表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
350/423

第322話 泣き顔の笑顔

 私の身体を抱きしめて壁際まで運んでくれる楚不夜。

 きっと急いで駆け付けてくれたのだろう。息が乱れて、汗も滲んで…けど、間に合ったことに安堵している。

 嬉しそうな顔で、涙ぐむ楚不夜。

 その顔からは普段の不機嫌さは感じられない。

 きっと、私も今、泣いてる。


 楚不夜…。


 口を動かすも声が出ない。

 今すぐにでも名前を呼びたいのに。

 下半身が動かないが、必死に腕をしがみつき、楚不夜を見つめる。


『仙技で愛鈴様の自己治癒力を高めました。止血は出来たようですが痛みはありますか?。』


「…ん…ん。」大丈夫だよ。


 必死に首を縦に振り意思を伝える。

 相変わらず頭の中に響く神の声は辛いけど身体の痛みは治まった。

 近くに楚不夜がいてくれる。それだけなのに凄く心が楽になった。

 

『………ここで、休んでいて下さい。後は私が。』

「ん!。んん!。」駄目だよ!。


 楚不夜!。アイツと戦っちゃ駄目!。

 アイツは強すぎるよ。戦ったら楚不夜も殺されちゃう…。

 必死の訴えも虚しく楚不夜は私に背中を向ける。

 けど、これしか生き残る方法がないことも理解できてしまう。

 きっと、逃げ場はない。

 逃げられる相手じゃないことも分かる。

 私達に許されるのは…ゼディナハをここで倒すしかないんだ。


『………ご安心を。貴女は私達が必ず。』

「んん!?。んん!。」


 楚不夜は立ち上がりゼディナハに向かう。


『お前も神と戦う運命から降りる側か?。楚不夜?。』

『はぁ...馴れ馴れしいな。ほぼ初対面、こうして話すのも初めてで呼び捨てか?。』

『ははは。ごもっとも。けどな。俺は黒国の王だ。誰かと対等…それ以下の奴等と会話するのに諂う必要はねぇのさ。俺が頂点だからな。』

『そうか。傲慢なら鼻で笑ってやるところだが…強ち、間違いでもないな。ちっ。…なら対話をする必要もないだろう?。』

『ん?。煙?。』


 周囲に充満していた楚不夜の操る煙。

 既にゼディナハを取り囲んでいる。これなら何処からでも楚不夜は攻撃できる。


『はっ!。』

『おっ!?。』


 煙の刃がゼディナハの腕を切り裂く。

 三本の切り傷が深々とその身に刻まれた。


『成程ね。』

『理解しても遅い。お前に逃げ場はない。』

『それはお前だ。よっと。』

『なっ!?。がはっ!?。』


 楚不夜!。

 ゼディナハがあの刀を振るう。

 たった一振り。下から上に掲げるように刀の刃が動いた瞬間、楚不夜の身体が斬られた。

 横腹から斜めに真っ直ぐに肩口まで。

 激しく吹き出る血飛沫と共に楚不夜の身体が倒れかける。


『ぐっ…ま…だだ。仙技!。』

『おせぇ。』

『あぐっ!。がっ!。うぐっ…。』


 何とか倒れる身体を無理矢理動かし、楚不夜は技を放とうとするも、行動前にゼディナハの刀が彼女の身体を貫く。

 三ヵ所を刺された楚不夜が今度こそ倒れてしまった。

 ゼディナハが…強過ぎる…。


『んん!?。ん!。』


 楚不夜!。嫌だ!。死なないで!。

 腕だけで地面を這って楚不夜に近付こうとする。

 だけど…。

 

『ぐ…あ、愛鈴…さ……ま…来ては…はぁ…はぁ…駄目…です…。』


 口からも、身体からも、物凄い量の血液を垂れ流しながら楚不夜は立ち上がる。

 神具の煙管から煙を出そうと息を吹き込むも…。煙が出ない?。


『うぐっ…なっ、どうし…て…。』

『ああ、やっぱりその煙管が神具か?。さっきの煙もそこから広がってたからな。残念だが、ソイツは破壊させて貰った。』

『なっ…に…。っ!?。』


 ゼディナハが鞘に刀を納めたと同時に、煙管が粉々に砕かれた。


『ついでにお前の能力も、神獣との繋がりも絶ち斬らせて貰った。残念だったな。お前に勝ち目は最初からなかったんだわ。くく。終わってんぜ?。お前。』

『くっ!?。麗鐘、宝勲!。無事か?。』


 楚不夜の声に火車と戦っていた二人が反応する。

 二人もボロボロだ。きっとあの太い腕から繰り出された拳をくらったのだろう。

 宝勲の刀は半分に折れ、右腕が変な方向に曲がってる。

 麗鐘も銃が破壊され、残された小さなハンドガンだけで戦っている。良く見るとお腹から出血して綺麗な着物が真っ赤に染まってる。

 二人ともエーテルが切れ掛かってる。満身創痍だ。


『ああ。無事だぜ。姉さん。』

『はい!。まだ行けます!。』

『そうか!。ならば命令だ!。地下にいる異神に助けを求めよ!。』

『っ!。』

『了解だ!。姉さん!。死ぬなよ!。』

『ご無事で!。』


 麗鐘、宝勲が地下へと続く階段のある方へ走り出した。

 地下にいる異神って…赤皇?。どうして、楚不夜が彼のことを知って…。


『おいおい!。逃げんのか?。まぁ、逃がさねぇけどな。』


 走る二人を追い掛けようとする火車。


『行かせる…と…思うか?。』


 けど、その間に楚不夜が割って入った。


『おっと。死に損ないが邪魔すんのか?。』

 

 楚不夜の足止めで麗鐘、宝勲が地下へと続く階段へと入っていった。


『はは。お前も良い女じゃねぇか。けど、ちょっと生意気じゃねぇか?。コイツは躾が必要だな!。』

『ぐっ…。』


 今度は火車の拳が楚不夜の腹部を殴り付ける。

 傷口を更に広げたみたいで、さっきよりも血が沢山吹き出した。


『んーーっ!。』

『ははは。良くその身体で動けたな。どれ?。どんなもんよ?。』


 その場に崩れた楚不夜を持ち上げる火車。


『へぇ。良いじゃねぇか。ひひひ。旨そうな身体してやがる。』


 楚不夜の身体を視姦し、胸やお尻を触り、全身を気持ち悪い長い舌が舐め回す。

 嫌だ。楚不夜を汚すな!。


『ん!。んんーー!。』


 地面を這って楚不夜へと向かう。


『じっとしてろ。どうせお前等は助からねぇからよ。』

『んっ!?。』


 ゼディナハに踏みつけられ身動きを封じられる。


『それと、火車。ソイツを喰うのは止めとけ。神眷者を喰ったらお前がそれを引き継いじまうぞ?。そんなことになったら最終的に俺がお前を殺すことになっちまう。』

『おっと。そうだった。そうだった。はぁ…残念だが、普通に殺すか。』

『離せ。下衆が。ペッ…。』


 楚不夜の口から赤い唾液が飛ぶ。

 それが火車の頬に付着した。


『へぇ。まだ、そんな元気があんのか?。見上げた生命力だが。俺にそんなことして楽に死ねると思うなよ?。オラッ!。』


 楚不夜の身体を軽々と片手で持ち上げた火車。

 そして、勢い良くその身体を地面に叩き付ける。

 

『おらよっ、くたばりな!。』

『………。』


 もう声も上げられない楚不夜に蹴りを入れる火車。

 その身体は二、三回床を跳ね私の前へと転がる。


『けほっ…。』


 小さな咳払い。

 けど、その口からは止めどなく血が流れ出ている。


『ん、ん…。』


 楚不夜…もう、良いよ…。

 逃げて…。楚不夜が死んじゃうの嫌だよぉ…。

 

『おいおい。マジか。』

『へぇ。まだ、立てるんだな。その身体で。』

『はぁ…。ぐぼっ…。』


 大量の血を吐き出しながら、楚不夜は立ち上がった。

 誰がどう見ても限界だ。立てる身体じゃない。


『愛鈴…は…私が、守る。』


 私を庇うように両手を広げる楚不夜。

 そんな身体なのに私を守ってくれてる。

 駄目だよ。もう、立たないで…。


『はぁ…。主を守る騎士様ってとこか?。けどな、そんなお前の頑張りに水を差すようだが、俺は言ったぜ?。もう、終わってんぜ?。お前。』

『うぐぶっ!?。』


 それは完全な不意打ち。

 完全な致命傷だった。

 気力だけでやっと立ち上がった楚不夜の背後から胸を…神眷者が神から与えられた核を一撃で貫いた腕。


『ああ。その通り。いつまでも見苦しく足掻くな。敗北者。お前には何も残ってねぇよ。』


 マズカセイカーラ!?。

 どうして!?。駄目!?。そんなことより楚不夜が!。


『愛鈴。言ったよな?。俺は異神と戦うためにお前に協力すると。だが、お前は俺との約束を破り異神の仲間になった。お前も、コイツも、お前の部下の雑魚共もだ。だから、契約は破棄だ。俺は俺の目的を成し遂げられる奴と組む。』


 それは…ゼディナハと組むってこと…なの?。

 ゼディナハを見た私の考えを読み取った彼女が答える。


『ああ、そうだ。コイツは本当に異神を滅ぼそうとしている。俺達の考えと同じだ。なら、互いを利用する為に手を組んでも問題ねぇだろ?。役立たずのお前等と違ってな。』

『ん…。』


 楚不夜…。紅陣…。赤皇…。

 私…どうしたら良いの?。誰か…助けて…。


『そ、んな………顔…しないで…く……だ………さい…。』


 私を抱きしめたのは楚不夜だった。

 力無く震える手。声も弱々しく霞んでいる。

 私よりもボロボロな身体で身体を引摺りなら私の身体を抱きしめてくれた。体温が驚く程冷たくなってる。…けど、その瞳だけは力強い。


 楚不夜ぁ…。


『まだ、生きてんのか!?。この女。』

『………ああ。やるな。見上げた根性だ。けど、いい加減眠れ。』

『っ!?。』


 楚不夜の背後で振りかぶられるゼディナハの黒い刀。

 今度こそ楚不夜を殺そうとしてる。


『死ね。』

『邪魔すんじゃねぇよ!。ゼディナハ!。』

『ん?。』


 刀が振り下ろされる直前。

 その刀の刃を自らの肉体に食い込ませた存在。

 その背中は傷だらけで…ボロボロで…。服も破れて…楚不夜と同じ、立っているのが不思議な

くらいの重傷を全身に負った紅陣。


 紅陣…。良かった…生きてた…。


『楚不夜あああああ!。最期くらい根性見せやがれ!。本当の気持ち、姫に伝えてやれ!。』


 紅陣が楚不夜に叫ぶと。


『生意気…言うな。そんこと…お前に言われないでも…。覚悟を決めていた…。』


 楚不夜が私の顔を両手で包む。


『ほぉ。紅陣。お前もしぶといな。ザレクの話では死んだと聞かされていたが、生きていたか?。』

『まぁな。わりぃが姫と相棒の別れは邪魔させねぇ。こうして俺の肉体で止めてる間に、この刀も使えねぇだろ?。精々、足掻かせて貰うぜ!。』

『筋肉で、止めたか。器用な奴だな。だが、それだけだ。お前のその肉体、とうに限界は越えているんだろ?。その身体じゃ数秒しか持たないぞ?。』

『はっ!。十分だ!。神具!。』


 暴れ回るエーテルの双龍。


『来いよ!。纏めて相手してやる!。』


~~~~~


 震える手。冷たい手。弱々しい手。

 愛鈴の両頬に添えられた楚不夜の両手。

 顔を近付け、真っ直ぐと愛鈴の瞳を見つめる楚不夜はゆっくりと、はっきりした口調で愛鈴へと話し始める。


『愛鈴…。』


 楚不夜ぁ…死なないで…。


 声が出ない愛鈴。

 自分の思いを伝えたい。自分の言葉を紡ぎたい。

 けれど、声を絶たれた愛鈴は大粒の涙を流すことでしか楚不夜に感情を伝えられない。


『泣くな。愛鈴。子供は笑顔でいるものだ。辛い時も…泣きたい時もあるだろうさ。そんな時は泣いても良い。けどな。それ以上に笑え。楽しいことを見つけて心の底から笑え。そうすれば、必ず幸せになれる。』

『ん!。ん!。』コクコク!。


 楚不夜の左手が愛鈴の頬から離れ床へと落ちる。


『どうやら、その未来には私は一緒に行けなさそうだが…。残念だ。』

『ん…。』


 そして、右手も。

 その右手を両手で掴み、愛鈴は胸に引き寄せた。


『最期に…笑ってくれないか?。お前の笑顔が…見たい。』

『ん!。ん!。』


 愛鈴は笑った。

 精一杯の笑顔。眉はハの字に、瞳からは絶えず大粒の涙が頬を伝い。両手で必死に口角を上げた。

 端から見れば、それは泣き顔だ。

 笑顔などとは到底言えない。悲しい表情だ。


 だが、既に視界を失いつつある楚不夜には、長年思い続け、何度も試行錯誤を繰り返しても、変えることの出来なかった…ずっと見たかった愛鈴の…年相応の満面の笑みに他ならなかった。


『ああ…やっと。笑って………くれ…た。』


 そのまま力尽きた楚不夜。

 限界の更にその先へと肉体を酷使した代償か、その身体は瞬間的に光の粒子となって消失した。


『ん…んんーーー。んーーー。』


 愛鈴は精一杯作った笑顔のまま泣いた。

 声を失い振り絞るだけの声にならない声が静寂に押し潰されていった。


『はっ!。悲しませやがって。後でお仕置きしてやる。あの女!。』

『ん!?。』


 紅陣の言葉。愛鈴は声の方へと顔を向けた。

 そこには、半身を失い。核を黒い刀で貫かれた紅陣が立っていた。


『姫………いや、愛鈴。』

『っ!?。』


 背中越しに話し掛ける紅陣。

 愛鈴からはその顔は半分しか見えない。

 それもその筈だ。半身と共に紅陣の顔半分も消し飛ばされてしまっていた。

 そんな姿を愛鈴には見せられない。

 今すぐにでも失ってしまいそうな命と意識を意思の力で強引に繋ぎ止めている…そんな状態だ。


『幸せになれや。アイツも言っていたが、思いっきり笑え。好きな奴や大切な奴等と一緒にな。結婚して、沢山子供を作って、楽しい人生を送りやがれ。あの世で見てるからよ。幸せにならなかったら許さねぇ…からな。だから……………俺なんかの為に泣くんじゃねぇ…よ。』


 片目しか残っていなかった紅陣の瞳からは、愛鈴よりも多くの涙が流れ続けていた。

 今、この瞬間だけは、二人の肉体的な距離と心の距離は違えていた。

 二人の心は同じだった。


『はぁ...。お前に救われてからの数年。悪くなかった。仲間も出来たしな。ありがとう。じゃあな。愛り………いや、姫。』

『っ!?。』


 後ろ姿。立ったままの状態で紅陣も消滅した。

 彼が流した血も汗も。全てが光になり消えてしまった。

 紅陣と楚不夜。神眷者となった二人の最期は、形あるモノで残ったものは何もない。


 愛鈴の心の中にある、【二人と出会ってからの不完全な行き違いの主従関係】だった思い出以外は…。

次回の投稿は23日の木曜日を予定しています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ