第327話 黄国 イセラ・エシルローナ
人族の地下都市。
そこで再会した閃君達と別れて既に一ヶ月。
黄国を含めたこの世界や神々と神眷者、そして僕達異神に関する情報を集めながら黄国を目指す旅。
そして、遂に辿り着いた。
黄国 イセラ・エシルローナが一望できる山岳まで到着した僕…無凱は、崖の上から麓に降り、樹海の中を草木を掻き分けながら進む。
山々に囲まれ、更に樹海に囲まれた閉鎖的な国。
まるで外部との接触を拒んでいるかのような造りになっている。
しかし、他国との交流が全くない訳ではないらしい。
寧ろ、住んでいた場所を何らかの理由で追われた者達が流れ着く場所として国を開いているとまで言われていた。
それに、僕にとって興味深かった噂の内容も幾つかあった。
一つ。黄国には属する神眷者が居ないこと。
二つ。巫女と呼ばれる神の声をこの世界に住む住人に伝えるという神託を扱える少女が王としての立場でこの国を治めているということ。
三つ目。これが最も興味深い。
七つの大国の中で最も強い、とされている。
故に他国から一番警戒されている…と。
神と契約し、エーテルを操る神眷者を有していない国が最も強大な力を持つなんて、どういう理屈なのか。
まぁ、何にしても中に入らないとどうしようもないかな?。
『さて、入国するにはどうすれば良いのか?。』
ふと、周囲を見渡すと川が流れていた。
どうやら、黄国の領内まで続いているみたいだね。
川伝いに歩を進めていくと巨大な壁が黄国を覆うように取り囲んでいることが分かった。
少し離れた場所に検問所のような建物も発見。恐らく、彼処から入国するのだろう。
しかし、僕はこの世界で忌み嫌われている異神だ。
素直に入国を受け入れてくれるとは到底思えない。
纏っているオーラも魔力ではないエーテルだし、絶対警戒されるよね。さて、どうしたものか?。
物陰に隠れ、検問所の方を観察する。
どうやら、見張りは二人。両方とも種族は分からないけど女の子のようだ。
余り、人が来ないのか退屈そうに談笑している。
確かにそうだ。山を越え、森を抜けないと来られない国にそう易々と人が行き来できる筈がない。
『さて、じゃあこうしようかな。』
空間を操作し視界内に支配領域を広げる。
元々、厄災【虚空間】だった僕のこの世界での能力は、エーテルを広げた空間を支配し何処でも虚空間を創造できる。
恐らく、厄災として転生した僕達は神具を持たない代わりに自らの在り方を展開できる空間を操ることに特化しているんだろう。
僕の場合は今まで魔力の箱の中にのみ展開していた虚空間を支配空間の何処にでも創り出せるようになった。
つまり、エーテルさえ広げられれば…分厚い壁を越えることだって可能だ。
一瞬で転移が成功。誰にも気付かれないように支配空間を解除。もし、察知能力に優れた者が居れば気付かれてしまうからね。
余り、エーテルは使わずに隠れながら偵察しないと。
物陰を伝いながら黄国の中を探索する。
趣のある和を強調した造りの店が建ち並び、桜のような花が風に揺られて舞い散っている。
少し離れると、今度は僕達の住んでいた前世の世界のような街並みへと変化。
一気に僕の知っている現代に近付いたみたいだ。
『本当に黄華扇桜みたいだ。』
似ているなんてもんじゃない。
造りから何まで黄華さんのギルド、黄華扇桜の造りそのものだ。
それに…。
『女の子ばかりだな。』
行き交う人々。店の店員。その全てが種族は違えど女の子しかいない。
何よりも行き交う人々は皆、学生の制服を着用している。
確かに、黄華扇桜に似てるけど…黄華さんの意向で女の子しかギルドに入ることは出来ないようにしてたけど…ここまでそっくりだなんて…。
『何なんだ?。この国は?。』
『なぁ。なぁ。』
『っ!?。』
いきなり背後から声を掛けられた。
全く接近に気付けなかった。
僕は警戒しながら声の主から距離を取る。
『おお。速いな。凄いな。それに、お前。強いな!。は、は、は。』
金髪、銀眼の少女がそこにはいた。
全身の金の装飾に目が行ってしまうキラキラした少女だ。
何が嬉しいのか僕の姿を見て嬉しそうに笑っている。
『お前が…あれ?。何だっけ?。えっと……………ああ!。そうそう!。無凱だな!。合ってるか?。』
『…はて、君は何で僕の名前を知っているのかな?。』
初対面の筈。
てか、この娘…強いな。
『え?。そんなのキシルティアが言っていたからだぞ!。』
『キシルティア?。』
『ああ!。わらわの友だ。アイツも凄いぞ!。』
胸を張る少女。
さて、誰なのかな?。
『んー。それで?。君は誰なんだい?。それと、僕に何で接触してきたのかな?。』
見た目は派手。態度は陽気っぽいな。
敵対心は今のところ感じないけど…警戒は解けないな。何せ、この娘の纏っているのがエーテルだから。
それと、こうして対峙しただけで分かる。異常さ。この感覚…転生前に神と対面した時と同じ感覚だ。
『おお。そう言えば、自己紹介がまだだったな!。わらわはスヴィナ!。無凱の知っているリスティナの姉だ!。』
リスティナの姉?。
つまり、神ってことだよね?。
それも最高神。どおりで異常な気配を纏っている筈だ。
それよりも、こんな幼い容姿なのにリスティナの…。
『………姉なんだ。』
『おお!。姉だ!。お姉ちゃんだぞ!。』
姉なんだ。
『えぇ…と、それで?。スヴィナちゃんはどうして僕に接触したんだい?。』
『おお!。そうだった!。そうだった!。わらわはな!。無凱を迎えに来たのだ!。』
『迎えに?。』
『おお!。えっと………あれ?。何でだっけ?。えっと…あの………ああ!。そうそう!。キシルティアが呼んでたからだ!。連れてこいって言われてな!。』
『そのキシルティアって言うのは誰なんだい?。』
『わらわの友だ!。』
『…………………………。』
どうしよう。微妙に会話が噛み合わない。
『ん?。どうした?。アイツも凄いぞ?。』
『え…と、何が凄いのか教えて貰えるかい?。』
『おお!。何か凄いぞ!。』
『それは凄いね。』
うん。言っちゃなんだけど。この娘は馬鹿だ。
この娘から情報を引き出すのは無理かもしれない。
『じゃあ、そのキシルティアさんって人の所に連れてって貰える?。』
『おお!。勿論だ!。此方だ!。は、は、は。』
スヴィナちゃんが僕の手を取り走り出す。
小さな身体で目一杯僕の腕を引っ張っていく。
何か…小さい時の無華塁ちゃんを思い出すなぁ。
『ん?。あ。違った。あっちだった!。』
その後、何度も方向転換することになった。
そして、目的地に着いたのはそれから三時間後のことだった。
これまでの道のりで、商店街を抜け、住宅地を抜け、河川敷を通り、公園を横断。恐らく黄国の半分は連れ回されただろう。
街並みや建造物からは、かなり高度な技術を保有している国だということが読み取れた。
技術的には前世でいた仮想世界に近い。
舗装された道路や、独創的な建築物。公園などの施設は完全に前世のそれと一致する。
『スヴィナちゃん?。』
『何だ?。』
『随分と歩くんだね?。んー。もしかして、かなり遠回りしてる?。』
『おお!。気付いたか?。凄いな!。無凱は!。わらわな?。無凱にこの国のこと見せてやりたくてな!。わらわのお気に入りの散歩コースだ!。どうだ!。自然に囲まれて良い国だろ?。』
『確かにね。』
『わらわ!。いっぱい頑張ったんだ!。キシルティアに助けて貰ってな!。わらわは芸能と芸術の神だ!。わらわの国を見て欲しかったんだ!。は、は、は。』
『うん。凄く懐かしさを感じるよ。住み心地も良さそうだね。』
『うん!。嬉しいぞ!。そう言ってくれて!。』
嬉しそうにクルクルと僕の周りを回るスヴィナちゃん。
天真爛漫で無邪気。幼い見た目通りの行動。
元気一杯な女の子そのものだ。
これで…リスティナの姉なんだ…。神の世界は広いな。
などと考えながらも僕は周囲の警戒を怠ってはいない。
すれ違う少女達や女性達。
本当にこの国は女の人しかいないな。
けど、種族に統一性はない。様々な種族が確認できる。
何よりも彼女達の僕に対する反応だ。
『ひっ!?。男だ!?。』
『男性がいる!?。
『男の人だ!。凄い!。』
『はぁ…はぁ…男だぁ…。』
嫌悪感を露にする者。興味の視線を送ってくる者。珍しさに驚く者。欲情する者。などなど。
十人十色な反応だけど。男という存在が珍しいということだけは分かった。
キシルティアという人に会えば教えてくれるのだろうか?。
『はぁ~。無凱がわらわの………だったら良かったのにな…。』
などと考え事をしていた時、ふと、スヴィナちゃんが言葉を漏らす。
思考の途中だったせいで全部は聞き取れなかった。
『ん?。今なんて?。』
『んー。おっ!。なぁなぁ!。無凱!。着いたぞ!。ここが黄国の中心だ!。』
『校門?。』
コロコロと変わる表情。
スヴィナちゃんが指差した方に眼を向けた。
いつの間にか大きな門の前に到着していたようだ。
この世界の文字か?。読めないけど雰囲気的にこの場所の名前が記されているのだろう。
見た目は完全に学園の門だ。懐かしいな。
『此方だぞ!。着いて来い!。』
本当に元気だな。
再び僕の手を引き中に案内する。
それにしても敷地が広い。
左手に広がる広大な土地はグラウンドかな?。
白線の引かれた陸上グラウンド。あっちは野球、サッカー、テニスコートまである。
隣接するように建てられた、あれは体育館かな?。立看板には、バスケや卓球、バトミントンやバレーなどの絵が描かれているし。
遠いから微かにしか見えないけど各々のコートで何人もの学生達が部活動をしているね。
それに、スポーツ系の部活だけじゃない。
何処からともなく聞こえてくる楽器の音。
吹奏楽部かな?。きっと、それ以外にも色んな活動をしているんだろう。
『無凱。此方だ。』
『お、うん。』
手を引かれ校舎らしき建物の中へ。
らしき…じゃないな。普通に職員用玄関って書いてある。
これだけの広さの校舎か。外観は高校のような造りだったけど、内装は大学とかの方が近いかもしれない。
建物の中は僕の予想の遥か上を行く豪華さだった。
売店…と書いてあるけど見た目は百貨店だし。勉強に使う物から、ファッション関係や遊具など様々な物が売っていた。
図書室と書いてある入り口から中を覗くと、そこは大型の図書館だった。
十メートルはあろう天井までも陳列された本の数々。読書を楽しむ為の寛ぎスペースやコンビニみたいな販売所まで配備されている。
プールと書かれたアミューズメント施設。
美術室と書かれた博物館。
音楽室と書かれたライブ会場。
調理室と書かれたレストラン。
その他にもスポーツジムや大入浴場、視聴覚室という名の映画館。保健室という体の大型病院まで。
あっ。教室って書いてある。
別校舎ってことかな………しかも、床が歩く歩道になってる。
その方向から数人の生徒達が此方にやって来ていた。
『あっ!。校長先生!。こんにちは!。』
『こんにちは!。』
『こんにちは!。』
数人の生徒と擦れ違った。
チラチラと僕を物珍しそうに見ながらスヴィナちゃんと話す三人の生徒。
『おお!。こんにちは!。今日も元気だな!。沢山学んで!。沢山遊べ!。』
『はい!。』
『あの…そちらの男性の方は?。』
『おおっ!。わらわの客人だ!。』
『お客様…ですか…。』
『おお!。男は珍しいだろ?。だが、安心しろ。お前達の生活に支障はないからな!。』
学生達は僕に小さく会釈し離れていく。
少し離れたところで小声でキャーキャーと嬉しそうに話し始める生徒達。
最後まで僕の方を横目でチラ見してたね。
やはり、男というのが珍しいのかな?。
『は、は、は。元気な学生だろ?。良く遊び。良く学ぶ。ここの学生は皆輝いているぞ!。』
『そうだね。……………ねぇ、今更だけど、君は校長先生だったの?。』
『ああ!。校長先生だぞ!。この黄国で二番目に偉いのだ!。は、は、は。』
国で二番目に偉い。
そして、この学園区画の広さ。
崖の上から見た時に、もしかしたらと思ったけど。この学園区画は黄国の半分以上を占めている。
つまり、この学園を中心に黄国は運営されているってことかな?。
そして、案内されたその先。
扉の前。プレートには 理事長室 と書かれている教室。
『キシルティア!。連れてきたぞ!。』
元気良く、そして勢い良く扉が開かれる。
スヴィナちゃんに導かれるように入室し足を踏み入れた瞬間。
全身を走る。異常な気配。
この部屋の中…支配空間になっている。
もっと正確に言えば…僕の、【箱】と同じ空間に…。
一気に背中に流れる冷たい感覚。
最高神であるスヴィナちゃんよりも警戒しなければならない存在が目の前にいる。
『ふふ。良くぞ来たな。どうだ?。我が国は?。』
金髪碧眼の少女。
幼い外見から面妖に微笑みながらも、その瞳から発せられる圧力は………此方を、僕を試している?。
『君は?。』
『ふふ。我はキシルティア。この黄国の理事長…いや、王だ。ふふ。久しいな無凱よ…いんや、初めまして、と言い変えた方が主の感覚には近いか?。なぁ?。無凱?。』
一瞬見せたキシルティアちゃんの表情は、友人との再会を心の底から喜んでいるような無邪気さを感じた。
ーーー
ーーー
ーーー基汐ーーー
赤国を出発して五日。
かなりの速度で移動しているけど、まだまだ緑国は遠いらしい。
紫音の神具【未確認飛行物体・流星 メティリユール・フォーメテム】で移動する俺と紫音は神具の中で長旅を過ごしていた。
前回乗った時のように操縦席に座る俺の膝の上に乗り神具を操作する紫音。
中は一人、最大でも二人が限界の広さだけど、足下には荷物を入れる細長い空間があり、旅に必要な食料や衣類を収納できるようになっている。
更には、操縦席の横にあるコントロールパネルを操作することで操縦席が変形し簡易ベッドにもなる。
何か…引きこもりが生活しやすい空間の神具だった。
『基汐。そろそろ寝よ?。』
『そうだな。』
一度着陸し既に着替えを済ませた俺達は簡易ベッドに変形した操縦席に横になる。
狭いから完全に密着している状態だ。
何度も一緒に過ごしている内に紫音との行動にも慣れてきたな。
『お休みなさい。基汐。』
『ああ。お休み。』
神具を自動操縦に切り替える。
速度は落ちるが安全飛行だ。
明かりを消し、眼を閉じる。
俺の腕に抱きつく紫音が寝息を立て始めたのを確認し俺も意識を手放した。
ちゅー。ちゅー。ちゅー。
はぁ…また、紫音の癖か。
眠っている時に俺の腕に吸い付く癖…。本人曰く無意識のようだが…赤ちゃんみたいに吸い付いてくる。
そろそろその癖、治さないと将来困るだろうに…。
さて、起こすのは可愛そうだし…まぁ、このまま…。
『ん…。ご主人…。さまぁ…。』
ん?。
ん?。ん?。
紫音がいるのは左側。
しかし、温もりは両方の腕から感じる?。
はて、寝ている俺が抱きつかれて目を覚ますこのパターンは?。
薄目を開け、右の腕を見る。
『すぅ…すぅ…すぅ…。』
誰かいる!?。
『うおっ!?。誰だ!?。』
『にゃう!?。基汐。どうしたの?。』
上半身を起こした俺。同時に跳び跳ねた紫音が周囲をキョロキョロと確認しながら眼を擦る。
『あれ?。』
もう一人の謎の少女と眼が合った。
動きの止まる少女。
黄色から白へのグラデーションがかった髪と青い瞳。フードの着いた袖の長く手の隠れた白い特徴的な衣装を着た少女。
『あれ?。ご主人…様?。え?。わ、わわ私のこと…み、み、みみ見えて…っ!?。』
『君は?。』
『っ!?。』
フードで顔を隠した少女が俺の目の前でその姿を消した。
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