第311話 黄金封神仙杖 センクレラ・シルティム
『【黄金封神仙杖 センクレラ・シルティム】!。』
玖霧を取り囲むように空中に展開された複数の棒状の神具。
謎の刻印が刻まれた黄金の輝き。
十を超える数が回転しながら玖霧の周りを回っている。
『おい。そこの兄ちゃんよ。』
『っ!?。』
唖然とする俺に声を掛けて来たのはたった今、俺の腕を斬り落とした張本人である絶刀を持つゼディナハだった。
『とっとと、そこの雑魚を片付けろよ。彼我の戦力差も見切れない奴は目障りだ。』
『ゼディナハ…てめぇ…。』
『はぁ…早く手当てしないと本当に死ぬぞ?。俺の目の前で生き残った命だ。粗末にすんじゃねぇよ。紅陣。ほれ。兄ちゃん。早くしな。』
『………。』
『ん?。ああ。安心しろよ。俺はもうお前達に手を出さねぇからよ。刀もほれ。鞘に納めて身から離しただろ?。俺は火車の得た力が見たいだけだからよ。』
どうやら本当に戦う気がないらしい。
先程までの殺気は消え、火車の戦いを楽しむ為に寛ぎ出している。
『紅陣。移動させるぞ。』
『あ、ぐっ…ああ。』
右腕を失った俺は、左腕で紅陣を抱えて移動する。
少し離れた場所の木陰。小さな切り株に紅陣を持たれ掛けた。
『はぁ…はぁ…。』
『痛むか?。』
『だ、大丈夫だ。切れ味が鋭すぎて傷自体は綺麗なもんだ。これなら、仙技の応用で自己治癒力を向上させてやれば傷口くらいはすぐに塞がる。』
『そうか…そんなことも出来るんだな。』
『あ、ああ。お前も出来るだろうが…はぁ…はぁ…完全に斬り落とされた腕は仙技でも無理だ。すまねぇ。俺が頭に血が上ったせいで…。』
『いや、俺が勝手にしたことだ。気にしないで良い。』
『はは…本当に良い奴だな。お前。敵対してたのが馬鹿らしく思うぜ。』
『本当は平和に暮らしたいんだけどな。まだまだ先は遠そうだ。』
俺は立ち上がり紅陣に背中を向ける。
『おい。その状態じゃ、満足に戦えねぇだろ?。』
『ん?。ああ。だな。けど、仲間が戦ってるのに見てるだけなんて有り得ないからな。その傷は自分で治せるなら俺は俺自身の出来ることをやる。それが…。』
俺達。クロノ・フィリアだ。
『行ってくる。』
翼を広げ飛び上がった。
さて、どうするか…。上空から戦闘の様子を窺う。何か離してるみたいだ。
『いってぇな。玖霧。相変わらず変な攻撃してきやがって。何だ?。棒?。へへ。ポールダンスでもしてくれんのか?。』
『それも良いわね。今度、赤皇にでもしてあげようかしら?。』
『はぁ…赤皇、赤皇って、うるせぇ女だぜ。そんなにあの筋肉達磨が良いのかよ?。』
『ええ。良いわね。貴方と違って善悪も正誤の判断も出来るもの。頼り甲斐もあるし、優しいし。本当の強さを知っている。愛するのには十分すぎる男性よ。』
『へっ。聞きたくねぇ戯言だな。まぁ、良いや。じゃあ、俺がお前を赤皇から奪ってやるぜ。へへへ。俺を楽しませてくれ…よっ!。』
一気に玖霧との距離を詰める火車。
俺達にしたのと同様。瞬間的に筋肉が膨張し瞬発力を向上させている。
『おらっ!。』
『あら、速いわね。』
玖霧の身体よりも太い腕は、大きさと速度でとんでもない破壊力を宿し玖霧へと突き出される。
だが、仙技を会得している玖霧は火車の気の流れを完璧に読み無駄な動作一切無く紙一重で躱す。
『へっ!。お前が避けるのは分かってたぜ!。おらっ!。次はこっちだろ!。おらっ!。』
仙技を用いた者同士の戦いは流れの読み合いだ。どちらが正確に気を読み、相手の動きを先取り出来るのか。行動と行動の間にある次の動作へ移る際に発生する気の起点を察し即座に予測を行えるかという戦い。
互いの気を読む力が拮抗した場合、流麗なダンスのように美しく舞う形となる。
だが、僅かでも仙技の技術が上の者が相手だった場合は…。
『ぶっ!?。がはっ!?。』
玖霧の杖術が炸裂する。
紙一重で攻撃を躱しながら、攻撃の隙間を縫うように手に持つ杖が火車の顔面を叩き、突く。
火車は玖霧の動きを読み対応しようと動くも、その行動すら玖霧に先読みされている。
端から見ると、自ら玖霧の杖に突進しているように見える。
火車の行動の先を見据えた玖霧が待ち受けている。
『あぐっ!?。』
数度目の打撃が命中し地面を転がる火車。
『ぐあっ!?。な、何でだ!?。気を読んでんのに!?。先は見えてんのに!?。何故、玖霧の攻撃を避けられねぇ!?。』
『簡単よ。アンタ、雑念が多すぎるわ。』
接近した玖霧が倒れる火車に対し更なる追い打ちを掛ける。
『がぶっ!?。おぐっ!?。べぶっ!?。』
お爺さんを吸収し仙技の技術を獲得した火車だが、仙技とは冷静さ、静かな心から始まる。
明鏡止水の心。落ち着き、穏やかさを持ち、初めて見えてくるのが気の流れだ。
雑念があれば、物事の本質は偏り、間違った未来が見えてくる。
荒々しく、力押しを得意とする火車の性格とは根本的に相性が悪いのかもしれない。
如何に技術的に高い能力を得ても、扱いきれなければ宝の持ち腐れだから。
『アンタ、根本的に仙技に合ってないのよ。』
対して、玖霧は仙技を生み出した種族である【仙人神】。仙技は本来、仙人が扱う為に考案された技術だ。
恐らく、クロノ・フィリアのメンバーの中で仙技という技法を最大限に扱えるのは玖霧しかいないだろう。
『うるせぇ!。なら、普段通りに戦うまでだ!。』
巨体。腕力。柔軟性。頑丈さ。速さ。
卓越した身体能力をフル稼働させ、暴れまわる。
『馬鹿ね。それが通用するのは前世の時までよ。私達は今、神と同一の存在なのだから戦い方だって高みに至らないとダメじゃない?。』
複数の棒状の神具が回転しながら放たれ火車の腕を貫いた。腕を貫通したまま地面に深々と突き刺さった神具が輝き出す。
『まぁ、最も、私達とは道を違えたアンタじゃ同じ場所に辿り着くなんて不可能でしょうね。』
『う、動かねぇ。抜けねぇ。何だ。この棒は?。あ…の時の岩みてぇだ!?。』
前世で玖霧が使用していた神具。
神を封印する巨岩。対象を岩の中に幽閉し動きを奪う。
恐らく、あの棒はそれと同じ効果があるんだろう。
触れた、若しくは、貫いた対象の行動を封じる。
『まだまだ。行くわよ。』
続けて放たれる九の神具。
腕を封印され身動きの取れなくなった火車では避けることも防御することも出来ず全身を貫かれた。
あの強靭な肉体の堅さを持つ火車の身体を軽々と貫通する威力。
能力は補助系だけど、普通に物理的なダメージも与えられる優秀な神具のようだ。
流石、玖霧だ。考えられている。
『こ…の…あ…ま…がぁ。』
『ふふ。動けないでしょ?。本当はこの神具から発せられてるオーラに触れるだけで対象の動きを封じられるのだけど。アンタは頑丈だもの、この程度じゃ死なないでしょ?。』
『こ…ろ…し……てや…る。』
『いい加減、アンタのその言葉も態度も、似たような発言も聞き飽きたわ。そろそろ終わりにしましょうか。神技。』
『っ!?。』
火車を縛る十の棒の他に更に十の棒が出現し、火車の周囲を取り囲むように地面に円形に突き刺さる。
『さぁ、改めて封印してあげるわ。』
『あ、な、やめ…ろ…。』
封印のせいで言葉までたどたどしい火車だが、目の前の光景には流石に目を見開き焦りを露にする。
頭上に出現したのは、巨大な岩。【封】の文字が刻まれた神を封印じる【封神岩】。
『【極神仙技】!。【封絶神魂岩・顕現】!。』
巨大な岩は、神具の棒から放出されるエーテルに引き寄せられるように落下。そして、途中まで落ちると空中で停止した。
次の瞬間。
岩に刻まれた封の文字が輝き始め、同時に火車の身体が光の粒子となって消え始める。
封印が始まったのだ。
『や、めろ…おい…玖…霧…俺が………わる…かった、もう…しねえ…から………やめ、て…。』
『軽い言葉ね。言ったでしょう?。聞き飽きたわ。永遠に封印されてなさい。』
『やめ…。』
あと、数分もせずに火車は封印される。
だが、俺は飛び出していた。
封神岩の術者である玖霧に危機が迫っていたからだ。
『悪いが、それは無理だ。コイツは俺の計画に必要な駒でな。約束を破ってすまねぇが、手を出すぜ?。来い。』
『玖霧!。』
『っ!?。』
玖霧の身体を抱き、そのまま飛び上がる。
そして、次の瞬間。封神岩が真っ二つに切断された。
ゼディナハの前に現れた謎の少女によって。
『はぁ…はぁ…。あ、危なかったぜ。はぁ…。すまねぇ、ゼディナハさん。助かった。』
『気にすんな。仙技がお前に合わなかったのは残念だが、無いよりはマシだろうさ。お前に合った能力はどっかにあるだろうし、気長に探そうや。』
『ああ。そうだな。』
『さて、どうだった?。エレラエルレーラ。そっちの方は?。』
『マスター。ごめん。失敗しちゃった。私を一回使わされちゃって、二回目は避けたかったから皆で逃げた。』
『そうか。なら不死鳥も収穫出来ずか…。仕方ねぇ。別の手段に移行するか…。』
『ごめんなさい。』
『気にすんなって。』
エレラエルレーラと呼ばれた少女の頭を撫でるゼディナハ。
少女を一目見た瞬間から、先程感じた感覚と同様のモノを感じていた。つまりは、全身が危険信号を発する悪寒と恐怖心、そして緊張感。
あのゼディナハが持つ絶刀を見た時と同じ…。
『さて、どうすっかな?。』
ゼディナハが俺達に向き直る。
『邪魔されんのも癪だし、移動力でも奪っておくか。エレラエルレーラ。あの竜の鎧を纏ってる兄ちゃんの翼を斬り落とせ。』
『うん。分かった。マスター。』
何だ?。
何を言った。いや、呆けてる場合じゃない。
攻撃が…来る!?。
少女が指を立て、腕をすぅ…っと下に動かした。
途端。
『ぐあっ!?。』
背中に激痛が走る。
今までに合った感覚が失われ、俺の身体は地面へと落ちていく。
視界に捉えたのは、俺と一緒に落下していく先程まで俺の背中についていた二つの翼。
ゼディナハの言葉通りに翼が斬られた?。
あの位置から!?。何なんだ。あの少女は!?。
『基汐さん!。大丈夫ですか!?。』
『あ、ああ。けど、着地しないと。』
『ここは、私が。』
『いや、俺が助けるぜ。』
『『っ!?。』』
落下する俺達を背中で受け止める龍の姿をしたエーテル。
これは…奴の神具か?。
『間一髪だったな。基汐、玖霧。』
『紅陣。助かった。けど、身体は大丈夫なのか?。』
『ああ。なんとかな。だが、完治じゃねぇ。戦闘は当分無理だな。っ…。やっぱ痛ぇわ…。』
見ると絶たれた傷は繋がっていた。
凄まじい回復力だ。絶刀の攻撃を受けてこの短時間で動けるまでに回復するなんて。
地面に降り立つ俺達を見て不適に笑うゼディナハ。
『へぇ。神具を使えるまでのコンディションになるまで回復出来るのか。つくづく便利だな。仙技って。』
『てめぇ…。』
『おっと。怖い怖い。そう睨むなって。睨んだところで戦力差が覆ることなんてねぇんだからよ。』
『ちっ…。』
『二つ。聞きたい。』
『ん?。兄ちゃんか。良いぜ。何でも聞けよ。くく。だが、馬鹿正直に答えるとは限らねぇが?。』
『構わない。一つ。その少女は何者だ?。俺に何をした。』
『ん?。エレラエルレーラのことか?。コイツは俺の神具だ。ほれ、エレラエルレーラ。本来の姿を見せてやんな。』
『はい。マスター。』
『っ!?。』
少女は姿を変化させ、その形を…刀に…黒い刀身を持つ絶刀へと変えた。
『ほらな。絶刀。この刀のことならお前達の方が詳しいだろう?。能力もオリジナルと変わらない。俺が神から授けられた正真正銘の絶刀だ。』
俺は驚いた。
少女が絶刀だったことには勿論驚いた。
だが、本当に驚いたのはそこじゃない。
少女が刀の姿に戻ったことで左手に絶刀が握られた。
俺達と戦っていた時に使用していた絶刀を右手に持ったまま。
『絶刀が…二振り…。』
そんなことが有り得るのか?。
『それで、もう一つの質問は?。』
『………君の目的は何だ?。』
一瞬、目を大きく開いたゼディナハは、肩を震わせ高々と笑い出す。
『……………くく。ははははは。だよな。てめぇ等からしたら気になるよな?。なぁに。大したことじゃねぇよ。ちょっと、世界を俺のモノにしてやろうと思っただけだ。手始めに、ちょっと赤国を落としてやろうかってよ。』
『なっ!?。てめぇ…本気で言ってんのか!?。』
『ああ。紅陣。本気さ。くく。さて、質問は終わりだな。紅陣よぉ?。赤国を救いたいなら足掻いてみろよ?。早いとこ止めねぇと赤国は消えるぜ?。』
『………くっ。てめぇ…。』
踵を返し立ち去ろうとするゼディナハ。
流石に紅陣もゼディナハの強さをその身で体験し迂闊には動けないでいる。
近付けば絶刀が振り抜かれる。しかし、このまま逃がして良いのか。
冷静になれば、その選択は正しい。
紅陣は治癒したとはいえ戦闘は無理。俺も腕と翼を失っている。負傷者二人がいた状態では玖霧も満足には動けないだろう。
向こうに絶刀がある以上、今いる戦力では敗北が見えてしまっている。
『じゃあな。また、会うだろうがここは一旦退かせて貰うぜ?。おい、火車。用は済んだ戻るぞ。』
『……………。』
『おい。火車?。話聞いてるか?。』
『なぁ、ゼディナハさん。やっぱ駄目だわ俺。やられっぱなしで帰れねぇ…。』
『はん?。俺の命令でもか?。』
『ああ。これだけは引けねぇ。アイツ等に一撃入れねぇと。』
『は~ん。ははは。面白れぇじゃねぇか。その強情さ嫌いじゃねぇぜ?。良いぜ。好きにしろよ。気が済むまでな。』
『っ!。ああ。そうこなくっちゃっな!。』
『『『っ!?。』』』
『ひゃっはあああああぁぁぁぁぁ!!!。』
火車が俺達三人に殴り掛かってきた。
一瞬で膨張した筋肉の鎧が眼前に迫る。
不意をつかれた俺達。
だが、その時だった。俺達にとっての救世主が流星の如く飛来した。いや、それは完全に流星だった。
遥か上空から音速すらも超える速度で突撃してきたのは…。
『吹っ飛べ。敵。』
『紫…紫音!?。うわっ!?。』
物凄いスピードで目の前を通り過ぎた後に発生した衝撃に吹き飛ばされる俺達。
紫音は…何だ?。あれ?。UFO?。
銀色の、乗り物に乗った紫音が火車へと突撃した。
『ぐぼあっ!?。』
紫音の乗っているUFOに衝突した火車は遥か彼方へと吹き飛ばされ、視界から消え小さな光になるまで遠くの空へと消えていった。
『お、おい!?。火車!?。お前、男らしいこと言っといて結局それかよ!?。』
ゼディナハも目の前に起きた現象に戸惑いを隠せないようだ。
『……………。』
『……………。』
暫くの間、互いに無言の時間が流れる。
『基汐。敵。倒した。ブイ!。』
ゆらゆらと着地するUFOの中から現れた全身ピッチリとしたスーツ姿の紫音のガッツポーズに、全員の視線が集まったのだった。
次回の投稿は28日の木曜日を予定しています。