第326話 その後、それから
ーーー赤皇ーーー
戦いが終わったあの日から数日。
王廷全体の建物の復興作業に日々明け暮れる毎日が続いていた。
基汐の旦那と紫音嬢、そして、無華塁は既に各々の目的地に旅立っている。
残っている俺達と赤国の面々で作業を進めているという状態だ。
それにしても、基汐の旦那の旅立ちの際。龍華と鬼姫の異常な悲しみようは凄かったな。
紫音嬢の神具にまで乗り込もうとしていた…物凄い暴れたな。全員で止めるのに苦労した。
…そんな日々の中。
俺と愛鈴。
そして、麗鐘、宝勲、狐畔、龍華、鬼姫、柘榴、群叢、塊陸、獅炎、心螺、珠厳。
赤国で生き残った面々は今、赤国の外れにある山脈地帯。その一つの仙界渓谷へと来ていた。
コイツ等に仙技と戦い方を教えた師匠であり、家族だった偉大な仙人。
ゼディナハに殺され、火車の馬鹿に喰われちまった老師。
基汐の旦那達に作られた墓の横に新たに二つの墓石が並ぶ。
楚不夜と紅陣の墓だ。
遺体は消滅してしまったから、彼等の残された所持品の中から最も使用頻度の高かった物を厳選しそれを供えた。
形だけの墓になってしまったが、ここにいる連中の思いは奴等に届いているだろう。
『楚不夜、紅陣…おじいちゃん…本当にありがとう。私、幸せになるね。』
三つの墓を前で手を合わせる愛鈴。
その後ろの連中も同じく手を合わせた。
『うぅ…紅陣…。』
『楚不夜様…。』
『師匠…。』
『爺さん…。』
涙を流す面々。
愛鈴の方を見ると、閉じた瞳から頬を涙が伝っていた。
『さぁ。皆。悲しむのは終わりにしよう。これからは三人を安心させる為にも笑顔で頑張ろうよ!。』
愛鈴はぎこちなくも、それでも笑顔と分かる表情で皆に呼び掛ける。
巫女としての宿命から解放されてから愛鈴は良く表情を変えるようになった。
意識的に変えているようだが、少しずつ感情のままにハッキリと分かるようになってきた。
『赤皇。』
『おう。』
『改めて、これからも宜しくね。』
それに加え、言葉遣いも年相応の砕けた感じになったな。
『ああ。任せろ。てか、もう妾呼びじゃなくなったんだな。それに、良く笑えるようになった。』
『うん。楚不夜と紅陣に笑えって言われたから…それと、もう自分自身を偽る必要がなくなったから…けど、赤皇や皆が前みたいにって言うんなら戻すよ?。』
『いや、俺は今の方が良いと思うぞ。』
『私達もです。愛鈴様。』
『ああ。今の姫の方がずっと親しみやすいぜ。』
『うん。ありがと。皆。』
それともう一つ気になったことがあった。
愛鈴の俺に対するスキンシップが激しくなった...ということだ。
今も俺の腕の抱きついてるし、最近はずっと一緒にいる気がする。
仕舞いには、寝床の中にまで潜り込んでくる始末だ。
『なぁ、愛鈴?。』
『ん?。何?。』
『最近、くっつき過ぎじゃねぇ?。』
『え?。う、うん。嫌だった?。』
って、すっげぇ悲しそうな顔するじゃねぇか!?。どうした!?。この娘っ子は?。
『嫌じゃねぇが…何があったのか知りたかった。』
『えっとね。楚不夜と紅陣に幸せになれって言われたの。』
『うん。それで?。』
『それでね。今の私は何が幸せなのかを考えたの。』
『ああ。それは良いことだな。』
『それでね。結論を出したの。』
『どんな?。』
『私は赤皇が好き!。だからね。結婚するの!。』
『おぅ?。』
突拍子もないことを言い出したな。
『けど、私はまだ子供だから、大きくなるまで沢山アピールしようと思ったの。』
『それが最近の行動か?。』
『うん!。皆も応援してくれるって言ってくれたの!。だから、私のこと赤皇にいっぱい知って貰おうと思って頑張ってるんだぁ。』
チラリと麗鐘達を見る。
愛鈴の意見に対し、腕を組み頷く奴等。
物凄い眼力で 姫を泣かせたら承知しねぇ と訴え掛けてくる連中。
愛鈴の成長に涙する奴までいる。
『はぁ…。しゃあねぇな。愛鈴。』
『ん?。何?。赤皇?。』
呼び掛けに不思議そうに顔を上げる愛鈴の唇に軽くキスをする。
『ふえ?。赤皇?。今、ちゅっ…て。』
『お前は俺の女にする。俺がお前を幸せにしてやるからよ。後悔すんじゃねぇぞ?。』
『赤皇…。うん!。私を…幸せにして下さい。』
抱きつく愛鈴の小さな身体を抱きしめながら、玖霧達に何て言おうかを考えていた。
『あの、赤皇さん。』
『何だ?。麗鐘?。』
静かに、そっと近づいて来た麗鐘が俺の耳元で小声で話す。
『玖霧様からの伝言です。』
『玖霧から?。』
『では、こほん。「どうせ、アンタの事だから愛鈴ちゃんを幸せにするって決めたんでしょ?。私や知果も愛鈴ちゃんなら異論はないわ。けどね。ケジメとして私達の神技を一撃ずつ受けなさい。それで恋人としての苛立ちをチャラにしてあげるわ。」…だそうです。』
どうやらこの状況もお見通しと。
ああ…最近、三人で行動しているところも良く見掛けたしな。それなりに打ち解けてたんだろう。
まぁ、何だ…。神技か…。それも二人の?。もつか?。俺の身体?。
いや、愚問だな。この少女を幸せにする。
そう決めたからな。
『堪えてやるさ。それぐらい!。』
ーーー
ーーー黒国ーーー
ーーーゼディナハーーー
『いってぇ…。流石に神技を受けるのはキツかったな…。』
全身が蒸発したんだから当たり前だが…。
『マスター。ごめんなさい。私の代わりに殺されて…。』
『気にすんな。エレラ。お前を生身で放り出した俺が悪かった。あの一撃はお前じゃ受けきれなかったしな。仕方ねぇ。あの状況じゃああれが最善の策だった。』
『本当はアイツ等皆殺しにしたかったの。』
『やめとけ。やめとけ。相手側の絶刀が召喚されちまったら流石にこっちの全滅も考えられる。あそこじゃあ、逃げるしか選択肢はなかったさ。』
『うん。ごめんなさい。』
『お前のせいじゃねぇって。』
エレラエルレーラの頭を撫でる。
戻ってきたエーテルももう少しで身体に馴染むだろう。
『不死鳥を捕らえられなかったのは残念だが、赤国固有の技能の仙技を火車が得られたのはデカイ。なぁ、火車?。』
『ああ、使いこなせねぇのが腹立たしいがな。』
『お前には合ってなかったってだけのことだ。気にすんな。それに、次の標的ならお前に合ってると思うぜ。』
『今度は何を喰わせてくれるんだ?。』
『イグハーレンの野郎からの報告でな。次は人族固有の技能。【人功気】だ。元々、人族の長所を極限まで追求したのがお前の身体だろ?。なら、仙技よりもお前に馴染むだろうさ。』
『人功気ねぇ。まぁ、どんな能力だろうが関係ねぇ。女を喰わせてくれるんならな。』
『好きにしろよ。でだ、ついでにこれを喰って貰う。』
『これは?。』
細かい金属の破片の山。
かき集めたそれを皿の上に置いている。
『絶刀の破片だ。ああ。勿論、俺の能力で複製した分身体だ。まぁ、形を失って数分、そろそろエーテルに戻っちまうがな。』
『そんなもん喰ってどうなんだ?。まぁ、アンタが言うなら喰うけどよ。あ~ん。』
バギッ。ゴギッ。ガギッ。と、此方の顎が痛くなりそうな音を立て、火車の肉体に絶刀が取り込まれていく。
『痛ぇ…が、喰ったぜ。不味いな。鉄の味しかしねぇ。』
『刀だしな。味のこと言われても知らん。さて、どうなったかね。お前の身体は。複製体がエーテルに戻り俺の身体に還元するのが先か、絶刀の特性をお前が吸収するのが先か。そろそろエーテルが戻っても良さそうだが…エレラ。』
『はい。マスター。』
エレラエルレーラが絶刀を抜き放つ。
『おいおい。何すんだ?。』
『絶つ。』
火車に向け振り抜かれる絶刀。
だが、火車の肉体が絶たれることはなかった。逆に絶刀の刃は弾かれエレラエルレーラがよろめいた。
『ククク。これは面白い。どうやら成功のようですね。』
その時、突如として現れる仮面の男。
『ザレク。てめぇ、紅陣を逃したこと報告しなかったな?。』
『ククク。仕方がありません。私奴も生死の確認が出来ませんでしたので。希望的観測を踏まえ死んだことにした方が面白…いえ、貴方様がどうあの窮地を乗り越えるのかを見届けたかったもので。』
『マスター。コイツ。絶つ?。』
『はぁ…止めとけ。コイツにはまだ利用価値がある。』
『おお。怖い怖い。あまりの殺気に私奴のか弱い核が脈動を止めてしまいそうでしたよ?。』
『まぁ、好きにやれって言ったのは俺だからな。報告の件は不問にしてやる。』
『おお。これはお優しい。ですが、ゼディナハ?。貴方も私奴のことは言えないでしょう?。あの赤国の巫女に情けをかけたではありませんか?。貴方程の方が情に流されるとは。』
『てめぇ。見てたのかよ。』
『ええ。バッチリと。』
『あれは気紛れだ。強者としての余裕…と置き換えても良い。結果は変わらなかったからな。』
『ククク。そういうことにしておきましょうか。ククク。それにしても、貴方様の能力は面白いですね。』
火車を見て不気味に笑うザレク。
『何だよ?。』
『いえいえ。えげつないことを為さる。貴方様にとって大切なのはその絶刀だけなのですね。この、私奴も含めた全てが利用するだけの駒と。』
『何言ってんだ?。てめぇ?。』
『ザレク。話しすぎだ、そろそろ殺すぞ?。』
『おお~。それは勘弁して下さい。私奴では貴方には勝てませんので少しばかり悔しさの意趣返しですので。それでは私は白国に戻りますので。何かあれば我が王へ。』
破裂するような音と紙吹雪が舞い上がりザレクの姿が消えた。
『まぁ、良い。話を戻すが火車は絶刀に対する耐性を得た。これで、異神側の絶刀が出てきても対処出来るだろう。』
『ははは。今ならゼディナハさんにも勝てるんじゃねぇか?。』
『調子に乗んな。てめぇに死なれたらまだ困るんだ。馬鹿な真似はよせ。さてと。』
能力を発動し自らの肉体を複製する。
『いつ見ても面白いな。』
『つまんねぇ能力さ。【対象の複製を創造する能力】言葉にすると便利そうだがな。扱いづらい能力よ。』
各々の対象で複製できる数は一つまで。
複製はオリジナルと同じ性能を持つが、欠損などですぐにエーテルに戻り俺の身体に還元されちまう。まぁ、その時に複製体が得た経験や記憶は本体に戻った際に還元されるから便利ではあるんだがな。
それに、こうして本体は安全な場所に隠れ複製体に行動させ外部の情報を探れるんだ。悪い能力じゃねぇ。
『だが、結局のところ、自身のフィジカルだよりなんだよな。弱い分身を作ったところで殺されて終わりだからな。今回みたいに。』
『マスター。私も。』
『おう…って、ん?。ああ、すまん。エレラ、無理みてぇだ。』
『え?。どうして?。』
『んー。どうやら、火車が喰った絶刀の複製はまだ生きてるらしい。解除したら折角、火車に喰わせたのが無駄になっちまうし…。』
『そう。なら、また本体で行く。』
『そうか。なら。』
複製体を消しエーテルに戻す。
エレラエルレーラが本体で行くなら俺も本体で行く。コイツだけを危険な戦場には向かわせねぇ。
『久し振りに俺自らで動こうか。』
俺はエレラエルレーラを抱き寄せ火車と共に部屋を出る。
『さぁ、黒牙の野郎に狩り尽くされる前に、人族の地下都市へ急ごうじゃねぇか。』
ーーー
ーーー神域ーーー
神々が住む居城 シンクリヴァス。
それを含めた神々が行動する拠点を 神域 と呼ぶ。
その内の一つ。
分厚い広がる雲海を一望できる建造物から海の一点を見つめる少女がいた。
クロノ・フィリア。
【天神眼神】翡無琥。
雲の海の中心。大きく開いた隙間。
巨大な、それはもう巨大な石板のような門が空中の浮かんでいた。
そして、それを取り囲むように十五の魔方陣が描かれている。
魔方陣は等間隔で円を成し、その内の六つが輝いていた。
『鍵が…また、開きました。神眷者の魂が魔方陣に注がれています。』
『はい。その通りです。翡無琥さん。あれが下界と神界を繋ぐ固く閉ざされた門です。貴女方、クロノ・フィリアが神との接触を行うにはあの周囲に浮かぶ鍵全てを解除しなければならない。』
『そう…みたい、ですね。リシェルネーラさん。』
そして、翡無琥の横に立つ女性。
【静寂神】リシェルネーラ。
『貴女は今や最高神の一翼。その瞳で、この世界の全てを視る ことが可能です。絶対神、グァトリュアル様のお考えも、意思も。全てを理解した筈です。』
『はい。この世界は 限界が近い のですね。』
『はい。仰る通りです。それで、決心はつきましたか?。』
『………いいえ。もう少し。皆さんがこの地に足を踏み入れるまで…時間が欲しいです。』
『そうですか。ふふ。家族のような関係の仲間…他人同士の筈なのに、心の距離が普通の家族よりも近い不思議な関係ですね。それもこれもあの観測神様のお力でしょうか?。』
『はい。お兄さんは皆を繋いでくれる大きな存在です。』
『ふふ。素晴らしいですね。願わくば貴女の未来が明るく光照らされていることを願っていますよ。』
『………はい。ありがとうございます。リシェルネーラさん。』
閉ざされた門を眺めながら、翡無琥は小さな不安に胸を押さえた。
ーーー
ーーー黄国 イセラ・エシルローナーーー
ーーー理事長室ーーー
大きな縦長の机の上に足を乗せ、頭の上で腕を組んだ少女が何処と無く天井を眺める。
少女として、だらしなさが目立つ。だが、金色の美しい髪と蒼天のような瞳の色。見事なまでに整った顔立ちに、華奢ながらも品のある容姿が優雅さを演出している。
『なぁ。スヴィナ?。』
そんな少女が視線も合わせずに部屋の隅で形容しがたい不思議な踊りを踊っている少女を呼ぶ。その呼び掛けにスヴィナと呼ばれた最高神が振り返る。
金色の装飾が散りばめられた衣装に身を包んだ、これまた美しい金髪の少女。
首を傾げ、その銀色の瞳が少女を見る。
『何だぁ?。キシルティア?。』
キシルティアと呼ばれた黄国の王にして巫女だった少女はとある方角を指差し告げた。
『我の国への来訪者のようだ。』
『え~。またぁ?。最近多くない?。』
『此度も異神のようだ。そして、男。』
『わおっ。じゃあ、皆が驚くな!。それは大変だぁ~。おっけ。じゃあ、ここまで案内してくるぞ。』
『ああ。我の客だ。丁重にな。』
『了解だぁ!。』
窓を開け元気良く飛び降りるスヴィナ。
呆れ顔でその様子を眺めながら…。
『ふふ。此度の会合。はて、何回目だったか?。途中から数えるのを止めたのだったか…ふふ。この度の世界。主はどの様な愉快な質問を我に投げ掛けるのか。なぁ?。無凱?。』
開けっぱなしになった窓から室内に流れる風に輝く金髪を靡かせ不適に笑うキシルティア。
『ああ。そうだ。我は何でも知っているのだからな。』
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