第302話 軍神
押し押せる軍勢が土煙を上げながら突進してくる。土煙は大津波と錯覚するほどにまで高く上がり、全てを呑み込む勢いで迫っていく。
物量に物を言わせる進軍のその様は、さながら、合戦だ。
先陣を切るは騎馬隊。馬による機動力を活かし先頭を駆け抜ける。
その頭上からは、弓兵隊による長距離射撃が先手の一手として放たれた。
続く歩兵の大軍。
剣、刀、槍を持った兵が雄叫びを上げながら突っ込んでくる。
その後方では銃や弓を構えた部隊が援護の準備を整えていた。
これが、【戦武軍神】。時雨の神具。
【軍神・戦嵐破陣 アジュチェエン・グリュデスバリエ】。
立ち向かうは、赤国が【武星天】の戦士。
静極星、心螺。
天極星 狐畔。
老極星 珠厳。
『ぐっ!?。この兵隊…一騎一騎が強い!?。』
『気を抜かないように。油断しては敗けます!。』
軍隊の一体一体が時雨とほぼ同等の身体性能を有し、各々で考えて行動する独立した個体達であり、一筋縄では攻略できない。
『ここは、私が。【天仙技法】!。』
狐畔が手に握る棒に気を込める。
棒は輝きを放ち仙技の発動する準備が完了した。
『仙技!。【天極星座貨糸杖】!。』
狐畔の持つ棒。その正体は、中心に穴のある金貨が糸によって繋がれ棒状になったもの。
糸を緩めエーテルと気を流された金貨は黄金の輝きを放ちながら流星のように降り注ぐ。
金貨は高出力のエーテルを纏い落下。速度と威力を向上させ時雨の軍隊の一部を貫いた。
『まだです!。杖に戻れ!。』
四方八方に飛び散った金貨は繋がれた糸に引き寄せられ、瞬時に集まっていく。同時に貫かれた兵隊達の身体を糸が絡めとり切断した。
倒れていく兵。狐畔の仙技により、本体である時雨までの距離が大きく開く。
『心螺!。珠厳!。今です!。攻撃を!。』
隙間を抜け、本体である時雨を目指す二人。
時雨が生み出す兵達は個体としても優れた性能を有している。
神具こそ使えないが時雨の身体能力と遜色ない力を持ち独自の判断で戦場を駆け巡る。
それが、連携し、作戦を立て計画的に攻めてくるのだ。
異神となった時雨の兵達を止めるには、エーテルを惜しみ無く使用した大技で兵達の戦略以上の攻撃を仕掛けなければならない。
更には追い討ちとばかりに兵達は暫くすると再生し再び戦列に戻ってくる。それが繰り返されるのだ。
狐畔達は短期決戦を余儀なくされてしまう。
彼女達のエーテルは有限。蓄積されたエーテルが尽きてしまえば勝ち目を失ってしまう。
それを理解し、狐畔は切り札である仙技を早々に使用した。
『珠厳!。周辺の敵は俺が!。【静仙技法】!。』
心螺が前に出る。
居合の構え。刀にエーテルと気が込められる。
『奥義!。【静極星一刀閃】!。』
知覚困難の神速の抜刀。
音や光、衝撃までも置き去り、静寂の中で迫る多数が斬られた。
『二刀閃!。三刀閃!。………仙技!。【十刀閃】!。』
一つの動作から同時に放たれる十の斬撃が珠厳へ迫る兵を蹴散らす。
それは連続で放たれ、時雨への道を広げた。
『異神!。お相手させて頂く。』
『私の軍勢を抜けたのね。力を合わせた共闘。勝利のために最善の方法を模索し実践する。素晴らしいわ。貴方達、普通に合格よ!。』
『何を言っている!。そんな余裕は与えんよ!。はっ!。』
鋭い拳打。
狙いは正中線にある複数の急所。
正確無比の打撃が時雨に放たれる。
『速いわね。私達でなければ一撃で仕留められる威力だし。』
『ぐっ!?。』
軽々と珠厳の拳を刀で防ぐ時雨。
重い金属音にも似た音が周囲に広がり互いに後退する。
『私の刀と打ち合える拳か…かなりのエーテル…あと、気を込めているみたいね。』
『まだだ。』
再び突進する珠厳。
速く。鋭く。重く。それでいて驚く程に静かな拳打の連撃。
『強いわね!。貴方!。』
実際に珠厳の実力は武星天のメンバーの中で紅陣に次ぐ強さだった。
生きた年月、それにより培われ鍛え上げられた肉体と技術。
仙技を会得し、自己流にアレンジを加えた肉体強化は、自然に溶け込み驚く程静かに動くことが出来るようになった。
気配を自然と一体化させ、気の流れを読み、大地の気に己の気を乗せることで尋常でない領域にまで存在を高めている。
気と鍛練のみで神眷者の領域に足を踏み入れた者。
それが珠厳という老戦士だった。
放たれる拳の連撃を受け時雨は感じ取る。
珠厳という男が強さを得るために費やしたであろう人生という時間の長さを。
拳の一撃一撃が、相手を破壊することを目的として磨かれた技術の集大成であることを。
その強化された拳に仙技によってエーテルの後押しが加えられているのだ、仮想世界で生きていた時の自分ならば最初の一撃で防御した刀諸とも彼の拳で貫かれていたことだろう。
時雨は素直に感心した。
自分達が手にした力は様々な要因があったにしても努力以上の力が働いて現在、自分のモノとなっている。
しかし、珠厳は違う。一つ。一つ。確実に積み重ねてきた努力の結晶。それが形となった力。そこに一切の隙も油断もない。
その証拠に。
『はっ!。』
『くっ!?。速い!?。だが、捌けぬ程ではない!。』
経験と勘、そして予測。
鍛えられた柔軟な肉体によって紙一重で躱された。
『本当に強いわ!。』
『敵であるお前に褒められても嬉しくはない…と、言いたいところだが。お前の刀から伝わる技量。その若さでワシと同じ、ワシ以上の境地まで立っている実力。そんなお前の言葉に喜んでいるワシがいるわ!。』
『ふふ。正直ね。はっ!。』
『ぐっ!。しかし、その太刀筋はもう覚えている!。』
刀の軌道を読み、側面に素手を走らせ逸らし、刀背を掴む。
『っ!?。これならっ!。』
珠厳の予想外の行動に対し時雨は冷静に対応。
神具。【軍神・戦嵐破陣 アジュチェエン・グリュデスバリエ】の能力により長刀から双刀へと変化した。
右手に持つ珠厳に掴まれた長刀。
そして、左手には脇差が出現。珠厳に対し追撃を行う。
『なっ!?。まさか、武器が変化するのか!?。しかし、それも気の流れで予期している!。』
振り下ろされる脇差。
仙技を極めた珠厳は時雨が神具の能力を使用する際のエーテルと気の動きを見抜き、驚くべき柔軟さによって片足で脇差を弾いた。
『っ!?。またっ!?。』
『これで両手は封じられた。防御は間に合うまい!。そして、ワシはこの状態を待っていた!。仙技!。』
『ぐっ!。』
体勢を崩された時雨に対し、珠厳の右腕にエーテルが集中する。
明らかな切り札の気配に時雨は奥歯を噛みしめエーテルを高めた。
『【老仙技法】!。【老極星崩拳】!。』
踏み込んだ軸足により後方へと巻き上がる地面。
足から発生したエネルギーを全身の関節、筋肉を通過させ、捻りと重心の移動によって加速。全ての力を右拳に収束。エーテルと気をブレンドさせた螺旋状のエネルギーを上乗せし一気に突き出した。
時雨の身体を捉えた拳から発生した衝撃は珠厳から扇状に放射され遥か彼方まで地面を深く抉り取っていった。
『はぁ…はぁ…はぁ…。』
『本当に…貴方は強い。貴方の武と強さに費やした時間と錬度に敬意を表するわ。』
『っ!?。馬鹿な!?。直撃の筈…。』
前方に巻き上がった土煙の中から現れる時雨。
その声はあくまでも冷静で、余裕すら伺えることに恐怖を感じる珠厳。
よもや、自身の切り札にして集大成。最大の奥義を直撃させても倒せない存在がいようとは、流石の珠厳も開いた口が塞がらなかった。
『ええ。直撃だったら危なかったわ。』
『槍に!?。』
双刀は形を変え槍へと変化し、珠厳の拳を防御していた。
地面に深々と先端を突き刺したことで吹き飛ぶことに備え、僅かに後退するに留まったようだ。
『今度は此方の番ね。忘れていないかしら私の神具で召喚された後ろの巨人のこと。』
『っ!?。』
『行くわよ!。』
今まで静寂を貫いていたエーテルで創造された時雨を模した巨人。それが、彼女の動きに合わせて動き出した。
『こ、これは…。っ!?。』
槍から弓に変化した神具。
近距離から放たれた複数の矢を紙一重で躱し後退する。
『さぁ、覚悟しなさい!。』
再び、刀に戻る時雨の神具。
刀を天に掲げると、同じように巨人もエーテルによって形作られた刀を掲げる。
『ま、まずい!?。狐畔!。心螺!。来るぞ!。気を付けろ!。』
『『っ!?。』』
狐畔、心螺は珠厳を時雨の元へと送るために兵を力業で無理矢理抉じ開け一直線に道を作った。
必然的に、二人を囲むように兵達は攻める。
現在、狐畔、心螺、そして後退した珠厳は時雨から見て直線上にいる。
そこを狙う時雨は三人に対し刀を振り下ろした。
同様に巨人による巨大な刀も同じように刀を振り下ろす。
『『『ぐはっ!?。』』』
振り下ろされた刀が地面に叩きつけられ。
耳を破壊する程の轟音と、衝撃で三人の戦士を含め、周辺の兵ごと吹き飛ばさす。地面は深々と抉れ翻し、空高くまで浮かび上がった。
次回の投稿は27日の日曜日を予定しています。