第292話 再開と再会
『ではな。赤皇。また来る。』
私が赤皇と対話をした翌日。
赤皇のいる牢獄に繰り返し訪れるようになった。
三食を届けるという名目のもと三回。
その日の夜になり、その事に対し赤皇は不安を感じているようだ。珍しく不安気な表情で私を心配してくれた。
彼の気持ちも分かる。
けど、そんな彼の私に向けてくれる気持ちが凄く嬉かった。
『おう。けど、あんまここに来てると怪しまれるぞ?。お前、王なんだろう?。』
『…それは、十分承知している。故に怪しまれない時間帯を選んでいる。何度も赴くことが知られれば不信感を抱かれることも理解している。しかしな………いや、何でもない。』
言葉を続けようとしたが適当な言葉が浮かばなかった。
浮かばなかった。というのには語弊がある。
自分の気持ちが分からない。
何故、彼の心配に対して喜ばしく感じてしまうのか。胸が熱くなって、呼吸も速くなる。
もっと一緒にいたい。けど、困らせたくない。
そんな感情が私の中でも渦巻いていた。
『ありがと…。』
彼に聞こえないような小ささで呟いた私は最後に赤皇の顔を横目で眺め、そのまま階段を上がっていく。
ちらりと見えた彼も妾を見つめていた。きっと、私の姿が見えなくなるまで見続けてくれているのだろう。
長い階段だ。元々が地上よりも高い位置に建造されている王宮。
その王の住む位置から地下に向かって造られているのだ。
階段の乗り降りは小さな身体の私にかなりの体力を要求する。
最初は汗だくになったものだ。
牢獄は何度も来るところではないが、赤皇が来てからというもの回数は増えた。今日は三往復目だ。
しかし、苦ではない。寧ろ、赤皇に会えること。話が出来ることに心が高鳴っているくらいだ。
こんな気持ちは初めてだ。戸惑うこともある、が…しかし、悪くはない。
胸のあたりがぽかぽかして…何なんだろうな。この気持ち…。私…身体も暑くなってる。
胸に手を当てる。恐ろしいくらい速い鼓動。
私…どうしちゃったのかな?。赤皇ならこの気持ちを分かるかな?。教えてくれるかな?。
『あっ…いかん、いかん。』
自らの呼称を 私 などと。
その呼び名と話し方は王になった時に捨てている。
『気を引き締めねば。妾は赤国を預かる王なのだから。』
その後、王の間に着く。
その場には楚不夜が待っていた。
いつもの様な厳しい表情。その瞳には、何らかの意思を感じる。
昔はもっと親しみやすかったのにな。
最近だと。本人は隠しているようだが、妾と話すと不機嫌になってしまう。
また、昔の様に…戻…。いやいや。駄目だな。考えが後退的になってしまう。
『どうですか?。捕えている異神。何か有益な情報を吐きましたか?。』
『いや。全くだ。アヤツも転生した身。此方の世界で仲間がどの様な状況なのか知らんようだ。自分の置かれている状況も良く分かっていない感じだ。』
『そうですか。ですが、転生前の記憶はあるのですね。異界人の者達は記憶を所持していないようでしたが。』
『その様だ。そこが異神と異界人との違いなのだろう。だが、そう簡単に口は割らんだろうな。ここ数日の接触で意思の固さは理解した。』
ごめんね。嘘をついて。でも、赤皇を守る為には本当のことを言えない…。
『それで?。何用でここで妾を待っていた?。』
『はい。地下競売から逃げ出した異神へと向かった者達が帰還したことの報告に。…残念ながら取り逃がしたと報告が。また、我々に明確な敵対行動を示していた【妖炎天】の拠点である塔へ【武星天】の連中が勝手に攻め行ったようです。』
『っ!?。それは本当か?。』
『確かです。紅陣を筆頭に行動したと。』
『紅陣達は無事か!?。怪我は!?。………あっ、いや、それで?。どうだった?。その様子だと失敗に終わったみたいだが?。』
『……………。はい。話しによると【妖炎天】の奴等は拠点を捨て、拠点そのものを爆破、崩落させたそうです。拠点内部を散策中の出来事でしたので崩落に巻き込まれ、内部を散策していたものは地面へと叩きつけられ、外で待機、警備していたものは落下してきた瓦礫の下敷きに。エーテルを扱うもの以外は全滅とのこと。』
『っ!?。そうか…。残念だな。流石に死んだ者は妾の能力でも蘇生出来ん。』
『命令無視をしたのです。当然の結果かと。愛鈴様。彼等の処遇をどうします?。』
『………今、戦力を失う場合ではない。紅陣達は?。』
『別室にて待機させております。数人。負傷していますが…。』
『分かった。では、全員をここに集めよ。【武星天】及び【華桜天】もだ。』
『はっ。心得ました。』
問題は山積みだ。
しかし、妾はもう自分を偽ることをしない。
『楚不夜。』
王の間から出ていこうとする楚不夜を呼び止めた。
『はい?。』
『地下競売。害虫共の駆除はどうなった?。』
『ああ、その件は問題ありません。駆除対象は殲滅完了です。一匹残らず。奴等はまんまと餌に群がりましたよ。』
『そうか…。』
『何か?。』
『害虫共がいなくなった今、奴隷共を売買するメリットも半減だ。故に奴隷売買を禁止する。今いる奴隷共には必要なだけの金品を渡し自由を与えよ。』
『宜しいのですか?。復讐に動く者が現れるかもしれませんが?。』
『構わん。そうなれば迎え撃つまで。』
『畏まりました。愛鈴様。』
深々と頭を下げる楚不夜。
前々から奴隷を捕まえて売り捌く行為が嫌いだった。他者の自由も尊厳も奪うやり方が正しい訳がない。妾が目指す国にはそんなものは不要なのだ。
『愛鈴様。』
『何だ?。』
『いえ、異神と何か話されましたか?。』
『え?。いや、何かとは?。』
『…いいえ。失言でした。お忘れ下さい。』
そう言い残して楚不夜が退室していく。
もしかして、赤皇とお話ししてるのバレちゃったのかな?。どうしよう…。でも、何も言ってこないし…。
ーーー
楚不夜を出迎える麗鐘と宝勲。
『楚不夜様。愛鈴様は何と?。』
『ん?。ああ。全員を集めろだと。【武星天】の連中にも声を掛けてやれ。』
『はい。畏まりました。』
【武星天】の面々が待機する部屋へと向かう麗鐘。
『姉さん。どうしたんだ?。妙に機嫌が良いじゃねぇか?。』
『あん?。そう見えるか?。』
『ああ。見えるね。いつもなら愛鈴様と話をした後は舌打ちから入ってイライラしてんのにさ。今は少し笑ってるぞ?。』
『………そうか。まぁ、そうだな。やっと、年相応な反応を少し見せてくれた…。から、かもしれん。』
『ん?。何かあったのか?。』
『いんや。何もないさ。そう。何も問題はない。ああ。あと、そうだな。奴隷売買は止めるとさ。これで無理な戦闘を避けることが出来るな。』
『ああ。それは良かったな。前みたいに異神の居場所を踏むことも無くなった訳だ。元々、姉さんは反対してたしな。』
『ああ。リスクがデカ過ぎる。人族みたいな雑魚なら良いが、珍しい種族や生物の部位となると、それなりの労力が必要になる。得られる利益も釣り合っていなかった。あの害虫共の娯楽に成り果てた時点で私等のメリットはほぼ皆無だったしな。』
『これで、やっと俺達も動けるってことか。愛鈴様の為に。』
『………。そうだな。だが…異神か…。奴等がどう動くか。』
煙管に火をつける楚不夜。
煙が部屋の中に充満する。
ーーー
王の間に集められた面々。
王座に腰をおろし皆々を見下ろす愛鈴。
頭を下げる者達。
左には【華桜天】。楚不夜を先頭に麗鐘と宝勲。
右には【武星天】。紅陣を先頭に戦力達が並ぶ。
『頭を上げよ。』
皆々の視線が愛鈴へと集まる。
見慣れた光景。慣れた視線。
特に気にすることもなく愛鈴は事を進めた。
『さて、皆の者。此度の事、ご苦労だった。赤国に巣くう害虫共の駆除に成功し、今後は妾の方針を全面に押し出した政策に切り替えていける。』
静寂の中に愛鈴の言葉だけが淡々と語られていく。
『して、紅陣よ。』
『…ああ。』
『報告を。』
愛鈴に名を呼ばれ立ち上がる紅陣。
『俺達は【妖炎天】の連中のアジトと思われる場所に攻め込んだ。愛鈴様が【天恵】でこの国のエーテルを感知した時にエーテルが集中している場所を覚えていたからな。』
『そうか…。』
『勝手な行動をしたのは俺の独断だ。コイツ等に罪はねぇ。愛鈴様。罰するなら俺だけにしてくれ。』
『そんなことはせん。』
『は?。』
愛鈴の対応は紅陣の予想とは異なっていた。
勝手に戦力を動かし、更には兵士達の全滅。
死罪に処されても文句は言えない。
『我が国を思っての行動だろう?。確かに死んでしまった兵士達は気の毒だった。しかし、彼等もまた赤国にその身、その命を捧げてくれたのだ。紅陣を慕っていた者も多い。ならば、その意思は全て赤国の為を思い、そして、今回のことは赤国の為に行動した結果だった。その様な英雄達の死に罰などという泥を塗ることなど出来ん。故に処罰は無しだ。後で墓参りに行くとしよう。感謝を伝えねばな。』
『……………。』
『そして、群叢よ。』
『はい。』
『異神と戦い。何を感じた?。』
『はい。底知れぬ強さ。圧倒的な存在感。強者故の余裕。そして、仲間を思う気持ち。です。』
『そうか。お主の望み叶えられそうか?。』
『はい。機会が訪れれば。必ずや。確信致しました。』
『そうか。どれ。その腕…見せてみよ。』
群叢の元まで移動する愛鈴の行動に一同が驚く。
『痛むか?。』
『いえ…。』
『本当か?。』
『………すみません。痛みます。』
『そうか。ご苦労だったな。今、治療してやる。』
愛鈴は服の中に潜ませていた小刀を取り出し自らの腕を切り裂く。
流れ落ちる血が群叢の失った腕の箇所に滴り、眩いばかりの輝きの後。失った筈の腕が再生した。
『お前達もだ。大なり小なり。傷はあるのだろう?。妾の灰ですまんがこれで傷を癒せ。』
溢れ出た血液はやがて灰に変化した。
それを掬い上げ傷付いた【武星天】のメンバーへ振り掛ける。
『おお。傷が。』
掠り傷、切り傷、打ち身、打撲、痣、そして古傷に至るまであらゆる傷が治癒された。傷痕すら残らずに。
『紅陣。』
『ああ。…すまない。俺の勝手な行動で愛鈴様を傷付けることになった。』
『そんなことで謝るな。妾が望む謝罪は一つだ。心して聞け。』
『はい。』
『勝手な行動は控えよ。妾をあまり心配させないでくれ。お前達は全員。妾の大切な臣下であり、仲間であり、家族なのだ。誰一人として失いたくない。』
その愛鈴の言葉には慈愛の念が込められていた。
相変わらず表情は変わらないが、明らかに今までの愛鈴よりも優しく、心に染み渡るような意思の力が宿っていた。
それを感じ取った面々は驚きながらも愛鈴に感謝する。
『この話しは終いだ。楚不夜。紅陣。今の話し振り返すでないぞ?。』
『『はい。』』
『さて、今後のことだが…。む?。この気配…。』
何かに気が付く愛鈴。意思よりも先に巫女としての力が反応した。
そして、数秒遅れるのと、赤国の緊急時に鳴らされる鐘の音が赤国全土に甲高く響き渡った。
『これは?。』
『ご報告致します。』
『何事ですか?。』
黒服の一人が王の間に慌てた様子で入室する。
本来であればどの様な理由であれ、一般の兵や幹部以外、王の許可がない者は、王の間に入室することは死罪となる。
しかし、例外的に赤国そのものに危機が迫った場合のみ。その禁は破られる。
全員に緊張が走った。つまりは…。
『赤国。西門にて異神と見られる軍隊が侵入。現在、周辺の兵を集め応戦中!。』
『何っ!?。』
愛鈴は、静かに、誰にも悟られずに息をのんだ。
ーーー
ーーー基汐ーーー
『ん?。あ…れ?。俺…どうしたんだっけ?。』
気が付くと見知らぬ天井。
薄暗い部屋にランタンの灯火だけが揺らいでいた。
どうやら俺は寝ているらしい。
『基汐。起きた。』
『ああ。起きた。けど。紫音?。』
『何?。』
『何故、俺は上半身裸何だ?。』
上半身、とは言ったものの下半身も布が数枚被せてあるだけだ。
『基汐。気を失った。』
『うん。それは覚えてる。』
天然の露天風呂。
そこで、紫音による理性への精神攻撃を連続で受け、続く、玖霧との再会の際、湯浴み中の彼女の裸体を見てしまうというトドメ。
俺に出来るのは唯一。
意識を手離すことだけだった。
『それで?。どうして紫音は俺の上にいるんだ?。』
『んー?。基汐のこと。温めてた。人肌は。温めるのに。効果的。』
『どうして、紫音も裸なんだ?。』
寝ている俺に覆い被さるようになっている紫音。
首の位置を下げると彼女の可愛らしい顔が目の前にある。
柔らかさと甘い匂いで、戦いはまだ終わっていなかったことを悟る。
まさか、トドメを刺されたのに、追撃まで来ようとは…。
ついでに、服を着ていないまま俺の上に重なっている紫音の柔らかな部位が直接押し付けられている。
『マーキング。基汐。私のもの。』
『それは違うなぁ。』
『ええ…。お互いの。身体。見せ合いっこ。したのに。』
『してないなぁ~。』
強制だったし。
『なぁ。紫音。』
『なぁに?。』
『どうして、そんなにキラキラしているのですか?。心なしかお肌もプルプルで。潤いが増しているような…。』
『基汐。エッチ。女の子に。そんなこと。聞いちゃ駄目。』
『どういうこと?。俺、何されたの?。』
『あのね。基汐は竜鬼。』
『種族の話?。まぁ、そうだな。この前教えたよね?。』
『うん。でね。基汐の下半身にも。ドラゴンいたの。凄く立派だった。ぽっ。』
『完全に下ネタかい!。てか、お前見たのかよ!。』
『うん。ガン見。あと…ボソボソ…。ぽっ。』
『あうち。』
俺が気を失っている間に何されたんだよ…。
『基汐。玖霧が待ってる。行こ。』
『ああ、玖霧と再会したんだったな。けどな。紫音。』
『なぁに?。』
俺の上から飛び下り横に移動する紫音。
紫音が、激しく動いたこと。何も着ていないこと。
低身長な容姿に不釣り合いな大きさの胸が、ぶるんっと跳ねた。
俺の視線は自然と紫音の裸体に移動してしまう。
『はぁ…何か着てくれ。頼む。』
『いっぱい。見てくれて良いよ。基汐のいっぱい見たから。お礼。』
『ええ…。』
用意されていた俺達の衣服は綺麗に洗われていた。
玖霧がしてくれたのかな?。
二人で着替えを終え、部屋の外に出る。
小さな小屋のようだ。部屋を出ると左手すぐに居間があった。
『あっ…基汐さん…。』
木製のテーブルの上に。これまた木製のお椀とスプーンが用意されていた。
それらを用意していた玖霧が俺達に気が付いたようだ。
『ああ。玖霧。久し振りだな。』
『はい…そうですね。基汐さん。お久し振りです。あと…。』
『ん?。』
『ご、ご立派なモノをお持ちなのですね…。ぽっ。』
『お前もかい!。』
などなどと。再会の喜びよりも別の何かを失ったような心境で俺達は再び出会うこととなった。
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用意された具沢山のスープを頂きつつ俺と紫音。そして玖霧はこの世界に転生してからのことを教え合っていた。
『じゃあ。玖霧は仙界渓谷で目覚めてから、一度もここから出てないのか?。』
『はい。この場所で、仙人としての修行をしていました。基汐さん達から聞くまでここがリスティールということすら知りませんでした。』
『基汐。玖霧も強いね。』
『ふふ。そうですか?。私などまだまだですよ。毎日、自分の力不足を実感していますよ。』
俺が気を失っている間に紫音と玖霧は仲を深めたようだった。
紫音曰く、玖霧には赤皇という恋人がいると聞いたので敵ではないらしい。
『それにしても…成程。仮想世界からリスティールへの転生。七大大国。赤国…異神…異界人…神…神眷者と巫女…神具にエーテル。色々と私達が生きていた時とは随分と違った状況の中にいるようですね。』
『ああ。神眷者の奴等は俺達を殺すことを目的に動いているみたいだ。』
『現在の仲間…えっと、クロノ・フィリアの皆さんの所在は?。』
『ハッキリしてるのは睦美だけだな。』
『睦美さん。今はどちらに?。』
『不死鳥の棲む谷にいるよ。この世界で出来た家族と一緒に。この渓谷の反対側だな。』
『そうですか…。』
『それにしても…。』
俺は視線を横に向ける。
四角いテーブルの左側に座る者。
『お、お嬢ちゃん…ご飯は、まだかのぉ?。』
『お爺さん。今、食べてる最中ですよ。』
『お~。そうじゃった。そうじゃった。』
白髪と長髭。低い背のお爺さん。
震える手でゆっくりとスープを口に運んでいる。
『この方は?。』
『この世界で目覚めた私を保護し、仙人としての戦いを教えてくれている方です。仙人として遥か高みにいるお方ですよ。』
『え?。』
『この。お爺ちゃんが?。』
俺と紫音の視線がスープを頬張る老人に向く。
『名前は?。』
『ワシは飛公環じゃ~。じゅるじゅる。』
『お、お爺さん。口に沢山ついてますよ。』
豪快にスープを食べるお爺さんの口を拭く玖霧。
何となく二人の関係が分かった気がした。
『お主…竜鬼じゃな?。』
『え?。あ、はい。そうです。』
震えていた声。震えていた身体。
しかし、この瞬間。俺を見た瞳は今までの老人とは別人と思える程の圧力を感じた。
『強い力を持っているようじゃが、ふむ。無駄が多いのぉ。細かいコントロールは苦手か?。』
鋭い目が俺を捉える。
『あ、はい。』
『よし、基汐と言ったな。来い。少し、鍛えてやろう。』
『え?。ええ…。』
小屋を出ていこうとする老人。
何とも奇妙な流れで俺は老人の教えを半場強制で受けることとなった。何が何だか?。
俺は老人について行くことにした。
次回の投稿は22日の日曜日を予定しています。