第291話 紫音のアピール
何処だ?。ここ?。
エーテルで強化された自分自身の力を甘く見ていた。
群叢との戦いの後、その場から離れるために全力で飛行した。
転生して初めての全力。
その全力がいけなかった。
初速はまだ比較的に緩やかだった。しかし、スピードが乗り、風を切る頃には自身の感覚を越える速さに到達。
高く聳える山々を幾つも越える。マズイと思い急ブレーキをかけた時には、赤国の中心からかなり離れた場所に来てしまっていた。
仮想世界での感覚とは肉体も能力も比べ物にならないくらい駆け離れて強化されていることに驚いた。
これが魔力からエーテルに変化した感覚の違いってことだよな。
辿り着いた先は、霧に覆われた渓谷が並ぶ山の中。何とも不思議な空気が流れている。
雲が覆う空。その隙間から陽の光が筋のように射し込み山々を照す。
空気は異常なくらい、澄み。流れる水は清らか。
何よりも目を惹くのは、渓谷内。宙に浮かんでいる巨大な岩。一つじゃない。幾つも浮かんでいる岩。各々に何か文字が書かれているが読むことが出来ない。
『ふわ~。目が回る。基汐。凄いね。速かった。』
『ああ。ごめんな。紫音。自分の身体がここまで強化されてたなんて知らなかったんだ。』
目を回して、懐から顔を出す紫音。
鎧で守られてたお陰で風の影響は受けていないようだ。
『エーテル使える基汐。もう神様だから。凄く強いよ。』
『みたいだな。なぁ、紫音。ここが何処か分かるか?。』
『んー。ここ?。ここはー。』
俺から離れて飛び回り、周囲を確認する紫音。
『ここ。【仙界渓谷】だった。かな?。仙人系統の種族が住む所。』
『仙界渓谷?。へぇ。仙人か。ゲームの時はまぁまぁのレア種族だったよな。』
『うん。人族に近い種族だったけど。人族ハズレ、仙人当たりって言われてた。』
仙人か。なら、あの娘も何処かにいるんだろうか?。
『少し休憩してから探索かな。エーテル使ったから。少し疲れた。』
『うん。休もー。』
適当な岩に腰を下ろす。
紫音も元の大きさに戻り隣に座った。
『基汐のこれ。神具?。』
鎧を優しく撫でながら紫音が尋ねてくる。
『ああ。そうだ。俺も紫音と同じで神獣にあってこの世界のことを色々と教えて貰ったんだ。そうだな…少し互いのことを話すか。俺達。まだ、全然お互いのことを知らないしな。』
『うん。良いよ。私。基汐のこといっぱい知りたい。』
腕に抱き付いてくる紫音。
この娘はどうしてこんなに距離が近いのか…。いつの間にこんなに懐かれたのか…。
昔、仁さんが飼っていた猫を思い出してしまう。
どうも、無下に出来ないんだよな…。
俺は神具を解除した。
『じゃあ、そうだな。何から話そうか。』
『基汐。聞いても良い?。』
『ん?。良いぞ?。』
『基汐がこの世界に来てからのことを知りたい。』
『ああ。そういえばちゃんと話してなかったな。』
俺はゆっくりと話し始める。
自身に起きた出来事を頭の中で思い出し、並べ、整理しながら順を追って語る。
竜鬼が眠る場所で目覚めたこと。トゥリシエラに出会い、この世界の説明とエーテル、神具の使用を習ったこと。睦美との再会。神眷者との接触。などを説明した。
『ふえぇ。そうだったんだ。ちゃんと聞けて良かった。』
ふわりと浮かび上がり俺の目の前に移動した紫音。浮いたまま正座し俺との目線を合わせた。
便利だな。飛行じゃなくて浮遊。
俺みたいに羽ばたく必要もないし、音もない。俺が飛ぶと周囲に突風が発生してしまうから不用意に飛べないんだよな。
『じゃあ。もっと質問。して良い?。』
『良いぞ。』
紫音は真剣な表情で質問を開始した。
『ご年齢は。』
『21歳。』
『わお~。年上だ~。ご趣味は?。』
『筋トレ。家事全般。』
『んっ~。好き。身長は?。』
『確か…190くらいだったかな?。』
『体重は?。』
『80ちょい越えてたくらいかな?。最近測ってなかったな。』
『んっ~。好き。好きな食べ物は?。』
『何でも食べるが…ジャンクフードはあんまり食べないかな。』
『好きな女性のタイプは?。』
『ん?。光歌みたいなタイプだな…って会ったことないか。えっと…。やる時はやる優しい娘かな?。』
『…やる時はやる…うん。えっと、経験人数は?。』
『おい。何だ。その質問は?。流石に答えないぞ?。』
『むぅ。知りたい。』
『ええ…。まぁ…一人だ。って、恥ずかしいぞ?。この質問。』
『基汐のこと。いっぱい知りたい。何でも。どんな事でも。』
『うおっ!?。』
何なんだ。この迫力は?。
『ぎゃ、逆に考えてみろ。紫音が今の質問を俺にされたらどうする?。嫌じゃないか?。』
女から男に聞くのはまだ許容出来るだろう。
だが、逆なら完全にセクハラになるぞ?。
流石に嫌だろう?。自分のことを赤裸々に尋ねられるなんて。
『………16歳。146cm。40kg。星空と妄想と抱き付くこと。レモン味の飴。基汐。処女。』
おい…ちょっと。何言い始めてんの?。この娘。ペラペラと個人情報が露になっていく…。
『80、4…『ストップ!。』え?。どうしたの?。基汐?。』
『貴女は何を言い出してるのですか?。』
『私のプロフィール。スリーサイズ。まだ途中…。』
『いやいや。別に言わなくて良いから。』
『むぅ。基汐に私のこと。もっと知って欲しい。』
『もう十分知ったよ。色々。ありがとう。』
『むぅ。じゃあ。基汐が質問して。』
『俺が?。』
『うん。私のこと。何知りたい?。何でも教えてあげる。』
『ええ…。』
キラキラと輝く瞳で俺を見てくる。
普段は半目くらいしか開いてないその可愛らしい大きな瞳はパッチリと開いていた。
普段も可愛い顔立ちなのだが、ちゃんと目を開くと美人になるな。
『じゃ、じゃあ。紫音も神具を持ってるんだよな?。どんなのなんだ?。』
『むぅ。基汐。話逸らした。もっと。私の内面とか外見のこと。知って欲しいのに。』
『…ごめん。』
『良いよ。そんな基汐も。好き。』
もう気持ちを包み隠さなくなってるし。
いや、最初から隠してなかったか。
俺、光歌がいるって言ったよな?。
『私の神具。出すね。』
くるりっと一回転すると、その手にはキラキラと輝く黒い傘が出現する。同時に戦闘中俺の周囲を浮遊していた星型の武装も現れる。
傘が纏うエーテルが神具なのだと教えてくれている。
『それが、神具か?。』
『うん。けど。全部じゃない。私の神具。大きいから。場所取るの。この傘はコントローラーみたいなモノ。』
『へぇ。面白いな。それに、傘をさしてる姿が似合う。何処かの令嬢みたいだ。』
『ふふ。基汐に褒められた。嬉しい。』
その後、休憩が終わり。
周囲を探索しながら、互いの自己紹介を続けた。
『言いたくなければ言わないで良いんだけど。紫音も俺達と戦ったんだよな?。誰に倒されたんだ?。』
『幽霊の女の人。』
『幽霊…ああ。幽鈴さんか。』
『基汐はどうして死んじゃったの?。』
『神に殺られた。毒みたいなので身体がボロボロになってな。惨敗だった。』
『そうなんだ。』
紫音がぺちぺちと身体を叩いてくる。
『もう痛くない?。』
『全然。むしろ力が有り余ってるくらいだ。』
『ふふ。私も。』
また暫く探索。
空が薄暗くなってきたな。
まだ、何も成果が出ていない。
『基汐。あそこ。』
紫音が指差した方角。
霧とは違う煙。湯気?。
『温泉だ。』
『へぇ~。こんな山奥に?。』
岩場から湧き出る天然の露天風呂。
それも彼方此方に転々と点在している。
鼻に香る硫黄の漂う匂い。温度も適温のようだ。
仙人の種族が修行で使う場所なのか?。
『温泉!。基汐!。入ろっ!。』
テンションの上がった紫音に引っ張られる。
温泉か。久し振りだな。最近は濡らした布で身体を拭くだけだったから。
それは、紫音も同じだ。女の子だから身体だって綺麗にしたいだろうし。久し振りにお湯に浸かれることに喜んでいるんだろ。
『基汐と温泉。裸が見れる。基汐と温泉。裸が見れる。』
あれ?。あの~。お嬢さん。何に対して喜んでおられるのですか?。
『別々に入ろうな。俺は離れた所に入って来るから、ここは使って良いよ。』
『嫌。一緒。』
『流石に一緒はマズイでしょ!。』
『嫌あああああぁぁぁぁぁ!。一緒が良いいいいぃぃぃぃぃ!。』
そんな大きな声も出せるんかい!?。
『ふふん~。基汐の身体~。温かい~。温泉も~。温かい~。』
あれから数分の死闘が続いた。
何がなんでも一緒に入ろうとする紫音。
俺の腕に抱き付き離れようとしない。
仕舞いには自分から服を脱ぎ始める始末。
仕方がなく妥協案として提示したのは、互いに身体に布を巻いたまま入ること。
こんな美少女と裸でなんて入れないって…。
光歌…。俺はお前一筋だ。
『なぁ。紫音?。』
『何?。』
『近すぎない?。』
現在、温泉に浸かっている俺達。
岩に背を預け胡座をかく俺の足の上にすっぽりと収まった紫音がいる。
『一緒に温泉。基汐。気持ちいいね。』
『まぁ、気持ちいいな。久し振りだからな。』
『うん。久し振りの入浴。ちゃぷちゃぷ。』
俺の上で足を伸ばしたり、手遊びで水を飛ばしたりしている紫音。
彼女が動く度に柔らかな感触が直接伝わってくる。
頑張るんだ。俺の理性。耐えろ。堪えろ。冷静さを保つんだ。
『ねぇねぇ。私と基汐。こんな姿。他の人に見られたら。何て思われるかな?。』
『え?。そうだな。俺と紫音じゃあ、かなり身長差があるし、親子とか?。』
『…むぅ。』
どうやら、解答がお気に召さないようだ。
『兄妹とか?。』
『むぅ~。』
徐々に膨らんでいく紫音の頬。
はぁ。あの答えを求めているらしい。
『恋人とかかな。』
『っ!。うんうん!。恋人!。恋人!。身長差カップル!。』
嬉しそうだな…。
『基汐~。』
体重を預けてくる紫音。
小柄な身体は余りにも軽い。けど、柔らかさと女の子特有の甘い匂いが俺の理性を攻めてくる。
何なんだ。この天国のような地獄は?。
『な、何だ?。』
『抱きしめてくれて良いよ。』
『しません。』
そんなことしたら、俺の理性が崩壊するぞ。
『むぅ。じゃあ、おっぱい揉んで良いよ。』
『しません。』
小柄な身体には不釣り合いな胸を抱えてアピールしてくる紫音。
『むぅ。基汐。ガード硬い。こんなにアピールしてるのに。気持ち。動かない。』
『当然だ。俺には恋人がいるからな。』
『むぅ~。絶対振り向かせる。』
『いやいや…。』
彼女の決意は固いようだ。
諦めてくれないかなぁ~。
『ねぇねぇ。基汐。』
『ん?。』
『あっちに気配。感じる。私達以外の人。いるみたい。』
『何?。』
遠くの岩陰を指差す紫音。
確かに、これはエーテル?。俺達以外のエーテルを感じる。光歌といい、紫音といい。気配を読む力が凄いな。俺が苦手なだけかもしれないけど。
『行ってみるか。』
『うん。こっそりね。』
温泉の中を静かに移動する。
岩の陰に隠れて気配のする方を覗き込む。
『誰かいる。温泉に入ってる。』
『ああ。こっちに気付いてないみたいだな。』
『あれ女だ。』
確かに湯気に映るシルエットは女性のモノだ。
纏うエーテルもハッキリして…ってこのエーテルって。
この感じ…知ってるぞ?。
『あ…玖霧?。』
『え!?。だ、誰ですか!?。』
『基汐?。』
『あっ…。』
湯浴みをしていたのは、同じクロノ・フィリアメンバーだった。元【赤蘭煌王】の幹部。
玖霧だった。
知り合いとの再会に隠れていたことを忘れて、つい、声を出してしまった。
突然、自分の名前を呼ばれ驚いて振り返った玖霧と目が合った。
『え?。はい?。え?。基汐さん!?。どうしてここに?。え?。裸?。あ、私も、今、裸で…。』
突然のことに取り乱した玖霧。
一糸纏わぬ姿で振り返ってしまった為に全てが丸見えとなる。
仮想世界の頃でもチャイナドレスを着用していた。服の上からでも十分に分かったスタイルの良さ。それが、包み隠さない状態で目の前に…。
『きゃあああああぁぁぁぁぁ!?!?!?。』
『基汐!。見ちゃ駄目!。』
『わむぷっ!?。』
身体を隠すように抱えてお湯に沈む玖霧。
そして、俺の視界を隠すように頭に抱き付く紫音。完全にホールドされる頭部。身動きの取れないまま後ろに倒れる。
顔面に全体には、二つの大きめの肉まんから感じるプリンのような柔らかさとコンニャクのような弾力。それらが強く形を変えて押し付けられる。
紫音の身体に巻いていた布は残念ながら外れてしまったようで、久し振りに感じる生の感触に俺の理性は限界を迎えた。
お湯に沈む中。
辛うじて残る自制心をフル稼働し、俺がとった行動は意識を手放すことだけだった。
おかしいな。こういうのは俺じゃなくて閃の十八番だった筈なのに…まさか、こんなラッキースケベを体験するなんて…。
ああ。夢なら覚めて。
我儘を言うなら光歌の膝の上で目覚めたい。
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