第316話 合流とこれから
俺達は飛公環のお爺さんが住んでいた家を後にした。
色々とお世話になった家と、形だけのお墓に挨拶とお礼を言って旅立つ。その際には綺麗に掃除をして感謝した。
お爺さんとの悲しい別れに、俺は何も言えなかった。ただ、お礼だけを。それだけを伝えた。
玖霧は布で顔を隠して涙を流し、紫音は泣きながら「お爺ちゃんの仇をとる」と呟いていた。
目指すは不死鳥の棲む谷。
そこで睦美と再び合流し、ゼディナハとの戦いで失った腕と翼を再生してもらう。
既に旅立ちから三日。
赤国の中心を避け、大きく迂回するように進む。
そろそろ着く頃かな。
『えへへ…基汐に~。包まれてる~。あったかい~。幸せ~。』
上機嫌に俺の足の間に座る紫音が鼻歌を歌いながら神具を操作する。
紫音が動く度に腕の中で柔らかな感触が全身に伝わり甘い匂いが鼻をくすぶる。
何よりも、現在の紫音は普段のゴスロリチックな格好ではなく、全身のラインがハッキリと分かるピッチリとした宇宙服っぽいスーツを着ている。
時折、俺の身体に体重を預けてくるから困ったものだ。
形の良いお尻が俺の理性を破壊しに来てる。
まぁ、この神具が結構揺れてるし偶然当たってしまうのは仕方がないか。
『基汐を~。悩殺~。密着攻撃~。私の身体で~。誘惑中~。』
前言撤回。
確信犯だったようだ。
隠す気のない歌の歌詞に偶然ではなくワザとなのだと理解できた。
だが、まだ耐えられる。
これしきの事、失った腕や翼の痛みに比べれば大したことない。
うん。紫音だけの攻撃だけならば…だ。
そう…更に俺の理性に攻撃してくるモノがもう一つあったのだ。
『す、すみません…基汐さん。そ、その…恥ずかしいので、あまり動かないでくれると助かります。』
『あうっ…。』
俺の後ろに座る玖霧が頬を赤く染めながら言う。
後ろから俺に抱きつくように密着する玖霧。
丁度、後頭部に玖霧の柔らかな胸が押し付けられ、枕みたいに俺の頭を包み込む。ひたすらに煩悩との強制的な戦いが繰り広げられることとなった。
『基汐の~。匂い~。安心する~。』
『はうっ!?。基汐さん!。動かないで~。』
『……………。』
どうしろと?。
美女二人に挟まれる形で座る俺。
落ち着け、落ち着け、落ち着け。
光歌。光歌。光歌。光歌。光歌。早く会いたいな。沢山、抱き締め合って、沢山、キスをして…沢山…その先を………って、何を考えてんねん!。
脳裏に浮かぶ光歌の姿。
事もあろうに、思い浮かべた光歌の姿は、それはもう扇情的であり艶かしい、布一枚を身体に纏ったほぼ全裸の姿だった。
ああ。光歌…愛してる。光歌ぁ…会いてぇよぉ~。
『はっ!?。』
駄目だ。駄目だ。
煩悩よ消えろ。煩悩よ消えろ。煩悩よ消えろ。
これは自分との戦いだ。敗北は即ち光歌に嫌われる。それだけは嫌だ。
なら、思考を変えよう。そうしよう。
『なぁ、紫音?。』
『なぁに?。基汐?。私のこと襲いたくなった?。』
『襲いません。何でそうなる?。』
『ちっ。まだだったか。』
『おい!。何故に舌打ち?。』
『むぅ。基汐のばかぁ~。』
『何でそうなる?。はぁ…それより、この神具、ちょっと遅くない?。てか、狭いな。』
紫音の神具。
名前を【未確認飛行物体・流星 メティリユール・フォーメテム】という円盤型の乗り物だ。
普段持ち歩いてる黒い日傘を突き刺し操縦桿にしているようで、紫音の動きに合わせて傾いたり、回転したり、揺れたりしてる。
宇宙空間から燃えながら突進してきた姿は、まさに流星だった。
それに体当たりされたんだ、あの重たい筋肉の鎧を持つ火車が吹き飛ばされたのも納得だ。
あの速度なら何処へでも一瞬で移動できる…筈だった。
だが、今は違う。
いや、遅くはない。多分、時速80キロくらいで飛行しているとは思うんだが、如何せん、あの高速飛行を見た後だと遅く感じてしまう。
『仕方ない。これ一人乗り。三人じゃ定員オーバー。これでも結構頑張ってるの。だから、基汐の愛が欲しい。もっと、ぎゅってして。』
そう言って俺にもたれかかる紫音。
小さいのに柔らかい。そんな感想しか思い浮かばない俺を許してくれ…。
『そ、そうですよね。一人乗り用ならこの狭さも納得です。』
『私。この神具、創造した時。ボッチだった。だから、誰か乗せるなんて考えで創らなかった。』
『そうか…だが、もうボッチじゃないぞ。俺も、玖霧もいる。この国にも紫音の仲間になってくれる俺の仲間達がいる。他の国にもだ。もう、独りじゃないさ。』
『そうですね。紫音ちゃんはもう、私達、クロノ・フィリアの一員ですよ。』
『……………えへへ。嬉しい。かも。』
俺の位置からじゃ紫音の顔は見えないが耳が赤くなってる。肌に感じる体温も上がってるし。
紫音が嬉しそうで良かった。
『今はどの辺りでしょう?。』
『不死鳥の棲む谷までにある広い樹海。パンダさんいるかな?。』
『いないんじゃないか?。ここリスティールだし、まぁ、パンダ型のモンスターはいるかもしれないが…。』
『そっかぁ。パンダさん。見たかったなぁ~。』
『もう、私達がいた…世界とは別の世界なんですね。何もかもが違う。自然も、環境も、棲んでいる生き物も。悲しいですね。もう昔の普通には戻れないというのは…。』
『そうだな。あの日から全てが変わっちまった。』
俺達がエンパシス・ウィザメントを攻略した時から、俺達を取り囲む運命が動き出してしまった。
あの何気ない日常は二度と戻ってこない。
それは悲しいことだ。けど…。
『俺は今も悪くないと思ってるよ。確かに分からないことは多い。けど、仲間達と少しずつ再会出来てるし、新しい仲間にも出会えた。』
後ろから紫音の頭を撫でる。
『んん~。もっと~。』
『そうですね。確かに過去を失ったことは辛いことです。家族との別れもありました。ですが、それと同じくらい出会いもある。赤蘭にいた頃では味わえなかった幸福も…。』
『ああ。だから、俺達は前を向けるんだ。仲間達と幸せな日常を取り戻すために。』
『うん。悪い奴。倒す!。お爺ちゃんの仇。とる!。』
『だな。俺達の恩人に酷いことしたんだ。絶対に許さない。』
ゼディナハ。火車。絶対に俺達が倒す。
『ん?。ねぇ、基汐。』
『何だ?。』
突然、目の前のモニターを見た紫音に呼ばれる。
『この下。動いてる。エーテルの反応。あるよ。』
『この下?。』
見ると、そこには数人が移動していた。
大きな狼?。いや、狐か。それに乗って移動する人達。
これって…。もしかして、智鳴の?。
『もしかして、智鳴さんではないですか?。あと、睦美さんのエーテルも感じます。』
『みたいだな。何で移動してるんだ?。もしかして、また不死鳥の谷で何かあったのか?。』
良く見ると、後ろには睦美の家族も確認できる。
谷で何かあって避難してきたのか?。
何にしても智鳴と合流は出来てるみたいだし、何とかなったんだろう。
『智鳴…睦美…。ねぇ、基汐の仲間なの?。』
『ん?。ああ。そうだ。』
『そうなんだ…。』
ゆっくりとした動作で俺に体重をかけてくる紫音。俺の左腕を抱き締め、ただモニターを見つめていた。
これは…もしかして、人見知りモードか?。
『安心して下さい。紫音ちゃん。とても優しい方々ですから。』
『………うん。基汐の女?。』
『いやいや。どんな質問だよ!?。』
『大事なこと。教えて。』
『はぁ…。違うよ。俺の親友の恋人達だ。俺とは幼馴染みで、仲間で、家族…それ以上の関係はないよ。』
『そうなんだ。なら、頑張ってみる。』
人見知りの克服は遠そうだな。
俺の腕に顔を埋めて震えてるし、この状況を見ると良く最初に俺に近付けたよな…。
寂しかったとは言ってたけど、玖霧の時も最初はずっと俺の後ろに隠れてたし。
『あ、基汐さん。睦美さんが此方に飛んできましたよ。どうやら、私達が敵かどうか確認しに来たようですね。』
『みたいだな。』
ずっと自分達の頭上に停滞しているU.F.Oだ警戒しない訳ないよな。
睦美が俺達の周囲を一周。すると、俺と目が合った。
一瞬、目を見開いて驚いた表情をした睦美。
久し振り、と視線でコンタクトを送るもニヤリと笑った睦美は何事もなかったように地上へと降りていった。
え?。何、あの反応…。
『えっ…と。睦美さん…もしかして私達の今の状況を面白がっているのではないでしょうか?。』
『今の…状況…はっ!。』
俺は今、紫音を抱きしめ…いや、正確には紫音が抱きついて来ているのだが、それと、玖霧に抱き抱えられているような状態だ。
狭いから仕方がなかった状態。
だが、そんな事情など今再会したばかりの睦美が知る筈はない。
光歌一筋と言っていた俺が美女二人に囲まれている状況…閃が居なければ、結構子供っぽいところがある睦美だ。
いったい何を言われることか…。
もしかしたら、光歌に…。
『まっ、待ってくれ、誤解…。』
浮気現場を知人に目撃されたダメ男のような反応をしてしまった。
『あっ。基汐。乗り出さないで、バランスがー。』
『え?。』
『な、何か、この乗り物、片寄って…。』
見事にコントロールを失った紫音の神具は真っ逆さまに地面へと急降下していった。
『きゃあああああぁぁぁぁぁ…。』
『うわあああああぁぁぁぁぁ…。』
『わー。』
そのまま地面に激突。
隕石の種族である紫音が創造した神具だけあり、落下の衝撃が微々たるモノ。
だが、回転しながら逆さまに墜落したことで乗っていた俺達は揉みくちゃになり身体同士が絡まってしまった。
いてて…何がどうなったのか?。
取り敢えず起き上がろうと身近にあるものを掴んだ。
それがいけなかった。
手の平には、あまりのも柔らかい弾力のある何かの感触が広がる。
手の平に収まりきらない大きさの………。
『あんっ…。基汐…。最初は優しくが良い。』
デカいな…。それに、マシュマロみたいに柔らか…いやいや、何を冷静に感想を考えているんだ?。俺は?。
『ご、ごめん!?。』
慌てて手を離そうとするも腕が動かせない!?。
そして、別の柔らかい何かに顔が埋まる。
『きゃう!?。あっ…あの…基汐さん…あまり動かないで貰えると助かります…その、私のお尻に…触れているので…。』
ああ…そうですか…このクッションみたいな柔かな物体は玖霧の臀部ですか…。
うむ…詰んだな…。俺…。
『お主等…何をしておるんじゃ?。』
『わわわ。基汐君!。大胆だね!。』
『ししし。ついに基汐もハーレムルートに突入か?。しかし、玖霧よ。そんなことしては赤皇が泣くぞ?。』
『に、兄ちゃん…。良く分からないけど…凄いね。』
ワラワラと集まってくる睦美達。
その気配を敏感に感じ取った紫音は一瞬でその場を離れる。紫音が退けたことと神具の乗り物を消したことで絡まっていた俺と玖霧は解放され立ち上がることが出来た。
『はぁ…そんな訳ないだろ…。俺は光歌一筋だ。』
『ええ。私もです。赤皇一筋ですから。』
『じゃが…その基汐の後ろにいる奴は誰じゃ?。』
『あれ?。でもどっかで見た気がするね。』
『………。』
俺の後ろに隠れしがみついて睦美達を警戒している紫音。
予想以上に強く服が引っ張られているせいで苦しい。
『この娘は紫音。【紫雲影蛇】のメンバーで、俺達の新しい仲間だ。』
『ほぉ~。【紫雲影蛇】か。』
『ああ。だから見たことあるんだね。こんにちは、えっと…紫音ちゃん。私は智鳴だよ。宜しくね。』
『ワシは睦美じゃ。宜しくのぉ。紫音。』
『………。基汐ぉ…。』
『紫音。俺の仲間。そして、これからは紫音の仲間だ。挨拶しな。』
『うん。宜しく…ね。紫音だよ?。智鳴。睦美。』
互いに初対面の挨拶を済ませる。
『その…初めまして、フェリティスです。宜しくね。紫音お姉ちゃん。』
『っ~!?。よ。ろしくね。フェリ…ティス。紫音…だよ…。』
紫音…対人面で、フェリティスに負けてる…。
『はぁ…。改めて、久し振りだな。睦美。智鳴。』
『お久し振りです。睦美さん。智鳴さん。』
『うん!。基汐君!。玖霧ちゃん!。』
『ああ。久し振りだな。二人とも。と、言っても基汐とは数週間前に別れたばかりじゃがな。』
『兄ちゃん!。』
『おお。フェリティスも久し振りだな。元気だったか?。』
『うん!。元気だよ!。えへへ。』
フェリティスの頭を撫でるとくすぐったそうに喜ぶ。
『お久し振りです。基汐君。』
『やあ、基汐君。この前はありがとう。また、会えて嬉しいよ。』
『はい。俺もです。』
フェリスとフェネス。
フェリナとフェリオ。
不死鳥の一家全員に挨拶する。
玖霧、紫音も挨拶を済ませたところで俺は疑問を投げ掛けた。
『それは…そうじゃな。説明ついでに暫し休息としようかのぉ。』
睦美の家族達は少し離れたところで休んで貰っている。
智鳴の出した狐達を周囲に配置、紫音はフェリティス達と遊んでいる。少し慣れたかな?。
「私は。基汐についてく。だから。話しは基汐達で決めて。」
と、言っていたから周囲の警戒を任せた。
『それで、基汐達は何処に向かって…いや、この場で不死鳥の谷の方角へ向かっていたということは、ワシにようが…ああ。なら明白じゃな。その失った腕…成程。それの治療か。』
『ああ。そうだ。ついでに翼も頼みたい。』
『では、早速。』
睦美が炎の翼を広げ、癒しの炎が周囲を駆け巡る。
睦美の意思で自在に操作された炎が俺の身体を駆け上がり全身に特に炎は失われた腕と翼を象るように燃え盛る。
何もなかった箇所に徐々に温かさと感覚が戻り、暫くするとそこには俺の腕と翼が再生されていた。以前のモノと同等、俺の記憶の通りに復活したのだった。
『凄いな。』
『しし。大したことでないわ。不死鳥ならば当然、さて、話を始めようかの?。』
『そうだな。じゃあ、睦美と智鳴が何処に向かおうとしていたのか、から教えてくれるか?。』
睦美の話しは再び不死鳥の谷に敵が現れたということだった。
黒牙、彗に修………優。
と、俺達が仮想世界で使用していた神具と神具同士の融合。
そして、絶刀のエレラエルレーラか。
『睦美ちゃん達を私達の隠れ家に連れてくところだったんだよ。』
智鳴の話では知果、時雨、威神の三人と合流し共に行動していたという。
赤国に攻め込み、本当の敵を見定める為に。
結果、俺達に明確な敵意を向けた存在がいた。
『マズカセイカーラ…リスティナの姉妹の神が俺達の敵…。』
姉妹が敵ということはリスティナも敵なのか?。
分からないことが多いな。
『基汐達の今までを聞いて良いか?。智鳴にはお前に会った時のことはワシの方から話しておいた。』
『そうか。なら、睦美と別れた後のところからだな。』
睦美と別れ、紫音と出会う。
赤国の戦士と戦い。
玖霧との再会と飛公環のお爺さんとの出会い。
神眷者の紅陣との和解。
そして、ゼディナハと火車の襲撃。
ゼディナハの危険性を伝えた。
その戦いで失われた腕と翼を再生して貰うために睦美と合流するために移動していたことを話した。
『もう一人の神眷者…智鳴の分身と戦ったって聞いとった奴の仲間じゃな。和解となると赤国は敵ではないと…。』
『そうなるね。赤国は悪い人はいなかったよ。』
『敵はゼディナハ達とマズカセイカーラだ。』
情報の共有を終えた俺達は今後のことを話し始めた。
『基汐君達はこれからどうするの?。』
『敵が分かった以上、戦力を分散するのはマズイ。俺達も智鳴達と行動するよ。』
『そうだよね!。良かったぁ~。基汐君も、玖霧ちゃんもこれで一緒だね。』
『はい。改めて、宜しくお願いしますね。』
『ああ、宜しくな。玖霧。』
『ねぇ、ずっと気になってたんだけど。基汐君の後ろに隠れてる気配は誰の?。』
今度は睦美達と行動を共にし、知果達と合流する話の流れがそうなろうとしていた、その時だった。
智鳴の言葉に全員の視線が俺の背中に集まった。
『きゅい。』
『あれ?。お前は?。』
そこには見覚えのある小さな存在が隠れていた。
『ほぉ。神獣か?。珍しいのぉ。』
『君は紅陣さんの!?。』
『紅陣って、さっき言ってた神眷者の?。』
【隠竜子】。タツノオトシゴの神獣。
紅陣の契約していた神獣が何故か俺の背中に隠れていた。
全身に細かな切り傷を負って…。
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