第329話 交わる道と分かれる道
ーーー基汐ーーー
『閃?。』
俺の呟きに反応する紫音が首を傾げる。
焼き払われた廃村。その中で燃えずに残っていた社に似た建物の内部には、何者かが使用したエーテルの残留が漂っていた。
そのエーテルの感覚と気配に心覚えがあった俺は、脳裏に過った自分の親友の名前を口にしたのだった。
『そ、その…お名前…ご、主人様のお友達…。』
『ああ。ここに残ってるエーテルの気配は俺の親友に良く似ている…いや、多分本人だろう。ここに居たんだ。数週間前に、閃が。』
これだけの期間残る程のエーテル…閃は今もまだ成長を続けているんだな。
俺も仙技や神具を発現、展開して強くなったと思っていたが…閃はその先にいる。流石だ…親友に憧れや感心に似た感情と共に嫉妬に似た感情が入り乱れ渦巻く。
他にも手掛かりがあるかと考え建物内を探すも見当たらず、少し離れた村の外れに沢山の簡易的なお墓が並んでいるのを見つけた。
『お墓。いっぱい。』
『ど、どうして、こんなに?。』
『ふむ?。』
愛鈴達の話では人族は奴隷としての価値が高いと言っていた。
閃は人族だ。ここの閃の痕跡が残されていたのなら…単純な発想だけど…。
『この場で目覚めた閃が、人族を拐おうとした誰かと戦った。けど、既に何人か殺され村は焼き払われた後だった…その犠牲になった人達のお墓…とか、かな?。』
『じゃあ。その閃っていう人。どこ行ったのかな?。』
『う~ん。地図だと、ここから緑国まではそう遠くない。』
遠くない…と言っても今までの道のりと比べての話だが…。
『徒歩でも一週間くらいの距離だ。もしかしたら、緑国を落とした異神っていうのは閃なのかもしれない。俺達の中で一番強かったんだ。緑国くらい落としていても不思議じゃない…気がする。』
『じゃあ。緑国。向かう?。』
『もう少し、この周辺を探索しながらにしよう。人族の地下都市にいる可能性だってあるし、仮に居なければ、ゼディナハ達から人族を守らないと。』
『そ、そうですね。人族は弱いと聞きます。た、助けてあげないと。』
俺達は村を後に旅を再開した。
鬱蒼と生い茂る木々を掻き分けながら進む。
俺の胸ポケットにいる二人には周囲の警戒をお願いしている。
『う~ん…。』
結構、歩いたいんだが…あれ以降、村は発見できないまま陽が暮れ始めた。
流石に森の暗がりで探索するのは止めておこうか。
『ねぇ。基汐。あっち。煙っぽいの。見える。』
『ん?。あっ。本当だ。』
山の一角から立ち上る煙。
あそこに何かあるんだろうか?。
俺達は警戒しながらその場所へと向かった。
そして…。
『はぁ~。生き返る~。』
『はふぅ~。』
『温かい…。気持ちいい…。』
俺達は天然の温泉を見つけ寛いだ。
まさか、こんな山奥に適温のお湯が流れる場所があるなんてな。運が良かった。
汚れ、疲れた身体を癒すには絶好の場所だ。
『基汐の身体。ムキムキ。かた~い。』
『こら。紫音。つつくな。くすぐったい。』
『硬くて。熱い。太くて。血管がエッチだ…よ。』
『腕の話だよな?。こら。レクシノアもつつかないでくれ。』
現在、俺は紫音とレクシノアからの「どうしても一緒に温泉に入りたい」という強い願望を受け、百歩譲って二人には小さくなり身体にタオルを巻いてもらうという条件で一緒に入浴している。
小さな二人に挟まれ、両方の腕に抱きつかれたり、つつかれたりを繰り返しむず痒さと戦っていた。
『ねぇ。基汐。これからどうする?。』
『ん~。人族の里は複数あるらしいから手当たり次第に調べるしかないかな。地図にも大まかな位置しか記載されてないし。多分、ここから近いと思うんだよなぁ。』
『分かった。私も頑張って。気配。探す。』
『ああ、仙技を覚えて良かったな。頼りにしてるぜ。』
小さな頭を指で撫でる。
『んふふ。うん。頑張る!。』
『わ、わたしも!。が、んばる、よ?。』
『ああ。頼むな。』
『ん。頑張ります。』
夜の森は危険を伴う。
温泉から上がった俺達は紫音の神具の中に戻っていた。
上空で停滞させ、まさかの迷彩能力で周囲の風景に溶け込み一夜を過ごす。
何でもアリだなこの神具…あまりツッコミたくはないが、能力の端々で引きこもりで人見知り感を感じさせるのは…うん。仕方がないか。
『基汐~。見て~。エロい~。』
『うん。エロいね。せめてもう一枚着てな。』
赤国から紫音が持ってきた寝間着…というか、もう透け透けの下着…。女性が男性を誘惑する時に使うような極薄のデザインと、扇情的なレースがあしらわれている。
まぁ、簡単に言うと…紫音の色々なところが丸見えな訳だ。
16歳…睦美と同い年なのに…こうも欲望に忠実だなんて…。
『むぅ。基汐に見て貰いたかったのに。』
もう少し恥じらいをだな…。
いや、待てよ?。確か、自分で言ってたな。
紫音の人見知りはもう見てたら分かるが、とても寂しがり屋で甘えん坊だと。
つまり、普段から人見知り故に一度心を許した相手には、とことんまで甘えてしまうと…。その人見知りの反動が今俺に向けられているということか。いや、この場には俺しかいない。本来ならもっと気心の知れた相手にしたい筈だ。しかし、異性である俺しかいない現状では紫音も仕方なく俺で妥協している…つまり、そういうことだろ!。
『あの…ご主人様…多分、それ間違って…。』
ああ。納得だ。
そう考えると何だか紫音が可哀想に思えてきた。
うん。必死に気を引こうとして身体を張っていたのか…。
ふむ。つまり恋人というより妹のように甘えたいと…そういうことか!。
『ああ。巡り巡ってご主人様の思考が変な勘違いに…。』
考えが纏まり紫音を見ると急に愛おしさが込み上げてきたぞ。
『あぅ。ご主人様…それは恋人じゃなくて家族に向ける愛情だよぉ?。』
俺は紫音を見つめる。
『ん?。どうしたの?。基汐?。』
『おお。可愛い(妹として)…。』
『え?。あ、あの…今?。何て…言ったの?。』
『紫音。』
『は、はい。』
『おいで。』
『きゃう!?。』
俺は紫音の腕を引き胸に抱き寄せ横になる。
小柄な紫音は俺の腕の中にすっぽりと収まった。
『あ、あの?。基汐?。』
『良いから。身体を預けな。大丈夫だ。俺は何処にも行かない。』
『あぅ、急に…どうしたの?。何か…優しい…。』
『ほら、疲れただろう?。もうお休み。ずっとこうしててあげるから安心して寝な。』
『ぅん。基汐の匂い。落ち着く。』
柔らかい紫音の感触と温もり。
背中をさすり、頭を撫でながら紫音を抱きしめた。
紫音の息づかいが寝息に変わるのを確認し、俺も意識を沈めていった。
『ご主人様!。それは勘違いです!。』
『ええ。何がだ?。』
そして、俺は夢の中…正確には心象の深層世界らしいが…そこでレクシノアに怒られていた。
正座した俺を見下ろすように顔を近付けてくるレクシノア。
『紫音様のご主人様に向ける想いは間違いなく異性に対する恋愛感情です。色々と、誤解されているようですが…断じて、ご主人様がお考えになった家族に向ける親愛ではありません!。』
『おぅ…そ、そうか…。俺なりに考えての答えだったんだが…。』
『的外れです!。そのようなお考えでは紫音様が可哀想です。ちゃんと向き合ってあげて下さい。』
『わ、わかった。俺が悪かった。』
『はい。それで良いのです。ふぅ…ご、ごめんなさい…わ、わたし…ご、ご主人様に…強い態度を…。』
急にオドオドとし始めるレクシノア。
『いや、俺も間違う時もある…いや、間違いだらけだ。だから、レクシノアの存在は有り難いよ。これからも間違えたら教えて欲しい。』
『…良いのですか?。』
『ああ。問題ないよ。』
『はい。分かりました。そ、それから…。』
レクシノアが俺に寄り掛かる。
『こ、この中では…二人っきり…です。…わ、わたしも、甘えさせて…欲しい…よ?。』
『ああ。色々とありがと。レクシノア。改めて、これからも宜しくな。』
『はい。ご主人様!。大好きです!。』
これから先。レクシノアとは一心同体だ。
契約とはいえ彼女に恥じない主を目指さいといけないな。
もっと己を磨かねば。
『しお………基…汐…。………起きて…。』
『ん?。ああ。もう朝か。』
カーテンで遮られたコクピット内に僅かな朝陽が射し込んでいた。
紫音はまだ俺の胸の中にいる。
小さな顔が俺を見上げ、身体が丸くなった様子は小動物を連想させた。
『あの…基汐?。今更だけど。どうしたの?。急に抱きしめて。くれるなんて?。』
『ああ。』
どうしよう。
親愛と愛情を間違えたなんて言えないしなぁ。
『コホン。紫音が少し…寂しそうに見えたから…かな?。どうだ?。良く寝られたかい?。』
『っ!?。気付いてくれてたの?。』
『え?。まぁ、何となくだけど。』
『基汐~。』
胸に顔を埋める紫音。
同時に身体を揺らすもんだから柔らかな感触が直に伝わってくる。
『基汐~。良い匂い~。好きぃ~。』
良い匂いなのはお前だよぉ~。
甘いような匂いと柔らかい感触に、何か…いけない気分になってきた。
『ほら、朝だ。起きるよ。』
『ええ。やだぁ~。』
『駄目だって。今日はこれから忙しいんだから。早く朝飯前を食べて、地下都市を探さないといけないんだからさ。』
『むぅ。仕方ない。我慢する。』
そう言って俺から離れる紫音。
あっ…忘れてたけど。紫音の服装は色々とマズかったな…。
起き上がり乱れた寝間着は、はだけてうら若き少女が見せてはいけない部分が丸見えになっていた。
『はぁ…ほら、風邪引くぞ。早く着替えて。』
『は~い。ねぇ。基汐?。』
『ん?。何だ?。』
『また、抱っこしてね?。』
『…ああ。寂しくなったら言ってな。』
『えへへ。うん。やった!。けど、いつもが良い。』
『そ、それは…困るなぁ…。』
その後、着替えを済ませ朝食を終えた俺達は地上に降り再び探索を開始したのだった。
ーーー
ーーー
ーーー閃ーーー
青国を目指し、神具【魔水極魚星】で呼び出した船に乗って空中を航行していた俺達。
緑国を出発して約三週間、やっとここまで辿り着いた。
『わあぁ…見て見て!。あの奥の大きい建物、あれが青国の中心なのかな?。』
『ああ。彼処には神であるリスティナが住むと言い伝えられていた。最も、事実を知るのは幹部連中だけだったが。』
『信仰の対象を作ったのでしょうか?。それとも本当に?。もし本物だったら、お兄さんのお母様ということに?。』
『神さまのお母様…はっ!。挨拶せねば!。』
『本物とは限らないって言ってたよね?。』
『駄肉。あまり身を乗り出さないように。重さで落ちますよ?。』
『うるさい!。蝶女!。そんなにドジじゃないし!。』
『お兄さん。これからどうします?。』
『閃君。あれ、流石にこの船で抜けるの無理じゃない?。』
青国の警備を警戒し、かなり上空まで移動した俺達。
青国の全体を眺めていた。
八雲の説明で青国の情報は大体得ていたものの…実際に見ると…な。
高度な機械文明が発展した中心部。
恐らく青国の主要な場所なのだろう。そして、それを囲うように海が広がる。いや、もしかして、海に浮いているのか?。
更に海を取り囲むように雪山の山脈が連なっている。山々の隙間から海水が流れ青国に送られているような感じか。
直接海に出るルートは四方にある四つの門。
そこの開閉によって国への出入りが可能になっている。
しかし、何よりも、俺達を驚愕させたのは山を含む青国全体を覆う複数の巨大なリング。
回転しながら動くそれは高密度のエーテルの刃で出来ている。近づく物全てを切り裂く青国のセキュリティなんだと八雲は言っていた。
『あれ、神具…だよな?。』
『はい。神さま。あれはリスティナの神具だと言われています。あれが有る限り船などの乗り物で青国に侵入するのは不可能なのです。近付けば瞬時に反応して切り裂かれます。』
『マジかぁ…。』
俺の記憶のリスティナにその様な能力はない。
しかし、あのリスティナは本体から分かれた分身体。本体には俺が知らない能力があっても不思議じゃないな。
『さて、どうするか…。』
降りて泳ぐ…と言ってもかなりの距離がある。
青国気付かれない位置で神具を解除したとしても一番近くの雪山まで数十キロ。
エーテルを使えば気付かれる可能性も上がる。
そんな距離を泳ぐのは…自力じゃ無理だな…。
『もう少し…高い位置…青国の上空まで移動してから神具を解除するのはどうですか?。全員で閃さんの影の中に隠れて、閃さんなら翼で空を飛べます。』
『それしかないかな?。』
『それしかないと思います。神さま。私も飛べるのでお手伝いします!。』
『ああ。頼むよ。八雲。』
『了解です。』
船は上昇を続け雲の上まで、青国の上空に到着しその場で停滞した。
『うわぁ~高いですね!。詩那お姉さん!。』
『そ、そそそそそそそそそそう…だね…た、たたたたた高いね…はは…ははは…。』
『あれ?。詩那…もしかして、高いところ苦手なの?。』
『べ、別に…そんなんじゃないし…。』
『見え見えの見栄だな。』
さて、ここから皆に影の中に入って貰って、俺が飛んで侵入するっと。
『あれ、閃さん?。お体が輝いてますが?。』
『あ?。ほんとだ。エーテルが溢れてるよ?。』
『え?。あれ?。本当だ。てか、これって?。』
俺の全身から溢れ出るエーテル。
この反応って…無凱のおっさんの箱を形成する時の?。
『閃君?。大丈夫?。』
『閃さん?。これは?。』
心配した奏他と兎針が近付いてくる。
この感じ…強制的に発動してる?。
あの時、守理に渡した…水色の宝石。
そうだ。おっさんが守理と俺に渡してくれた特別製の…おっさんの力を封じ込めた魔石が発動した感覚。
つまり、守理の身に…人族の地下都市に何かが…助けを求めている?。
「人神様…お助け…を…。」
頭の中に聞こえるのは助けを呼ぶ叫び。
この声は…睡蓮か!?。
人族の地下都市で何かがあったってことか?。このタイミングで?。しかも、俺に拒否権のない強制転移か!?。
マズイ。輝きが増して、今にも転移させられる。
ここで転移したら…。
『先輩?。どうしたの?。』
『あれ?。お兄さんの身体が?。』
『輝いて?。』
離れた位置で異変に気付く詩那と夢伽と八雲。
その瞬間、転移が起動。俺の身体は対象となる地点へと飛ばされた。
『先輩!?。』
『お兄さん!?。』
『神さまぁ!?。』
ーーー
突然、光輝いた閃は、詩那、夢伽、八雲の前から忽然と姿を消した。最も近くにいた兎針と奏他を巻き込み三人は姿を消したのだ。
当然、エーテルを供給していた神具の持ち主である閃が消えたことで浮遊船は消失。
足場を失った詩那、夢伽、八雲は必然…。
『う、うそ…きゃあああああぁぁぁぁぁ~~~~~!?!?!?。』
『高い!?。怖い!?。高い!?。怖い!?。にきゅあああああぁぁぁぁぁ………あぶぶぶぶ………。』
『詩那!。夢伽!。』
詩那と夢伽が超高度から落下した。
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