第299話 狐の異神
『久し振りね。赤皇君。』
牢獄にいる俺の前に現れた仲間、智鳴嬢…の分身。確かエーテルだったか?。魔力よりも強い、神の連中が扱っていた力。
アレは、それで作られている人形だ。本人の意識は入っているようだが?。本物なのは薄っぺらい中身だけだ。
『助けが必要?。それとも、いらない?。』
智鳴嬢の問い掛け。
その質問が出るってことは…。
『その質問をするってことは、俺の現状も知ってるってことか?。』
『ええ。勿論。おいで。』
『あん?。』
俺の背後から現れる小さな…狐?。あれもエーテルで作られてやがる。
狐は智鳴嬢の足からよじ登ると手のひらに移動した。
『この子達を偵察に出させてたのよ。もう数え切れないくらいね。赤国全土。生きてる生物、建物とか全部に忍ばせて忍者ごっこしてたの。ふふ。楽しかったわ。』
は?。ちょっと、智鳴嬢…怖くね?。
ストーカーなんて比じゃないぞ?。
『成程な。なら、説明の必要はねぇよな。助けはいらねぇ。俺は俺のやりたいようにやる。』
『ふふ。それって、あの娘のこと?。』
『当然、知ってんだな。ああ。ほっとけねぇ。守ってやりてぇ。そう思った。』
『そう。じゃあ、あの娘のことは任せるわ。今、私の分身と戦って貰ってるけど。そろそろ終わりそうよ。』
『は?。おい?。何して!?。』
『ふふ。安心して、私の目的はあの娘じゃない。もう一つの方よ。ふふ。なぁにもしてなぁい。』
『安心できねぇ…はぁ。ん?。もう一つ?。』
『ええ。いるのよ。私達に明確な敵意を持っている奴…奴等が。私はソイツらを炙り出すために動いているの。』
『ああ。神眷者って奴等か?。』
『半分正解。どうやら邪な考えの奴が他にもいるみたいでね。神眷者じゃない別の存在みたい。』
『別の奴が…いるのか…。』
『…この子を持っていて、何か起こったらこの子を通じて私達の誰かを向かわせるから。』
再び、小さな狐が俺の元に帰ってくる。
『ああ。あと、その紙に私達が掴んでる情報を簡単に纏めといたから読んでおいて。貴方に必要な情報も沢山あるから。必ず…ね。』
小さな狐に咥えられた紙切れ。
開くと赤国の現状を含めた、俺達や神に関することが書かれている。
『なぁ、智鳴嬢。今更だが、お前、そんな性格だったか?。前はもっとオドオドしてたような?。』
『あら?。気付いた?。今の私は主人格の裏の顔よ。まぁ、もう一つの人格かしら。あの娘は今別行動でね。今は私が中心になって動いているのよ。』
『ああ。そう言えば噂で聞いたことがあるな。会うのは初めてだよな?。』
『ええ。そうね。けど、私も智鳴だもの。それは変わらないわ。仮想世界ではスキルとして現れていたみたいだけどね。神になった今、完全に別人格という扱いみたい。一つの身体に二つの心。面白いでしょ?。』
『ああ。面白そうだな。便利そうだし。』
『ふふ。でしょ?。これでも気に入っているのよ。』
『ああ。それともう一つ。今、この国に仲間の誰がいるんだ?。』
『そうね。伝えておくわ。私、知果、時雨、威神君。別行動で基汐君に、彼と一緒に行動している新しい仲間の紫音。彼と合流した玖霧。あと単独で睦美。かしらね。まぁ、厄災を含めれば、あと一人かしら。』
『そうか…色々と動いてるみたいだな。玖霧と知果は無事か?。』
『ええ。安心して良いわ。無事よ。知果は貴方に会いたがっていたわ。早く顔を見せてあげなさいな。』
『おう!。了解!。』
踵を返す智鳴嬢。
『ふふ。赤皇君。貴方の大事な人は貴方が責任を持って守りなさい。あと、助けが必要なら叫びなさい。私達は仲間ですもの。いつでも助け合える。それが…ふふ。クロノ・フィリアですものね。』
『あいよ。さんきゅう。』
『ふふ。じゃあ、またね。』
そう言い残し智鳴嬢の姿は消えた。
『さて、どうするかねぇ。』
一人残った俺は受け取った紙に書かれている内容を読み始めた。
ーーー
ーーー一時間前ーーー
ーーー愛鈴ーーー
赤国全土を模して造られた模型。
巫女の天恵にてエーテルの反応を確認しているのだが…。
エーテルの反応が多すぎる。
王廷、王宮、宮殿。妾のいる王の間であるこの場ですら敵のエーテルの反応で埋め尽くされている。
大きな反応は四つ。王廷の四方を囲む門付近で妾の家族達と戦っている。
この異様な個体としてのエーテルの数。分裂か分身か。
恐らく、敵の能力。ここまでの広範囲に展開できるとは流石は異神と言ったところか。
目的は何だ?。
此方側の混乱を誘う目的なのは明白。
だが、それ以上に何か…ある、気がする。
今。この場には視界に映る影はない。
しかし、模型にはこの場にすらエーテルの反応があることを示している。
『ふふ。教えてあげましょうか?。』
『っ!?。』
いきなり真後ろからの知らぬ声に飛び退く。
赤竜を身に纏い、炎の翼を広げ臨戦態勢へ。
『貴様は…そうか、成程。この赤国を覆うエーテルの反応…貴様の能力か?。異神。』
そこには、狐の耳と尻尾を持つ女性が立っていた。
炎のように揺らぐ耳と尻尾。燃え盛るような赤い髪。この特徴は炎天狐か。
『ええ。そうよ。はじめまして、赤国の幼い王様。随分と苦労しているみたいね。』
『妾のことを…調べたのか?。』
『ええ。勿論。貴女のことも、赤国に住む全ての人達のこともね。』
『そういうことか。このエーテルで。どうやら長い間、盗み見をされていたようだな。』
『その通り。ふふ。説明する手間が省けて嬉しいわ。愛鈴ちゃん。ふふ。赤皇がお世話になっているようね。随分と仲が良くなったじゃない?。』
『っ!?。その…ことも…か。』
『ええ。けど、貴女。本当に表情が変わらないのね。声色などで感情は感じ取れるのだけど。表情が死んでいるわよ?。』
『………。』
『折角、可愛い顔なのだからもっと笑えば良いのに。』
『うるさい。貴様には関係ないだろう。』
この女は苦手だ。
私の心の中を覗かれている気分になる。
ぐっ…過去の記憶が…。手が、身体が震える。
『ええ。関係ないわ。けどね。赤皇も笑っている貴女のことを好きになると思うわよ?。』
『っ!?。何を…言っている…。』
『ふふ。動揺しちゃって可愛いわね。』
『黙れ!。』
炎の翼を羽ばたかせ、異神に飛び掛かる。
『不死鳥ね。』
女が黒い扇子を取り出す。
あれが奴の神具か?。
『ふふ。相当の努力をしているみたいだけど、貴女、優しすぎるわ。この場面でも私を殺す気がないなんてね。その細腕で私を押さえ込むつもりなのかしら?。ふふ。貴女はいったい何を迷っているのかしら?。』
『っ!?。あぐっ!?。』
飛び掛かった筈なのに、妾の身体が壁際に追いやられ叩きつけられた。
首には女の冷たい鉄扇が押し当てられ、手足は押さえつけられる。
『ふふ。どう?。本気で戦う気になったかしら?。』
『お、お前達は…赤国を…滅ぼ…すのか?。』
赤皇の仲間。彼から聞いた仲間達の話。
神から聞かされ続けた異界の神の恐ろしさ。企み。存在の在り方。
余りにもかけ離れた二つの話。
妾には何が真実なのかが分からない。知りたい。
妾は…本当は争いなんてしたくない…。平穏に皆と一緒に暮らしたいだけ…。
『ふふ。どうすると思う?。貴女はどうして欲しい?。』
質問を質問で返してくる女に怒りがこみ上げてくる。
『ぐっ!。この!?。』
振り払おうにも女の力が強すぎる。
いや、きっと妾の力が弱すぎるのだろう。
『え?。ちょっと、何で止めるのよ?。これからが面白…。』
え?。突然、女が虚空を見つめながら話し始めた?。いきなりのことで驚いたが、誰かと会話をしているようだ。
『え?。いやいや、虐めてなんてないわよ。ちょっと追い詰めて…色々と聞き出そうと…え、いや、それは駄目って…可哀想って…貴女ねぇ。敵にまで優しくすることないじゃない…はっ?。敵じゃないって…いや、今のは言葉の綾で…もうっ!。怒らないでよ。…けど、それアンタの勘でしょ?。むっ…まぁ、そうだけど。…分かった。分かったわよ。怒らないでよ。え?。閃様に言いつけるって…やだ、やだ、やだ、ごめんなさい...もうしないからぁ~。………ああっもうっ。はぁ…。仕方ないわねっ!。』
何なのだ…この女は…。
溜め息をしながら妾の拘束を解く女。
『ごめんなさいね。一応、謝っとくわ。』
『は?。どういうことだ…。』
『赤国に敵対する気はないってこと。ちょっと此方にも事情があってね。貴女達の出方と考えを知りたかったのよ。それに…貴女は悪い娘じゃないみたいだしね。』
先程までの敵意と殺気が消え妾の頭を撫でる女。
『赤皇も貴女と敵対する気はないって言ってるしね。ふふ。良かったわね。彼、貴女のこと凄く気にしているわよ。』
『っ…赤皇が…。』
赤皇の名前を出されると胸が苦しくなる。
『どうする?。貴女の考えを教えてくれる?。私達…まぁ、貴女方の言葉を借りるなら異神は赤国が私達に攻勢に出ない限り敵対する気はないわ。』
『それは…本当なのか?。』
『ええ。本当よ。私の目的は貴女ではなく。いるのでしょ?。さっきからバチバチと殺気を向けてきて。正直、ウザイのだけど?。』
『ははは。この俺に気づいていたのか?。異神の狐!。』
智鳴が見つめていた虚空のその先に現れる炎を纏う女神。
マズカセイカーラが顕現した。
『どうやら、貴女は私のことをちゃんと敵として見ているようね?。安心したわ。暴れ足りなくて困っていたのよ。』
『ははは。そうか。なら、相手してくれよ。俺はどんな相手だろうと容赦はしねぇ。俺に喧嘩売ったこと後悔すんじゃねぇぞ?。』
マズカセイカーラの背後に出現する火球。
小さいものから大きなものまで様々だ。
『マズカセイカーラ!。』
『邪魔すんじゃねぇよ。愛鈴。俺の目的は異神だ。異神が目の前に現れた以上、契約通りにお前に俺の邪魔する権利はねぇ。』
『……………。しかし。この場所は…。』
『うだうだうるせぇ。此方はお前の行動に何も介入していなかっただろうが!。うぜぇから下がってな。巻き添えになんぞ!。』
マズカセイカーラの放つ火球の連射。
智鳴は神具で火球を打ち落とすも、その数の多さに周囲に炎が燃え広がる。
壁や床、天井。赤国の模型までもが爆発に巻き込まれ破壊され、二柱の炎を操る神の戦いにより発生した高温の炎で形あるものが溶け始めた。
『ははは。面白れぇな!。良く今のを防ぎ切った!。おい、異神の狐。てめぇの名前を教えろよ。』
『ふふ。良いわ。クロノ・フィリア。智鳴よ。貴女は?。』
『ははは。俺はマズカセイカーラ。お前の知っているリスティナの妹さ!。』
『はっ!?。リスティナの妹?。』
『ははは!。どうやらこのことは知らなかったみたいだな!。良いか?。テメェ等異神の敵は神眷者だけじゃねぇ!。俺達!。【惑星神】の姉妹も敵だあああああぁぁぁぁぁ!!!。』
爆発的なエーテルの放出。
エーテルはマズカセイカーラの性質に合わせ彼女の在り方を、つまり、彼女が創造した惑星の環境を再現する。
あらゆるものが一瞬で蒸発する。炎と灰と渇いた大地の世界を。
『くっ!?。』
巨大な炎の球体が急激に巨大化。
王宮内で大爆発を起こした。
ーーー
ーーー不死鳥の谷ーーー
『これフェリティス走ると危ないぞ?。』
『は~い。お姉ちゃん。いっぱい取れたね。』
『ああ。仕掛けておいた罠がしっかりと仕事をしてくれたようじゃ。』
『うん!。凄かったね!。網を引っ張ったらいっぱいお魚がピチピチ跳ねててびっくりした!。』
『ふふ。今日は美味しい魚料理を沢山振る舞ってやるぞ。腕によりを掛けてな。』
『やった!。楽しみ~!。』
嬉しそうに大量の魚が入った袋を持ちながら睦美の周りをくるくる回るフェリティス。
夕飯の確保のため、少し離れた川へ魚を取りに行った帰り道だった。
『ん?。』
途中、睦美の足が止まる。
『お姉ちゃん?。』
睦美の様子を不思議に思うフェリティス。
『フェリティス。先に母様達のところに戻っておれ。そして、家から暫く出てはならんと伝えておくれ。』
『お、お姉ちゃんは?。』
『どうやら、客のようじゃ。急げ。』
フェリティスの脳裏に拐われた時のことが思い出される。
『うん。お姉ちゃん。気をつけてね。』
『ああ。任せるのじゃ。早く帰って旨い飯を沢山作ってやらねばならんからな。良い子で待っとれ。』
『うん!。』
睦美はフェリティスの頭を撫でる。
心配そうな顔を睦美に向けながらも、力強く走り出すフェリティス。
その背中を見送った睦美が静かに振り返り、大きく飛び出した岩影を睨み付けた。
『それで、何処のどいつじゃ?。ワシ等の平穏な生活の邪魔をする愚か者は?。』
『まさか気付かれるとはな。流石は異界神…いや、伝説とまで言われたギルド。クロノ・フィリアと言ったところか。』
岩影に溶け込むようにして隠れていた存在がその姿を現す。
纏うは漆黒。純黒の翼を持つ。忍び装束のような服を着た男。
『隠れるなら、その殺気は消しておくんじゃったな。殺る気満々じゃろ?。』
『ははは。確かにそうだ。ここ最近不完全燃焼気味でな。そろそろ異神の一柱でも狩りたいと思っていた。ついつい逸る気持ちを抑えられなかった。』
『お前は…。見覚えがあるな。確か…黒の…。まさか、お前まで転生していたとは。それに、ワシのことをクロノ・フィリアと呼ぶとは仮想世界の…いや、転生前の記憶を持っているのか?。』
『ああ。その通りだ。俺は仮想世界から転生した異界人であり、転生者で唯一の神眷者。当然、神との契約を済ませ神具及び神獣との同化も果たしている。』
『ほぉ。つまり、ワシを殺すのが目的かのぉ?。』
『ふふ。それも目的の一つさ。ここは不死鳥達が棲む谷だ。ついでに不死鳥の一匹でも捕獲しようと考えている。』
その言葉に睦美が反応した。
炎の翼。炎のリングを展開し戦闘態勢へ。
『ワシがそれを許すと思うか?。なぁ?。元【黒曜宝我】初代ギルドマスター。黒牙よ?。お前の噂、良いものを聞いたことがない。』
『くく。ようやくやる気になったか?。お前の噂もよく耳にしていたぞ?。クロノ・フィリア。不死鳥神の睦美。相手にとって不足なしだ!。』
赤と黒の光が同時に空中へと上昇。
幾度か衝突を繰り返し、空中を縦横無尽に疾走する。
次回の投稿は17日の木曜日を予定しています。