第314話 紅陣の戦い
ーーー紅陣ーーー
神具【鬼紋神痕・龍鎧闘気 オキジス・ドラグコード】を発動させ、両腕から放出した龍をゼディナハへ向け放つ。
周囲に 人影 はねぇ。この状況も意味が分からねぇが、今はそんなことを考えてる場合じゃねぇ。
『姫から離れやがれ!。』
『おっと!?。』
俺の放った龍を意図も容易く回避したゼディナハ。しかし、その拍子に姫が地面に落ちた。
『愛鈴様!。』
抱き抱えた姫の身体は異様な程冷たかった。
元々が軽く小さな身体が、まるで重さを感じない。
『紅陣…妾の為に…すまない…。けど、今まで…ありがと…。』
最後に 笑顔 を見せた姫から力が抜け落ちた。
俺の頬に触れた指も手も腕も、力なく垂れ落ちる。
これは…。
『姫…。』
そっと。その身体を横に倒し、その頭を撫でる。
サラサラとした髪の感触は本物だ。だが…。
『なぁ?。』
『ん?。何だ?。あの爺さんに次いで、そのお嬢さんまで殺されて、てっきり怒り狂うと思ってたんだが随分と冷静じゃねぇか?。』
『冷静?。そんなわけねぇだろ?。今にも、はぁ…てめぇを殺してやりてぇよ。』
『はっ!。なら、来いよ。俺は一向に構わねぇぜ?。ほぉれ、そのお嬢さんの敵討ちでもしたらどうだ?。』
『一つ。教えてやるよ。』
『は?。何をよ?。』
『姫はな。笑えねぇんだ。いや、表情を変えられねぇ。俺には無理だったからな…死の間際だろうが、俺にはあんな表情を向けてはくれねぇだろうよ。何よりも、あんな、悲しげな笑顔なんか俺自身が見たくねぇ。』
『それが、どうした?。現にその娘は死んだ。もう動くことはないだろう?。身体は冷たかっただろう?。お前自身が確認済みじゃねぇか?。』
『ああ。そうだな。だが、お前…本当にゼディナハか?。』
『は?。何を言ってやがる?。当たり前なこと聞くんじゃねぇよ。』
『へぇ。そうかい。本物のゼディナハなら俺が殴り掛かったら、その絶刀とかいう神具で真っ二つにされてただろ?。アイツはそういうのを躊躇わねぇんじゃねぇか?。』
『……………。』
『お前は気を扱えねぇようだから教えてやるよ。生物が死ぬとその肉体から少しずつ気は失われていく。だがな、それは一瞬じゃねぇ。数時間掛けて徐々に失われていくんだ。』
姫の死体は冷たい。
だが、俺はさっき見た。姫はたった今刀に貫かれて死んだ。
なのに、目の前の姫からは気の気配が一切感じねぇ。
それに…。
『ついでに、この場所だ。お前は仙技を知らねぇのか?。気が荒れてたせいで気付くのが遅れたが、この空間の歪み。異空間になってやがるな?。流石に、虫一匹の気配すら感じない空間なんて怪しすぎだろ?。』
『………クク。』
『てか、どうでも良いわ。仮想空間とはいえ、この俺にあろうことか姫の死を見せやがったこと、ぜってぇに許さねぇ!。』
一気に距離を詰め拳を突き立てる。
手応えはない。腕は布一枚を貫ぬいた感触を感じただけだ。
避けられた。随分と身軽な野郎だ。
『けど、まだだぜ。はあああああぁぁぁぁぁ!!!。』
エーテルを放出。
仙技によって濃度を高められたエーテルは、空間を上書きするように放出され、限定空間を構築する為に使用されているエーテルの構成を乱し、偽りの世界を崩壊させた。
『らあああああぁぁぁぁぁ!!!。』
気合いと共に一気に放出した気とエーテル。
まるで、ガラスが割れたように視界が崩れ一瞬のブラックアウトの後、本来の光景が現れた。
そこはまだ王宮にすら到着していない荒野の途中。
しかも、姫だと認識していたのは…ちっ。ただの石かよ…。
いつの間にか敵の創り出した空間に迷い込んじまったようだ。
しかし、ゼディナハにそんな力はねぇ筈だ。
あれば、爺のところで使ってるだろうし、こんな回りくどい方法を好む奴じゃねぇ。
それこそ、俺を殺すのが目的なら刀を振れば済む話だ。
『いやいや。驚きました。まさか、自力で催眠を打ち破り、更には私奴の創り出した空間すらも破壊されてしまうとは…仙技、と言いましたか?。気を読み操る力…成程。成程。どうやら侮っていたみたいですね。ゼディナハが欲しがる訳ですねぇ。』
すると、目の前のゼディナハの足元から爆発が起こり、桃色の煙が奴の身体を包み込んだ。ご丁寧に、ハートやダイヤ、スペードなどのエフェクトまでつけて。
『ククク。お久し振りですね。紅陣さん。前の神眷者の集い…以来でしょうか?。』
『てめぇは…白国の…。』
姿を現したのは、薄気味悪く嗤うピエロの面で顔を隠した奇術師の風貌の男。
何度か会ったことも話したこともあるが…何故、コイツが赤国内に居やがるんだ?。
『おやおや。これは嬉しい。私奴のことを覚えておいでとは。クク。ですが、こうして面と向かって話すのは初めてでしょう。なので、改めまして自己紹介を…。』
わざと臭い動きで頭を下げる男。
『白国が神眷者の一人。ザレクと申します。今後とも宜しくお願い致します。ククク。』
『ああ。覚えてるぜ?。その癇に障る作り笑い方とわざとらしい態度も、同じ神眷者でもお前とは絶対に仲良くなれねぇと思ってたぜ?。』
『およおよ。それは悲しいことですねぇ。私奴は臆病ですのでお友達が欲しかったのですが?。残念です。』
『はっ!。言ってろ。で?。白国に所属しているお前がここにいる理由は?。もしか…しなくてもゼディナハと組んでるとか言い出すか?。』
『ククク。そこまでお見通しですか。これはこれは、ゼディナハに化けたのは失敗でしたね。私奴の計画ですと貴方を私奴の神具の中に閉じ込めておく筈だったのですが…。』
『何しに赤国に来た?。』
『ククク。ゼディナハに聞いていませんか?。彼は赤国を滅ぼそうとしているのですよ。そして、私奴は彼と手を組んでいる。その意味がお分かりで?。』
『ああ。十分にな。神具!。』
再び、神具を展開。
エーテルを纏い、ザレクへ双龍を放つ。
『敵なら容赦しねぇ!。』
『ほぉ。確かに本気で私奴を殺そうとしておりますな。ククク。では、これならどうでしょうか?。』
『なっ!?。』
奴の背後に出現するリング。
そして、そこから発せられるエーテルが両腕に流れ、龍の形を作り出す。
『確か【鬼紋神痕・龍鎧闘気 オキジス・ドラグコード】でしたか?。成程。成程。確かに強力な神具だ。』
『馬鹿な…何で、てめぇが俺の神具を!?。』
『ククク。では、力比べと行きましょうか?。お行きなさい!。双龍!。』
俺の龍とザレクの龍が衝突する。
発生した衝突は荒野に竜巻を作り、嵐となって砂や岩を巻き上げた。
『ククク。威力は互角のようですね。相殺するとは…。』
何で奴が俺の神具を…。
いや、さっきの仮想空間といい、今の神具といい…。
『これもお前の神具で作り出した幻覚か?。』
『ククク。やはり、バレてしまいましたか?。ええ。その通りです。私奴の神具【摩訶不思議催眠空間 パレラル・アマハ】です。能力は催眠空間を作り出し、その中に侵入した者に催眠をかけ幻覚を見せるのですよ。』
『さっき、破壊した筈だが?。』
『ククク。ええ。確かに破壊されましたね。そう見えたし感じたでしょう?。』
『………ちっ。』
何処までが現実なのか。
何処までが幻覚なのか。
『ククク。困惑しておりますね。仕方ありませんよ。貴方から冷静さを失わせる。それが私奴の目的ですから。存分に混乱して下さいな。』
『はっ。やっぱ、いけ好かねぇ野郎だ。』
『褒め言葉として受け取っておきましょう。ですが、本来ならば自身が催眠の中にいることすら気付かない筈だったのです。まさか、仙技にそれを見破る術があろうとは…正直、驚かされましたよ?。』
どうする。
催眠空間は、言うなれば奴の支配空間だ。
全てのルールは奴が決められる。
ちっ。こんな場所で足止めされてる場合じゃねぇのに………いや。まさか…。
『てめぇの目的は俺の足止めか?。』
『…おやおや、どうしてそうお思いに?。』
『てめぇはゼディナハと組んでるんだろ?。目的は赤国滅ぼすこと。だが、それを知っているのは、あの場にいた異神の奴等を除けば俺だけだ。道理で、簡単に目的を話した訳だぜ。俺を姫の元まで行かせない為に、てめぇが仕掛けてきた。そうだろ?。』
『ククク。ええ。その通りですよ。ククク。ですが、赤国を滅ぼすのは貴方達の長である、あの少女の返答次第です。ゼディナハがする質問への答えのよっては私共と手と手を取り合える未来が来るかもしれませんので。』
『は?。質問?。』
『ククク。ええ。質問です。ゼディナハ。彼はあの少女のこう問うことでしょう。「これから俺達は異神の手に落ちた緑国とその近隣にある人族が住む地下都市を滅ぼす。俺達と手を組めば赤国への進行は止めてやろう。」てね。』
『緑国が…異神の手に?。』
『知らないのも無理はありません。緑国は異神との戦いに敗れ乗っ取られてしまいました。セルレンとエンディア。神眷者二名は共に死亡。増援にと向かったアクリスも連絡が途絶えたことから死亡したものと考えられています。』
異神の手に…つまり、基汐達の仲間か。
基汐達と出会う前ならば、一方的に緑国が滅ぼされ乗っ取られたと考えていただろうな。
だが、アイツ等に出会って短い間でも共に過ごした今なら分かる。
異神達は悪い奴じゃねぇ。本当の敵を見極め、敵でない者からは戦いを避ける連中だ。
基汐から聞いた奴等の仲間達の情報なら聞いている。
『そうかい。だが、てめぇ等とは仲良くなれねぇと思うぜ?。』
『ほぉ?。』
うちの姫を変えたのも異神の連中だ。
あの姫が変わる切っ掛けをくれたのも。
俺達じゃ出来なかった。
姫が自分の足で一歩を踏み出そうとしてくれた。その背中を押してくれた奴が異神の中にいる。
『姫は多分、こう言う。「断る。」ってな。』
『そうですか。成程。貴方の答えも同じで?。』
『ああ。さっきから言ってるだろ?。てめぇとは仲良くなれねぇってよ!。』
『そうですか。残念です。では、死んで頂きましょうか?。』
『そう簡単に行くかよ!。』
コイツを倒し、姫の元へ急ぐ。
それが今の俺の役目だ。
それから、戦いは数時間にも及んだ。
俺の神具をコピーしたザレク。その神具の威力は俺のモノと互角。
放つ度に相殺し、周囲を焼き焦がしていく。
『神技!。【双龍咆哮鬼光閃】!。』
『ほぉ。それが、貴方の…では、こちらも。神技。【双龍咆哮鬼光閃】!。』
二頭の龍が放つ極大のエーテル砲撃。
俺の切り札まで完全に真似してきやがる。
『はぁ…はぁ…はぁ…。くそっ…。』
『いやいや。お見事。お見事。』
芝居がかった動作で手を叩くザレク。
つくづく癇に障る野郎だ。
『その身体。ゼディナハから受けた傷が完治していないのでしょう?。それでも尚、この戦闘力とは…恐れ入りますねぇ。ですが、そろそろ飽きて参りました。』
『はぁ…はぁ…。逃がすかよ!。』
俺から離れようとするザレクを追う。
しかし…。それは罠だった。
『ククク。こういうのはどうでしょう?。』
ザレクが指を立てた腕を斜めに下ろす。
瞬間、俺の身体が切り裂かれた。
『なっ!?。にっ!?。』
『ククク。ほぉらほら。』
離れた位置にいる筈なのに奴が動く度に俺の身体が破壊されていく。
握っていた拳を開くと同時に俺の身体が内部から破壊される。
指を曲げると腕や足の骨が折れる。
『ごぶっ!?。』
地面に崩れ落ちる身体。
有り得ねぇ。
これも奴の幻覚…の筈だ…。
奴に離れた相手を攻撃する手段はねぇ筈。出来るなら今までやるチャンスはいくらでもあった。
幻覚…だが、全身を襲う激痛。
これは幻覚か?。それとも!?。
いてぇ…。しかも、折れた腕や足の感覚。
内蔵を破壊された痛みも。全てが本物だ。
『ククク。どうです?。痛いでしょう?。さて、そろそろ首でもへし折りましょうかね?。』
『ぐっ…。』
動けねぇ。
仙技の回復も間に合わねぇ。
そうすれば良い…こんな場所で死ねねぇ…。
無理矢理にも身体を動かさねぇと…。
『ぐぶっ!?。』
その時、ゼディナハにつけられた傷口が開いちまった。
激しい戦闘。神具と仙技の連続使用で身体が限界を向かえ、仙技によって張り合わせられていた箇所に回していた気まで使っちまったみたいだ。
っ!?。
大量の出血。傷が開いたことでの痛み。
だが、俺はあることに気がついた。
ゼディナハがつけた傷以外の痛みが消えた?。
折れてる感覚も。破壊された内蔵の痛みも。
何も感じねぇ。
つまりは…。
『はっ!。やっぱり幻覚だったんじゃねぇか…。なら…やることは変わらねぇよな…。』
『おや?。まだ立ち上がれるのですね?。そんなボロボロの身体で。はて、足も折った筈なのの立てるとは?。』
『見せて…やるよ。俺の全力を…。ここで、てめぇに殺られる訳にはいかねぇからよ。』
神技。起動。
見せてやるぜ。基汐にすら見せなかった俺の最大の切り札を。
高速で回転する背中のリング。
溢れ出るエーテルは俺の身体を巡り全身から放たれる。
『こ、これは!?。』
エーテルは気と交わり、龍の姿を象る。
全身のエーテルからなるその龍は八つの頭を持つ龍となり俺の背後に召喚された。
『空間ごと巻き込み、喰らいやがれ!。【極神仙技】!。【八頭龍咆哮鬼神砲】!。』
八頭からの同時砲撃。
四方八方に放射された光線が空間ごとザレクを巻き込み吹き飛ばした。
パリンッとガラスが割れたような音が耳に届き俺の周囲の環境は砕け散った。
『やれやれ。まさか私奴の神具ごと吹き飛ばすとは…力技ですねぇ~。』
『ぐっ…ここは…。』
何も変哲もない荒野。
構える俺と俺を眺めならが岩に座っているザレク。
数時間戦っていたにも関わらず俺がこの場所を通った時と時間が変わっていない。
つまりは、今の今まで俺はずっと幻覚の中で戦っていたってことか?。
あの戦闘も全てが偽物だった?。
『ククク。如何でしたか?。摩訶不思議な体験だったでしょう?。ククク。』
『はぁ…はぁ…。』
精神的な疲労が凄まじいな…。
だが、今までのが幻覚だと分かれば…まだ、戦える。
仙技も扱え、エーテルも問題ねぇ。
『やる気のところ申し訳ないのですが、ここで終わらせて貰います。』
『な、何だと?。』
『ククク。既に勝負は決しているのですよ?。催眠空間での記憶は私奴も共有しているのです。そして、神技。』
『っ!?。』
『【幻想反転】。』
『なっ!?。ごぶふっ!?。』
奴の神技の発動と同時に、俺が催眠空間で受けた全ての傷が現実世界に反映された。
全身から噴き出す大量の血液と共に俺は地面に倒れた。
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