第304話 開戦の終わり
炎と煙の衝突によって発生した高温の水蒸気によって周囲が包まれた。
数メートル先の視界の確保すら困難な状況にも関わらず、水蒸気の霧の中で激しく動き回る二つの影があった。
【炎天狐神】智鳴。
神眷者、楚不夜。
神によって宿命付けられた戦いが幕を上げた。
互いに神具を展開。
【炎操神楽・舞狐炎扇 エルファペル・コエンムレア】
鉄扇から発生した炎によって形作られた社と天空に出現した疑似大陽。
そして、智鳴の周囲を囲む炎の帯が尻尾から伸びる。
【煙操煙管 モクァーレムト・ぺスパグタール】
尽きることなくエーテルを含む煙を発生させる煙管。
楚不夜の姿を含め、辺り一帯を煙が覆い、視界を奪う。
『この程度の目眩ましなど関係ありませんよ!。』
『当然だな。この程度で動きが鈍るようなら、正直ガッカリしていたところだ。』
『ふふ。では、ガッカリさせないように頑張りましょうか。』
鉄扇の先から炎の剣を出現させた智鳴が舞うように楚不夜を攻め立てる。
身体を回転させ、跳び跳ねる。炎による牽制に加え、鉄扇が縦横無尽に暴れ回った。
まるで、蝶のように舞い、蜂のように刺すを体現したかのような動きで楚不夜を攻める。
しかし、智鳴の炎は楚不夜には届かず、霧の中の幻影をただ斬り裂くのを繰り返すだけだった。
『ちっ…鬱陶しい。』
『私の影を追っているだけでは勝てんぞ?。異神!。』
『ええ。そうでしょうね。なら、全てを蒸発させるまでです!。神具!。起動!。』
天に浮遊し周囲の気温を急激に上昇させていた疑似大陽が活動を始める。
輝きと放射する炎が増し、辺り一帯に炎の柱を出現させた。
『これは?。くっ…霧が…。蒸発していく…。』
『ふふ。やっと本体とご対面目ね。覚悟は良いかしら?。』
一気に間合いを詰めて斬り掛かる智鳴。
しかし、僅かに感じた危機感に素直に反応し足を止め急停止した。
刹那。
智鳴の胸元。薄い服に三本の斬り裂かれた跡が現れる。
停止していなければ、胸を抉られていたことだろう。
『へぇ。その子が貴女の神獣?。』
『ああ、気が付いたか?。奇襲の為に隠していたのだがな。僅かな殺気に気が付くとは…。』
楚不夜の背後に寄り添うように現れる灰色の猫。煙を纏い、その体は実体を掴ませず揺らいでいる。
『【煙隠猫】。この子が私の神から与えられた神獣だ。』
『成程ね~。厄介なの連れてるじゃない?。けど、私の狐達も厄介よ!。』
炎のエーテルで作り出した狐達を解き放つ。
燃える体毛と鋭い爪と牙。放たれた九匹の狐達は一斉に楚不夜へと襲い掛かった。
『確かに、その狐達は厄介だ。しかし、実体がある以上、私の神獣の敵ではない。やれ。』
煙隠猫の身体から大量の煙が放出され再び周囲を包み込んだ。
『これは…私の炎でも蒸発しない?。それだけのエーテルを込めたというのですか?。』
『その通りだ。いくら蒸発させようと煙は無限に作り出すことが出来る。お前の炎と同じようにな。そして、私の神獣は煙と同化することで何処からでもお前を襲うことが出来る。』
『は?。うぐっ!?。』
突然、腕の激痛に飛び退く智鳴。
見ると腕に引き裂かれた傷が出来ていた。
『これは…。っ!?。狐達の反応が消えた?。』
『言っただろう?。神獣が煙と同化したと。煙の中、全てが私の攻撃範囲ということだ。』
九匹の狐達は煙隠猫の爪で引き裂かれ瞬く間に消滅した。
『ほぉら。呆けている暇はないぞ。』
『ぐあっ!?。』
背中を裂かれ、腹を裂かれ、腕を…足を…頬を、次々と斬り裂かれていく。
その切れ味は本物。爪というよりも刀や剣で斬られたモノと同等の傷がつけられている。
『くっ…このっ!。』
疑似大陽から地上へと高熱の光線が放射される。
地面を瞬時に溶かす威力のある砲撃が煙の中にいる楚不夜を貫いた。
『無駄だ。私の神具の能力の一つに【煙化】がある。私の身体もこの煙と一体化出来るのさ。故に物理攻撃や属性攻撃は受け流すことが出来る。』
『はぁ…はぁ…。本当に厄介!。なら、全部吹き飛ばしてあげる!。神技!。』
智鳴を含め、神具である鉄扇から放出される高密度のエーテルを含んだ炎の渦。煙を巻き込み螺旋状に上空へと上昇し疑似大陽へと吸収されていく。
『神技か!。ならば此方も応戦する!。仙神技!。』
智鳴のいる上空で膨張する疑似大陽に対し、楚不夜は仙技と神技の会わせ技で迎え撃つ。
『【煙仙神技法】!。奥義!。【煙極星神猫渦陣】!。』
楚不夜を中心に煙の渦が形成。竜巻のように揺れ動き周囲の煙を集めていく。それはやがて巨大な煙の猫を形作り、智鳴に向け放たれ、突進した。
『【炎天光陽爆破】!。』
エーテルを吸収し臨界を迎えた疑似大陽が大爆発を起こし、周辺一帯を焼き尽くす熱と光が爆風となって周囲へと放射された。
物体は高温によって溶け、爆風は全てを吹き飛ばす。
互いのエーテルによって発生した神技の衝突。
大量の煙と炎が渦を巻き竜巻となる。ほぼ互角の威力であったが為に拮抗した二つのエネルギーは逃げ場を求めて上空へと巻き上がり、巨大な煙と炎の竜巻を形成した。
『はぁ…はぁ…はぁ…。』
『はぁ…はぁ…はぁ…。』
広範囲に発生した衝撃によって建物の多くが破壊され、四方へ飛び散り、巨大な門も原型を留めることなく消え去ってしまった。
今も尚、煙が立ち込める戦場となったこの場所は、砂の地面のみが残る荒廃した大地へと変わっていた。
互いに肩で息をする智鳴と楚不夜。
神技の衝突は互角。いや、僅かに楚不夜が勝ることとなった。
その証拠に、智鳴の炎は鉄扇に宿る剣のみなのに対し、楚不夜の煙は未だ二人の周囲を覆っている。
『勝負は決した。異神。大人しく投降しろ。』
『ふふ。おあいにく様。そういう訳にはいきませんの。それにそろそろ時間切れのようなので、もう少しだけ。頑張ろうかと思います。』
全身が傷だらけ。煙隠猫に負わされた傷からは絶えず血が滴っている身体だ。
しかし、智鳴は前進する。鉄扇から放出される炎の剣を構え楚不夜へと飛び掛かった。
『言った筈だ。勝負は決した…と。』
『ぐぶっ!?。』
口から大量の血液を吐き出した智鳴。
見ると、その胸に自らの剣が突き刺さっていた。いや、自分自身の手で剣を突き立てたのだった。
『ごぼっ!?。何…よ………これ………。』
炎に対する耐性と自らの能力故に燃えることはなかった。しかし、剣としての性能で心臓…核は破壊された。
剣を引き抜くと同時に能力を解除し、震える足で何とか倒れないように踏み留まる。
『これが私の煙の能力だ。呼吸などで体内に侵入した対象を私の意のままに操ることが出来る。今、やっと貴様の身体全体に行き渡ったようだ。』
身体の自由がきかないことを確認した智鳴。
既に勝機がないことを自覚する。
『はぁ…はぁ…。どうやら…敗けちゃったわね。』
『ちっ。良く言う。他の外郭を似せただけの分身よりは高い密度を与えられていたようだが所詮は紛い物だろう?。舐められたものだ。』
『あらら。気付いてたのね。ごめんなさいね。本体は別件でお出掛け中なのよ。』
楚不夜が怪訝な視線を智鳴へと向ける。
『貴様達は何を企んでいる?。』
『ふふ。何かしらねぇ~。』
『口を紡ぐか…。』
その時だった。
『『っ!?。』』
遠く離れた王宮から聞こえる爆発音に反応する二人。
そして、大量のエーテルの放出を感じ取った智鳴と楚不夜だったが、互いに驚いている内容は異なっていた。
『あれは…。っ!?。愛鈴様!。』
『あらら。あっちも敗けちゃったわね。ふふ。あんなのと手を結んでいるなんてね。』
『何を言っている?。』
今すぐにでも駆け出したいであろう急ぐ気持ちを無理矢理抑え智鳴の言葉に反応する楚不夜。
『ふふ。安心して良いわよ。貴女の大切なお姫様は無事。殺られたのは私の分身だから。』
『それを信じろと?。』
『別に信じなくても良いけど。敵に背中は見せられないのでしょ?。ほら、どうぞ。この戦いは貴女の勝ちよ。お好きに殺しなさいな。』
『……………。急いでいるのでな。加減はせん。仙技!。』
『っ!?。ああ…そういうことも出来るのね。』
体内に侵入した煙のエーテル。
楚不夜の煙には神獣の煙隠猫が隠れている。
その二つが意味することは…。
『ごぶっ!?。ぐっ…。』
智鳴の内部から煙を硬質化した爪が弾けた。
内蔵を撒き散らし、身体の内部と外部両方から斬り刻まれた。
肉体がバラバラにされる智鳴。
薄れゆく意識の中で、身体のパーツが地面に落ち転がるのを見つめる。
『ふふ。御免。主人。敗けちゃったわ。』
地面に倒れた智鳴の血液が地面に広がり血の池を作る。
肉体を構成していたエーテルが形を保てず崩壊。智鳴の身体が静かに消えていった。
『ちっ…狐が…まんまと躍らされた気分だ。』
楚不夜は走り出す。
最愛の人の安否を確認する為に。
ーーー
『ははははは!。弱ぇ!。弱ぇ!。弱ぇ!。雑魚が!。分身ごときで俺を倒せるとか思ってたのか?。』
王の間にて繰り広げられた戦いが今、終わりを迎えようとしていた。
激しい戦い…いや、一方的に彼女…マズカセイカーラが広範囲攻撃を連発したことで建物を焼き、破壊し、吹き飛ばしただけだ。
戦いは僅か数分。十分にも満たない時間で決着はついてしまった。
歓喜と異様なテンションで周囲の気温が異常な程上昇した場所は炎に包まれていた。
『ふふ。そんなこと考えてないわよ。貴女という脅威を知れたのですもの。此方としては大きな収穫よ。』
『はん!。俺の存在を確めるためにこんな茶番劇をしたってのか?。赤国全部を巻き込んで?。そんな本体から漏れ出した搾りカスみてぇな姿でよ?。』
『ふふ。そうかもね。』
『ちっ…女狐が…。まぁ良い。本体に伝えろ。』
身体の半身を失い、残った部位も溶け、爛れ、焼かれ、焦げた智鳴。
もう数秒もしない内に消えることだろう。
『いつでも掛かってこい!。俺はお前等異神を皆殺しにするのが目的だからな!。全力で殺し合おうぜ!。』
『暑苦しい方ね。ですが…ふふ。ええ。そう近くない内に戦いになりそうね。貴女の本当に手を組んでいる相手との戦い。どうやら、既に始まっているみたいですし。』
『くくく。関係ねぇよ。俺は俺で動く。神である俺を縛れる奴なんかいねぇからな!。ははは!。』
『神ねぇ…。まぁ、良いわ。それじゃあ、私は消えるわ。さようなら。』
エーテルが霧散し智鳴の分身は消えた。
『くくく。早く全力で戦いてぇな。久し振りの玩具だ。精々楽しませてくれよ!。異神共!。』
腕を払うと同時に燃えていた炎が瞬時に消える。
『……………。』
智鳴とマズカセイカーラのやり取り。その様子を眺めていた愛鈴は真実が分からなくなっていた。
誰が味方で誰を信じて良いのかが…。
妙な胸騒ぎを感じながらマズカセイカーラを怪しんでいた。
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