番外編 恋人達との旅行 氷山雪原編①
聳える山々の並ぶ山岳地帯。
その山の一つ。
青国の中にあり、氷雪地帯の一角、氷山雪原に大きなスキー場がある。
各々の高さまで移動できるロープリフトやチェアリフト、ゴンドラリフトを備え、コースも初心者から上級者。ファミリー向けやプロまでも楽しめる数が用意されている。
最近新設されたという大規模なスキー場だ。
『やっほ~~~。』
やっほ~。やっほ~。やっほ~。
遥か遠くまで俺の声が木霊し、山の静寂の中に溶けていく。
何とも言えない、寂しさと解放感に心が満たされる。
俺は今、その中で最も高い山頂の位置から周囲の純白の風景を一望していた。
山頂は雪で真っ白で地上に比べて風が強く、冷たく肌に突き刺さる。
しかし、天気の良さも相まって眺める風景は絶景と言う他にない。
寒さなど忘れ、目の前の風景を堪能していた。
ふと、下を見る。
遠くの山麓には練習用の小さなゲレンデと、休憩や売店、レストランなどの設備があるロッジや、少し離れた場所には俺達が今日宿泊しているコテージが見える。
普段は、多くの観光客で賑わっているのだろう。
更に離れた場所にはホテルが軒を連ねている。
だが、今日と明日。
この二日間に限り、このスキー場関係の場所には俺達しかいないのだ。
どんだけ金をかけたのか、貸し切りなのだ。
『すぅ~。はぁ~。すぅ~。はぁ~。』
深呼吸を繰り返し、山の冷たくも新鮮な空気を堪能する。
肺を満たす冷気の中に雪国特有の香りを感じ全身で味わう。
恋人達と決めた旅行計画。
今回はその二回目だ。
氷山雪原エリアにあるウィンタースポーツが楽しめる宿泊施設。
一泊二日の旅行に俺達はやって来た。
『あ、のね…せ、先輩…?。』
『ん?。どうした?。詩那?。そんな所に居ないでこの風景を楽しもうぜ?。見ろよ。すげぇ、良い景色だろ?。』
『え!?。う、うん…そ、そうだね…。先輩は…怖くないの?。』
少し離れた位置で、まるで、生まれたての小鹿のように内股となって全身を小刻みに震わせている詩那の方を見る。
黄色と黒のスキーウェアを着て、スキー板を装備した詩那は、ニット帽に隠れた耳は力無く垂れ下がり、尻尾はピンッと立っている。
ストックを握る手は肘九十度のままで固定され、その握力に持ち手の部分がミキミキと軋んでいた。
『だ、大丈夫か?。』
『う、うん。大じょ……ばない。』
『そうか…。』
数分前。
先に準備が出来た俺と詩那はリフト前で氷姫と奏他を待っていた。
暫く待っているとスキーウェアに着替えた奏他がやって来たのだが、氷姫の準備に時間が掛かるとのことで先に滑っていてと気を利かせてくれたのだ。
お言葉に甘えて、俺は詩那を誘いチェアリフトに乗り込もうとした。
チェアリフトならそこまで難しいコースには行かない、身体を慣らすのにも丁度良いと考えていたのだが。
『先輩。一番上に行こう!。』
詩那が張り切ってそんなことを言ってきたのだが、ゴンドラ内ではしゃいでいたテンションは頂上で降りた瞬間に瓦解してしまったようだ。
『ど、どうしよう…先輩、こんなに高いと思ってなかったよぉ~。』
『おいおい。何で頂上に行こうって言ったんだよ?。俺は中間地点でも良かったんだぞ?。』
ここまで来ると、傾斜も凄まじいものがある。超難関コースだ。
『てか、詩那は滑れるのか?。』
『う、うん。普通に滑るだけなら。』
『じゃあ、どうしてここまで…。』
『そ、そんなの!。先輩と少しでも二人きりで居たかったからに決まってる…じゃん…。ぐすんっ。』
『あうちっ…。』
そんなこと言われたら何も言えねぇよぉ。
『良しっ!。じゃあ、俺と一緒に滑るか。』
『う、うん。けど、ウチ…怖くて動けない。』
『安心しろよ。』
エーテルで肉体を強化し、詩那の後ろに回る。
詩那の身体を後ろから抱きしめ準備完了。
『せ、先輩!?。』
『ほら、こんな近くに俺がいる。だから、ビビることないさ。』
『う、うん。けど、どうするの?。』
『しっかり掴まっとけよ?。』
『え?。』
高さとスピードにさえ慣れれば、神である俺達にとってこの程度は障害にならない。
つまりは、詩那の怖くない高さまで滑り降りるだけだ。直滑降でな!。
『行くぞ!。』
『にきゃあああああぁぁぁぁぁ!?!?!?。』
詩那を包むようにエーテルで壁を作り風を防ぐ。
『先輩!。速いよ!?。高いよ!?。怖さ倍増だよおおおおおぉぉぉぉぉ!?。』
『安心しろ。どんなことがあっても俺がお前を守るよ。俺だけを見てろ!。』
『先輩…格好いい…。って、違うよ!?。こんな体勢じゃ先輩のこと見えないし、高いし、速いし!?。にきゃあああああぁぁぁぁぁ!?!?。』
前に詩那が言っていたことだが、どうやら彼女は絶叫系のアトラクションが苦手らしい。特に苦手なのがジェットコースターのような高さと速度の両方を一度に体験するモノが苦手なんだとか。
てか、本当に何でこんな上級者コースを選ぶかなぁ。
一直線に比較的緩やかなコースが続く中級者のエリアまで降りてきた。
ここまで来れば流石の詩那も大丈夫だろう。
ゆっくり、時間を掛けて降りれば良いだけだ。
『ほら、詩那。ここからなら自力で大丈夫だろう?。一緒に降りようぜ?。』
『………。』
『ん?。』
全く反応のない詩那。
身体を強化していて気が付かなかったが詩那の全身から力が抜け落ちていた。
あれ?。
顔を覗き込むと…。あっ…。白目を向いて気絶している…。
うわ言のように「先輩…怖い…高い…怖い…速い…怖い…先輩…好き…。」と呟いていた。
詩那…そんなに怖かったのか…。
自分の恐怖心よりも俺との時間を望んでくれたことに嬉しさと、その為に上級者コースを選んだ不器用さと愛おしさを感じた。
詩那からスキー板を外し、彼女を背負う。
片手に板と俺の分を含めたストックを抱え、もう片方の腕で詩那を支えながらゆっくりと雪の斜面を滑っていてく。
『あっ!。戻ってきた。お帰り。どうだった?。上級者コース…って、詩那!?。どうしちゃったの?。』
リフト前に降りてきた俺達を待っていた奏他が近寄ってきた。
そして、俺達の様子を見て驚く。
『高いところが苦手なのに上級者コースを選んだ結果だ。まぁ、ここまで苦手だったのは俺も知らなかったけど。』
『ん?。先輩?。』
『あ、起きた。』
『大丈夫か?。詩那?。』
『あれ?。ウチ?。何で先輩の背中に?。』
『途中で気を失ったんだ。仕方ないから俺が運んできた。』
『あっ…ごめんね。ウチ…。』
『気にするな。今度は中級コースとかで滑ろうな。』
『うん。』
恥ずかしそうに俺の背中から下り自分の板とストックを受け取る詩那。
『ところで氷姫は?。まだ準備してるのか?。』
『ううん。氷姫は滑る気ないみたい。』
『はい?。』
奏他の視線の先。
小さな子供が遊ぶように用意された物凄く緩やかな斜面の場所に氷姫がいた。
あまりにも…あまりにも場にそぐわない格好で…。
『氷姫。』
『あっ。閃。』
俺の呼び掛けに氷姫がトコトコと近付いてくる。雪にはサンダルの足跡が残る。
『閃。どう?。似合ってる?。』
氷姫が俺の前で一回転。
白いビキニタイプの水着とパレオを腰に巻いたお姿。
あれ?。おかしいな。俺達、海に来たんだっけ?。雪山に来たと思ってたんだけど?。
『まぁ、似合ってるな。』
スタイルも良い。
顔は言わずもがな。美しさと可愛らしさを併せ持つ。
胸も大きく形も良い。腰は細く、それでいて程よく肉付きの良いお尻。
すれ違う度に男女問わず視線を集める容姿なのは確実だ。
それに、自分の外見を良く理解しており、まるで氷姫の為にデザインされたのではないかと思わせるレベルの水着。
それら全てを鑑みて、結論、とてもエッチです。
真っ白な水着と肌も雪の中で輝いて見えるし、純白の長い髪も照りつける恒星の光で眩しいくらい輝いてるし。
だが、何故雪山で水着?。
『えへへ。褒められた~。一生懸命。選んだの。』
『そうか。でもな。氷姫。』
『ん?。なぁに?。』
嬉しそうに俺に抱きつく氷姫。
柔らかそうな…いや、実際柔らかいんだが、氷姫の身体の感触は残念ながらスキーウェアに阻まれ全く感じない。
『ここは雪山だ。お前の格好は明らかに場違いだぞ?。それにその格好じゃスキーが出来ないじゃないか?。』
『うん。けど。この格好が丁度良い。閃の目の保養。間違いなし。ブイ。』
『確かに目の保養だ。』
『うん。うん。それに私。滑る気ない。かまくら作るから。』
ええ…。スキー場まで来たのに?。
『閃は、詩那と奏他と。滑って来て良いよ。』
『良いのか?。お前はそれで?。』
『うん。問題ない。私。運動苦手。』
『まぁ…確かにそうだった。』
今でこそ普通に歩いているが、前世から何もないところで転ぶくらい運動神経が皆無だった。
魔力やエーテルを扱えるようになってからは、そこまで酷くはなかったが…。
『はぁ。まぁ…お前が良いなら良いのか。奏他。詩那。行こうか?。』
『ねぇ。閃君。』
『ん?。』
『詩那と相談したんだけど。私達は交互に閃君と滑ろうと思うの。』
『滑るなら先輩と二人きりが良いから。さっきのは…全然覚えてないけど。ウチが先輩と一緒だったから次は奏他と滑って来て。』
『そうか?。分かった。』
『ウチは氷姫先輩とかまくら作るよ。』
『うん。大きいの作ろう。』
奏他が近付いてきた。
『奏他はどれくらい滑れるんだ?。』
『んー。あんまり体験する機会がなかったけど、普通には滑れると思うよ。』
『じゃあ、中級コースだな。あそこのチェアリフトで行けるみたいだ。』
奏他と並んでリフトに座る。
地面から足が離れ五メートル位の高さのままリフトは山の斜面を登っていく。
『ふふ。閃君。何かドキドキするね。』
『だな。こんなに落ち着いて山に来たのは久し振りな気がする。いや、転生してから初めてかも。』
『ずっと戦い続きだったからね。でも、うん。閃君と一緒に居られて嬉しいなぁ。前世なら想像もしてなかったよ。』
『だな。奏他とは敵同士だったし、まさか恋人の関係になるなんてな。』
『うん。えへへ。閃君。ちょっと甘えても良い?。』
『ああ、全然良いぞ。てか、俺からするさ。』
奏他の肩を抱き寄せ距離を縮める。
フワッと奏他の甘い髪の匂いが鼻に漂う。
『ふふ。幸せかもぉ~。』
『ああ。俺もだ。』
暫く無言のまま風景を眺める。
互いの存在を感じながら流れる景色を堪能した。
『るる~。るるる~。る~。』
奏他がアイドル時代の持ち歌を口ずさむ。
何度も奏他に聞かせて貰った曲。
奏他の綺麗な声に耳を傾け静かな時間を楽しんだ。
『到着!。』
『おお。ここからでも中々の見応えだな。』
『ん~~~。空気が澄んでるね。冷たくて気持ちいい。』
『そうだな。ここより上だともっと冷たかったからな。これくらいの空気が丁度良いかも。』
肺を満たす冷たい空気。
雪の独特の匂いが心地良い。
『じゃあ、滑るか。』
『まずは私から行くね。閃君見てて。』
そう言った奏他が斜面を滑っていく。
パラレルターンを決め右へ左へ。姿勢も綺麗であっという間に三十メートル以上滑って行った。
俺も後を追うように滑る。
『上手いな。』
『えへへ。でしょ。撮影とかで雪山に行った時に少し練習してたんだ。身体は覚えてるもんだね。』
『だな。俺もスキーは学生の時以来だ。』
『閃君の学生時代かぁ。ちょっと見てみたかったなぁ。詩那や兎針は知ってるんだよね。ちょっと羨ましいかも。』
『そうかぁ?。別に変わってないぞ?。』
外見も殆んど変わらないまま神になっちまったしな。
『ふふ。ねぇ、詩那はさっき閃君におんぶされてたでしょ?。』
『ん?。ああ。気を失っちまったからな?。』
『じゃあ、ね。私のことお姫様抱っこしながら滑れる?。』
『はい?。お姫様抱っこ?。』
『…うん。だめ?。』
奏他が甘えモードになってる。
『まぁ…転んでも知らないぞ?。俺が転んでも怒るなよ?。』
『えへへ。仮に転んでも、閃君は私を守ってくれるでしょ?。』
『む。』
確かに、意地でも転ばないけどさ。
『良しっ!。なら、ちょっと待ってな。』
背中に背負えるスキーケースを創造し奏他の板とストック、ついでに俺のストックを入れる。
そのまま背負い奏他を抱き寄せ、抱える。
『えへへ。閃君の顔が近いね。』
『だな。奏他の顔が近い。』
お姫様抱っこしたことで、奏他の顔が真横にある。うっとりとした視線を向ける大きな瞳。長い睫毛。朱に染めた頬。ぷっくりとした肉厚の唇。
改めて見ても美人な奏他。
もっと早く奏他のことを知っていたら間違いなくファンになっていただろう。
『閃君~。』
俺の頬に自分の頬をすり寄せて微笑む奏他。
どうやら完全に切り替わってしまったな。
普段は真面目で控え目な奏他だが、一度甘えん坊スイッチが入ると途端にスキンシップが激しくなる。
まぁ、基本は二人きりになった時しかならないので奏他の真面目なイメージが崩れることはないんだが…。皆気づいてるんだろうな。
『奏他。しっかり掴まってろよ。』
『うん~。』
滑り出した俺。
肉体を強化し奏他への衝撃を極力弱めゆっくりと滑っていく。
奏他は俺の首に回した腕を更に引き寄せると、顔と顔をくっつけ。時折、頬にキスをする。その度に「ん~。ふふん。」と笑う奏他は凄く幸せそうだった。
『ほら、ついたぞ。』
ゆっくり滑ったつもりだったが、数分で氷姫達がいるファミリー向けのゲレンデまで到着してしまった。
『えへへ。閃君。好きだよぉ~。』
『俺も好きだよ。』
スキーケースから奏他のスキー板とストックを取り出し、スキーケースを消滅させる。
スキー板を履き直した奏他と一緒に氷姫と詩那の場所まで滑る。
『おかえり。閃。』
『あっ!。先輩!。お帰りなさい!。』
二人は四人くらいが軽く入れる大きさのかまくらを完成させていた。
この短時間で…ヤバイな…。
てか、おかしいな。
雪の中にいる筈なのに、水着姿ということも相まってやってることが砂浜で遊んでいるような錯覚が…。
『次は、ウチと滑る番だよ!。先輩!。』
『ああ。今度は中級コースだぞ?。』
『う、うん。大丈夫…です…。』
そうして、今度は詩那と共にチェアリフトへと乗り込んでいく。
そして…二人で滑り終え氷姫の元へと戻ると。
『お帰り。閃。』
『お…かえりなさい…閃君…。』
かまくらは改造され雪の家に。
『お帰り。閃。』
『先輩!。氷姫先輩を止めてぇ~。』
雪の家は増築されマンションに。
『お帰り。閃。』
『閃君…助けて…。』
マンションはまるで物語にでも出てきそうな豪華なお城に…って、奏他が埋もれてる!?。
『おい!。氷姫!。やりすぎだ!。てか、この雪の量は何だ!?。どっからかき集めて来やがった!?。』
奏他を雪の中から救出しながら叫ぶ。
とてもじゃないがこの辺り一帯の雪を集めた程度ではこんな巨大な建造物?、なんて造れねぇ。
周囲の雪を集めた形跡はないし。
この大量の雪を何処から集めやがった!?。
『簡単。私。雪と氷の神。天気操作。局地的大雪警報。ちょっとベタ雪仕立て。閃の部屋も作った。入れるよ。扉。開かないけど。褒めて~。』
ええ…。
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