし、我等だけが強くなっても異神の驚異から民を守ることは難しい。故に諸君等にも新たな力を授けようと思う。』
ルクイジアが指を鳴らすと、隣にいた初老の男が合図を送る。
すると、奥から各々に武器を手にしたシスターが七人が現れ、ルクイジアの後ろに一列に並んだ。
『そ、それは?。』
『神具…ですね?。』
『だが…これは…なんと強力な…。』
シスター達の持つ七つの神具。
しかし、それは神眷者達が持つ神具とは一線を画す程に別格な違いが、一瞥しただけで理解できる強力な力を宿していた。
彼等の知らない未知の神具が目の前に七つも並んでいる。
『見ての通り、神具だ。青国から提供された神によって創造された神造神具。その力は我々神眷者が持つ神具以上。異神が持つであろうオリジナルの神が扱う神具と同等の力を秘めている。これを君達にやろう。』
『っ!?。』
『ほ、本当ですか!?。』
『けど~。そんなに強い神具なんて~。私達は扱えないよ~?。』
『た、確かに…俺達はエーテルすら扱えない…。』
『ふふ。安心しろ。それも対策済みだ。爺例のアレを。』
『畏まりました。』
爺。と、呼ばれた男が再びシスター達に合図を送ると、別の七人のシスター達がトレンチの上の皿に乗せられた木の実のような物体を、集められた七人に配り始める。
それを受け取った面々は不思議そうに木の実を観察する。
『これは?。』
『それを君達に食して貰いたい。』
『え?。』
『マジか?。』
得たいの知れない木の実。
その実の色や模様は明らかに普通ではなかった。紫色を主体に緑色の斑点。匂いも鼻をつく。一目見ただけで嫌悪感を抱いてしまう、そんな木の実だった。
『それはかつて、この星の神であったクティナ様が使役していた【七大罪の獣】の核だ。』
『…【七大罪の獣】…。聞いたことがある。』
【七大罪の獣】
憤怒、傲慢、暴食、強欲、色欲、怠惰、嫉妬の性質を持つ七体の神獣。
リスティナが生み出した五行守護神獣と同格の強さを持つ神獣のカテゴリの一つ。
かつて、仮想世界で閃達と戦ったことのある神獣達であり、この場にある物は仮想ではなくオリジナルの核である。
『これを食べれば最強に分類される神獣の力を得ることが出来る。本質的に同化と同じ効果を得られることだろう。勿論、エーテルも操れるようになり、ここに並ぶ神具もその能力まで思いのままだ。どうだ?。強さを求めてみたくはないか?。』
『…………。』
沈黙する面々。
彼等は力を欲していた。
記憶もないままリスティールで目覚め、周囲は強者ばかり。エーテルも操れない中途半端な種族の能力しか使えない彼等にとって、目覚めてからの人生は苦悩と絶望の日々だった。
『お、俺は食うぜ!。強さを手に入れられる手段が目の前にあるんだ!。こんなチャンス滅多に…いや、もうねぇ!。あむっ!。』
先陣を切ったのは黒羽だった。
それを見た他の面々も次々に木の実…神獣核を口の中に入れ咀嚼を始める。
全員が呑み込んだことを確認したルクイジアが満足そうに笑う。
『何ともない?。』
『あれ?。もう強くなったのか?。』
核を体内に入れて数分。
覚悟した割に肉体への変化を感じない彼等は疑問の声を上げる。
だが…その疑問も一瞬で消え去る苦痛が間も無く訪れた。
『ぐっ…ぐあああああぁぁぁぁぁ!?!?。』
『な、何これ!?。痛い!?。苦しい!?。』
『身体の中で何かが弾けようとしてる!?。』
『ぎゃあああああぁぁぁぁぁ!?。何だこれ!?。何だこれ!?。』
『身体が焼ける!。曲がる!?。溶ける!?。』
苦しみ出す面々。
当然だ。核を口にした数分後。
皮が爛れ、肉が溶けだし、骨格が歪み始めたのだ。
血液が沸騰しているかのように全身の毛穴から赤い蒸気が上がり、髪は抜け落ちる。
骨は本来有り得ない方向に曲がり、折れ、歪む。
『こ、黒…牙さん!?。な、何でこんな…ことを…?。』
『ぜ、ゼディナハ…さんは!?。こ、このこと…を、知って、いるのですか!?。』
本来、彼等の主は黒国の王 ゼディナハだ。
白国とは同盟関係であったとしても、勝手に他国の戦力を痛め付けて良い理由にはならない。
場合によっては同盟決裂。同盟破棄の後、戦争だって有り得る話だ。
『ん?。ああ。そう言えば、ゼディナハからお前達に伝言があったんだ。』
淡々とした様子で腕組をしたまま話し始める黒牙。
『な…なん…て?。』
ククク。と、愉快そうに笑う黒牙。
『ゼディナハはこう言っていた。「お前達は俺の予想以上に使えなかった。それでお前達を有効に活用する方法をルクイジアと相談して決めたわ。まぁ、精々気張ってくれや。そんで、世界の為の犠牲になってくれ。じゃあな。」だ、そうだ。良かったな。有効に活用されて。素晴らしい道具になったじゃねぇか?。』
『ぐあああああぁぁぁぁぁ!?!?。』
『そんなあああああぁぁぁぁぁ!?!?。』
道具扱いされ、ゴミのように捨てられた。
その事実を認識したところでもう遅い。
肉体は既に歪に変形し、苦しみが彼等の思考を遮る。
苦しみから逃れようとしているのか、全員が首を掻きむしり、身体を引き裂く。同時に爪は剥がれ落ちる。
暴れ回り、着ていた服も脱ぎ捨てのたうち回る。
叫び、悲鳴、嗚咽。声にならない声が地下聖堂へ響き渡る。
その苦しみ踠く様子を見守る黒牙、白国の面々は、愉快そうに笑みを溢していた。
七人の肉体がおよそ人とは呼べなくなった頃。
全身が赤黒く染まった肉片が地面に転がった。
七人分の血液が池のように広がり、周囲を腐ったような異臭が漂う。
それを待っていたかのように、地下聖堂の床に予め描かれていた刻印の陣が輝き始め七つの別々のエーテルの波動が周囲を覆い尽くし、煙のように地下聖堂を包み視界を奪った。
『さぁ。目覚めの時だ。』
周囲を覆っていた煙が晴れ、七人の亡骸は消えた。
いや、消えたのではない。
七人の亡骸を使用した新たな生命が誕生したのだ。
跪く七人。全身から溢れんばかりのエーテルを漲らせている。
そう。七大罪の獣は、異界人という肉体を元に新たな人型の神獣へとその姿を作り替え顕現したのだ。
全ては彼等を新たな生命として復活させる為の儀式であった。
『白の王。ルクイジア様。此度はこの世界での復活の儀を執り行って頂き、感謝致します。』
先頭に跪く白髪の男が口にする。
『我等。七大罪の神獣。今、この時より貴方様を主とし絶対的な忠誠を誓うことを宣言致します。』
それに続くように告げる少女。
三人の男と四人の女。七大罪の神獣へと昇華した人型の獣が白国の戦力へと加入した。
ーーー
ーーー黄国ーーー
ーーー無凱ーーー
大きなベッドの上。
覆い被さるようにして彼女の顔を見た。
華奢は身体はしっとりと汗で潤い、きめ細やかでもちもちとした肌は触れる度に、小刻みに震え、何度も跳ね、口からは艶かしい声を上げた。
対して、彼女も僕の存在を確認するかのように何度も身体に触れ、舐め、吸い、歯を立てた。
まるで、自分のことを刻みつけているように…。
『泣いているのかい?。』
キシルティアちゃんは、僕の顔を見ながら上気したような虚ろな表情で綺麗な瞳から大粒の涙を流していた。
『はぁ…はぁ…っ………当たり前のことを聞くな。………それより、しっかりと思い出したのか?。』
『ああ。うん。君のお陰でね。ずっと待っていてくれていたんだ?。』
『だから、当然のことを聞くな。我が我である以上、愛すると誓いを立てた男はお前一人だ。』
キシルティアちゃんの能力により僕は、過去…いや、輪廻を繰り返えす何回か前の自分の記憶を取り戻した。
『じゃあ、この涙は嬉し涙かな?。』
『当然であろう?。一度は愛を誓い合い。世界の終焉を共に迎えたのだ。そんな貴様とこうして再び肌を重ねている。これ程嬉しいことがあろうか?。』
何度も互いの身体に触れ合い、その存在を確かめ合う。
今までの溝を埋めるように、数えられないくらいに唇を重ねた。
そして、数時間後。
『待たせたな。』
身体を洗い終えたキシルティアちゃんが湯上がりの艶やかさを纏いソファーに座る僕の隣へと腰を下ろした。
先程までの薄布一枚の姿ではなく、ちゃんとしたワンピース風のロングネグリジェに着替えたようだ。
あれ、対面じゃないんだ?。
フワッと香る優しい香りと、温かな温もり。
僕の腕を取り両手で抱きしめる。
『隣に座るんだ?。』
『…当然だ。何か問題があるか?。我の隣が貴様で決定しているように、貴様の左側は我のモノだ。』
『そうなんだ。』
『嫌か?。』
『そんなことないよ。むしろ、嬉しいかな。』
『そうか…。ふふ。』
嬉しそうに笑うキシルティアちゃんは幼さの残る無邪気さを含んだ笑みだった。
記憶の中の彼女と重なり僕の鼓動が早くなる。
『さて、無凱。聞きたいことが沢山あるのだろう?。夜は長い。ゆっくりと語らおうではないか。』
『うん。色々と頼むね。キシルティアちゃん。』
『いい加減、ちゃん付けは止せ。記憶が戻ったのだろう?。昔のように…呼べ。』
『分かった。頼むよ。キシルティア。』
満足気に笑うキシルティア。
『ふふ。…ああ。それで良い。無凱。』
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