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第313話 楚不夜

 地下牢獄に訪れる静寂。

 俺の目の前には愛鈴と入れ替わる形で地下へと降りてきた楚不夜がいる。

 赤国に二人いる神眷者の一人だと聞いている。


『………少し。貴様と話がしたい。』


 僅かに思考する素振りを見せた楚不夜は俺に歩み寄ると鉄格子の扉を開け、中へと入ってくる。そして、俺と向かい合うように腰を下ろした。


『冷たいな…懐かしい感覚だ。』


 細くしなやかな指先で石造りの牢屋の地面をなぞる。

 その顔は何処か儚げで、その瞳は何かしらの覚悟が垣間見えた。


『それで?。俺に話があるんだろう?。』

『ああ。………ああ。安心しろ。戦う気はない。この煙管は神具だが、単純に煙が吸いたくてな。』

『そんなこと気にしてねぇよ。殺るんだったらとっくに仕掛けてんだろ?。』

『そうだな。違いない。』


 大きく煙管を吸い、一気に吐く。

 冷たい地下牢獄の中に煙が充満する、しかし、俺の周囲には煙が来ない?。まるで、俺を避けるように。

 煙の操作。これがコイツの能力か?。


『貴様………いや、赤皇だったな。赤皇から見て愛鈴様はどうだ?。』

『何だ。話って愛鈴のことかよ。アイツも自分自身のことを尋ねて来たが、お前もか?。』

『愛鈴様が…そうか。その時は何て答えたんだ?。』

『脆くて危ういってな。アイツは優しすぎる。王には向いてな…いや、お前みたいな奴ばかりが周りにいるなら立派な王になれるかもな。』

『それは、どういう意味だ?。』

『は?。分からねぇか?。お前、アイツのこと心の底から大事にしてんだろ?。』

『っ!?。………驚いた。今、初めて会ったばかりなのに分かるのか?。』

『はぁ…お前の顔に書いてんだろ?。私は愛鈴様の為なら命すら惜しくないってよ。でだ、ここからは俺の勘だが、どうせ、お前の周囲も全員が愛鈴を認めて、王として…いや、愛鈴個人を大切に思ってる連中の集まりなんだろう?。』

『………。あ、ああ。そうだ。』

『だが、愛鈴自身はお前達の心が自分に向いていることに気がついてねぇ。………違うな。無意識に気付かないフリをしてる。距離を取って、逃げている。これも無自覚にだ。』

『そこまで、分かるのか?。』

『色んな質問をされたからな。おおよそのことは推測できるだろう?。お前達に歩み寄りたいと思う感情も言葉も本当だろう。だが、心の奥底でアイツは他人との繋がりを極度に恐れてるんだ。』


 言動と行動の矛盾。

 愛鈴と話している内に疑問になり、それは話せば話す程、接すれば接する程、大きくなっていった。


『愛鈴様の過去は聞いているか?。』

『ああ。大体は。』


 元奴隷だったこと。

 様々な主を転々とし買われる度に拷問に近い苦痛を味わってきた。

 不死鳥の灰や羽。このリスティールで最も効果がある万能薬。

 来る日も来る日も、肉体を切り刻まれ、羽をむしられ続ける日々。

 更には、巫女として生まれたことで与えられた神託という能力。

 常時、神の声が頭の中に響く地獄。

 身体の外も、中も蝕まれ続ける日々の中で愛鈴の逃げ道は心を殺しあらゆる干渉を受け入れることだけだった。

 結果、感情も、心も、言葉も…そして、表情も失われることとなった。


『だが、それは先々代の赤国の王と我等の師である飛公環によって救われることとなった。』

『ああ。それも聞いてる。奴隷だった愛鈴を最後に買ったのがその王で、飛公環って爺さんに教えられた仙技とかいう技術の力で神の呪縛から解き放たれたんだったな。』

『そうだ。先々代の王は巫女という立場を利用し愛鈴様を奴隷から国の重鎮に持ち上げ、師は愛鈴様を最も苦しめた呪いから解放して下さった。』

『その結果、アイツは今のように感情も、心も、言葉も取り戻したんだろ?。』

『ああ。表情以外な。』


 だが、愛鈴を苦しめていた心の傷も、神の呪いも完全に癒えた訳じゃねぇ。

 何せ、治療になってないからだ。ただ、心の奥底に封印して蓋を被せただけだ。

 その証拠に、アイツは…俺が最初に感じたアイツの感想通り、脆くて危ういんだ。


『それで?。お前はその確認に来ただけか?。』

『いや、ここからだ。私達のことは聞いているのか?。』

『いや、個人個人のことは何も。ただ、何を考えているのか分からず、歩み寄るのは難しいって言ってたな。俺の経験の範囲でアドバイスっぽいことは伝えたが…。』

『そうか。少し…と言ったが、話が長くなっても構わないか?。』

『問題ねぇよ。此方は捕まってる身だ。どうせ、暇だしな。』


 何よりも、楚不夜の真剣な表情が気になったってのもあるが。


『現在、赤国内で愛鈴様の周囲を固めている幹部や部下、兵士の一人一人に至るまで全ての者が愛鈴様に救われた者達なんだ。』

『全員?。お前もってことか?。』

『ああ。私ともう一人の神眷者、紅陣。私達は元々奴隷だった。愛鈴様が王になり奴隷競売で最初に購入したのが私達だ。』

『奴隷…ねぇ。』

『次に私の部下、麗鐘と宝勲。紅陣の部下の龍華、狐畔、鬼姫もだ。彼女達は珍しい種族故に捕えられ競売にかけられた。珠厳は師である飛公環が王殺しの罪を害虫共に着せられ追放となった際、害虫共に反論し彼等に刃向かった。その罪で死罪となった彼を愛鈴様が自身の部下にすることで救ったんだ。』

『へぇ。』

『そして、この世界で目覚めた異界人達。柘榴、群叢、塊陸、獅炎、心螺。記憶を失い自身の置かれた状況も、この世界のことも分からずにいた彼等に愛鈴様は地位と居場所を与えた。そして、我等の師の助力を得て地位に相応しい力も手にした。』

『…ほぉ。その異界人の連中も愛鈴のことが大切なのか?。』

『ああ。心の底から大事に思っているだろうな。羞恥心からか隠してはいるようだが、愛鈴様の幸せを一番に考えているように見える。まぁ、それ以外のことはだらしがないが…。』

『くくく。そうか…そうか…。』


 群叢、塊陸、獅炎。

 かつての仲間の名前がここで出るとはな。

 しかも、女のことしか考えてなかった塊陸、獅炎が、それ以上に大切に思う存在と巡り会えたと。

 アイツ等を成長させてくれたようだな。

 俺にも出来なかったことを…。愛鈴か…。


 それに、柘榴と心螺ねぇ…。

 聞き覚えのある名前。

 ソイツ等の心も動かしたみたいじゃねぇか。


『くくく。良いねぇ。楽しくなってきた。で?。ここからが本題か?。』

『ああ。と、言っても大したことじゃない。そうだな………さっきも話したが、私も昔は奴隷だった。』

『ああ。そんなこと言ってたな。』

『私と紅陣は同じ場所。社会から切り捨てられた者達が集まり暮らす貧困街の出だ。物心つく前から盗み、暴力、殺しが日常の世界で私達は生きていた。生き残る為には力が必要。強くなるために何でもした。騙し、裏切り、闇討ち、他人を殺せば自分を脅かす障害が一つ減る。小さな子供だった私達は同じ境遇の仲間で集まり僅かな知恵を絞り出しながら汚く朽ち果てた大人達の中でも生きてきた。』

『……………。』

『そんな生き方が長く続く訳もなく。数年前、赤国は貧困街に住む住人の殲滅を実行したんだ。私達に為す術はなかった。何せ、あるのは質の悪い刃物や棒切れだ。兵士達の鉄製の武器や鍛え上げられた魔力の技法には太刀打ち出来なかった。無惨にも、殺されていく住人達。普段は殺し合っていた仲だったが、いざ、ソイツ等が殺されると何処か怒りを覚える自分がいることに驚いたな。結局、私達…若い世代以外は皆殺しになった。命を繋ぎ止めた私達に待っていたのは奴隷として競売にかけられる現実だったさ。若い奴等は高値で売れるんだと、魔力を封じられ、手足を拘束されたままぞんざいに扱われたもんさ。あの害虫共によってな。』


 深く煙を吸う楚不夜が天井を見上げたまま目を閉じた。


『だが、私達は救われた。愛鈴様が私と紅陣を買ってくれたんだ。その時からだ。私はこの小さな王に全てを捧げようと決めたのは…。』


 吐き出した煙を操作して様々な形を作る楚不夜。


『私の部下の殆どは餓鬼の頃から共に過ごした奴等さ。皆、愛鈴様を慕っている。勿論、私もだ。だから、力を求めた。今までのように生き残る為への力じゃない。愛鈴を守るため…横に立ち支えてあげられる力を。肉体を鍛え、仙人技を極めた。そして、願いが通じたのか、私は神に選ばれ神眷者になった。』


 神具の煙管をクルクルと指で回す楚不夜。


『嬉しかったねぇ…。愛鈴様を守ってやれる力が手に入ったんだ。人生で一番喜んだ時かもしれんな。』

『愛鈴は愛されてんねぇ~。』

『ああ。そうさ。愛鈴様は私にとっての神さ。』

『ただの惚気にしか聞こえねぇんだが?。』

『だな。確かにそうだ。ははは。』


 楽しそうに、愉快そうに笑う楚不夜。

 恐らく、コイツも十代後半だろう。

 笑うと年相応にあどけなさが出るな。


『すまんな。どうもお前に話を聞いて貰っていると私自身の深い部分まで語りたくなってしまうな。』

『そうか?。聞くことしか出来ねぇから、そうしてるだけだが?。』

『ふふ。そうなのかもしれんな。だが、それだけでも私は嬉しかったさ。愛鈴様が認めた理由が理解出来た気がする。』

『良く分からねぇな。』

『ふふ。さて、ここからが本題だ。』


 楚不夜は煙を消し、神具を消す。

 そして、俺に近づき膝をつき頭を下げた。


『おいおい。何のつもりだ?。』

『頼む。愛鈴様を守ってくれ。愛鈴様が認め、私も赤皇になら彼女を任せられると強く感じた。』

『どういうことだ?。何が言いてぇんだ?。』

『分からない。だが、私の勘が告げているんだ。そう遠くない未来、赤国は…いや、愛鈴様の身に危険が迫る。そんな予感がするんだ。それに…私は恐らく…。いや、勿論、私も全力で愛鈴様を守る。だが、きっと駄目なんだ。私達だけじゃ手に余る。だから、お前の力を貸して欲しい。』


 楚不夜は真剣だ。

 頭を下げたままで顔は見えないが必死さが伝わってくる。

 勘…と、コイツが言ったが、それも侮れねぇだろう。

 俺自身も僅かに胸騒ぎを感じているからだ。

 何かが起ころうとしている。

 いや、もしかしたら、もう始まっているのかもしれねぇ。

 俺の知らねぇところで何かが…。


『愛鈴様を守ってくれるなら、お前の望みの全てを叶えると約束する。自由も与えよう。地位も金も与える。お前が望み、私で良ければ部下と共に貴方に女を捧げても良い。頼む…いや、お願いします。』

『はっ!。何言ってんだよ!。おい。頭上げろ。』

『え?。』

『ほれっ。』

『きゃうっ!?。』


 馬鹿なことを言うコイツにイラついた俺は頭を上げた瞬間の楚不夜の額にデコピンをした。

 その勢いに座ったまま、上半身が後ろに倒れた楚不夜は目を丸くしたまま天井を見上げた。


『何をする?。』

『おめぇよ。そんなこと言いに長ったらしく過去話を俺に聞かせたのか?。』

『…あ、ああ。そうだが?。』

『はぁ…。めんどくせぇな。良いか?。俺は頭が悪い。考えるのは苦手だし嫌いだ。だから、思ったことを言う。良いな。』

『あ、あ、はい。』

『俺は愛鈴が気に入っている。あんだけ毎晩のように話したんだ。情だって生まれるし、アイツの不器用さだって理解出来た。その上で、言う。俺は気に入った奴には必ず手を貸す。ソイツがどんな奴だろうと関係ない。俺は俺が守りたい奴を守る。だから、てめぇが自分の願いの為に自身を犠牲にする必要はねぇ。俺は愛鈴を気に入ったから守る。それだけだ。気に入らねぇ奴は死んでも助けねぇがな!。ははは!。』

『………そうか。』

『ついでに、俺はお前も気に入った。だから、お前はもっと自分を大切にしやがれ。そして、何かあれば俺を頼れ。』

『っ!?。』

『もう一つ言う。あんまり難しいことを言われても俺は分からん。俺は考えるより先に動いちまうからな。前線に放り込まれた方が楽なくらいだ。だから、無理に語りたくもねぇことを伝えなくて良い。回りくどいことはしねぇで直接本音と本題を伝えやがれ!。分かったな?。』

『………はは。あはははは。ああ。理解した。お前という男を。ははは。確かに私は、お前からしたら随分と回りくどかったな。』

『ああ。お前もそうだ。笑ってろよ。そうすりゃ、愛鈴だっていつかは笑顔を取り戻せるだろうよ。』

『………ああ。それが、私の目標だ。愛鈴様の失われた笑顔を取り戻す。必ずな。』

『なら、頑張んなきゃな。お前も、俺も。』

『ふふ。そうだな。』


 ふっ。っと小さく笑う楚不夜。

 立ち上がり再び煙管を出現させた。

 話は終わったみたいだな。結局、赤国の連中は全員が愛鈴信者ってことかよ。

 

 愛鈴。

 次はお前だな。一歩前に踏み出すのは…。


『最後に一つ。…いや、二つ良いか?。』

『あん?。ああ。何だ?。ここまで聞いたんだ。何でも言えよ。』

『感謝する。話を聞いてくれて、受け入れてくれて。』

『ああ。気にすんな。で?。もう一つは?。』

『もう一つは…。』


 近寄ってくる楚不夜。

 ここで初めて煙の匂いを感じた。


『私じゃなかったのは悔しいけど。愛鈴様を変えてくれて、ありがとう。』


 耳元で囁くように呟いた楚不夜。

 離れ際に頬に柔らかな感触を感じた。


『じゃあね。これからも愛鈴様を宜しく。』


 ゆったりとした動作で煙を纏いながら階段を上がっていく楚不夜。

 その腰をクネクネとリズムカルに揺らしながら去っていく背中は機嫌良さそうに見えた。


『はぁ…結局、何しに来たんだ?。アイツは?。』


 昔話と当たり前のこと言って帰って行きやがった。

 静かになった地下牢獄の中。

 最後に見せた笑顔の楚不夜が頭の中にこびりついて離れなかった。

次回の投稿は5日の木曜日を予定しています。

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