第288話 仕組まれた競売
王宮から自身が所有する【華桜天】の領内へ帰還した楚不夜を迎える二人の従者。
サングラスで目元を隠したスーツ姿の女性。
名を、麗鐘。砲極星 麗鐘。
深編笠で顔を隠し、赤い刀身の刀を携えた侍風の男の男性。
名を、宝勲。刀極星 宝勲。
『ふぅ…。荒れるな。これから…。』
煙管を吸い。ため息と共に煙を吐き出す楚不夜。
考え事をしているのか、その表情は暗い。
『楚不夜様。話の進展はありましたか?。』
『俺等の島で好き勝手嗅ぎ回ってる連中…十中八九、異神なんだろ?。姉さん?。』
『ああ。そのようだ。…チッ。駄目だな。やっぱ餓鬼は嫌いだ。』
『愛鈴様と何か?。』
『いや、ただの嫌悪だ。私の、個人的な…な。まぁ、良い。私等の奴隷競売だが、そこに異神が潜入するらしい。』
『っ!。そうですか。流石は愛鈴様ですね。そこまで知ることが出来るなんて。巫女としても優秀とはあの年齢で大したものです。』
『チッ…。』
『はは。異神の連中。大方、仲間の異神が俺達に囚われてるかもと推測しての行動だろうな。』
『ああ。そこで、武星天の連中と共に異神に奇襲を仕掛けることになった。ふっ…ついでに客も皆殺しにして構わんらしい。』
『ははは。随分と大胆なことを考えるな。あのお嬢ちゃんは!。』
『老害共の排除ですか。確かに奴等が蔓延っていては愛鈴様が目指している赤国は、夢のまた夢。金に目が眩んだだけのゴミを処分する良い機会ですね。』
『だな。………チッ。』
『ははは。とことん気に食わないんだな。姉さん。舌打ちばっかだ。』
『ああ。思い出すだけでも胸くそ悪い。』
『ふふ。私達は私達のすべきことを行いましょう。では、商品の選定に入ります。そのお話ですと高価な品は出さない方が良いですね。失っても構わない品質の者に限定します。』
『ああ。頼む。麗鐘。ああ。ついでにお前も戦闘準備もしておけ。部下共にも伝えろ。』
『はい。了解です。』
『それと、現場の指揮はお前に任せる。私はこの場を離れん。』
『ん?。ああ。はい。了解しました。それでは準備に入ります。』
楚不夜の意図を理解し、一度頭を下げ退室する麗鐘。
その後ろ姿を眺めながら楚不夜は再びため息をする。
『お疲れだな。姉さん。』
楚不夜の様子を見ながら深編笠を脱ぐ宝勲。
その素顔は、赤い髪を後ろで結んだつり目の美男子だった。
『ん?。まぁな。見たくもないものを見せられればそれだけでストレスが溜まる。苛立ちもする…はぁ。王宮に行くのは面倒だ。』
『だが、残るんだろ?。』
『ああ。勘がそう告げている。何か良くない流れだ。赤国だけじゃない。おそらく、世界を巻き込むような…危険な流れを感じる。私の目の届く範囲では出来るだけのことをしてやりたい。』
『ははは。面白いことを言うな。姉さん。そんなもん、異神が現れてからしょっちゅうじゃねぇか。』
『そうだな。お前にも現場を任せる。頼むぞ。』
『はいよ。了解。姉さんも気を付けろよ。』
『ふっ…。お前に心配される程落ちぶれていないさ。』
『ははは。かもな。じゃあ、俺も行くぜ。姉さん。』
笑いながら退室する宝勲。
一人残された楚不夜は煙管を吹かした。
椅子に深々と腰を沈める。何処ともない。虚空を見つめる瞳には、心の片隅から徐々に侵食していく感情が滲み出る。
『はぁ。嫌な感じだ。何か…面倒なことが迫っているような…。』
不安に苛まれる楚不夜の感情。
目を閉じ、脳裏に浮かぶのは…。
自身を慕う大切な仲間であり家族の麗鐘と宝勲。【華桜天】の構成員達。
そして…。愛鈴の顔。
『チッ…。本当に…腹が立つな。』
誰にも聞こえない悪態をつきながら楚不夜は煙を吸い込んだ。
ーーー
ーーー数時間後ーーー
ーーー奴隷競売会場 地下ーーー
ーーー基汐ーーー
俺と紫音は奴隷競売が行われている地下の会場へと赴いた。
そこは異様な雰囲気の空間。
一際明るい照明に照らされたステージ。
それを見上げるのは、並べられた椅子に座る観客達。全員目元を隠す仮面をつけ、スーツやドレスで着飾り、片手にはワイングラスを持ち怪しくも不敵な笑みを浮かべ競売を楽しんでいた。
『基汐…あの、客達気持ち悪い。』
俺の胸ポケットから顔だけを出した小さな紫音が顔をしかめながら言う。
そんな、眉間にシワを寄せて嫌そうな顔をしている紫音の頬をつついてみる。
『にゃはは。基汐~。くすぐったい~。もっと~。』
一瞬で表情が変わる紫音。つついている指に抱きついてるし、リス?。子猫?。まぁ、小動物みたいだなぁと思ってしまう。
『けど、紫音の感覚は間違いないみたいだな。アイツ等、売られてる人達を道具か何かとしか思ってないんじゃないか?。』
ステージの上では司会の女性が競売を進行している。
そして、鎖で繋がれ、生気のない表情の人族。
着ている服はギリギリ透けない程度の薄い布の簡易的な服。一点を見つめるその瞳は自らの未来を諦め、自身を買う誰とも分からない相手に全てを委ねているように見える。自分には選択肢はない。自分を買ったものが主であり、生殺与奪の権利も自分ではない相手にある。
絶望しかない現状を受け入れた結果感情を殺したのだろう。
「五千!。」
「五千五百!。」
さっきから聞いたこともない金額が客の口から飛び交っている。
客の薄気味悪い視線は常に壇上の商品に注がれ嘗め回すように動いている。
特に女性に対しては舌舐りの音も、荒い呼吸音も一際大きくなり、飛び交う額も跳ね上がる。
おそらくは、この客達が赤国の重鎮なのだろう。
見ていても不快だ。
『それに…あの女には見覚えがある。』
『あのステージの人?。』
『ああ。俺の仲間を襲った奴の一人だ。』
あの女…。睦美のとこを襲ったスーツを着ていた奴だ。
今は着物のコートを羽織っているが間違いない。
【華桜天】の一人だ。
『けど、今のところ。基汐のお友達。いないね。』
『ああ。良かった。どうやら取り越し苦労だったみたいだ。』
どうやら競売も終盤に差し掛かっているらしい。
次の奴隷で最後みたいだ。
出てきたのは知らない女性。綺麗な外見だが、俺達の仲間ではない。
『どうするの?。』
『多分、ここには得られる情報はもうないだろう。敵のお膝元。長居したら怪しまれるかもしれない。ここから出よう。』
奴隷達を解放したい気持ちもあるが、ここで騒ぎを起こせば今後の活動にも支障になる。
何人の仲間が、何処にいるのかも分からないんだ。追われる状況になるのは避けたい。
「落札です。此方の紳士の方に決まりました。おめでとうございます。良いお買い物をされましたね。」
【華桜天】の女の言葉が会場に響く。
絶望の表情を浮かべる女性。仮面で隠れていても醜い笑みを浮かべている、どこが紳士なのか分からん男。
今すぐにでもあの女性を助けてやりたい気持ちを押し殺す。いや、あの女性だけじゃない。今までの競売にかけられた人達、その全員を解放したい。だが、俺達にはそれが出来ない。
仮に助けたとして彼等を保護する場所も、生活を支えてやれることも、逃がせる安全なルートも持ち合わせてはいないんだから。
「さて、お集まりの皆様にご報告が御座います。」
何だ?。
競売の雰囲気から一転。
【華桜天】の女の発言から会場の雰囲気が重々しいものへと変わった。
ざわつく会場内。どうやら、重鎮達も困惑する流れのようだ。
嫌な予感がする。
俺の焦りを感じ取ったのか胸のポケットの中にいる紫音も警戒体制に入った。
「私達【華桜天】を含めた三巨頭。神より授けられた力により、このリスティールを守るために異世界からの侵略の神である異神と戦うことを宿命つけられ日夜奮闘しています。」
不味いか。
もしかして、俺達のことバレた?。
「そして、此度の競売。我々の活動の妨げになる存在である貴殿方の為に開いたことでもあります。」
その言葉に会場のざわめきが一際大きくなる。
時には戸惑い。時には罵声まで飛び交う。
「長話もここまでとさせて頂きます。本題に入りましょうか。現在、この会場には我々の宿敵である異神が潜入しています。」
っ!?。やべぇ。やっぱバレてた。
「故に、我々は本来の務めを全うさせて頂きます。この場、この瞬間を持って、開戦です。」
女が指を鳴らすと、会場を取り囲むように銃を構えた黒服達がその銃口を俺に定めた。
瞬間。消える照明。周囲は暗闇。
混乱する観客達の叫びと悲鳴。
『撃ちなさい!。』
その言葉を合図に銃声が木霊した。
硝煙弾雨。頭上から降り注ぐ弾丸の雨。火薬の臭いと血の鉄臭さが鼻につく。
悲痛な悲鳴は銃撃の音が鳴り止むまで続くことになる。
幸いなことに、弾丸にはエーテルが込められていなかった。ただの鉛の塊だ。これならば、エーテルで硬質化した竜の鱗で余裕で防ぐことが出きる。
なので、俺は胸にいる紫音を両手で抱え込むように壁を作り弾丸から守る。
何発もの弾丸が皮膚に命中するも、竜の鱗の前に無惨に弾け飛ぶ。
数分後。
観客の悲鳴が聞こえなくなったタイミングで銃撃が止む。
照明が照らされ火薬の煙と土埃が晴れていく。
『無事か?。紫音?。』
『うん。基汐。ありがと。』
無傷の俺を見て驚愕する司会の女。
『っ!?。成程。流石は異神ですね。あの弾丸をその身で受けて無傷ですか?。』
周囲の状況は悲惨を極めた。
弾丸の雨によって観客達は無惨な肉片へと成り果て、身体はバラバラ。どの部位の肉片なのかも、誰のものなのかも判別できない程細かく飛び散っていた。
同じく、彼等に買われた奴隷もだ。
辛うじて判別できたのは、最後の商品だった女性。恐怖に染まった表情の頭だけが転がっていた。
『なぁ。ここまでやる必要があったのか?。お前達の狙いは俺達だろう?。』
『あら?。会話をしてくれるのですか?。異神はこの世界の住人を問答無用で殺し尽くすと窺っていましたが?。』
『どこ情報だよ。それ?。俺達は敵が向かってくるから迎撃してるだけだ。お前は話が出来そうだからな。この状況、やりすぎじゃないか?。』
『そんなことはありませんよ。ここの客達は古くからこの赤国を牛耳ていた重鎮達です。かつての栄光は何処へやら。今では自分の懐を満たすことだけを至福とするゴミです。大したことをしないクセに口と態度だけは達者…都合の悪いことは金の力で黙らせ、揉み消す赤国の蛆ですのでこの場で排除しました。』
『…奴隷の人達は?。』
『解放してあげました。自由を奪われ、蛆に買われた者の末路など悲惨でしかありませんでしょう?。なので、この場で絶望の未来から解放して差し上げたのです。』
『お前達が拐ってきたのにか?。』
『はい。それが私達の仕事ですので。』
そもそもコイツ等が拐って来なければ彼等は自由だった。
自分達の行動を棚上げし、自由からの解放だと?。
『胸糞悪いな。』
『でしょうね。ですが、それが赤国の考え方なのですよ。人の得られる幸せなど誰かの不幸の上に成り立つ幻想。どんなに分かち合い、共感し、手と手を取り合った幸せだとしても...結局は誰かが涙を流している。それが今回、可視化されただけのこと。奴隷達も同じです。彼等は私達の幸せの為の犠牲になったのです。』
『……………。だからって、他人の未来を意図的に奪って良いことにはならないだろう!。』
『ええ、そうでしょうね。私も…いえ、私達もそう思います。否定し、非難するなら御勝手に。互いの思想が交錯し反発することが争いの始点です。故に分かり合おう等とは考えておりません。』
女が手を上げる。
すると、それを合図に控えていた黒服達が再び銃口を俺に向けた。
『単純な銃撃では貴殿にダメージを負わせられないことは理解しました。よって攻撃方法を変更します。物理的な攻撃ではなく、エーテルの弾丸による一斉掃射に。』
女を含め、その場にいる黒服全員からエーテルが放出される。
馬鹿な。エーテルって、神に力を貰った神眷者しか扱えない筈だろう?。
何で、名前も出てないモブキャラまで使えるんだ?。
『基汐。』
紫音?。
俺にしか聞こえない小さな声で紫音が話しかけてきた。
『敵。基汐が一人だと思ってる。私の存在。気づいてない。』
だな。あの女も複数形ではなく貴殿と言ってたし、まさか胸ポケットにもう一人いるなんて考えないよな。
『基汐の能力。使わないで。隠しとこ。切り札は隠すの。当然。回避と防御に集中して。』
すると、紫音の身体からエーテルが放出される。
『敵への牽制と迎撃は私がやる。神具。起動。』
俺の周囲に飛び交う複数の星型の浮遊物体。
これが紫音の神具?。
『星?。それが、貴殿の神具ですか?。』
『一つ聞いて良いか?。』
『はい。どうぞ。』
『お前は神眷者なのか?。』
『いいえ。私は神眷者では御座いません。ですが、貴殿に有効な攻撃は問題なく行えますので、貴殿のその星型の神具。その程度のエーテルでは私共の攻撃は防げません!。撃ちなさい!。』
一斉掃射が始まった。
『迎撃。迎撃。』
迫りくるエーテルの弾丸を星型の神具の中心に埋め込まれた宝玉から放たれるエーテル砲が撃ち落としていく。
『基汐。今のうち。逃げよう。』
『ああ。』
弾丸の迎撃は紫音の星が的確に撃ち落としてくれる。
俺はその中を走り抜けた。
広い通路を通り、階段を上がる。入り口の扉を一気に駆け抜けた。
『よしっ!。これで!。』
『基汐!。危ない!。』
『っ!?。』
紫音の叫び。そして、とてつもない殺気に気が付いた俺は大きくその場を飛び退いた。
同時に、俺が居た場所が爆発を起こす。炎と衝撃が渦になり突風が吹き抜けた。
『ちっ。避けられたか。』
『ははは。そんな漏れ出た殺気で気付かれん訳がないだろうが!。』
『やれやれ。仕留められるチャンスを態々逃すとは…。』
俺の前に立ちはだかる三人。
逆立てた赤い髪に気の強そうな顔立ち、赤い剣を持った男。
龍の翼。爪、角を持ったドレス姿の少女。
黒い長髪。刀を携えた男。
男二人は見覚えがあるな。多分、俺達と同じ仮想世界の住人か。
全員が当然のようにエーテルを纏ってる。
間違いなく赤国側の奴等。俺達の敵だ。
『さて、誰がやる?。』
『我だ。暴れたくてうずうずしておるわ!。』
『いいや。俺だ!。』
『我だ!。』
『一斉に掛かりますよ。時間がありませんので!。』
来る!?。
一気に距離を詰めた長髪の男。明らかな居合い抜きの構え。
『撃つ。』
『むっ!?。』
接近する男への迎撃。
紫音の神具からの砲撃が男へと放たれた。
『遅い。』
しかし、砲撃は一瞬で切り裂かれ霧散してしまう。
『まだまだ。連射も出来る。』
一斉掃射。
男を含め三人に同時攻撃。
『ふむ。これでは近付けない。』
『しゃらくせぇぇぇぇぇ!。』
炎を噴き出す剣の一撃が砲撃を欠き消す。
『わお?。力技。』
『ちっ!。紫音!。しっかり捕まってろよ!。』
『うん。』
『おらっ!。』
エーテルを全身に纏い竜鬼の力を解放する。
本来の力を発揮し地面を全力で殴り付ける。
『『『っ!?。これ程とは…。』野郎…。』無茶するわ…。』
数十メートルも高く吹き飛ぶ爆発した地面。
俺の拳が発生させた衝撃は縦だけでなく、横にも広がり周辺の建物。特に競売会場があった建物は崩壊した。
『今のうちに逃げるぞ。』
翼を広げ飛び立つ。
『逃がすかよ!。』
『っ!?。』
周囲を包む土煙の中を炎の剣を持った男が突っ切って来やがった。
『死ねぇ!。』
『させません!。』
『ごぶっ!?。な、何だ?。』
斬り掛かって来た男。
俺との距離が近づく瞬間。何者かが男に対し攻撃を仕掛けた。
現れたのは、狐の面で顔を隠した数十人の男女。俺達を守るように赤国の三人へと攻撃する。
『お逃げ下さい!。』
『っ!?。』
『基汐。逃げよう。』
『あ、ああ!。』
俺は全力で飛び立つ。
『逃がさん!。』
『っ!?。』
龍の角を持つ少女からエーテル砲が放たれる。
このエーテル砲の威力だけでも分かる。
あの小さな少女。内在するエーテルが尋常じゃない。
『ちっ。』
間に合うか?。
瞬時にエーテルを集めて砲撃する。
溜める時間は無かったが、何とか相殺に成功する。
その場から離れる俺達。
あの狐の面をつけた連中。敵ではなさそうだが…。
『基汐。まだ。安心出来ない。』
『っ!。ああ。そうみたいだな。』
かなりの距離を離れた筈だけどな。
まさか待ち伏せされるなんて。
『やはりこのルートを選んだか。待ち伏せ、すまない。どうしても邪魔無く君と戦いたくてな。』
拓けた森の中。戦うには申し分無い広さ。
目の前の男に嘘はなさそうだ。本当に戦うのが目的なんだな。
グローブ型の武装。明らかな徒手空拳の構え。
『失礼した。名乗りもなく話し始めた。すまない。俺は赤国、【武星天】に名を連ねる者。【爆極星】群叢という。君達を倒す者だ。』
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