第318話 原初の種族
ーーー龍華ーーー
妾は龍華。誇り高き龍種の末裔だ。
創造神リスティナが、この星、リスティールに最初の生命として創造した最古の種族の一つ。
原初の種族故に、この身体は他の生物とは異なり、その体内では神々が扱い、自然界が生み出す純粋なエネルギーであるエーテルを生成する特性を持つ。
その為、自然とその身体は他の生物よりも神に近い存在となり肉体の性能が高くなる。
身体能力、回復力、適応力。およそ、生物に必要な能力は他の追随を許さない程に優秀だ。
だが、時が進むにつれ、その力も衰えた。
かつては、エーテルを自在に操り自然災害すらも容易に起こせたと伝えられている龍種も、今の妾ではそんなこと出来ん。
体内で生成されるエーテルを使った強引な肉体強化、強引な体外への放出。それくらいだ。
確かに他の種族よりは恵まれている性能だが、抜きん出ていた過去とは比べ物にならないくらい弱体化してしまっている。
遥か昔は皆に恐れられながらも、種の頂点として他種族を導いていた龍種。
それは龍種にとっての誇りであり、原初の種族に与えられた宿命とされていた。
だが、今では過去の栄光。
輝かしい過去は改竄、歪曲、嘘偽で塗り固められ、龍種は災いを招いた災害、忌むべき対象として畏れられることになった。
誇りを胸に抵抗するも、妾の代では 珍しい希少種 という認識が広まり、抵抗空しく捕獲され売り払われた。
絶望にも似た虚無感に苛まれ生きる意味すらも分からなくなっていた妾。
だが、そんな妾を救い、再び、龍種としての威厳を与えてくれたのが紅陣と愛鈴様だ。
エーテルを、気を操る術を学ぶ機会を与えてくれた。
龍種としての誇りを取り戻させてくれた。
だから…。紅陣が死んだと聞かされた時。
紅陣を殺したこの男…ザレクを殺してやろうと思った。
けど…妾には力が足りなかった。
神眷者…神の恩恵を賜った者には、原初の種族も、誇りも、過去の栄光も全てが無に帰した。
勝てない。
心の底からそう思った。
なら、残された手段は一つしかない。
体内より生成されるエーテルを暴走させ自爆する。
このまま戦い、殺され、利用されるだけなら自らの意思で誇りと共に死ぬことを選ぶ。
妾の意図を察した鬼姫も同じことを考えたのだろう。
アイコンタクト一つでザレクの動きを封じてくれた。
如何に神眷者であるザレクでも、原初の種族二体の同時自爆を防ぐ手段はない…筈だった。
『ちっ。めんどくせぇことしやがって。』
自爆寸前。確かに聞こえたザレクの声。
今までの飄々と人を小馬鹿にした言動とは違う。言葉に込められた殺気は妾と鬼姫に戦慄と恐怖を与える。
この男は、今の今まで全力ではなかった。
いや、一端の力しか使っていなかったのだ。
同時に、妾は直感する。
妾達の自爆を受けてもこの男は倒せない。
無傷、もしくは軽傷で済む。生き残る。
くそっ…。紅陣…。仇…取れなかった…。
身体がエーテルの暴走に崩壊仕掛けた瞬間。
何かが上空から飛来した。
妾の内のエーテルすらも容易に乱し、爆発の瞬間、エーテルは何かに吸収されてしまった。
そして、身体に感じる浮遊感。
ザレクのモノではない。
別の誰かの腕が妾の腰に回された。
地面に何かが落下した衝撃で周囲には土埃が舞い上がり視界を奪った。
徐々に視界は晴れ妾を抱き上げている存在が視界に映る。
全身を包む赤い鎧。竜のものか、鬼のものか、いや両方の特徴を併せ持つエーテルをその身に纏った男。
男は妾を軽々と抱き上げ、反対の腕には鬼姫を抱いていた。
鬼姫も何が起きたのか、現状を理解できないまま眼を丸くし男を見つめている。
ザレクは少し離れた位置で男を警戒し、男は妾達に向けて言葉を発した。
『無事か?。』
妾達を心配する声。
『え?。あ…はい。』
『あ…なた様は?。』
同時に声を上げる妾と鬼姫。
すると、頭部を覆う鎧が解除され男の素顔が露になる。
思い出した。コヤツ…いや、この方は異神だ。
奴隷競売に侵入していた者の一人だ。
何故、異神が妾達を助けてくれたのだ?。
『俺は基汐。君達を助けに来た。』
基汐と名乗った男は、妾達に笑みを向けた。
その笑みにドキッと胸の鼓動が速くなるのを感じる。瞬時に顔が熱くなったのが分かった。
安心感と緊張が同時にやって来た、そんな感覚に襲われた。
隣を見ると鬼姫もまた、妾と同じくらい呆けておった。
『少し動くよ。』
『え?。』
一瞬。視界がブレた。
すると、少し離れた位置、この一瞬で五十メートルは移動していた。
周囲を見ると、柘榴達も寝かせられている。
『ここに居てくれ。後は俺がやる。安心して、君達にはもう奴の指一本触れさせないから。』
そっと、妾と鬼姫の肩に触れた基汐…様。
『はい…あの、ありがとうございます…。』
『あの…。いえ、お気をつけて…。』
何とか言葉を絞り出したのは鬼姫も同じようだった。
『もう少ししたら、俺の仲間が合流する。そうしたら、全員を治療できるからもう少し我慢してくれな。』
再び、頭部を覆う鎧。
巨大な翼を広げた基汐様の姿が目の前から消えた。
ーーー
ーーー鬼姫ーーー
私達の目の前から消える男性。
名前を基汐様と名乗っていた。
鬼と竜。両方の特徴を併せ持つ鎧とエーテルは紅陣様と同じ種族であることを物語っていた。
確か…奴隷競売に侵入していた異神だったと記憶しています。
群叢と戦い、彼を圧倒したと聞いていましたが…何故、彼が私達を助けに来てくれたのでしょうか?。
少なくとも、彼の様子は敵に向けるものではなかった。
『基汐…様…。』
横から龍華の呟くような艶やかな声が聞こえ、思わず視線を向けると…。
うっとりとした瞳でザレクと対峙している基汐様を眺めていた。
単純過ぎます…ね。
ですが、無理もないかもしれません。
彼の種族は恐らく竜鬼族。異神ともなれば竜鬼の神で有らせられるでしょう。
龍華のことは言えない。
私も彼のエーテルに触れた瞬間、胸の鼓動が速くなり全身に熱を感じました。
私や龍華は珍しい種族と扱われる。
昔、競売にかけられら理由も滅多に人前に出ない珍しい種族だったから。
珍しい種族ということは個体数が少ないということ。
原初の種族ともなれば尚の事。
個体数が少ない私達は強い同種に強く惹かれる傾向が強い。
現に、私も龍華も紅陣様に惹かれていた。
ですが、紅陣様は愛鈴様第一主義。それに逸早く気が付いた私達は紅陣様の下につくことで自らの心の乱れを抑制した。
紅陣様は私達を仲間としか見ていなかったから。
何よりも強くなりたいという気持ちの方が勝っていたからかもしれない。
ボロボロになり、競売にかけられていた私達を救ってくれたのが紅陣様と愛鈴様。
二人に恩返しがしたい。それだけを胸に仙技を学び力を手に入れた。
けど、そんな私達を遥かに凌ぐ敵が現れた。
圧倒的なまでの実力の差。命を懸けた決死の一撃すらも堪えてしまう敵。
そんな窮地を救いに来てくれた救世主。
しかも、私や龍華と同種の混合種族であり神。
そのエーテルを受け、惹かれない訳がない。
『くっ…。』
両腕がない…。はぁ…。今の私では何も出来ませんね…。
彼は私を小さな岩を背凭れにしてくれた。
悔しいですね。私はこの場でこの戦いの行く末を眺めていることしか出来ないのが…。
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鬼種は個体数が少ない。
山奥の隠れ里に三十体にも満たない数が、互いに手と手を取り合い、助け合いながら貧しくも平和に暮らしていた。
そんな隠れ里の一つに私は生まれた。
角が二つあることが特徴の鬼種の中に角一つとして…。
当然か、必然か。
個体数が少ない隠れ里。
そこに住む者達とは違う容姿。それも、鬼の特徴であり象徴が他と異なる存在が生まれてしまった。
幸か不幸か…不思議なことに私は産まれながらに自我が、既に物心がついていた。
何となく、自分が置かれている状況を理解できてしまっていた。
赤子が自分達の会話や態度を理解している。
それが余計に里の人達に畏怖の念を強めていたのだと思う。
すぐにその話しは里全体に広がり、私は忌み子として迫害された。
そして、両親は私の目の前で殺された。処刑された。
忌み子を産んだという、強引な罪を着せられて…。
それからのことは、もうあまり覚えていない。
村八分。
里の最も外れにある古びた小屋に閉じ込められた幼少期。
生きる為に食べられるものは全部食べた。
時折、里の人達が私を監視する目的でやって来ては悪戯や暴力を振るって帰っていく。
傷は絶えず何度も死にそうになるも、体内で生成されるエーテルが傷を癒してしまう。
私の身体は生きることを諦めず、望んでいるようだった。
幼い私は石を積み重ねただけのお墓を作る。
両親のお墓。…遺体もない。…形見もない。
残っているのは、僅かに覚えている両親の顔の記憶。
その辺に生えていた花の中で一番綺麗だった小さな名も知らない花を供える。
それと、必死に素手で捕まえた小さな小魚。
毎日、そのお墓の前で泣いていた。
ずっと…ずっと…。泣いていた。
何度も 助けて と叫んだ。
そして、そのお墓も里の人達に面白半分で壊される。
何度も何度も壊される。建て直す度に、積み重ねる度に破壊された。
お供え物は奪われ、花は無惨に踏み潰された。
そんな日々の中で生まれる里の者達に対する憎悪にも似た怒り。
殺された両親。日々の扱い。生きろと叫ぶ自身の身体。環境は、様々な感情を生み、それは、幼い私の思考を復讐という方向に向けさせるには十分だった。
年月を重ね、私の身体は成熟していく。
ただの暴力だった里の人達の私への行為が性的な暴力に変わっていった頃、私は行動に出る。
私を襲う連中を素手で殺す。
殺して、殺して、殺した。
何人も殺し、里に伝わる宝刀を盗んだ。
巨大な包丁のような大刀。
気が付いた時には私は里の中心で佇んでいた。
薄い布で作られた着物ははだけ、反り血で真っ赤に染まっている。
地面は濁った赤が広がり、彼方此方に里の人達の死体が肉片となって散らばっていた。
『はは…ははは…あははははは…。』
意味もなく可笑しくなり私は笑う。
私の立つ場所は両親が処刑された場所で…私は泣きながら笑っていた。
そこからは生きる為に更なる殺しを繰り返した。
殺して奪う。殺して生きる。殺して…殺して…殺して…殺して…殺して…その日を生き残る。
冷静になって考えると、私の身体能力は他の鬼種よりも、かなり優れていたことが分かった。
元々が肉体の性能の優れている原初の種族である鬼種。
その中でも私の能力は抜きん出ていたのだ。
だから、赤国に捕らえられるまで私は暴れ続けた。
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ーーー
ーーー愛鈴ーーー
赤国の模型にエーテルを注ぐ。
エーテルは赤国の至る所に散りばめられた。
赤国内にいるエーテルを持つ者達の反応が輝きによって、何処にいるのか、どれ程の強さなのかを知ることが出来る。
神より与えられた巫女としての力…天恵。
便利な力だが、不便でもある。
まず、誰が何処にいるのかが分からない。反応が誰かも、敵か味方の区別もつかない。
本来ならば、それも可能なのだろうが…妾は巫女としての能力を封印した。
あの耐え難き苦痛、神の声から逃げたのだ。
故に、不完全な状態で扱える巫女の力を駆使するしかなかった。
『反応が…多すぎる。それに数が合わない…。』
赤国にいるエーテルを扱える者の数。
我が赤国の戦士、神眷者、そして、異神。
武星天の者達のエーテルの反応が消えた。辛うじて確認できるのが二つ。
仙技によって肉体に蓄えたエーテルを使い果たしたか…。
それか…いや、そんな不謹慎なことを考えてはならんな…あの者達を信じるしか…。
そして、高速で移動していたエーテルの反応。
合流する輝き。複数で移動する反応。
妾のいる場所には複数。
状況は分からない。だが、赤国で何かが起こっているのは確かだ。
『いったい…何が…。』
『ちょいっと、邪魔するぜ。』
突然、背後に出現したエーテル反応。
聞き覚えのあるエーテルに振り返った。
『何だ。まだ、いたのか?。それに何しにこの王宮までやって来た?。無礼だぞ。ゼディナハ。』
赤皇を捕らえたことで、赤国での自由な滞在を許したが…この場にまで無断で侵入する許可は与えていない。
『なぁに。ちょっとな。急ぎで愛鈴ちゃんの耳に入れておきたいことと確認があってな。』
『何だ?。忙しいな。』
『まぁ、単刀直入に言うとだな。緑国が落ちた。』
『何?。それは…どういう…。』
『言葉通りの意味だ。異神との戦いに敗れ国ごと乗っ取られたってことさ。』
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