第315話 暗躍するザレク
ーーー赤国 武星天ーーー
武星天幹部が拠点とする建物。
そこには、異神との戦いを終えた各面々が集まっていた。
戦いで負った傷を愛鈴に癒してもらい各々に今回の戦いの反省を行っていた。
『はぁ…。』
『深い溜め息だな。柘榴。』
『当たり前じゃねぇか。俺達は異神に負けた。奴等は全力すら出してねぇ。俺がこの世界に転生してからの努力を嘲笑うくらいに力の差を見せつけられた。………悔しいぜ。』
柘榴は自らの剣を強く握る。
輝かしく磨き上げられた剣は、苦虫を噛み潰したような表情の柘榴を鏡のように映し出した。
『はぁ…。思い出させるなよ。俺達は今の自分の力を再認識できた。今はそれで良いじゃん。』
『いや、良くはないぞ。愛鈴様に生き残ったことを安心された。分かるか?。勝利に喜んだんじゃない。異神に殺されなかったことに対しての安堵を俺達に向けたんだ。』
『………仮にも 武 を名に刻んだ集団に所属しているのに負けること前提に思われていたんだ。いや、当人は優しい方だ。そんな考えはないだろうな。けど…俺達が自分自身を許せねぇよ。』
明らかな力不足を痛感させられた面々。
群叢、塊陸、獅炎の表情が曇る。
『しかし、異神は何がしたかったのかねぇ。妾達に喧嘩を売り、力を見せつけただけで帰ってしまった。』
『我々に対しての警告でしょうか?。』
『ふふ。それならそれで効果は覿面だったわねぇ~。』
龍華、狐畔、鬼姫が憶測を飛ばす。
『いや、何かあった筈でしょう。聞くところによると、異神の一人は愛鈴様がいる王宮にまで進行したようです。そこで、大きな戦闘があったようですが?。』
『ふむ。我々には情報が少な過ぎる。愛鈴様に直接お窺いせねばならんな。』
心螺、珠厳が答えた。
『愛鈴様は異神の進撃は終わったと告げられましたが…。』
『異神と何かしらの交渉を行ったか。』
『何にせよ。愛鈴様が無事で良かった。』
『ああ。確かにな。俺達が不甲斐ないせいで王宮にまで異神の手が届いちまった。情けねぇ。』
『もっと修行してぇな。』
『そうだな。だが、今はそんな時間はあるまい。』
『しかしだな。今のままじゃ、やっぱ神眷者の二人に頼ってばっかだろ?。』
『そうですね。我々は所詮エーテルを借りてるだけ。元々体内で発生させられる者達とは違いますね。』
『だな。借り物の力じゃ奴等に及ばない。』
『キキキ。やはり妾の出番かのぉ!。なぁ、鬼姫、狐畔?。』
『ふふ。そうねぇ。と言いたいところだけどエーテルをただ放出するだけの私達じゃ相手にならなかったじゃない?。龍華ちゃん。』
『ええ。やはり、武装の違いも大きいわ。神具の力は常軌を逸している。』
『あれが、【神】と呼ばれる存在なのね。』
『むむむ。悔しいな。』
悔しい。
結局、その感情が一番大きいことに全員が意気消沈する。
『おい。てめぇ等、全員揃ってるか?。』
その時、勢い良く開いた扉から紅陣が入室してきた。
『あれ?。紅陣さん?。戻ったのか?。』
『師匠はどうだ?。元気だったか?。』
『ふふ。あの方が病気になるところなんて想像できないですけどね。』
飛公環はこの場にいる全員に仙技を教えた師匠。
気の扱いを含め、各々にあった戦闘技能までも教えた武の師匠だ。
そして、全員が飛公環を家族だと思い、大切な存在だと認識している。
紅陣が飛公環に伝えた、王宮へと戻って来いという提案はこの場にいる面々と華桜天の面々、赤国に住む全ての幹部達の総意であった。
『ああ。元気だったぜ。お前達にも会いたがってた。それと、俺達の提案も受け入れてくれた。準備が出来次第迎え入れてやろうぜ。』
『マジか!?。やったな!。』
『ふふ。これで愛鈴様も喜ばれますね。』
『ああ。愛鈴様も喜んでた。爺さんと暮らせるって笑ってたぜ。』
『……………。』
『…そうですか。愛鈴様の笑顔が…見れるかもしれませんね。』
『絶対、笑ってくれるだろうよ。何にせ、あの方が来られるのだからな。』
各々に喜びを表現し合う。
僅かな違和感を感じながら。
『でだ、愛鈴様から俺達に新たな命令が下された。』
『命令?。』
『どういう?。』
『愛鈴様の命令でな。俺達はこれから緑国に向かうことになった。』
『緑国?。』
『何故だ?。』
『どうやら、緑国は異神との戦闘に敗北しちまったみたいでな。そこにいる神眷者は死亡。緑国は異神の手に落ちちまったみてぇでな。俺達はその偵察、及び、可能なれば異神の排除を命じられた。』
『緑国が!?。』
『異神に…。』
『成程ね。決定ならば従おう。では、出発は?。』
『今すぐだ。』
『あれまぁ~。随分な急だこと。』
その場の全員が視線を交錯し立ち上がる。
『良し!。紅陣さん!。早速急ごうぜ!。』
『おう!。とっとと片付けて愛鈴様に良い報告をしようぜ!。ははは。ついでに爺さんも迎えに行ってやるか?。』
『ふふ。それは良いですね。愛鈴様も喜ぶかも。』
『よっしゃっ!。テンション上がってきたぜ!。』
『ははは!。行こうぜ。野郎共!。出撃だ!。』
紅陣を先頭に王廷を出発する武星天。
柘榴、群叢、塊陸、獅炎、心螺、龍華、狐畔、鬼姫、珠厳。
周囲を警戒しながら進み、地面が橙色に変化した岩と砂の荒地へと辿り着く。
もう数時間進めば赤国を出るところまで着いた頃、武星天のメンバーが動いた。
先頭を進んでいた紅陣を取り囲み、各々に武器を取り出し戦闘態勢へと移行した。
『てめぇ等、何のつもりだ?。』
『なぁ?。紅陣さん?。いや…お前は本当に紅陣さんか?。』
『何言ってんだ?。てめぇは?。』
『はっ!。じゃあ簡潔に言ってやる!。お前は誰だって聞いてんだよ!。偽者野郎が!。』
『……………。』
『妾達を甘くみたな。上手く姿を似せたところで仕草や癖は真似できんようだな。』
『ええ、そうですね。紅陣さんは私達しかいない場所では愛鈴様のことを姫か姫さんと呼びます。』
『それに師匠…飛公環様のことは爺さんではなく爺と。貴方は一度もお呼びにならなかった。』
『本物の紅陣さんはどうした!。』
『ククク。』
『っ!?。』
武器を突き付けられた紅陣の姿をした誰か。
紅陣の表情は次第に崩れ、裂けた口は不気味に嗤う。
同時に足元から爆発を発生させる。
驚いた武星天の面々が飛び退いた。
『ククク。ダメですねぇ。こうも簡単に見破られるとは…どうやら奇術師失格のようですねぇ。』
余裕の笑みを浮かべ、その姿を現す。
仮面をつけ、奇術師の姿をした神眷者 ザレク。
『てめぇは誰だ?。』
『おやおや。私奴のことをご存じないとは…これは悲しいですねぇ。ククク。初めまして赤国、武星天の皆様。私奴は白国所属の神眷者、名をザレクと申します。』
ヘラヘラとした態度と行動に反して放たれる殺気に、その場にいる全員が戦慄する。
危険性、異常性、未知性。その全てがザレクという神眷者が敵であると否応なしに理解させる。
『ククク。まぁ、バレてしまったのは仕方がありませんねぇ。都合良く、計画通りに進まないのは世の常。私奴に任された役目を果たすことにしましょう。なぁに。単純な作業です。』
『何を…言って…。』
『ククク。武星天の皆様。その命、頂戴致します。』
ザレクの神具。
【摩訶不思議催眠空間 パレラル・アマハ】が広域に展開された。
これから始まるは、幻想空間で繰り広げられる一方的な惨劇だった。
ーーー
ーーー赤国 華桜天ーーー
『…ふふ。』
『お帰りなさいませ。楚不夜様。』
『…何かあったのか?。姉さん?。』
何処からか戻ってきた楚不夜を出迎える麗鐘と宝勲。
何処から、というのは二人からの視点であり、赤皇との会談で内に秘めていた思いに対する理解者と出会えたことに喜びを隠せないでいる楚不夜だった。
普段では想像すら出来ないくらい上機嫌な楚不夜の態度に疑問と恐怖を感じる二人。
無理もない。
基本的に楚不夜は常に眉間にシワを作り、不機嫌そうに煙管をふかす。
まだ、年齢は十代なのにも関わらず、その様は人生経験を積み重ねた貴婦人のような風格を漂わせる。そんな少女だった。
なのにどうだ。
現在、目の前にいる少女は隠してはいるようだが口角が上がり目元は優しげに垂れ下がっている。
何が嬉しいのか時折、笑う顔は年頃の少女。
つまりは、年相応の可愛らしさを醸し出していた。
『ん?。そう見えるか?。』
『え?。ええ。何処へ行ってらしたのです?。凄く嬉しそうで...。』
『ああ。てか、姉さん。笑うと滅茶苦茶可愛いな。俺、ビックリしたわ。』
『っ!?。かっ…!?。』
可愛い。
その言葉に一気に顔が赤くなる楚不夜。
『だ、黙れ!。わ、私のことなどどうでも良い!。そ、それより、お前達に伝えなければならないことがある。』
話題を逸らそうとする楚不夜。
だが、普段見せない少女の彼女は二人には新鮮すぎた。
『ふふ。分かりました。お話をお窺いしますね。』
『ああ。何でも言ってくれ姉さん。』
ニヤニヤを隠せていない二人。
『お、お前等ぁ…。ふん。………ふぅ。』
そっぽを向く楚不夜。
大きく空気を吐き、浮わついた自分を鎮めた楚不夜の雰囲気が変化する。
その真剣な雰囲気に二人が気がつき表情と気持ちを引き締めた。
『二人には隠し事はしない。私は今、この王宮内の遥か地下にある牢獄に幽閉されている異神と会談してきた。』
『なっ!?。異神!?。』
『ち、地下に牢獄が?。』
『事実だ。しかし、この事実を知っているのは愛鈴様と私、あとは紅陣だけだ。』
『成程。国にとって危険で、しかも外部に情報が知られることがヤベェ奴等が収容されている場所ってことか?。』
『そうだ。まぁ、今は奴一人だがな。』
『それで、何を話したのですか?。』
『ふふ。お前達は最近の愛鈴様の様子をどう思う?。』
『愛鈴様?。』
『どうだろうな。俺達みたいな下っ端はあまり愛鈴様とは接点がないが…。』
『そうですね。あくまでも遠目での観察程度の感想ですが、以前よりも明るくなった気がしますね。相変わらず表情は変わらないですが。』
『確かにな。雰囲気が柔らかくなった気がするな。』
『愛鈴様を変えたのは幽閉されている異神だ。愛鈴様は異神との会談を繰り返し少しずつ変わっていった。今では私達に悩みを打ち明けてくれるまでになったな。』
『凄いですね…。』
『だが、異神なんだろ?。危険じゃねぇのか?。』
『問題ないだろう。いや…問題はなかった。アイツは………敵じゃない。なかった。』
『楚不夜様…。』
『遂に、姉さんに春がっ!?。』
『………殺すぞ?。』
『ウソウソ。冗談だ。姉さん。』
神具を取り出し煙を纏う楚不夜にたじろぐ宝勲。
『はぁ…まぁ聞け。真面目な話だ。』
『『………。』』
『もし、私に何かあれば地下の異神に助けを求めろ。』
『は?。』
『それは…どういうことでしょうか?。』
突然の台詞に戸惑う二人。
『なぁに。もしもの話だ。すぐにどうこうなる話ではないさ。地下の異神と話した末に約束をした。奴は我々に危機が迫れば手を貸してくれるそうだ。』
『そ、そうか…驚かせんなよ…姉さん。』
『はい。私達は愛鈴様もですが、楚不夜様にも忠誠を誓っています。貴女様を守ることこそ我々の役目です。』
『ああ。その通りだ。姉さん。姉さんに何かある前に俺達が壁になる。だから、そんな悲しいことを言うなよ。』
『すまんな。お前達には、必ず伝えておこうと思ってな。どうも最近、嫌な予感がして…妙な胸騒ぎがするんだ。だからかな…柄にもなく弱気になってしまった。』
『勘弁してくれ。』
『私達は何処までも貴女についていきますよ。』
『ああ。頼もしいよ。』
『………。』
何処か儚げな、今にも消えてしまいそうな楚不夜の様子に不安を覚える麗鐘と宝勲だった。
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