第303話 純粋なエーテル
『うおぉぉぉ!!!。【爆仙技法】!。【爆極星破豪】!。』
『ははは!。そうよ!。もっと…もっと強い攻撃をしてきなさいよぉ!。迷っていても先には進めませんよぉ!。』
爆発の気を込め仙技を放つ群叢。
この戦い。基汐の時とは違い、様子見などなしの初撃から全力の一撃。
基汐の時は異神という存在の不透明さから様子見を挟み情報を探った。
しかし、今回は違う。
基汐はその場からの逃避を目的として戦っていた。
だが、知果は最初から群叢達との戦闘が目的。余裕などない。遥か高みの存在が己を倒すために迫っているのだ。
しかし、基汐の人柄に触れ、異神への認識に変化が起こっている群叢の心は僅かに迷いが見え隠れしていた。
それを見抜かれ仙技を片手で受け止めた知果の全身が爆発の中に消える。
『これなら!?。』
群叢の攻撃を辛うじて腕で防いでいたようだった知果。しかし、彼は確かな手応えを感じてた。
エーテルと気を込めた全力の仙技。倒せていなくとも手傷は負わせられた筈。
そう、確信があった。
『ふふ。良い攻撃ね。けど、足りないわ!。もっと!。もっと!。死に物狂いで攻撃なさい!。』
『ばかなっ!?。』
群叢の仙技は確かに知果へ傷を負わせていた。
近距離からの直接的な爆発。防御した腕は皮と肉が裂け、傷は黒く焦げ重度の火傷を負っていた。
だが、次の瞬間。
群叢は自分の目を疑った。
知果の頭上に浮かぶ球体。彼女が発動した神具。
【鬼光立体神聖幕 クラミリティム】。
球体が高速で回転し周囲のエーテルを吸収、光の帯となって知果へと降り注ぐと、肉が裂け骨まで見えていた腕の損傷が瞬く間に癒え回復してしまった。
『隙だらけですよ?。』
『っ!?。ぐあっ!?。』
目の前の異常に呆気に取られていた群叢の腕を掴み振り回す知果。
外見が少女とは思えない怪力で長身で筋肉質な群叢の身体を地面へと叩き付ける。
『馬鹿者!。離れぬか!。』
古極星 龍華の放つエーテルの咆哮。
リスティールにおいて、最古の種族の一つである【古龍】である彼女は生まれながらにエーテルを体内に保有している。核を利用しエーテルを絶えず生成し、肉体の強化を常に行っている。
故に、仙技の一つであるエーテルを他者に移し替え貯蓄する技能は彼女には不要であった。
属性の付与されていない純粋なエーテルの砲撃が咆哮に乗って放たれる。
『ははは。言ったでしょう?。もっと全力でやりなさいと!。』
咆哮に対し、知果は空いている手を軽く薙いだ。
砲撃は方向を変えられ全く別の方角に飛んでいく。
『貴方は邪魔よ!。ほぉら。お仲間をお返ししますよぉ。』
『ぐあっ!?。ぐぼっ…。こっ…の…。』
地面に何度も叩き付けられた群叢。
その後、振り回され投げ捨てられる。
数度地面を跳ねながら転がり倒れた。
『群叢!?。貴様…無傷で妾の攻撃を防ぐのか…化け物が…。それに、純度の高いエーテルに触れ、何事も起こらんとは…。貴様の操っているエーテル…。まさか妾と同じか?。』
『ははは!。お気付き?。ええ。その通りよ!。私の扱うエーテルは何者にも染められていない星から直接、掬い取った純粋なエーテル。そう、この星の誕生…創造神であるリスティナがリスティールにて初めて創造に成功した種族の一つである貴女と同じエーテルを操れるのよ!。』
絶対神により生み出された神々、その神々から力を授けられた神眷者。
仮想世界から転生した異界の神であるクロノ・フィリアに所属する者達。
彼等はエーテルを扱うことが出来る。故に神、神に属する者であり世界という歯車の一つになった証明でもある。
しかし、エーテルを扱うということは、己の神としての在り方に反応したエーテルが個体によって性質を変えたことを意味し、それによって発現するモノが神具と呼ばれる武装である。
純粋なエーテル。
星から生み出された直後、又は、星の中に蓄えられた星を維持するエネルギーであり、何者にも染められていない純度の高いエーテルを指す。
それを操るということは、言うなれば星に直接干渉するのと同義であり、世界の法則にすら干渉することを可能とする。
それを許された存在を【最高神】という。
そして、例外としてリスティナがリスティールにて初めて創造に成功した多数の種族。
ゲーム エンパシス・ウィザメントでリスティールの防衛を任された存在。つまり、仮想世界のプレイヤーにとってゲーム進行の際に立ちはだかったエリアボス。
それらが所属する種族は皆、純粋なエーテルを星から直接体内に汲み取ることが出来る。
その種族の一つが古極星 龍華が属する【古龍】という種族だった。
『それは…貴様の神具の力か?。』
『ええ。その通り。ふふ。観察眼も鋭いのね。良いわ。教えてあげる。私は今気分がとても良いのですもの!。ははははは!。』
知果が神具に手を翳すと宙に浮かぶ球体が回転し始める。
同時に地面からエーテルが球体に引き寄せられるように浮上してくる。
『私の神具の能力は、純粋なエーテルを星そのものから吸収し蓄積させる。私はそのエーテルの恩恵を受け取ることが出来るのよ。貴女達が使う仙技や人族のようにね。』
『そうか…その異常なまでの肉体強化と再生能力は神具から降り注ぐ純粋なエーテルを利用していた…そういうことか?。』
『ご名答。ふふ。理解が速くて助かるわ。私、長話とか苦手なのよね。』
『ぐっ!?。』
突然、高速で移動した知果が龍華の首を掴み地面に叩き付けた。
『私はお話より戦う方が好きなのよ。』
『はっ!。』
『おっとと。後ろからとは酷いわね。』
『っ!?。』
背後から死極星 鬼姫の持つ身の丈程もある大刀が迫るも知果はその場を動かず片腕で受け止めた。
『大きな刀ですね。まぁ、関係ありません。二人仲良く沈んでください。』
『っ!?。あぐぁっ!?。』
『うぐっ!。』
地面に倒れる龍華の上に叩き付けられる鬼姫。
二人の呻き声が静かに響く。
『さあ。防いで見せなさい!。』
『っ!?。』
『こ、これって?。』
知果が神具に手を翳すと、発生した光の帯が手のひらに集まっていく。
純粋なエーテルが手のひらで異常な密度の球体となって回転、収束していき、それを知果は握り潰した。
『ふふ。これに堪えられるかしら?。』
高密度のエーテルを握り潰したことでエーテルは崩壊、それにより発生した爆発にも似たエネルギーを知果は己の肉体を媒介にし吸収した。全身を巡らせ、徐々に一点、今回の場合は拳に集中させた。
『えい。』
余りにも緊張感のない掛け声と共に振り下ろされる拳。その威力は、仮想世界での閃の神技、【極 天刻地絶人】を軽く上回っていた。
『させるか!。仲間はやらせん!。』
『あら?。爆風で?。』
鬼姫と龍華の間に割り込んだ群叢。
立つのがやっとだった筈だが、仙技による爆発の推進力を利用して移動したようだ。
『随分と…しぶといのですね。ふふ。なら仲良く沈みなさいな。』
振り下ろされる知華の拳に合わせて群叢も爆発する拳で対抗。
しかし、決死の反撃も虚しく群叢の拳は砕け、爆発のエネルギーも知果のエーテルに呑み込まれた。
そにまま、群叢、鬼姫、龍華を巻き込み三人の身体を知果の拳が容赦なく打ち抜いた。
三人の身体を貫通したエーテルは地面へと広がり地下深くまで達する。
星は、広範囲へと広がったエーテルを、その余りあるエネルギーを抑え込む為に拡散させ自然現象として発現し発散させた。
つまりは、赤国全体を揺るがす大地震となって。
発生した地震は局地的であり、複数の区画にある建物を倒壊させた。
幸いにも、異神の進行によって住人や戦えない兵の避難が終了していた為に怪我人が出ることはなかった。
『ふふ。まだやる?。』
数分間の揺れの後。
周囲が静けさに包まれる中で、深々と抉れたクレーターの中心を見て笑う知果が問う。
『ぶ、無事か?。二人。』
『え、ええ。何とか…。』
『俺もだ。だが、今のでエーテルが切れた。もう動けない。』
『そうか…。異神…どうやら、妾達の敗けのようだ。』
『ええ。このまま戦っても勝ち目がないもの。潔く敗けを認めるわ。』
『あら?。そうですの?。残念です。まだ、私は戦い足りないのですが…仕方がないですね。』
『良く仰いますね。手加減されていたのに。』
『なぁ、貴様…本当に赤国を攻め落とすのが目的だったのか?。』
『?。』
知果は手加減していた。
目的は赤国の戦力を知ること。中枢へ潜入した智鳴が真の敵を見つけるまでの時間稼ぎ。
後は知果のストレス発散と趣味。
それが目的だった。
手加減に気付いたのは鬼姫と龍華。どうやら、群叢は気が付いていなかったようだ。
『ふふ。そうですね~。内緒です。ですが、お二人。貴女方がもっと本気になれば私と良い勝負が出来たかもしれませんよ?。どうです?。まだ、続けませんか?。』
『ははは、遠慮する。敗ける戦いはせん。』
『確かに良い勝負にはなるでしょう。ですが、それだけです。その先にあるモノは変わらない。敗北が決定している未来は覆ることはないでしょう。』
『あらら。残念です。』
三人に近付く知果。
神具の力を起動し三人の傷を癒す。同時に群叢へエーテルの補給を行う。
『こ、これは、仙技か?。』
『んー。それに近しいこと…ですね。純粋なエーテルは貴女方が利用する 気 と同じもの。それを操れる私が似たようなことが出来ても不思議はないでしょ?。まぁ、神具がないと私も出来ませんが。』
『かぁ~。つくづく想像の外にいる奴等だ。』
『ええ。そうですね。ですが、敵…ではないのですよね?。』
『貴女達が向かって来るなら敵でも良いわよ?。私は戦えればそれで良いし。』
『貴様…戦闘狂か?。』
『ええ。そうよ。さてと。最後に貴女方に質問。この問の答えによっては、また戦うことになることを良く考えて返答なさい。』
『『『………。』』』
知果のさっきに三人が息をのんだ。
『貴女方は何の為に戦っているの?。何の為に私達と戦うのかしら?。』
その質問に三人は顔を見合せて首を縦に振った。
それは三人の中で既に答えがある質問だったからだ。
『私達の答えは一つです。なので、私が代表して答えます。』
鬼姫が一呼吸。そして、話し始める。
『赤国の平和の為。そして…最愛の王が笑顔を取り戻す為に戦っています。』
『ふふ。ははははは。そうなのね!。ははははは。うん。やっぱり、そうなのね!。うんうん。』
『『『っ!?。』』』
鬼姫の答えに嬉しそうに、愉快そうに笑う知果の様子に驚く三人。
『ええ。納得よ。そして、決まりね。貴女方は私達、異神の敵ではないわ。』
『教えて下さい。貴女はもう赤国を襲わないのですか?。』
『ええ。たった今、本当の敵が見つかったのよ。貴女達の可愛い女王様はとんでもない奴を背後に置いていたみたいね。まぁ、何らかの契約で結ばれた関係か、口約束の関係かは分からないけれど。』
『何を言っているの?。』
『そうね…最後に一つ。貴女方の大事な娘を全力で守りなさい。そうじゃないと…きっと後悔することになる。私達もそうならないように動くけど、敵が思った以上に強大だったみたいだから約束は出来ないわ。』
話は終わったと言わんばかりに三人に背を向け歩き出す知果。
『ど、何処に?。』
『ん?。帰るのよ。今回の私の役目も終わったし、戦い足りないけど時間切れみたい。それじゃあね。頑張りなさいな。』
三人の前から姿を消す知果。
嵐のようにやって来て、嵐のように消え去った彼女を理解しきれない三人はただ唖然とするしかなかった。
しかし、異神の人柄に触れ聞いていた噂とは違うことに違和感を覚え始めていた。
ーーー
『これで、決着ね。』
『あ、ああ。どうやら…そのようだな。』
時雨の刀が膝をつく珠厳の首筋に添えられる。
冷たい感触を感じながら、両手を上げ降参の意を示した。
『あちらも終わりみたいね。』
多くの兵に武器を突き付けられ身動きを封じられた心螺と狐畔も、珠厳が降伏したのを確認し武器を捨てて両手を上げた。
『我々の敗北だ。殺せ。』
『え?。嫌よ、そんなの。後味が悪いじゃない。』
『は?。』
時雨の言葉に目を丸くする珠厳。
兵に連れられ心螺と狐畔が近付いてきた。
『我々は異神である君に実力の一端、その程度の力しか出させることが出来なかった。生殺与奪の権利は君にあるとはいえ、敗北した戦士を気分で生かそうというのか?。』
『んー。元々、殺す気なんてなかったのよ?。それに貴方は間違いなく強いわ。私とは強さに対する心構えが違ったもの。』
嬉しそうに珠厳を立たせる時雨。
少し興奮気味に珠厳へ歩み寄る。
『鍛え上げられた技。強さに対する真剣さ。戦いの中で貴方の思いは私に伝わったわ。そっちの二人も同じ。侵略者である私に対して同じ思いで戦っていた。私も戦士の端くれですもの、打ち合えば相手の心は伝わって来るというもの。』
『………。』
この娘は何を言っているんだ?。
何でこんなに嬉しそうなんだ?。
敵…なんだよなぁ…と別の意味で三人の心は一つになっていた。
『心螺。貴方も変わったわね。』
『私が?。』
『ええ。成長したわ。前世の貴方は自分のことしか見ていなかった。自分の為に力を求め、自分の為に力を行使していた。けど、今は違う。ふふ。守りたいと思う誰かを見つけたみたいね。』
『っ!?。』
『私もそう。守られて、守って。そう思いたい人、思う人達と出会った。人は独りじゃないことを教えてもらった。強さの在り方は各々だけど、私は誰かの為に振るわれる力が一番強いと考えているわ。貴方が辿り着いた答えと同じにね。』
刀を納め、神具を解く時雨。
『貴方達の力を見定めるのが目的の一つだったの。そして、その力は大切な存在の為に振るわれていた。だから、私はこれ以上貴方達とは戦わない。そうね。もし、これから先の未来。共に歩める時間が出来たのなら一緒に修行しましょう。楽しみにしてるわね。』
時雨はエーテルによって形作られた馬に騎乗し門の外へと飛び出していった。
『何だったの?。彼女は…。』
『分からんが…ふふ。完敗だったな。しかし、異神に我等は認められたのだろう。』
『彼女は俺が成長したと言っていた。…記憶のない今の自分は、どうやら過去の自分を越えたらしいな。』
『それは良いことじゃない?。はぁ…異神かぁ…他の皆は大丈夫かしら?。』
『心配あるまい。どうやら異神の本当の目的は赤国ではないらしい。正直安心した。あの様な存在が複数いるのだ。とてもでないが、我々では太刀打ちできん。はぁ…。』
『同意。はぁ…。』
『同じく。そう思うわ。はぁ…。』
颯爽と去っていく時雨を眺めながらその場に崩れる赤国の戦士達であった。
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